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マンガ: 『鏡の国の針栖川』の終り方の潔さ(二つの意味で)

 まあ、タイトルにあるようなことを論じるには、当然のことながら物語の結末、つまり核心に触れなければいけないわけで……(笑)。
鏡の国の針栖川 1 (ジャンプコミックス)鏡の国の針栖川 1 (ジャンプコミックス)
(2012/01/04)
叶 恭弘

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 完結は、第三巻となります。

 まずどんな話なのかを簡単に述べてみます。
 主人公の針栖川哲には、ずっと前から好きな女の子がいます。その里見真桜とは、長くお友達をやっています。
 真桜は哲に対し、他の男子とはちょっと違う態度を取っています。それは、哲が昔、真桜を交通事故から救ったからで、哲はその「恩人」という立場を維持するため、自分の気持ちを懸命に押し殺しています。
 どうでもいいですけど、こういうときには「圧し殺す」を使いたいなぁ、個人的には。

 ほんとにどうでもいい話は放っておいて、哲が真桜の危機を救うことができたのも彼女のことを気にしてずっと見ていたからなんですが、あるとき、また同じような状況が訪れます。
 真桜がリサイクルショップでどういうわけか自分でもわからずに買ってしまった古い鏡。それを道の向こうにいる哲に見せようとした真桜に、車が迫り、また同じように助けた……つもりの哲は次の瞬間、真っ暗な空間に浮いていました。
 死んでしまったのかと思ったら実は哲は、真桜が買った鏡の中に閉じ込められていたのでした。

 その鏡には何だか色んな決まりがあって、哲が閉じ込められたときにいた先客がちょっと言い残して消えていきました。

 それは、鏡を通してのみ外の世界を覗くことができるということ、そして鏡の魔力を知ってもいいのは自分の他に一人だけだということです。
 このことは程なくして真桜に知られることとなり、哲が外に出るための探求が始まるのです。

「ずっと思ってたんだよ? いつか私の番が来たらって! 私が針栖川くんを助ける日が来たらって」
「その時が来たんだもん やれる事はなんでもするよ 2人でガンバロ!!」


 そして色々調べていくうちに、二人が入れ替わることができるとか、入れ替わっていられるのにも限界があるとか、様々なことがわかってきます。
 で、一番重要なのが、この鏡、実は「愛に満たされない不完全な心」を吸い込む呪い系のアイテムで、囚われた心に相思相愛を確かめ合えたベストパートナーが現れたときに呪いが解けるということです。
 つまり、哲が好きなのは真桜なので、真桜が哲を好きなら万事解決。しかし、チャンスは一度。想いを告げたときに相思相愛になっていなければ、すべておじゃん、という仕組みです。

 このとき、真桜も実は哲のことを結構意識していたのですが、とある弾みで真桜は、哲が真桜の友人の咲に片想いをしていると思ってしまっています。
 ややこしいのが、色んな出来事の末、咲が哲を好きになって告白してしまうのです。

 なんか、前置きが随分長くなりました。デスノばり、とまでは行かなくても、鏡に関する色んなルールが登場しますし。
 その最たるものは、物語のクライマックス近辺で判明する事実。
 咲のことも好きになってしまっていた哲と「相思相愛」が成立して呪いの一部が解除されたのですが、その瞬間、咲の記憶が一部失われていました。
 つまり、呪いは解かれるときに、相手の「好き」という感情を奪っていくのです。

 で、最後に本命の真桜に対してはどうするのか。
 以前、「彼等は何に抗うのか」と題するエントリを書いたことがあります。そこでの話はどんなものだったかというと、まあ簡単に言えば、物語の中に設定されている、登場人物に課されたルールの在り方によっては、なんのために登場人物が苦労しているのかわからなくなってしまう、みたいなことでした。
 今回、『鏡の国の針栖川』で登場した数々のルール。
 最後の最後で、哲は真桜に対しどう出るのか。これまでのルールに抜け道のようなものがあり、その組合わせの妙で乗りきるのか。咲のときとは違うことが起きるのか。新しいルールが唐突に登場してご都合主義に終わるのか。

 クライマックスで、真桜は一計を案じます。
 真桜は、ずっと哲のことが好きだった。哲の本心を確かめたい。
 だから、鏡に向かって「勝手に喋る」のです。哲が好きだ、と。哲も同じ気持ちなら呪いは解けるし、そうでなくても哲の本命を知ることができる。

「ダメでも 友達としてまた仲良くしてよね」
好き
針栖川くんの事、ずっと好きだったみたい


 結果。
 実質最終話とも言える章の「#27 一瞬の両想い」というタイトルからわかる通り、真桜にも、咲と全く同じことが起きました。

「針栖川くん やったじゃない!!」
「ああ!! ついに出たんだ 俺自由になったんだよ」
「すごいよ!! いったいどうやったの? なんのきっかけで出られたの?


