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書いた: 『桜の咲いた日』 京アニ版『Kanon』の評価ポイント

 カテゴリは「書いた」ですが、実態は、アニメの紹介だったりします。

 前のエントリで紹介した小説で、ヒロインが勧めてたエロゲに、『東鳩』『キャノン』があります。それぞれ『To Heart』『Kanon』のことであるのは、まず間違いないですね。
 関係あるのかどうか、物語の中で、ヤクドナルドという店が出てきますが、これは『To Heart』に出てきたアレでしょうか(笑)?

 『To Heart』の人気は凄まじかったですね。特に、マルチ。
 あのヒットからもう結構経ってからの話です。私は秋葉原で、とある店の二次創作同人誌の棚を見ました。そしたら、棚が緑色なんですよ。
 何かというと、その棚に並んでいる本の表紙が、HMX-12通称「マルチ」ばかりだったんです。緑は、マルチの髪の色ですね。
 あの話の凄いところは、あの哀しいながらも感動的な別れの後に発売されたHM-12の製品スペックです。
 あの、マルチが語った「想い」はどうなってしまったというのか? そんなこと、あっていいのか?
 そして、ハッピーエンドへ。

 『Kanon』は、発売されたときには私はチェックしてなくて、半年くらい経ってから、凄いゲームがあるぞというネットの噂で知ったんですよね。
 その後、大ヒットしたこのゲームは、全年齢対象版が出て、コンシューマ機にも移植され、二度もアニメ化されました。
 二度目のアニメ化は、言わずと知れた京都アニメーションが手掛けました。
 この、所謂『京アニ版Kanon』では、なるほど、と思わせられたことが三つほどあります。
 一つ目は、23話で沢渡真琴さんが登場したことです。これは中々興味深い改変でした。
 二つ目は、東映アニメーション版と異り、音楽を新しく作ってないところですね。原作ゲームからそのままか、既に発表されていたアレンジ曲ばかり。
 東映版では、アニメに向けて作られた曲がどうもゲームの曲と作風が違うのが気になったものです。まあ、私は『Kanon』の音楽にちょっと思い入れがあったので特にそう感じたんでしょうけど。

 さて、三つ目。
 本エントリで紹介する小説は、私がずっと前に書いた『Kanon』の二次創作ものです。
 そのときのあとがきから一部抜き出してみます。

 Kanon では、あゆ以外のシナリオではあゆが、探し物が見つかった、と言いに来ますね。これはすなわち、あゆの『願い』で他のキャラクタはハッピーエンドを迎えているのではないかと思います。
 でも、これはちょっと寂しい。あゆは? あゆはどうなってしまうのか? ということが、気になるのです。
 というわけで、小細工を弄したのがこの話です。いわば、『奇跡』の水増しですね。

 ゲームの全年齢対象版が出たとき、Hシーンが削られた分イベント絵が追加されたのですが、その中に、このあとがきで触れたシーンがありました。そのあゆの表情が、なんとも物悲しくて……。
 そんな理由で書いたこの小説ですが、京アニのアニメ化作品を見て、「やられた!」と思いましたね。
 これが、プロのやり方か、と。
 私がやったような「水増し」なんかせずとも、ちゃんと全員がハッピーになる解が示されています。
 最終話での祐一と栞の会話です。

「祐一さん、例えばですよ、例えば今、自分が誰かの夢の中にいるって考えたことないですか?」
「なんだ、それ」
「ですから例え話ですよ。夢を見ている誰かは夢の中で、一つだけ願いを叶えることができるんです」
「……」
「夢の世界で暮らし始めた頃は、ただ泣いていることしかできなかった。でも、ずっとずっと、夢の中で待つことをやめなかった。そして、小さなきっかけがあった。願い事は、長い長い時間を待ち続けたその子に与えられた、プレゼントみたいなものなんです。だから、どんな願いでも叶えることができた。病気の女の子を治すことも、事故に遭った人を救うことも、怪我をした友達を治すことも」
「願い事は、一つじゃないのか?」
「その子が、何を願ったかはわかりません。でも、もしかしたら、その子の大好きな誰かに、ずっと笑っていて欲しい、そんな風に願ったんじゃないでしょうか。そのためには、周りの人たちもみんな幸せでなければならないでしょう?」
「何故、そんな風に思えるんだ?」
「わかりません。ただ、病気が治ってからずっと、そんな気が、してて」


 というわけで、比較のために、私のをここに再公開します。殆んど自虐ですね(笑)。
 なんかこう、直したい!というところもありますが、まあ別に、公開理由が理由なんで、別にいいや。


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桜の咲いた日
v1.0 2000.2.12
v1.2 2003.10.20
 
