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書いた: 『ありがとうをいいたくて』 (Prototype)

 ここ一週間くらい考えてた話です。
 実際には、第一章とかもっと色々膨らませたいなーとかも思いますが、とりあえず版をここに書いておきます。
 こういう話は、まあアイデア勝負みたいなもんで、既に同じようなのがあったら殆んど意味がないんですけどね。

 というわけで、久し振りの非18禁小説、『ありがとうをいいたくて』のPrototype版です。




『ありがとうをいいたくて』

Prologue

 晴でもなく雨でもなく、暑くもなく寒くもないその日、篠原美佳は、制服で参列者の中にいた。
 高校生のフォーマルな服装としては制服が一般的であるし、濃紺の制服は葬送の場にふさわしい。
 美佳は、睨み付けるように遺影に視線を当てていた。涙など流しているわけには行かない。しっかり見て、記憶に焼き付けなければいけないのだ。
 列の前方に、泣き崩れんばかりに悲嘆に暮れている少女がいた。
 河野弥生。学校からの参列者にクラスメイトが多い中、数少ない他クラスの生徒だった。
 彼女はいい。いつでも焼香の名目でここを訪れればいいのだから。家族は、暖かく迎え入れてくれるだろう。故人とは家族も認めた付き合いだったのだ。
 しかし、美佳はそういうわけには行かなかった。単なるクラスメイトに過ぎないからだ。
 だから、もう機会はない。
 今。今、遺された姿をしっかりと憶えていかないと。
 宙を舞う少年の姿の記憶を塗り潰すためにも。

1. 日常。

 美奈は、校門で拓也を待っていた。
 先ほど、携帯にメールが届いた。部活がもう終わるから待ち合わせよう、という内容だ。いつもの習慣である。
 しかし美奈は、ずっと前からここにいた。
 拓也を待つだけでも、それは楽しいことだったから。
 やがて、美奈が待っていた少年が現れる。
「よお、美奈、待たせたか」
「ううん、今来たとこ」
「どこで待ってた?」
「図書館。アイデアを練ってたの。もうすぐ次の部誌の発行だし」
 美奈は、嘘をついた。
「今度はどんな話?」
「……ないしょ。書き上がるまで待って」
「そっか。ま、いつもそうだよな」
「だって、書いてる途中のを見られるのって、なんか恥かしいし……」
 二人は、話しながら自然に並んで歩き始めていた。手を繋いでいるのも、無意識に行われたことである。
 繋いだ手の温もりが、二人の心も温めていた。

 それが、美奈と拓也の日常。

 夜、美奈は自室の机で、日常の象徴である小さな白いイルカのキーホルダーを目の前に下げて笑んだ。
 数日前、付き合い始めて一周年になったのを記念して、最初にデートした水族館に二人で赴いた。これはそのとき、同じものを互いにプレゼントした、思い出の証でありかつ思い出となる筈の品だった。
 美奈はそれを鞄に付け直し、翌日のために眠りについた。

