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創作観: 要らなくなった「男キャラ」

 昨日、「要らないモノ?」と題したエントリを書き、そこで、最近の萌え系アニメにはそもそも女の子キャラしか出てこないのが結構ある、という話をしました。
 そこに、試される大地さんからコメントがあり、それに応えようと思って考えてたらなんか長くなってしまったので、ひとつエントリを起こしました。

 そのコメントから、一部を引用します。

僕が思い付いた理由としては以下の2つでしょうか。
(1)ヒロインに「序列」をつけないため
(2)消費者が、恋愛などの「キャラ同士の関係性」よりも「キャラそのもの」を重視するようになったため


 さて、この二項目に関する詳細は原文を参照していただくとして、まず私なりにまとめてみたことを書いてみます。

 この(1)についてですが、これは思うに、(2)が前提になっていないでしょうか。
 どういうことかというと、序列をつけないために男キャラを省略するということ、それはつまり、ヒロインが複数いたらその全員に対して0点を付ける、ということではないか、と思うのです。
 だから、男キャラがいないと成立しづらいもの、つまり恋愛関係の価値を放棄したとき初めて(1)がアプローチとして成り立つのではないでしょうか。

 さて、それでは次に、「キャラそのもの」の魅力だけでいいんじゃないか?という指摘の意味するところについて。
 そもそも、キャラの魅力とは何か。
 漫画とかアニメとか、あとはイラストが多いラノベとかでは、外見に関する魅力、というのがあります。
 しかしそれは、男キャラがいようといまいとあまり関係のある話ではない。という意味では、排除する必要もない。
 では他にはというと、なんだかんだ言ってやはりそれはそのキャラの人間性であり、人間性が出るのは人との関わりのときではないか、と。
 結局のところ人間性とは、何を大事にしているかとか、なんかの意見や状況に対してどう考えるかとか、そういうところに出ると思うんです。
 ただ、重要なのは、それが「恋愛」関係である必要性はない、と。

 ここで、「空気系」という言葉があります。
 そもそもそれを言い始めた人の文章が既に削除されていたり、なんかわからない言葉ですが、要するに、雰囲気を楽しむタイプの作品群、と言ってもまあいいでしょう。現状、誰かがきっちりした定義をしてそれが共通見解になっているという話も聞きませんし。
 で、その雰囲気(「空気」)ですが、「空気系」と分類される作品で描かれている「雰囲気」というのは、大概がなんかまたーりしたもの、起伏の乏しい日常、という感じです。
 この辺りについて、ブログ「Something Orange」のオーナーの海燕氏は、同人誌『BREAK/THROUGH』の中で、ゲーム『To Heart』のスタッフである高橋龍也氏の言う「仲良し空間」という概念に触れています。
 激しく省略して書くと、一緒にいて楽しい女の子との居心地のいい空間、ということですね。
 『To Heart』はエロゲ、もしくはギャルゲで、「仲良し」は男女の仲なのですが、ここでブレークスルーがあった、と海燕氏は指摘しています。『あずまんが大王』です。そこから、『らき☆すた』『けいおん!』等へと続くぬるま湯のような空間が、理想的な到達点として見出された/産み出された、と。

 さて、ではなんでそれが理想的なのか。
 結局のところ、恋愛ってそんなにいーものなのか?みたいなのってないでしょうかね。
 幾つかパターンはあると思います。

 今思い付いたのだと、例えば、関係の維持にコストがかかりすぎる、とか。勿論私が言うのですからその「コスト」とは金銭的なものに限らない。有形のものにすら限らない。
 一緒にいて楽しい女の子が描かれていれば、もうそれでいいんじゃ?みたいな。

 それから、以前私はこのブログで、アニメ『あそびにいくヨ!』を紹介したことがあります。
 しかし、結局私はそのアニメには大変不満が残りました。
 何かというと、ヒロインの一人真奈美が、原作と大きく違い、妙に主人公の騎央との恋愛に拘るのです。というか、それに拘りすぎて物事が見えなくなっている。原作での賢明な真奈美とは大きく異なっており、アオイすらもそれにつられてしまっている。
 はっきり言って、原作のヒロイン達が恋愛感情により輝いていたのに対し、アニメ版では逆になっているのです。
 そういう負の効果があるくらいなら、そんなの要らねーよ、という気になるんですよね。
 「恋は盲目」とかいいますが、その描写の効果は紙一重で、180度引っくり返る恐れがある。