水響 俊二
 
Prologue
 
「祐一君!」
 ある晴れた日曜日。季節は夏。いつもの駅前のベンチ。待っていたあゆが立
ち上がり、手を振る。祐一は、小さく手を振って応えた。
 あゆが駆け寄って来る。その手には、一通の手紙が握られていた。
「玲子さんから手紙が来たんだよ」
「おう、そうか。ちょっと見せてくれ」
「うん、いいよ!」
 二人は、適当なベンチに座った。あゆが手紙を祐一に渡し、祐一は読み始め
た。そこには、玲子の端正な字が並んでいる。
 
 手紙の内容は、大したことはなかった。いつものような、女の子同士の他愛
ない雑談。しかし、それだけでも、彼女が今は普通に日々を送っていることが
わかる。
「おい、俺のことが何も書いてないぞ。普通、よろしくくらい書くんじゃない
か?」
「だって、これはボクに来た手紙だし……」
「それにしてもだなぁ……」
 不機嫌そうな表情をしてみせる祐一。
 
 あゆと玲子は、このように今でも交流がある。4月に大学生となり、遠くの
街へ越して行った彼女。今は7月だ。離ればなれになってから3ヶ月以上経つ。
 祐一も、玲子との仲は良かったと言えるが、あゆは玲子に特別可愛がられて
いた。手紙のやりとりをしていることが、それを窺わせる。たまに電話もして
いるようだ。
 
 あゆ。
 彼女が玲子という年上の友人を得、普通の生活を送るようになったきっかけ
は、あゆらしく、たい焼きがからんでいた。始まりは、こんな風だった。
 
 
§ 出会い
 
 祐一がこの街に来て三日目の、まだ真冬のある日。
 あゆと祐一は、商店街を走っていた。あゆは紙袋を持っている。中身はもち
ろん、たい焼きだ。
 あゆは、また財布も持たずにたい焼きを買おうとし、結果的に食い逃げをし
ているのだ。祐一が付き合わされるのも今日で二度目だ。
「おい、もうそろそろいいんじゃないか?」
「え……うん……そう……だね……」
 あゆは息を切らして答えた。
 二人は、とりあえず目の前にある角を曲がった。そこで一息入れるつもりだっ
た。だが、そこには人がいた。
「そこのお姉さん、どいて!」
 あゆが叫ぶ。が、間に合わなかった。あゆとその人は、正面衝突をしていた。
 
 その女性はなんとかこらえたものの、あゆはしっかりと尻餅をついていた。
「いたいよー」
 涙目をしてお尻をさすっている。
「あらあら、大丈夫?」
 その女性は、あゆに声をかけた。祐一の学校の制服を着ている。青いリボン。
3年生だ。
 あゆは、持っていた袋の中を確認し、答えた。
「うん、大丈夫」
「おい。そういう意味じゃないだろ。……どうもすいませんでした、こいつの
不注意で……」
「うん、まあ私は大丈夫だからいいけど。彼女の方は大丈夫かしら?」
 女性はあゆに手を貸し、立ち上がらせた。彼女は、背が高かった。ぱっと見、
170cm は超えているだろう。
 あゆに手を伸ばしたとき、長い髪がさらさらとこぼれた。ストレートの髪は、
背中の中程まであった。
 あゆは、頭を下げた。
「ごめんなさい。ボクは大丈夫です」
「こう言ってるんで、平気でしょう」
 どちらも大きな被害はなかったようだ。
「そう、良かった。でも、服が雪まみれね」
 あゆは、道路脇にある雪の山に半分突っ込んでいた。これが、祐一が以前住
んでいたような暖かい地方ならびしょびしょになっているところだが、幸い雪
は軽く、はたけば落ちる程度だった。
「ほら、後ろ向いて」
 あゆの体の向きを変えると、ハンカチを取り出して雪を落し始めた。
「あ……」
「こんなものかな」
「あの……どうもありがとうございます」
 あゆが頭を下げる。女性はハンカチをぽんとあゆの手に渡し、言った。
「道を通るときは注意した方がいいわよ。今回は人だから良かったけど、車と
かにぶつかったら大変だから」
「あ、はい……」
「それじゃ、私は行くわね」
「どうもすいませんでした」
 祐一も謝っておいた。
 
「びっくりしたねー」
「びっくりしたじゃないだろ。いい加減、人にぶつかるのはやめにしろ」
「だって、そんなに急には止まれないよ」
「曲がるって手もあるだろ」
「うぐぅ、急にはむりだよぉ」
 あゆの手元には、先程の女性のハンカチが残っていた。
「これ、返さなきゃな。うちの学校の先輩みたいだから、俺が渡しといてや
る」
「うん、頼むね」
 祐一はハンカチを受取った。見ると、"R. Nojima" と刺繍がしてある。かな
り綺麗な刺繍だが、ブランド名ではなさそうなので、きっとノジマという人な
のだろう。
 祐一はハンカチをポケットに入れた。
 