2. 矛盾。

 翌朝、美奈がいつもの待ち合わせの交差点に着くと、拓也が声をかけてきた。
「よう、お早う」
「お早う、拓也くん」
 拓也の隣を並んで歩き、微笑み合う。美奈は、この瞬間がとても好きだった。
 と、拓也の美奈の鞄のキーホルダーに気付いた。
「お、それ鞄に付けてるんだな。……ん?」
「え、なに?」
「それ、この間買ったのと違うか?」
「どうして? そんな筈ないよ」
「だってさ、星が付いてないだろ」
「え、……あっ」
 白いイルカ。これは、あの水族館に昔いた、パールドルフィンと呼ばれる希少種だった。しかし、最初のデートの少し後、死んでしまったのだ。
 だから、それ以来、そのグッズには、星になったという意味で腹の辺りに星の飾りが付いている。付いていないものは、今、好事家の間で取り引きされる程度だった。
 美奈は、愕然とした。
(……しまった。どうしよう。どう辻褄を……?)
「どうした?」
(思い付かない……だめ、またやり直し、なの? ……ううん、もう、それはイヤ……!)
 美奈は、諦めることにした。
「拓也くん、ごめんなさい」
「どうしたんだよ。なんだいきなり」
「全部私が駄目な子だからいけないの」
 今にも泣き出しそうな様子の美奈に、拓也は慌てて問いかけた。
「何かあったのか?」
(もう、これ以上拓也君を死なせるわけには行かない……! だって、そもそも世界は拓也君のためにあるんだから)
「……これから、とんでもないこと言うけど、許してね」
「いや、許すも何も」
「この世界はね、私が作ったの」
「なんだよそれ。あ、今作ってる話の設定か?」
「拓也君、雪が降ってきたね」
「え? あ、そうだな。いやそうじゃなく」
「じゃあ、さっきまでどういう天気だったか、憶えてる?」
 拓也は怪訝そうな顔をする。
「そりゃ、……あれ?」
「憶えてないでしょ」
 拓也の表情は、次第に真剣になってくる。
「じゃ、もう一度思い出してみて。さっき、私と会う前は、どういう天気だった?」
「いや、今思い出せなかったのに……あれ?」
「そう。厚い雲、ちょっとだけ薄いところに雲越しの太陽。なんで思い出せなかったか。それは、私が今設定を決めたから」
「な、いや、そうなのか? 俺の心をいじったとか」
「うん、それもあるね。じゃあ、私の記憶を見せてあげる」
 その瞬間、拓也は見た。
 拓也が、葬式の祭壇の上で、黒いリボンをかけられた写真の中、笑っている。
 喪服を着た参列者達。泣き崩れる、故人の恋人の河野弥生。
 そして、遡る。
 拓也が、横断歩道を渡る。歩行者用の信号は、青だ。だが、そこにトラックが迫る。
 弾き飛ばされ、宙を舞い、道路に叩きつけられる拓也の上を、別の車が乗り越える。
 ずたずたになる拓也。
 視点ががくんと下がる。見ていた美佳が、頽れたのだ。
「彼、小島拓人君は、私、篠原美佳が片想いしている相手だった。その人が死ぬところを、私は見てしまった」
 蒼白になる美奈。だが、拓也の顔も蒼白だった。
「どうしてか今でもわかんないけど、私は冷静にも、救急車を呼んで警察も呼んで、事情聴取でもトラックの運転手がハンドルに突っ伏していたことを説明した。多分、居眠りね」
「……おい、小島拓人? 篠原美佳?」
「そう。彼は小島拓人君。それを見ていたのは篠原美佳。あなたは小原拓也君で、私は篠崎美奈」
「種明かしは?」
「私は、篠原美佳。文芸部所属で、趣味は下手くそな小説を書くこと。好きな人は同じクラスの小島拓人君。片想いだったけど」
「……で?」
 美奈は、核心に触れた。
「小島君が死んでしまって、悲嘆に暮れた私は、せめて空想の中だけでも話がしたいと、この世界を作ったの。小島君をモデルに拓也君を設定して、私をモデルに美奈を設定した」
「……これまで隠していたのか」
 美奈は、いや美佳は、どう説明しようか考えた。美奈にどう説明させようか、と。
「美奈は、そんなこと知らない、この世界に住む、ごく普通の女子高生だった。拓也君、あなたが普通の人であるのと同じように」
「だって、美奈は、美佳なんだろ?」
「でも、拓也君も、私の……じゃない、美佳の一部。なのに何も知らなかったでしょ? 物語の登場人物は、全知全能の作者をどう削るかで出来上がるの。この人は「何を知らないか」、それが設定」
 拓也は、別のことに疑問を抱いた。
「さっきの、イルカのは?」
「あれは、私が書き直している内に、前の設定を残してしまって、矛盾しちゃったの。でも、現実世界と違って、物語の中では矛盾も存在できるから、ああいうことになっちゃった」
「書き直し?」
「……ごめんなさい」
「なんだよ」
「これまで私は、この物語を何度も書き直しているの。だから、何度もあなた、拓也君を消してる。途中まで生きていた拓也君を」
「そんなの知らないぞ」
「そうだね。「知識を与えなかった」から。だから、ごめんなさい。私、もうやめた。矛盾があってももういい。拓也君さえいてくれれば、世界なんてどうでもいい」
「……」
 拓也は、考えた。考えてはいたが。
(だけど、こうして考えているのも、美奈……いや、美佳が考えているのか? いや、そうさせているだけなのか?)
「混乱してるでしょ。いいよ。納得行くまで考えて。時間なんてどうにでもなるから」
「……わかった。でも、それも美佳がやってることなんだな」
「そうね。拓也君がどう考えるかを、美佳が考えているの」
「なるほどな。ま、いいよ。じゃ、今日は先に行っていいか。一人になりたい」
「勿論」
「じゃあな」
「うん」
 拓也は、美奈を置いて先に歩いて行く。