 記憶は、想いは、失われていたのです。

 さて、この物語は、一体何の話だったのか。
 仮に、呪いの最後の条件、つまり記憶が失われることがなかったとしたら、哲と真桜の二人は相思相愛になれた筈です。まあ、咲ともそうなっていたわけですが(笑)。
 ところでそれだと、結局出発点から一旦落ちて、這上がっただけ、ということにならないでしょうか。それも、這上がったのは呪いに対抗するためで、言ってみれば呪いの力を借りてということになります。
 なんというかこう、行って帰ってきただけ、みたいな感じになると思います。そして、ある意味普通の物語だな、と。そう印象にも残らないかも知れません。女の子が可愛いな、くらいな。

 実は、呪いが解けた後に「#END リスタート」というタイトルのエピローグ的な章があります。
 そこでは、哲への想いを失った真桜と、やっぱり真桜が好きな哲がいます。
 そして思うのです。

「一時だったけど 両想いになれた瞬間の感激はやっぱ忘れたくない」
「だから俺決めたんだ! 絶対にあの感激をまた味わうんだって」

 そして、以前と同じ日常から、一歩踏み出すのです。
 みんなの前で、大きな声ではっきりと、真桜に想いを告げることで。そして、心の中で宣言します。

(さあ ここからが新しい俺のスタートだ!!!)
(伝えなきゃ何も始まらない 好きなものは好きと言う あの鏡に囚われる臆病な俺にはもう戻らない)
「ちょ…ちょっとこんなトコロで変な冗談止めてよ 恥ずかしいよ針栖川くん」
「冗談? お前俺が何年片想いしてきたと思ってんだよ」
「本気なの…?」
あたり前だ これから先も俺は里見を好きでいるから


 一旦相思相愛になって片想いに戻ってきてしまったのだから、これもやはり行って帰ってきただけでしょうか?
 勿論、全然違いますね。最初の、恩人という立場を維持するために心を押し殺す哲とは、全く違う。大きく前に進んでいます。そして、進み続けるのです。

 この物語は、哲の恋の成就を描くものだったのではなく、停滞していないで前に進もう、というものだったわけです。

 鏡の中で、真桜の気持ちが失われることを覚悟で想いを告げたこと。そして前に進むと決めたこと。
 その覚悟や潔しと言えますし、変れたことは希望でもあります。その証拠に、「リスタート」での告白に真桜はドキドキが止まりません。
 まあ、これには、呪いが想いを完全に消し切れてなかった可能性もあるわけですが。そういう意味では、咲が哲をちょっと意識してしまっている描写はその可能性の一つの根拠であり、個人的にはその描写はなかった方が良かった気もします。

 ともあれ、ここで本エントリのタイトルにある通りもう一つの意味を書き加えておくと、こういうラブストーリーをコミックス全三巻にわたって綴っておきながら、結局カップルが成立しないなどという作品を描いた作者さんも、大概潔いと思いますね(笑)。まあ、その点では編集部もそうと言えるかも知れませんが。人によっては貶すかも知れませんし。
 勿論私は、こうして結構高く評価していますが。

tag : ジャンプコミックス 叶恭弘

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まとめtyaiました【『鏡の国の針栖川』の終り方の潔さ(二つの意味で)】

 まあ、タイトルにあるようなことを論じるには、当然のことながら物語の結末、つまり核心に触れなければいけないわけで……(笑)。鏡の国の針栖川 1 (ジャンプコミックス)(20

コメント

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僕はこの作者好きなので

 僕はこの作者好きなので、肯定派ですかね。
 むやみやたらと引き伸ばさずに(出来なかったのかもしれないが)  
ああいう形で終わらせたのは良かったんじゃないかなぁ、と思います。
 
 

Re: 僕はこの作者好きなので

私見ですが、物語冒頭の描写からすると、あの終り方は最初から決まっていた気がします。
自分の思いを殺しているあまり好ましくない在り方で結局うまくいくというのは、あまり好ましくないと思いますし、作風とも違うと思うのです。
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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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