 結局、二人は駅前のベンチに座り、たい焼きを食べた。
「ほんとにいつか金を払うんだろうな」
「払うもん。今度はちゃんと」
「どうだかな」
 
 二人と玲子は、このように出会った。偶然だったのだろうか。だが、それが
始まりだった。
 
 
§ 再会
 
 翌日の昼休み、祐一は秋子さんに洗濯してもらったハンカチを手に、
"R. Nojima" を探した。そこら辺にいる 3年生を適当につかまえて訊いてみ
たところ、運のいいことに最初のクラスに彼女はいた。
 教室に入るのはなんとなくためらわれたので、廊下に出てきてもらった。
「あら、昨日の……」
「昨日はどうもすいませんでした」
「いいのよ。で、何か用かな?」
「お借りしたハンカチを持ってきました。どうも」
 祐一はハンカチを取り出した。
「あら、別に良かったのに」
「でも、綺麗な刺繍もしてあるし、あいつが悪いわけだし、もらうわけに
も……」
「そう。じゃ、受け取っておくわね。わざわざありがとう」
「いや、礼を言われても……」
「そういえば、あの子は大丈夫だったの?」
「ああ、あいつは頑丈にできてますから、全然問題ないです」
「そう。良かった」
 玲子は微笑んだ。なかなかに印象的な表情で微笑む人だった。
「あの子と、仲いいの?」
「え? う~ん。ただの共犯です」
「きょうはん?」
「いや、なんというか……ただの顔馴染みと言うか。まあ、いずれにしろ大し
たもんじゃないです」
「あらそう。結構お似合いだったのに」
「やめてくださいよ、まったく」
 そこで、予鈴が鳴った。
「授業が始まるわね。今日はどうもありがとう」
「いや、こちらこそ、すいませんでした」
「それじゃ」
「はい、失礼します」
 祐一は教室へ戻るため歩き出した。ちょっと振り返ってみたら、玲子はこち
らを見て、手を振って微笑んだ。
 祐一は、ちょっと頭を下げ、また歩き出した。
 これが、二度目の出会いだった。
 その彼女が、野島玲子だった。
 
 それからも、祐一と玲子は教室移動のときなど、たまに顔を合わせると話を
交すようになった。彼女は気さくな性格で、人懐っこいとも言えた。気軽に話
ができる人だった。
 
 あるとき、あゆの話になった。
「そういえば、最初にあったとき一緒だった女の子、どうしてるかしら」
 懐かしそうに玲子は言った。
「ああ、あゆですか」
「あゆ? あゆちゃんって言うの。可愛い名前ね」
「月宮あゆっていいます」
「そう。そのあゆちゃんは?」
「たまに会いますけど、いつも元気ですよ。まあ、それだけしかとりえもない
し」
「あら。そんなこと言うもんじゃないわよ。……また会いたいわね。ね、会わ
せてくれない?」
「別にいいですけど……」
 彼女はあゆが気に入っているらしかった。どうも、あのとぼけたキャラクター
がお気に召したようだ。ぬいぐるみを可愛がるとか、そういうのに類するもの
かも知れなかったが。
「ね、適当にセッティングしてちょうだい」
「んじゃ、今度会ったら言っときます」
「よろしくね」
 
§
 
 ある日。祐一はいつものように商店街を歩いていた。特に目的はなかったが、
あゆに会って玲子と会うように話を進める必要はあった。
 そこへ、都合良くあゆが現れた。
「祐一君!」
「わっ」
 祐一の後ろから、いきなりあゆが抱きついてきた。
「やっぱり祐一君だ!」
「やっぱりってなんだやっぱりって。ちゃんと確認するように言ったろ」
「……うん」
「それに、確認してもいきなり抱きついてくるんじゃない」
「……うぐぅ」
 あゆは不満そうだったが、とりあえず手を離した。
「祐一君は、買い物?」
「いや、別に用はないんだが」
「それじゃ、一緒にたい焼き食べようよ」
「いいけど、俺は自分の分しか払わないぞ」
「いいよ、それで」
 祐一はあゆに引っ張られるようにしてたい焼き屋へ向った。
 
 結局駅前のベンチでたい焼きを食べることになった。
「やっぱり、たい焼きは焼き立てが一番だね」
「そうだな」
 あゆは相変わらず幸せそうにたい焼きを頬張っていた。
「あ、そうだ。なああゆ」
「うぐ?」
「この間お前がぶつかった人、憶えてるか?」
「うぐ」
 あゆは頷いた。
「……話をするときくらい食べるの止めろ」
「うぐぅ……」
 あゆは口の中のたい焼きを飲み下すと答えた。
「あの、優しいおねーさんだね。憶えてるよ」
「あの人、野島玲子さんっていうんだけど、今度あゆに会いたいって言うんだ。
都合のいい日あるか?」
「ボクは別にいつでもいいよ」
「じゃ、とりあえず、そうだな、あさっての土曜日、この辺でってことでどう
だ?」
「うん、全然おっけーだよ」
「それじゃ、一応そういうことにして、玲子さんに伝えるぞ。玲子さんの都合
が悪くても一応俺が来るから」
「うん、わかったよ」
 
