FC2ブログ

アニメ: 2012冬アニメ感想 (9.1) - 偽物語「つきひフェニックス」について

 『偽物語』について、前回前々回のアニメ感想エントリでなんとなくスルーしてしまったので、まとめて書いてみます。

偽物語 第拾話「つきひフェニックス 其ノ參」, 第拾壹話「つきひフェニックス 其ノ肆」
 いやなんつーか、いきなり妹をハダカに剥いたりチチを揉んだり、寝ている妹の初ちゅーを奪ったり、一体どんだけヘンタイなんだよ主人公?
 これだから萌え豚向けの変態深夜アニメは(笑)!

 さて。

 月火の正体は、しでの鳥、ホトトギスの怪異だったわけです。
 ヒロインの中では(唯一ではないにせよ)例外で、怪異に憑かれたわけではなく、怪異そのものです。
 一応、八九寺も怪異ですが、彼女は一応元は人間でした。撫子も人ならざるものになりはしましたが、やはり元は人。忍は暦に憑いている怪異と言えるのでちょっと別格。
 そういう意味では、やはり特異な存在ですね。

 そして、タイトルの『偽物語』にふさわしく、人でない、怪異による擬態である月火が偽物であることを中心に置いて話が展開するわけです。

 怪異を滅ぼすためにやってきたあのお姉さん、影縫余弦が探していたのがまさに月火で、月火は一旦は、余弦に付き従う余接により上半身吹っ飛ばされたりしましたが、不死身なのですぐに元通りに。
 そして、暦は妹を守るために、余弦と対決することになるのです。

 ここで、論点は二つ。いや、話は思い切りバトル展開なんですけど、実態は論争です。格闘戦をやりつつも、それは表向きだけ。暦も余弦も、力は尽くしてもどっか気が抜けている。
 では、その二つとは?

 まず一つ目。
 余弦は、偽物でも守ろうとする暦に対し、詰問します。偽物を家族と思わされている火憐や親などはどうなのか。自分が怪異と関わっている暦と違い、普通の人間である彼らにその価値観を押し付けるな、と。
 では、だから滅ぼしてしまえという余弦の価値観を暦に押し付けるのはどうかということになるわけですが、暦はそうは応じません。
 自分達は、家族だ。家族だから、迷惑もかけるし、価値観も押し付ける。それこそが家族なんだと言わんばかりに。
 暦は、話を自分と余弦の価値観の対立に持ち込むことはせず、違うレイヤーで話をします。そもそも、価値観を押し付けることはいけないことなのか?と。暦の家族観ですね。互いの価値観が衝突するとき、適度に距離をおくことができる他人なら放置したり対決したりしてもいいだろう。しかし、自分達は家族なんだ、それとは違う。そう言いたいのでしょうか。

 次に、二つ目。
 本物と偽物、どちらに価値がある?
 余弦は、戦いの終盤(というか本人はもう終わったと思っている?)に過去のそんな思考実験を持ち出します。忍野、貝木、そして彼女の三人が、それぞれ違う答えを出しました。勿論余弦は、当然本物に価値がある、と。
 ちなみに、貝木は偽物の方に価値があると言ったそうです。本物になろうとする意思がある、という辺りに価値を見出したわけですが、それを彼女はかっこええと言っていました。
 さて、では我らが暦は?
 暦は、それに対し答えませんでした。というよりも、その前に余弦は去ってしまいます。
 しかし考えてみると、その答えは、最初から暦の中にあったのだと思います。だからこそ、余弦に戦いを挑んだ。
 それは何かというと、そもそも、本物/偽物という考え方そのものが暦の中にない、ということでしょう。つまり、自分が認めた者が妹だ、と。価値を認めたものが本物、という表現もできますが、そう言ってしまうと本物/偽物という概念に囚われた表現になってしまうので、ちょっと不適切かも。
 前回、妹のチチを揉んだときも、今回妹にキスをしたときも、何となくだとか何も感じないとか。ドキドキもしないし、嬉しくもない。だから、「やっぱり僕の妹だ」と。
 いや、妹だからこそ萌えるという意見もあるでしょうが(笑)、ことはそういうところにあるのではなく、暦の感性に基づいて、それが怪異であっても「妹」であると確認したというのが本質なので、そこに拘っても意味がない。
 暦のチチ揉みやちゅーは、この「つきひフェニックス」というエピソードの本質に関わる重要な意味を持つイベントだったわけです。
 勿論、萌え豚向けのサービスであるという意味もあるんでしょうけど(笑)!

