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独り言: 神とアーティストと言葉の意味

 曰く。

 最近の若者の言葉遣いで気になるのが、すぐに《神》を持ち出すことだ。ネット上には「神だと思うロックバンド」「神だと思うアニメ」みたいな記事が溢(あふ)れている。「神動画」に「神アプリ」…。

 カリスマは「神の賜物(たまもの)」という神学上の概念だが、今では「カリスマ・シェフ」がコンビニ弁当をプロデュースしている。《神》もずいぶん安くなったものだ。


 まったくである。
 昔から私の家では、毎年正月になると、台所だのトイレだのの「神様」に供え物をする。そして拝む。
 そんなところにうようよ「神様」がいると考えるなど、日本人は愚かにも、太古の昔に《神》のような階層的なものを破壊してしまったのだ。

 ──なーんてね。

 アホか。

 そもそも、日本では「神=Gott」であった時代などない

 これは、以前著作を紹介した適菜収氏の文章です。
 「構造改革」を「西洋思想」に置き換えると、氏自身が「B層」であったわけですね。以前批判した、例えば「エリート」という言葉の再定義の問題と同じです。日本語の「神」は訳語の当て方などの歴史的事情で、コンテキストにより大きく意味が変わる言葉ですから。

 翻って、2ページ目にある、ジャリタレをアーティストと呼ぶことがおかしい、というのはよくわかります。そもそも「アーティスト」は外来語ですから。
 しかし、こちらは非常に微妙な問題です。
 つまり、「アーティスト=artist」という共通認識はどれだけ強固なものであったのか。

 まず、ジャリタレにまで「アーティスト」の称号を与えたのは、マスコミ業界人なのではないかと思います。マーケティングとして、ジャリタレに売れるだけの価値を与えるために「アーティスト」と呼び始めたのではないか。
 ここで問題になるのが、大衆が「偉大なもの」「職人」として彼らを「アーティスト」と呼んでいるのか?という点です。
 「偉大なもの」である「アーティスト」として彼らをそう呼んでいるのか。「卑小なもの」と認識した上で「アーティスト」という言葉も変わってしまったなぁと思いつつ(もしくはそもそも卑近なものに使う言葉と思って)呼んでいるのか。
 人々の価値判断が変わったのか、言葉の方が変わったのか。これがどちらであるのかによって、状況の認識は反転してしまいます。
 だから、「アーティスト=artist」という共通認識が問題になってくるわけです。

 どうでしょう。氏はこれについて、その共通認識が今でも堅固に残っていると考えた上で述べているのでしょうか。それとも冒頭の「神」の問題のようにそもそもそういう意味に決まっているとしたのでしょうか。
 もしくは、そんなことまで考えずに書いたのでしょうか?

 このところ、氏の文章をかなり頻繁に見かけるようになりました。「B層」云々のキーワードのインパクトが大きく、話に中々の説得力があるからでしょう。知識も豊富であるようです。
 そうなってくると、こんな深読みをしてみるのも面白いかも知れません。
 「構造改革」を「B層」に置き換え、こういった韜晦した文章を書いてみせる。
 そして、読者がそれにどう反応するか、「B層」というワン・フレーズに惑わされる「B層」であったりしないか、というのを見ている。
 とか。

 もしくは、この文章はいつもの産経のいつものアンチポップカルチャープロパガンダであるなんていう陰謀論はいかがでしょう(笑)?

【賢者に学ぶ】哲学者・適菜収 素人の暴走と価値の錯乱+(1/3ページ) - MSN産経ニュース
2012.5.4 03:09 (1/3ページ)[ライフスタイル]

 最近の若者の言葉遣いで気になるのが、すぐに《神》を持ち出すことだ。ネット上には「神だと思うロックバンド」「神だと思うアニメ」みたいな記事が溢(あふ)れている。「神動画」に「神アプリ」…。

 カリスマは「神の賜物(たまもの)」という神学上の概念だが、今では「カリスマ・シェフ」がコンビニ弁当をプロデュースしている。《神》もずいぶん安くなったものだ。

 19世紀ドイツの哲学者フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェは「神は死んだ」と言った。その意味は、西欧において価値の根拠とされてきた《神の視点=普遍的真理》を設定することが理論上不可能になったということだ。にもかかわらず、《神》は平等主義や民主主義といった近代イデオロギーに姿を変えて私たちを支配している。その根底にあるのは「神との距離において人間は等価である」という信仰だ。