§
 
 翌日祐一は、昼休みに玲子の教室へ出向いた。
「玲子さん」
「あ、相沢君、久しぶり」
 玲子は教室を出てきた。廊下で立ち話をした。
「どうも。この間の、あゆと会う話なんですけど」
「ああ、どうなったの?」
「明日の放課後はどうですか?」
「うん、大丈夫ね。どこで待ち合わせ?」
「駅前の広場なんですけど」
「わかったわ。……土曜の放課後かぁ。お昼ね。一緒に何か食べに行こうかな」
 玲子は、慣れてくると結構気さくな話し方をする。
「ところで、俺はどうすればいいんすか?」
「そうね。一緒にどう? 両手に花よ」
「う~ん、あゆが花ってのはなんか無理があるような……」
「何言ってるのよ。あゆちゃん可愛いじゃないの。立派な花よ。可憐なマーガ
レットってとこかな。」
「マーガレットって柄ですかねぇ」
 といいつつ、祐一はマーガレットがどのような花かよく知らなかった。
「ま、マーガレットかどうかは置いといて、ちょっと不思議な雰囲気があるわ
よね。可憐で、元気そうな割にちょっと儚げで……」
「それはちょっと、イメージ作り過ぎじゃないですか?」
「う~ん、そうかな。まあ私はほんとにちょっとしか会ってないし。でも、第
一印象ではそんな感じだったんだけどなぁ」
 予鈴が鳴った。祐一は話を切り上げることにした。
「じゃ、明日の放課後、駅前の広場で」
「待って。一緒に行きましょ」
 祐一は玲子と一緒に学校を出るところを想像した。ちょっと引けてしまった
が、OKすることにした。
「……いいっすよ。そうしましょうか」
「じゃ、明日ね。放課後教室に行くから」
「いや、俺が来ます。それじゃ」
 もしかすると、クラスの連中になんか言われるかも知れんな、などと思いな
がら、祐一は教室に戻った。
 
 
§ あゆと玲子
 
「あゆちゃんは……」
「え?」
 翌日、あゆに会うため、玲子と祐一は駅に向って歩いていた。見渡す限り一
片の雲もない晴天だった。話すことはあまりなかったので、玲子があゆのこと
を話し出すまで二人は無言だった。
「あゆちゃんは、可愛いわね」
「なんすか、いきなり」
「ちっちゃくて、元気で……。でも、何か不思議なところがあると思うの。な
んなのか、どうしてそう思うのかよくわからないけど」
 昨日もそんなこと言ってたな、と祐一は思い出した。玲子にとって、あゆと
の出会いはそんなに印象的だったのだろうか。ほんの一時、道でぶつかっただ
けの少女。そのあゆが、そんなに印象に残ったのか。
 玲子本人も言っているが、どうしてそんなに気にするのか。玲子本人にわか
らないのだから、誰もわかっていなかった。
「相沢君は、あゆちゃんとの付き合い、長いの?」
「う~ん、長いと言うか短いというか……」
「なんなの、それ」
「最初に知り合ったのはずっと前なんですけど。俺、ずっと違う街にいたんす
よ。最近こっちに引っ越してきたんですけど、昔来たこともあって、そのとき
に知り合ったんです」
「なるほどね。で、長くもあり短くもあり、ということね」
「そうです」
「ふーん」
 玲子はそれ以上訊いてこなかった。そのため、また沈黙が訪れた。
 