 これらは、登場人物の関係性において、恋愛、男女関係、ひいては男キャラというものが退化している現象と言えます。注意して欲しいのは、退化とは必ずしも劣化ではないということです。不要のものがなくなっていくのは、ある意味正しい適応ですから。

 ここでもう一度、上記の同人誌『BREAK/THROUGH』に戻ります。
 そこには、仲良し空間の魅力について、私のような世代にはよくわからない事情が示されているのです。
 それは、学校という場の現状についての指摘です。
 荻上チキ『ネットいじめ』から、今の実際の学校の状況についての指摘が引用されています。
 何かというと、そこでは、「キャラ戦争」ともいうべき「キャラの強制しあい」が行われている、といった内容なのです。
 教室は戦場であり、コミュニケーションは戦争なのだ、と。「空気」を読み、うまく立ち回らないと、「殺される」。
 彼等は、関係性に疲弊しているのです。
 そんな状況では、所謂「空気系」作品群のぬるま湯は、正に理想なのかも知れません。恋愛とか、もう、精神的なコストが高すぎてとてもとても。
 まあ、これにははっきり言って実感というものが持てませんが、知人の教育関係者に聞いても特に否定的な見解はありませんでした。

 もっと追求すればもっと理由は出てくるかも知れませんが、これらだけでも理由として結構な存在感があります。
 可愛い(色んな意味で)女の子が登場して、その子と仲良くして、それで過せるなら、もうそれでいいんじゃないか。
 それ以上は、なんかこう、もう疲れるし。
 そんな気持ちが、こういったジャンルの作品のファンの間に横たわっているのではないか。
 なんとなーく、そんな気がするんです。

 ところで、上記のコメントの最後に、こんなことが書いてありました。

男キャラがいないと同人誌(for Adult Only)作るときに面倒くさそうだなぁ、なんて。

 それについて一言。
 うん。百合ものでいんじゃね(笑)?

コメント

非公開コメント

>その全員に対して0点を付ける

僕が考えたのはむしろ「全員に対して100点を付ける」って感じでしょうか。
創り手自らは序列を付けない。ただし、その分それぞれの消費者が「自分にとっての1番」を付けられる、みたいな。


さて、実は僕が今回のエントリで引用していただいたコメントを書いていたとき、頭に浮かんでいたのは『涼宮ハルヒシリーズ』の長門です。
彼女は『涼宮ハルヒシリーズ』における人気キャラです。もちろん、僕も大好きです(知らんがな)。その人気は“メインヒロイン”であるハルヒに勝るとも劣りません。
しかしながら、如何に人気があろうとも彼女は決して物語上で「報われる」(=恋が成就する)ことはありません。何故か?

それは彼女が“サブヒロイン”だからです。

そもそも『涼宮ハルヒシリーズ』は主人公・キョンとメインヒロイン・涼宮ハルヒの物語です。それは揺るぎないことでしょう。いくら人気があろうとも、そこに“サブヒロイン”たる長門が割って入る余地はありません。
“サブヒロイン”として物語に“設定(配置)”された時点で、彼女は「報われない」存在となることが決定している。如何に人気が出ようとも彼女は、“サブヒロイン”は、報われない。

物語に恋愛要素を絡めるならば、このような報われない存在が出てくることは避けられないことでしょう。もしかすると、創り手の中にも、そのような切ない“宿命”を自らの生み出したキャラ達に背負わせたくないと思う人がいるのかもしれません。恋愛っていうのは少なからずギスギスしたものを生み出したりもしますしね。
ならば、恋愛要素なんていらない。序列なんてつけない。だから、「男キャラ」なんていらない。みんなが平等、みんなが一番。敗者が出るくらいなら、最初から競わない、比べない。そんな緩くて温い、けれど居心地のよい「空気」。
これが「男キャラ」が必要とされない理由、なんじゃないかな、と。


……なーんて、ちょっと妄想してみたりしました(笑)

長門を例に挙げてみましたが、じゃあ仮に『涼宮ハルヒシリーズ』がキョンも古泉も登場しない、女の子だけの物語だったとしたら、果たして長門は人気キャラになったでしょうか?