 近代大衆社会はこうしたキリスト教本能をもつがゆえに、あらゆる格差、階層的なものを破壊する。また、《本当に価値があるもの》《偉大なもの》《美しいもの》は貶(おとし)められ、《つまらないもの》《新奇なもの》《卑小なもの》が評価されるようになる。その結果、芸術家気取りのゲテモノ、半可通、あらゆる領域における素人が権力をもつようになってしまった。

【賢者に学ぶ】哲学者・適菜収 素人の暴走と価値の錯乱+(2/3ページ) - MSN産経ニュース
2012.5.4 03:09 (2/3ページ)[ライフスタイル]

 テレビの音楽番組では、アート(芸術)の対極にあるジャリタレが「アーティスト」と呼ばれ、ワイドショーでは有象無象の評論家が専門外のトピックについて無責任なコメントを垂れ流している。

 こうした価値の錯乱の上に成立するのが《B層文化》だ。前回も述べたように《B層》とは平成17年の郵政選挙の際、内閣府から依頼された広告会社が作った概念で「マスメディアに踊らされやすい知的弱者」、ひいては「近代的諸価値を妄信する層」を指す。この《B層》が現在消費者の主流になっている。そこでは大企業のエリート社員が、マーケティングを駆使し、大量の資本を投入することにより、《B層》の琴線に触れるコンテンツを量産している。

 たとえばポップスなら、音楽そのものよりも、歌い手の容姿や生い立ち、持病、スカートの丈の短さなどが重視される。ニーチェは言う。「畜群人間は、例外人間や超人がいだくのとは異なった事物のところで美の価値感情をいだくであろう」(『権力への意志』)

【賢者に学ぶ】哲学者・適菜収 素人の暴走と価値の錯乱+(3/3ページ) - MSN産経ニュース
2012.5.4 03:09 (3/3ページ)[ライフスタイル]

 畜群はまさに《B層》である。真っ当な価値判断ができない人々だ。彼ら《B層》は、圧倒的な自信の下、自分たちの浅薄な価値観を社会に押し付けようとする。そして、無知であることに恥じらいをもたず、素人であることに誇りをもつ。ありとあらゆるプロの領域、職人の領域が侵食され、しまいには素人が社会を導こうと決心する。これこそがニーチェが警鐘を鳴らした近代大衆社会の最終的な姿だ。

 与党政府も素人に陥落されつつある。前防衛相の一川保夫は「(自分は)安全保障の素人」と誇らしげに語り、続いて防衛相になった田中直紀は素人以前の「ド素人」だった。閣僚から地方首長にいたるまで政治家の劣化が急速に進んだ背景には、《偽装した神=近代イデオロギー》による価値の錯乱という問題が潜んでいる。(てきな おさむ)

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まとめtyaiました【神とアーティストと言葉の意味】

曰く。最近の若者の言葉遣いで気になるのが、すぐに《神》を持ち出すことだ。ネット上には「神だと思うスマは「神の賜物(たまもの)」という神学上の概念だが、今では「カリスマ・シェフ」がコンビニ弁当をプロデューん安くなったものだ。まったくである。昔から私の家で...

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神様も色々

 神様にも色々いますからね。
 ご町内の有名人クラスからワールドワイドな知名度を誇るものまで。

 カスレベルの神様でも神様では神様ですから。
 ただ「神」と名乗るからには何らかの「力」を持ってなくちゃならない。
 古今東西これは不変だと思う。
 たいした力も持っていない存在に軽々しく神だアーティストだと名乗って欲しくはないですね。
 いっそのことアーティスト検定とか神様検定とかやって、力の無い存在を選別したら
どうなるのだろう。
 ライトノベルでありそうな設定だ。
 
 

Re: 神様も色々

>  ただ「神」と名乗るからには
まあアーティストの方はおいておいて、神の方は自分で名乗ってる人あまりいないんでは? しゃれとか以外では。
そして、そう名乗るのはどちらかというと、不遜というよりもイタいという感じで別の話という気がします。
「クールジャパン」みたいに。
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Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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