 もう間もなく待ち合わせの駅前広場、というところで、祐一はふと、既視感
を覚えた。駅前の広場。そこへ向う祐一。待ち合わせのベンチ。そして、待っ
ているのは……。
「あゆちゃん!」
 玲子はあゆを見つけると、手を振った。あゆは立ち上がり、こちらに軽く会
釈をした。どうやら、あゆにもこのような神妙さがあったようだ。実は、人見
知りをするのかも知れない。
 逆に、一見おとなしそうな玲子は、実は結構人懐っこいようだ。
「よう、あゆ」
「……こんにちは」
 あゆはまだちょっと大人しかった。
「玲子さん、あゆです。月宮あゆ。で、こちらが野島玲子さん」
「どうも、月宮あゆです」
「野島玲子です。こんにちは。あゆちゃんって呼んでいいかな。って、もうそ
う呼んでるけど」
「あ、はい、どうぞ」
 祐一は、又貸しされた猫のようなあゆを見て、吹き出しそうになったが、な
んとかこらえた。
「それじゃ、私のことも名前で呼んでね」
「玲子さん、ですか」
「うん、それでいいわ。さて、」
 玲子は、話を変えた。
「お昼なんだけど、何か食べに行こうか」
「そうっすね」
「何か食べたい物ある?」
「俺は別になんでもいいですよ。あゆ、お前はどうだ」
「たい焼……き」
 反射的にそう答えたが、遠慮したのだろうか、語尾が弱々しかった。
「たい焼き? 昼飯にか。いつも食ってるとは思ったけど、飯もそうなのか」
「う、ううん、別にたい焼きでなくてもいいよ。普通にどっかでご飯食べよう
か」
「私もたい焼きでいいわよ。相沢君さえよければたい焼きにしようか」
 玲子は、一応祐一にも声をかけたが、たい焼きにしたいようだった。
「まあ、いいんすけどね」
「じゃ、決定ね。確か、商店街の方に屋台が出てたわね。そこでいいかな?」
「はい」
 祐一はそう答えたが、あゆは何も言わなかった。
 
 3人はたい焼きを買った。
「どこで食べよっか。駅前じゃつまらないし……公園でも行こうか」
「公園?」
「あっちの方にあるの。公園が。噴水とかあって結構綺麗なのよ」
「じゃ、そこにしましょうか」
「あゆちゃんもいい?」
 あゆは頷いた。
 
 3人は、公園に向って歩き出したが、途中で玲子が提案した。
「ね、たい焼きが冷めちゃうから、食べながら行こっか」
 祐一はちょっと意外に感じた。玲子は、ものを食べながら歩くようなことは
しないような気がしていたからだ。
「いいの?」
 あゆは、そのたい焼きが気になっていたようだ。固くなっていても、たい焼
きに対する執着は変らなかったらしい。
「じゃ、そうしよう。相沢君、ちょうだい」
 玲子は祐一の持っていたたい焼きの袋に手をのばした。続いてあゆも。祐一
も、食べることにした。
 たい焼きをかじりながら、3人で遊歩道を歩いた。
「おいしいね」
「……うん」
「あゆちゃん、たい焼き好きなの?」
「好きです」
 あゆはどうしてしまったのだろう。祐一は考えた。固くなるにしても、これ
は行き過ぎだ。以前、商店街で秋子さんと会ったことがあったが、そのときは
もうちょっと普通だった。
 しかし、たい焼きを食べ始めてから、少しは良くなってきたようだった。こ
わばっていた表情が、だんだんほぐれてきたようだ。
「こいつと会うときは、大概食ってますよ。最初玲子さんと会ったときも持っ
てたでしょ」
「うぐぅ、いつもじゃないもん」
 お、『うぐぅ』が出たな、と祐一は思った。
「あれ、たい焼きだったの。うん、すごく大事にしてる感じがした。ほんとに
好きなのね」
「……」
 あゆはちょっと赤くなったようだった。でもたい焼きは食べる。
 
 そうこうしているうちに、公園についた。入ってすぐのところに、円形のス
タジアムのようなものがあり、中央の一番低いところに噴水があった。
「へえ、こんなところがあったんですね」
「ボクも知らなかったよ」
「私、ここ好きなの。あんまり人いないし、ちょっとおしゃれだし。いい感じ
でしょ」
 確かにそうだった。石造りの噴水はなかなか見栄えがいいし、人も、高校生
くらいの女の子が一人、ちょっと高いところにあるベンチで風景のスケッチを
しているくらいだった。もっと暖かい季節ならもう少し人もいるかも知れない
が。
 ちょっと離れたところには露店があった。何か食べたくなったらそこで食べ
ればいい。
 3人は、ベンチを見つけ、雪をはらって座った。真ん中に玲子、左にあゆ、
右に祐一が座った。
「あゆちゃん、寒くない?」
「あ、大丈夫です」
「そう。寒くなったら言ってね」
「はい」
 玲子はちょっとあゆを見て言った。
「う~ん、固いなぁ。あゆちゃん、何か固くなってる。でしょ?」
「そ、そうかな」
「そうね。別に固くなることないのよ」
「はい……」
 そう言われても、すぐに直すわけにはいかないようだった。
「ね、あゆちゃんって高校生よね?」
「はい、高2です」
「そう、相沢君と一緒ね」
「玲子さん、よく高校生ってわかりましたね。中学生に見えませんでしたか?」
「うぐぅ、祐一君!」
 あゆは文句があるようだった。
「うん、まあ、ちっちゃくて可愛いからその位に見えないこともないかな。で
も、なんとなくね。それに、相沢君のこと祐一君って呼んでるし」
「うぐぅ……」
 あゆは若干の不満があるらしかったが、特に口にしなかった。
「あゆちゃんは、どこの学校なの?」
「そういえば、聞いたことなかったな。どの辺にあるんだ?」
「あっちの、森の方にあるんですけど」
 玲子は首を傾げた。
「そんなところに高校なんてあったかな?」
「ちょっと奥の方だから、知らない人も結構いるんです」
「そうなの。どんな学校なの?」
「私服で、自由な感じのところですよ」
「確かに、あゆが制服着てるところって見たことないな」
「でも、祐一君の学校の制服、好きだよ。ボクもその制服着たかったかも」
「そうね。うちの学校は、制服につられて入る子って結構いるみたい」
 祐一は驚いた。
「え、そうなんですか。俺は変な制服だなって思ってたんですけど」
「私も結構気に入ってるんだ。でも、着られるのももう少しだなぁ」
「あ、そうですね。もうすぐ卒業ですからね」
「でも、あゆちゃんの学校みたいなとこもいいかもね。うちも結構自由な方だ
けど」
「うちはいい学校だと思います」
 学校の話になってから、あゆはだんだん話をするようになった。それだけ自
分の学校が気に入っているということか。
 