3. 思索。

 拓也は、美奈、いや美佳が、どうして拓也にこんなことを考えさせているのか、それを考えた。しかし、それを考えていると言うことは、美佳が、拓也に何をさせようか考えているということでもある。
(美佳は、俺に何かして欲しいと思っているのか? 美佳が自身をモデルとした美奈が、拓人をモデルとした俺と恋人同士になっている、つまり理想の世界では、満足できなかったのか?)
 これはつまり、美佳本人にもそれがわかっていないということなのかも知れない。
(美佳は、何を望んでいる? 美佳が付き合いたいのは、拓人だ。美佳の世界の、拓人だ。だが奴はもう死んだ。なら……)
 拓也は、なるほど、と思った。
(つまり美佳は、拓人に美佳を選んで欲しい、そういうことなのか?)
 ならば最初からそうすればよかったのに。いや、美佳自身わかっていなかったのかも知れない。だから、破綻を続ける世界に嫌気がさして放り出し、やり直そうと考えたのだ。
(美佳。俺が好きな美奈のモデル。いや、美奈は美佳の化身。なら、俺は……)
 拓也は、何を美奈に告げるかを決めた。

 翌朝。
「よう。一晩考えたけど、現実世界ではどんだけ経ったのかな」
「そうだね。3日は経ったよ」
「なんだ。俺はすぐに考え付いたように思ってたけど、そうでもなかったんだな」
「うん。気持ちを整理するのに結構かかったよ。でも、私は拓也君が何を言ってくれるのか知らない。拓也君に、それを「言って」欲しいから」
「ふん」
 拓也は、自分は本当に、美佳に作られたキャラなんだな、と思った。
「じゃあ、俺が考えたことを言ってやる。美佳のために」
「うん」
「美佳。お前、河野弥生と話せ」
「え? 河野さん? なんで?」
「俺が拓人なら、河野を放っておけない。河野も悲しんでいる筈だ」
「でも、河野さんは小島君のご家族と……」
「拓人が死んでしまった以上、拓人の家族は他人だ。傷を舐め合える友達の方が必要だ」
「それが私? 横恋慕してたのに」
「拓人が死んだ今となっては、もう意味はないだろ」
「じゃあ、私は? 私は、美佳は、どうでもいいの? 私が、私のために考えたキャラなのに、どうしてそんなこと言うの?」
 美奈は、信じられなかった。
「言ったろ。もう意味がないということの意味は、美佳にも傷を舐め合える友達が必要だ、ということさ。もう、二人は対等なんだ」
「……河野さんが、なんて言うかな」
「そんなこと俺が知るか。美佳にもわからないんだから」
 美奈は、拓也の言っていることが、結局のところ美佳のための言葉であることを理解した。
「そう。つまり私、美佳は、こんな世界じゃ寂しさを紛らすことができなかった、そういうことね」
「ま、俺がそう考えたんだから、そういうことなんだろ」
「……拓也君、私、できるかな」
「できるだろ」
「ほんとに?」
「やれよ」
(つまり、俺にそう言って欲しかったんだろ、美佳。考え付きはしたけど思い切れなくて、誰かに背中を押して欲しかった。そうだな)
 拓也は、美佳の気持ちを正確に理解していた。
「じゃ、そういうことだな。ま、頑張れや」
「……やっぱり、拓也君は小島君に似てるね」
「美佳が考えた拓人なんだから、そう思うのは当然だな」
「そうか。うん。わかった。やってみる」
「ということは、俺はもう用済みか?」
(普通の人間なら、理不尽に思うかも知れないな。だが俺は、結局のところ美佳なんだし、でも美佳本人じゃない)
 拓也は、最後に告げた。
「さよならだな、美奈」
「……最初から最後まで、ほんとにごめんなさい。全部私の勝手なのに」
「いいんだよ。それが俺のレーゾン・デートルなんだから」
「美佳が言いそうな単語ね」
「それじゃな」
「うん。ばいばい」
 拓也の世界は、終わった。

