FC2ブログ

アニメ: 2012夏アニメ感想(11.1) 氷菓#22「遠まわりする雛」

 夏アニメ感想の感想です。
 番外編として、『氷菓』の最終話、「遠まわりする雛」について。

氷菓 第22話「遠まわりする雛」
 まずは、OPに出てくるこれ↓。
hyouka22_op1.png
 13話から使われているものですが、最終話の出来事を示していたんですね。

 今回も奉太郎がまたまたえるに頼まれて出動しました。「生き雛」、つまり人間が、というかえるが雛祭りのお雛様になり、行列を作って巡る、というものです。
 どうでもいいですけど、
hyouka22_board1.png
立て看板の文字を見ると「生きびな祭」と書いてあるんですが、「き」が妙に小さいのってまさか、(作中で)書いた人が間違えて「生びな祭」と書いて、「ナマ」に見えると言われたとかじゃないでしょうね(笑)。

 ほんとにどうでもいい話は措いといて、そして謎と謎解きも措いといて。
 今回の話は主に、えるが最後に語ったことが、気になりました(笑)。

 奉太郎が仰せ付かった仕事の出番を待っているときにふと漏らした言葉から騒動は始まりました。行列が通るために工事を止めてもらっていた筈の橋で、工事が始まってしまっていたのですが、それを皆に知らせたのが奉太郎だったのです。来るときに通ったので。
 思えば、えるが異変に気づいて奉太郎を呼んで事情の説明を受けたときに、もう「そういう話」になる兆候はありました。
 えるの声が、普段と全く違ったからです。

 この辺りは、声優の佐藤聡美さんの演技に拍手。確かにえる本人から逸脱したわけでもないのに、「まるで別人のよう(だがやはりえる)」という声と口調。絶妙ですね。

 さて、祭りが終了した後のこと。帰り道での奉太郎とえるの対話が、事件の発端についての話から、将来の話へとつながります。事件には、地域の間にある旧来からの境界、慣習的な壁のようなものが関連していて、えるがその調停役を担うことになったからです。
 えるは、このように言いました。

hyouka22_eru1.pnghyouka22_eru2.png
「無事、大学に進学しても、わたしはここに戻ってきます。どんなルートを辿っても、わたしの終着点は、ここ。ここなんです」
「わたしはここに残ることを、嫌だとも悲しいとも思っていません。千反田の娘として、相応の役割を果たしたいと思っています」
hyouka22_eru3.png
「見てください、折木さん。ここがわたしの場所です。水と土しかありません。人々もだんだん老い疲れてきています。わたしはここを最高に美しいとは思いません。可能性に満ちているとも思っていません。でも……折木さんに、紹介したかったんです」

 いつものことで私はなんかひねくれているのかも知れませんが、これを聞いて今回もまた、ちょっとずれたことを考えてしまいました。
 何かというと、こういう小さな世界を支える人こそ、必要なのではないか、ということです。
 なんだか、こういった設定とか「縛り」みたいなものを、否定的に見る人が多分多いこと、それが大きな問題なのではないかと思います。まあ、この作品を好むような人はそうでもないかも知れませんが。

 その意味するところは一つにはつまり、誰も彼も、一億総グローバル化みたいな考え方で、そもそも足下は大丈夫なのか、ということです。
 この同じような懸念は、他にも敷衍できます。前線だけ見ていて兵站は大丈夫なのか。営業が偉くて商品を作る人はどうでもいいのか。成功した事例を知ることができれば失敗事例は必要ないのか。
 そして、トップの成功者のみがいれば、すそ野は切ってしまってもいいのか。例えば経済でも、文化でも、科学の研究でも。

 もう一つ。これもグローバル化云々の風潮に絡んできます。
 何か違和感を覚えるんですが、自分の「背景」を持たない無国籍な人間が世界に出ても、それは単なる正体不明の不審者なのではないでしょうか。
 どこそこの企業で働いているとかではなく、人間として、自分の立ち位置はどこなのか、精神的な故郷はどこなのか、思想的なベースは何なのか。そういうものを示すことができなくて、外で信用されるのか。
 通常は、出身国とか歴史観とか宗教とか、そういうものが、深く付き合う前の最初のとっかかりとなる筈です。
 今回えるが語ったような「何のために」行動するのかという理由、それも同様ですね。

 さて、ここらで話を変えて、他に感じた細々とした点を挙げてみます。

 今回のサブタイトルの「遠まわりする雛」ですが、「生き雛」として「遠まわり」したえるを指しているのでしょうね。
 しかし、上記のようにラストシーンでは奉太郎とえるが二人で歩くわけです。これは、もう一つの「遠まわりする雛」なんでしょうかね、もしかすると、
 祭りの本番では、奉太郎は「生き雛」のえるをちゃんと見ることができなかったので、ここで叶えてあげよう、という温情かも(笑)。

 その奉太郎ですが、こんなことを言って私を驚かせてくれました。

「ところで、お前が諦めた経営的戦略眼についてだが、おれが修めるというのはどうだろう」

 えぇ? あの奉太郎がこんなことを!?
 と思ったのですが、これはいつもの奉太郎の頭の中でのことでした。いつもはこういうとき、画面の処理が大きく変わるのですが、今回はそれが自然に起きそうな変化に留まっていたので、本当に言ったかと思ってしまいました。
 あーびっくりした。

 絵と言えば、今回の絵、作画監督の違いなのか、えるの顔がこれまでとなんか違いましたね。髪型とか目の大きさとか。
 調べてみたら、第一話と最終話のみ担当した人みたいです。……そう言えば、第一話もこんな感じだったような。
 そうでない絵が多かったので、なんか違和感あり。この人、キャラ原案・キャラデザ・総作監なのに(笑)。