 それから、たい焼きの残りを食べ、ちょっと足りなかったので露店で焼きそ
ばやお好み焼きなどを食べ、小さな雪だるまを作ったりした。
 そうこうしているうちに、あゆはだいぶ慣れてきたようだった。固さはすっ
かり取れており、あゆも、玲子を気に入ったようだった。
 
 やがて、日が傾き、景色が赤く染まり始めた頃。
「暗くなってきたわね。そろそろ帰りましょうか」
「うん、そうだね」
「今度、あゆちゃんの学校見てみたいな。案内してくれる?」
「いいよ、いつでも」
「じゃ、よろしくね」
「俺も見てみたいな。行くときは俺も連れてってくれ」
「うん、いいよ」
 尤も、この約束が果たされることはなかった。
 3人は帰ることにした。
 
 待ち合わせた駅前の広場で解散することになった。
「それじゃ、この辺で。今日は楽しかったわ」
「うん、ボクも。玲子さん、祐一君、それじゃ」
 あゆは、リュックの羽をぱたぱたとさせながら元気に走っていった。
「相沢君」
「はい?」
「あゆちゃんって、いい子ねー……」
「そうすか?」
「うん。私、あゆちゃん、やっぱり気に入っちゃった。思った通りだった」
「あゆも、玲子さんのこと気に入ったようですよ。最初はあいつでもこんなに
緊張することあるのかと思うくらいでしたけど、もうすっかりなじんでるし」
「そうかな。そうだと嬉しいな」
 玲子は、あゆの去った方向を見ながら、そうつぶやいた。
「また今日みたいに遊べるかな」
「そりゃ、もちろんでしょ」
 玲子は何も言わなかったが、嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃ、私達も帰りましょうか。相沢君、どっちの方?」
「あ、俺はこっちです」
「反対ね。私はこっちだから」
「じゃ、ここで」
「うん。それじゃ」
 二人は、それぞれの家に向って帰った。今日という日を楽しんだ3人だった
が、このような日はしばらくおあずけだった。
 
 
§ 事故
 
 ある日、祐一が玲子の教室へ行ったところ、玲子は学校を休んでいた。クラ
スメートの話では、教師のところへも具合いが悪いというだけで具体的な話は
伝わっていないらしかった。
 翌日、玲子は学校に姿を現した。が、その憔悴ぶりは一目見てわかるくらい
だった。昼休み、玲子に会いに来た祐一にも、すぐにわかった。
 
 二人は中庭にやってきて、ベンチで話をした。
「玲子さん、どうしたんですか?」
「……何が?」
「元気ないじゃないすか。疲れてるみたいだし」
「……そうね」
 玲子はあまり話したくなさそうだった。だが、玲子は自分から話を向けてき
た。
「相沢君は、あゆちゃんと付き合ってるの?」
「え? いや、そんなことはないすけど」
「そうなの」
 玲子はまたちょっと黙り込んだ。
「私ね、付き合ってる人がいるの。樫山順って言うんだけど」
「あ、そうなんすか」
「その人ね、ちょっと遠くに住んでるんだけどね。もう大学も出てて、医者を
やってるの」
「それは凄いっすね。遠距離恋愛で、かなり年上ですか」
「まあね。その人がね」
 玲子は続けた。
「冬山登山をするのよね。危ないから止めて欲しいんだけど、多分言っても聞
かないだろうけど」
 祐一には、なんだか、話の続きがわかるような気がした。
「その彼がね、この間山へ登ったんだけど……行方不明なの。戻ってこないの。
昨日から捜索隊が出てるわ」
 祐一には、言葉がなかった。
「やっぱり、止めてって言えばよかったかな。そしたら……」
「玲子さん……」
 玲子はうつむき、今にも涙を流しそうな風情だった。が、涙は見せなかった。
既に、そんな気力もないのかも知れなかった。
 