ノー、でしょうね。

彼女の魅力はキョンという存在あってこそ、キョンとの関係あってこそのものでしょうから。
結局のところ、その「報われなさ」含めての人気、ということでしょう。
僕なんか、大概の作品で惹かれるヒロインはそういう「報われない」ヒロインばかりですし(笑)

Re: タイトルなし

> それは彼女が“サブヒロイン”だからです。
え? そうなんですか? 長門はメインヒロインですよね?
メインヒロインの想いが悲恋で終るというのも、よくあるパターンじゃないですか。
……とかいう冗談半分(半分(笑))の話はおいといて。

> 僕が考えたのはむしろ「全員に対して100点を付ける」って感じでしょうか。
これは多分、点数の意味が違います。
私が言ったのは、「男キャラとの恋愛」業においての点数であり(つまり採点者も違う)、その事業自体が廃業に追い込まれたら、当然労働者(ヒロイン)の受け取るものもなくなってしまいますよね。
でも、雇用の流動性は充分に確保されていて、「仲良し」業がヒロイン達の受け皿として成長産業となっている、という状況でしょう。

> 恋愛っていうのは少なからずギスギスしたものを生み出したりもしますしね。
序列、報われないこと、ギスギス感、こういったことが、私の指摘した「恋愛のコスト」なんですよね。心的負担と言ってもいいです。
関係性に疲弊してしまう。キャラも、受け手も。

> これが「男キャラ」が必要とされない理由、なんじゃないかな、と。
これらを以てして、赤松健氏は「萌え」の終息と称しましたが、私は前述のように、萌えの拡大/浸透と解釈しています。
まあ、それはつまるところ、単なる言葉の定義の違いに過ぎないんですけど。

> 彼女の魅力はキョンという存在あってこそ、キョンとの関係あってこそのものでしょうから。
だから言ったじゃないですか。百合でもいけるでしょ、と(笑)。キョンがいなくたって。

> 僕なんか、大概の作品で惹かれるヒロインはそういう「報われない」ヒロインばかりですし(笑)
なんかそういう、手を差し延べたくなるような状況ってのはぐっとくるものがありますよね。
ある意味、まどか☆マギカ11話のラストのほむらとか、似ているかも。

百合?レ〇?

ふと思ったんですけど、自分、“百合”は好きですけど“レ〇”はあんま好きじゃないかなぁ、って。

例えば『まどか☆マギカ』で、ほむらのまどかへの想いに百合っぽさを見出して萌え悶えることはあっても、それ以上“先”、まぁぶっちゃけるとエロス的なものはあんま求めてないかなぁ、と。

うん、なんていうか「精神的結び付き」の百合は好みだけど「肉体的結び付き」の百合(〇ズ?)は好みじゃないというか。

あれですね、「まどかのこと好き好き大好き!」っていうほむらは見たいけど、まどかにハァハァ欲情するほむらは見たくないというか(笑)

No title

エロならAVで散々見飽きてるからってのもありますよね
男女の絡みじゃなくてどうせなら漫画でしか表現できないネタを見たいとかいうのもあると思います

Re: 百合?レ〇?

> 「精神的結び付き」の百合は好みだけど「肉体的結び付き」の百合(〇ズ?)は好みじゃないというか。
ああ、それはわかる気がします。私も、

> 「まどかのこと好き好き大好き!」っていうほむらは見たいけど、まどかにハァハァ欲情するほむらは見たくない
そう思いますから。
やっぱ、ハァハァするまどかにいたずらされるほむらですよね。
……え、違いますか? そうですか、違いますか。

すいません。私は、レ○も好きです(笑)。

Re: No title

> どうせなら漫画でしか表現できないネタを見たい
結局のところ、エロに限らず、色んなものがそういう理由で漫画の世界のみに存在するみたいなことはあると思います。
創作物の中でも、小説よりも視覚に訴えるし実写では困難なこともできるし。まあ最近はCGが進歩してますが。

しかし、そのうち小説や実写に敗けるかも知れませんね。漫画/アニメに対するレギュレーションのせいで。

Re: Re: 百合?レ〇?

ちょっと追記。

一般作品の18禁二次創作とか、ガチ凌辱ものとか、その他も嗜まないでもないですが、なんかモードの切り替えみたいなのが要りますよね。
プロフィール

水響俊二

Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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