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独り言: 日本人のものの品質への拘り

 昨日の朝、なんとなくテレビを見ていたら、原発の話をしていました。
 まあ、全然珍しいことじゃないですけど。

 どういう話かというと、アメリカの原発では電源喪失への対処をしないなんてことはあり得ない、というアメリカの担当者の話でした。対して日本側は、周辺の色んなものの品質がアメリカの原発で使われているものよりもずっと信頼性が高く、深刻な事態に陥る確率はアメリカよりもずっと低いから、という話でした。
 これを聞いて、なんとなく思い出したのが、以前にも触れたことのある「フォールトトレランス」と「フォールトアボイダンス」の話です。

 それぞれ、障害は発生するものとしてその対処に注力するのか、障害の発生を避けることに注力するのか、という方針というか戦術というか、ですね。

 勿論、どっちも追求できればそれに越したことはない。しかし、現実には資金の面でも労力の面でも時間の面でも、できることは有限です。
 で、結論を言ってしまえば、一般的には前者、つまり「フォールトトレランス」の方針でいくのが現実的である、と言われているわけです。
 ものすごーくいい加減な例を出せば、障害を1/1000にしようとするのと1/100にするための対処を二重にできるのとでは、後者の方が1/10000になるからいいじゃん、みたいな?
 まあ、厳密な話はしません。つかできない(笑)。

 で、冒頭の原発の話で言えば、アメリカはフォールトトレランス的な方針であり日本はフォールトアボイダンス的な方針であったと、まあはっきりとそう言えるわけでもありませんが(実際にかけた予算とかわかりませんし)、そういう印象はありました。

 そう言えば、例えばコンピュータのデータを大量に溜め込む施設であるデータセンターの運用でも、これまた日米では気候とか地理的な事情とか運用とか(人がいるかどうかとか)色々違いがあるわけですけど、似たような傾向があるらしいですね。
 アメリカでは、設備(ハードディスクとかその他色々)はもう消耗品と考えて、そんなに神経を尖らせることなくばんばん取り替えていきますが、日本は反対のようで。

 また、日本人はとても英語が苦手ですね。
 以前、日本語の特殊性について触れましたが、それだけでなく、日本人は完璧に話そうとし過ぎる、という指摘もよくあります。
 日経BPにもこんな連載コラムがありました。
英語は道具:銅メダル英語を目指せ
 連載第1回にはこんなことが書いてあります。

 銅メダル英語は当然のことながら、金メダル英語、銀メダル英語にはかないません(「金メダル英語」「銅メダル英語」についても次回以降、説明します)。ただ忘れてほしくないことは、オリンピックを見れば分かるように、銅でもメダルはメダルです。銅メダルでもメダルを取れれば相当の実力だということです。

 尤も、別のこんなコラムもありましたが。
異文化が交わる人間関係だから、細かいニュアンスが大事になる
(連載「英語の公用語化って何?」)
 ついでにいうと、こんな本があったり。
世界のグロービッシュ ─1500語で通じる驚異の英語術世界のグロービッシュ ─1500語で通じる驚異の英語術
(2011/03/18)
ジャン=ポール・ネリエール、デービット・ホン 他

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●いま話題の非ネイティブの英語術「グロービッシュ」
 ・いまや世界の英語の7割以上が、非ネイティブ同士
 ・そこで求められるのは「伝われば十分」の英語
 ・「完璧な英語」を目指す不毛な努力はもうやめよう!


 ところで、日本の輸出産業では、素材とか部品とかが強いようです。こういう製品分野では、まさに品質を追求することが至上命題になるからでしょうか。
 また、家電などでも、壊れにくい、長持ちする、そういうところが評価されているようです。
 上記とは違い、これは、「拘り」がいい方向に出たケースですね。

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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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