 
§ 夢雪桜
 
 その日、香里から『夢雪桜』の話を聞いたのは、ほんの偶然だった。
 どういう話の流れか、話が自分の願いのことになった。
「俺は、もっとゆっくり登校できる日常が欲しいよ」
「あら、ならもっと早く起きればいいじゃない」
「うちにはその努力を無にするやつがいるんだよ」
「それってわたしのこと?」
 名雪が不服げに言った。
「おまえしかいないだろ。あんなに早く寝てるんだから、もっと早く起きろ」
「だって、眠いんだもん」
 北川は、現実的だった。
「俺はやっぱり、金が欲しいな。あーあ、宝くじでも当たらないかな」
「夢がないわね」
 香里がばっさりと切って捨てた。
「何を言う。宝くじは夢を買うものなんだぞ」
「で、買ってるの?」
「……いや」
「じゃ当たるわけないじゃないの」
 北川の夢はまたも切って捨てられた。
「ね、相沢君、『夢雪桜』って知ってる?」
 香里は突然話を変えた。
「ゆめゆきざくら? 知らん。なんだそれ」
「わたしも知らないよ」
「名雪あなたこの街に何年住んでるのよ」
「俺も知らないぞ」
 結局誰も知らなかった。どうやら街の伝説らしかった。
「夢がかなう桜のことよ。あっちの方に森があるでしょ」
 香里は街外れの方を示した。
「そこに、数十年に一度、真冬の雪の中満開に花を咲かせる桜があるんだって。
その桜を見ると、夢がかなえられるのよ」
「へー、そんな話があったんだ」
「わたし知らなかったよ」
「俺は知らなくて当然だな」
「何を偉そうにしてるの」
 北川が楽しそうに言った。
「んじゃ、それを見つけて宝くじを当ててもらおうか」
「やっぱり北川って夢がないやつだなぁ」
「いいじゃないか。金がありすぎて困ることはないだろ」
 
§
 
 学校の帰り、祐一は街外れへ来ていた。なんとなく、香里の話が頭に引っ掛
かっていた。
 『夢雪桜』。それは、単なる、この街の古い言い伝え。本当かどうかなども
ちろん怪しいものだ。だが、気になっていた。だから来た。森のある、この街
外れへ。
 遊歩道を歩いていた祐一は、道の脇にある森の中へ踏み込んでみた。
 
 そこは、葉を落した木の枝のすきまから降った雪が、誰の足跡も受けず広が
る世界だった。葉のない木が多いのと雪の反射で、予想していたよりも明るかっ
た。
 桜。
 この世界に、それ程似つかわしくないものはないのではないかと思えた。そ
れくらい、きっぱりと華やかさを拒むたたずまい。だが、これはこれで心地好
いものに思えた。
 それでも、この中から桜を探さなければならない。夢雪桜の力を借りたけれ
ば。それは、絶望的なことに思えた。香里の話でも、夢雪桜が咲くのは数十年
に一度。そんなものに出会うのは、やはり至難の業だ。
 だが、祐一はここへやって来た。
 あの玲子が、あれだけ消沈している。やはり、余程のことだ。そうだろう。
遠く離れながらも続けてきた付き合い。そこにはやはりそれなりの思いという
ものがあろう。
 祐一も、それは分かっていた。だから、力になりたかった。だが、どうすれ
ばいい?
 彼は、所詮他人だし、力もない。玲子の恋人を探し出すこともできないし、
玲子を慰めたくてもどうしたらいいのかわからなかった。
 西の空が赤く輝き始めていた。
 それとともに、白かった雪も赤く変わり、木々の陰が延びる。
 知らぬ間に、結構奥深くまで入り込んだらしく、後ろを見ても遊歩道が見え
なかった。
 祐一はふと不安になり、自分の足跡を辿って戻り始めた。
 こんなことで、夢雪桜を探せるのだろうか。そう思ったが、そもそも桜の存
在自体、その力自体が不確定なものだ。
 遊歩道が見えてきた。
 祐一は、気付かぬうちに早足になっていた歩みに気付き、速度を落した。
 遊歩道に戻ると、家の方向へと歩き始めた。
 桜。また探しに来るのだろうか。祐一は他人事のように考えた。
 