 最後に、私のイチオシキャラの摩耶花のことに触れなければいけないでしょう。
 奉太郎のお勤めが終わったところで里志と摩耶花と三人で雑談し、里志がちょっと外して奉太郎と摩耶花の二人になったときのこと。

「折木、ありがとね」
「なにがだ」
「バレンタインの件。なかなか言う機会なかったから」
「どうだ?その後」
「まあ、それなりに」
「そうか。俺もかっとなってな。珍しくあいつにつっかかった」
hyouka22_mayaka1.png
「うん。聞いた」

 をーい。それなりってなんだ。
 21話であんなことをしといて、結局未だフォローなしかい。
 奉太郎が、上記の「経営的戦略眼」云々のことを言おうとしたときに結局口に出せず、里志もこうだったのか、言いたいことは別にあったのか、と奉太郎が思ったことで、里志と摩耶花の関係については匂わせるだけですか。

 Wikipediaによると、「1年の春休み頃から付き合っている。」とあるんですがー。丁度今春休みですね。
 どうやってそうなったのか。

 わたし、気になります!

 「つづきは原作で」なのか?

tag : アニメ

trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

◎氷菓第二十二話「遠まわりする雛」

Δ》エル:チタンダです。明後日御予定は?どうか、傘を持ってくれませんか?折木:よくわからんのだが》ひな祭りをやるんです。傘を持つ役がケガをしましてわかった》一緒に歩い...

コメント

非公開コメント

No title

『遠まわりする雛』のラストシーン、原作では千反田邸の縁側での会話なんですけど、アニメでは帰り道になってるんですね。
きっと「見てください」の台詞を効果的に演出するためなんでしょう。ただ、僕としては奉太郎と千反田が縁側に二人腰かけて将来について語り合う原作の雰囲気が好きだったんですけどね。


>「俺が修めるというのはどうだろう?」
原作を読んだとき「プロボーズかッ!」と思いましたよ(笑)

このエピソード以降、奉太郎は明らかに変わるんですよね。「かねて抱いていた疑問について、一つの答えを得た」ことによって目的意識が明確になったのか。

奉太郎達が2年生になってからのエピソードである『ふたりの距離の概算』では、奉太郎は自発的に動きます。走ります。千反田が「私、気になります!」と言ったわけでもないのに。彼は、自ら動きます。“千反田のために”。

Re: No title

> 「見てください」の台詞を効果的に演出
確かにアニメのこのシーンでは、川などもあって「水と土」をイメージし易かったですね。それに、地域の軋轢の話も実地で為されましたし。
とすると、奉太郎を「雛」と歩かせてあげた温情はアニメスタッフによるものでしょうか(笑)?

> 奉太郎と千反田が縁側に二人腰かけて将来について語り合う
何だか、眺める時間の向きが違うだけで、長年連れ添った夫婦のようですね。

> 原作を読んだとき「プロボーズかッ!」と思いましたよ(笑)
勿論、同じことを思いました。
原作は文章なのですぐ後に続く部分がだいたいわかると思いますが、普通に話し出されたアニメ視聴者の驚きを察してください(笑)。

> このエピソード以降、奉太郎は明らかに変わる
多分、変わったのは行列に参加したときでしょうね。
(しまった。良くない。これは良くない)
(多分、なんとしても俺は、ここに来るべきではなかった)
(俺の省エネ主義が、致命的に脅かされている)
と、しきりによく見えないえるのことが「気になる」と言っていましたから。

> 目的意識
> 自ら動きます。“千反田のために”。
今回のえるの話のようですね。
また、先日ここでレビューした『ソードアート・オンライン』の10話のキリトみたいでもあるな、とか思いました。

にしても、奉太郎が走りますか(笑)。

ああ、なるほど

 他のアニメの感想を見に行ったサイトで、「お前ら結婚しちまえよ」的な書き込み
を見たので「なんだろう」と思ってましたがそういうことでしたか。

 明日、正確には明後日に詳しいことはわかるのでしょうが。
 BS11は放送日が遅れているので。 

 グローバル化で思い出したんですが。
 以前ビートたけしが、週刊誌に持っている自分のページの中で
「国際化とは世界に向かって「俺は日本人だ」と発言することだ」と書いていたのを
思い出しました。
 自分の意見を主張するためにも、自分の足元-ルーツ-は大事であり、
けっきょくそこからは離れられない。
 国際化=アメリカナイズされた行動を取る事と勘違いする人はまだいるのか?

 つづきは原作で、ではなくDVD/ブルーレイの最終巻にある未放映話と
なるのではないでしょうか。
 アイキャッチの24節気、11.5話のプールの話を入れても1話足りないから。
 

Re: ああ、なるほど

> 「お前ら結婚しちまえよ」
もう、あと一歩踏み出せばそうなっちゃいますから(笑)。

> 国際化=アメリカナイズされた行動を取る事と勘違い
私が思うに、それよりもむしろ「世界市民」的なものを考えている人が多いのではないかと。
つまり、どこともうまくやれるどんな色も持たない人。
でも、そういう感覚こそが非常に日本的で日本国ドメスティックだと思うんですけどね。

> DVD/ブルーレイの最終巻にある未放映話
その可能性はあるなーとは思いますが、一応未確認ということで。

> 24節気
これですが、「愚者」が全部処暑だったり「クドリャフカ」が全部秋分だったりするので、どうなんでしょうね。
プロフィール

水響俊二

Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
月別アーカイブ
アクセス解析中