 というコメントを付けたついでに、暦という人物、そしてこのシリーズそのものにも共通する特徴について追記してみます。
 暦は、例えば八九寺に出会えばいきなり変質者の本性(?)を現しますし、他にも今回のチチ揉みや色んな変態行為をしています。
 しかし、ものの考え方とかは極めてマトモで、確固とした何かを持っています。
 では、そうでありつつ韜晦して変質者の振りをしているのか?というと、そうでもなく、やはり暦はそういう人物なのです。「本物」の暦がいて、意識してそれらを見ている、切り替えているわけではなさそうです。
 変質者である暦と骨太な何かを持っている暦。これは、同一レイヤーで鬩ぎあっているものではなく、メタなところにある別のものなのではないでしょうか。

 この「物語」シリーズも同様で、それらは表面的なものに何かがくるまれているというよりも、やはり下賤で変態な作品そのものなのであり、それとは別な次元に何か別のものを持っている、そういう立体構造がある感じがします。
 作中にときたま現れる、リアルとごっちゃになったメタな表現が、そのように感じさせるのではないかと思います。
 しかし、それも「そう表現することでそう感じさせる」だけであり、「物語」シリーズを象った別の構造が見本のようにそこにある、という構造かと。

 実に興味深いシリーズであり、興味深い作家である、と思います。

tag : アニメ

コメント

非公開コメント

“妹”とは?

暦くんの家族観はなかなか興味深いですね……妹萌えの人間としてッ!(笑)

僕は妹萌え人間なわけですけど、「妹“的”存在」だとか「妹の“ように”思っている存在」に「妹として」萌えることは無いんですわ。いゃそりゃ結局他人じゃん?と。偽妹じゃん?と(笑)
あ、もちろん「妹を名乗ることを認めない」ってだけで、それ以外の要素に萌えることはありますよ?年下幼馴染みキャラとしてだったり後輩キャラとしてだったり。ただし妹を名乗ったり、妹と呼ぶことは認めませんけど。

要は主人公が「妹だと」思っていれば“妹”なんです。「妹のように」思っているんじゃダメなんです。「妹だと」思ってなきゃ。

つまり何が言いたいかというと「月火ちゃんは間違いなく暦くんの“本物”の妹である」ってことです。何故なら「暦くんが月火ちゃんのことを妹だと思っているから」。だから例え月火ちゃんが人外の存在であったとしても偽物だなんてことはなく、間違いなく本物の妹だと僕は思います。



……以上、僕の「妹観」の押しつけでした(笑)

Re: “妹”とは?

要するに、「本物」とはそもそも何なのか、それが重要なポイントですね。
「家族に偽物を許容することを強要するのか?」と問う余弦に、「いやだって本物じゃね?」と返したわけですから。

しかし、もしこの主人公が試される大地さんだったら、「本物」であることの確認の仕方が正反対になりそうですね(笑)。

No title

>確認の仕方が正反対

あー……僕だったら妹のおっぱい揉んだりちゅーしたりしたら、萌えて萌えてドキドキしてハッピーになって有頂天になって「こんなに萌えるんだから間違いなく妹だ!」となるでしょうね!(笑)

さて、戯れ言は置いといて。
暦くんが変態だったりカッコよかったりするのも、水響さんが書かれている通りどれが“本質”ということでもなく、また“切り替えてる”ということでもなく、ひとりの人間を“違う角度から見てるだけ”だと思うんですよね。
創作物の登場人物に限らず、現実に生きる人間もそうだと思うんですけど、僕は人間って「多面体」みたいなものだと思うんですよね。違った角度から見れば違った面が見えるっていう。
例えば「妹萌え!」とか言ってる自分と、職場での自分、家族といるときの自分、友人といるときの自分、どれも違った自分ですけど、どれが本物とか偽物とかは無いつもりなんですよね。どれも間違いなく本当の自分なわけで。切り替えてるつもりもないわけで。
要はひとりの人間にそれぞれ色々な面があって、TPOによって違う面が見えてるだけなんじゃないか、と。
ま、これも僕の勝手な「人間観」なんですけどね。

Re: No title

> “違う角度から見てるだけ”
一般論としてはそうなんですが、実は本エントリで言っていることはちょっと違ったりします。
でもまあ、本来ならばこれはアニメの感想ではなく原作の感想として書くべきことだったかも知れません。

アニメでも、確かに暦は様々な顔を見せてくれて、それは違う角度から見ているための視差のように思えます。
しかし、それはあくまでも、同じ世界の中で視点を変えたことによるものですが、これが原作になると、そもそも世界が重層化しています。暦がいきなり『化物語』のアニメ化とか都条例とかについて語りだしたり。
対象は同一人物なんですが、違う「世界」から見ることになるのです。つまり、『化物語』の世界とリアルの世界、とか。

それは、夢の中での本人のようであるし、作家と登場人物のようでもあります。主体は同じなんですが。
だから、暦という人物が何をどこまで把握しているのか、把握していることを認識しているのか、その辺りがわかるようなわからないようなどちらでもいいような、そんな謎めいた感じがして、興味をそそられるのです。

こういう構造を、実は以前、ここで文章にしたことがあります。
作りかけの作品ですが、『ありがとうをいいたくて』です。
http://mizukifu.blog29.fc2.com/blog-entry-315.html
プロフィール

水響俊二

Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
月別アーカイブ
アクセス解析中