4. ありがとう。

 拓也は、放課後の校門で美奈を待っていた。
(何で俺はまたここにいるんだろう?)
 しかも、何も知らない拓也でもなく、さりとて美佳が何のためにまた拓也を描いているのかはわからないのだ。
(また俺に何か頼りたくなったのか。河野とうまくいかなかったのか?)
「拓也君」
 美奈が登場した。
「おう。何だよ今日は。まだ何か俺に用があるのか?」
「うん。どうしても伝えなきゃいけないことがあって」
「どうした。河野とうまく行かなかったのか?」
「ううん、河野さんとは、友達になった。今度一緒に小島君のうちにお焼香に行くことにしたよ」
「なんだ、うまく行ってるんなら、俺なんか必要ないじゃないか。わざわざこんな用意をして、何をしようとしてる?」
「だから、伝えなきゃいけないことがあるの。聞いてくれる?」
「今の俺は、そのために存在してるんだろ。聞くさ」
「うん。ごめんね、わざわざ。じゃあ、言うから」
 美奈が姿勢を正す。拓也も、つられて真似をする。

「ありがとう。……ほんとに、ありがとう、拓也君。今日は、それが言いたくて」

 拓也は、なんだそれ、と思った。
「だってさ、考えたのは全部美佳だろ。自分で考えたんだ。俺が考えたことは全部美佳が」
「拓也君がいたから、拓也君に何を言わせようか、と考えることができたの。今、河野さんと友達になれたのは、それができたから。私が、美佳が河野さんと友達になれたのは、拓也君がいたお陰。だから、ありがとう」
「……そっか。ま、礼は受け取っておくよ。じゃ、今度はほんとに終りか」
「うん。ありがとう。ごめんなさい。ありがとう」
「いいって」
 美奈が、手を差し出す。拓也は、その手を握る。
「それじゃ」
「じゃーな。河野と仲良くしろよ」
「うん」
 拓也は、美佳のノートのこのシーンの部分が、溢れた涙で滲んでいることを知らなかった。滲もうがどうしようが、判別できるなら、文字の意味は変わらないからだ。

Epilogue

「ほんとに私なんかがお邪魔しちゃって良かったのかな?」
「拓人君のご両親、喜んでたでしょ。いいのよ。私も嬉しいし」
 弥生は、隣を歩く美佳に微笑みかけた。
「私、篠原さんにはほんとに感謝してるの。慰めてくれた友達もいたけど、やっぱり、ね」
「うん。私も。……私なんて、友達いないから」
「そう。じゃ、私はあなたの友達の一番、なのかな?」
「迷惑じゃなければ」
「光栄です。……ありがとうね。ほんとにありがとう」
 美佳は、美奈と拓也のことを思い出していた。
「もしお礼が言いたいのなら、拓也君、小原拓也君に言ってくれるかな」
「誰?」
「今は、取り敢えず名前だけ憶えておいて。私に、河野さんと友達になれって勧めてくれた人なの」
「そう。じゃ、ほんとに感謝しなきゃね」
「うん。今度会わせてあげるから」
「楽しみね。どんな人なのかな?」
「素敵な人。小島君と同じくらい」
「そっか」
「そうなの」
 美佳と弥生は、手を繋ぎ、しばし沈黙しながら家路についた。

- おしまい -

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Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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