 翌日。やはり、祐一はまた森に来ていた。
 疑問に思いながらも、頼るものが他に見つからなかった。
 前日のように遊歩道から森へ足を踏み入れる。そこには、昨日見たような世
界が広がっていた。雪の白と、木の肌の黒っぽい色とのモノトーンの世界。そ
こに本当に、桜の色が存在しうるのだろうか。
 そんなことを考えながら、森の中を歩いた。
 やがて、西の空が赤く染まる。
 今日も、何も見つけられずに戻る。本当に何かを見つけられることなどある
のだろうか。
 そう思いつつも、また来るのだろう。
 学校で見掛けても話しかけることもできず、ただ見送る。そんな日がいつま
でも続いてしまうよりは……。そして、最悪の事態を避けるためには。
 ことはそう悠長な問題ではない。やがて、近いうちに何かが変わるだろう。
そのとき、彼女はどうなるのだろうか……。
 
 
§ 探し物
 
 翌日、祐一は森へ向う途中に商店街であゆと出会った。
「もしかして、毎日商店街うろついてるのか?」
「うーん…どうかなぁ…」
「もしかして、暇なのか?」
「うぐぅ…違うよっ」
「だったら、商店街で何やってるんだ?」
「ちゃんと大切な目的があるんだよっ」
「分かった! 次の犯行を重ねることだな?」
「違うよっ!」
「だったら何だ?」
「えっと…」
 あゆはちょっと口籠もった。
「探し物…」
「…探し物?」
「そう…探し物があるんだよ…」
「分かった! ガードの甘い店を探してるんだな?」
「うぐぅ~違うよっ!」
「だったら何を探してるんだ?」
「えっと…落し物…」
 思いついたように言うあゆ。
「落し物を探してるんだよ」
「なんか、今急に思いつかなかったか?」
「ううん、全然そんなことないよ」
「…落し物って、財布でも探してるのか?」
「違うよ」
「だったら何を落したんだ?」
「大切な物…」
 本当に大切そうな言い方だった。
「すっごく大切な物…」
「大切な物…?」
「うん。ボクが落したのは……あれ?」
 あゆが困ったように首を傾げる。
「思い出せない…」
「は?」
「どうしたんだろ…何を落としたのか思い出せないよ…」
 戸惑ったような表情で、不安げに羽がぱたぱたと揺れていた。
「大切な物なのに…大切な物だったはずなのに…早く見つけないとダメなのに…
思い出せないよ…」
 泣き笑いのような表情で、自分自身に戸惑っているようだった。
「どうして…」
「ただのど忘れじゃないのか?」
「…ボク、探してみる」
「探すって言ったって、何を探すのかも分からないんだろ?」
「でも、見たら思いだすもん!」
「確かに、その可能性はあるだろうな」
「だから、ボク、探してみるよ」
 祐一は、あゆの様子が気になった。
「分かった。俺も探すの手伝ってやる」
「え? 本当にいいの?」
「ほんとは俺も探し物があったんだけど、見つからないし、ちょっと気晴らし
に他のもの探すのもいいだろ」
「うんっ、ありがとう祐一君」
 
 商店街をさんざん歩きまわり、祐一は実感した。
「お前の行動範囲って、ほんとに食い物屋ばかりだな」
「うぐぅ、ほっといて」
 本当に、これまで辿ってきたのはその手の店ばかりだった。
「祐一君も探し物してるって言ってたよね。何を探してるの?」
「あゆに言ってもなぁ」
「そんなことないよ、ボクだって何かの役に立つかも知れないもん」
 祐一はちょっと立ち止まり、あゆに聞いてみた。一応あゆも地元民だからだ。
「なああゆ、お前『夢雪桜』って知ってるか?」
「ゆめゆきざくら? なにそれ、お菓子か何か?」
「やっぱり役に立ちそうもないか……」
「説明してよ、何かわかるかも知れないよ」
「あのな、聞いた話なんだけどな」
「うんうん」
「あっちの方に森があるだろ」
「うん」
「その森のどっかにな、冬の真っ最中、満開に咲いてる桜があるんだと」
「ふーん」
「で、それを見つけると、願い事が叶うんだと」
「そうなんだ」
「何か知ってるか?」
「ううん、全然」
「やっぱり役に立たん」
「うぐぅ、知らないんだからしかたがないよっ」
「お前に聞いた俺が愚かだった」
 祐一は、歩き出した。
「でも祐一君、何か願い事があるの?」
「俺じゃない、玲子さんだ」
「玲子さん?」
 祐一は言おうかどうか迷ったが、言うことにした。別にあゆに言っても何も
変わらないだろうからだ。
「玲子さんのな、付き合ってる人がいるんだよ」
「え、そうなんだ。ボクはてっきり……」
「てっきりなんだ? まあいいけど、その人がな、登山をする人なんだけど、
今冬山で行方不明なんだ」
「え! 大変だ」
「それで、その人が見つかるように願掛けをしようと思ってな。でも、ただの
言い伝えだし、見つかったとしてもほんとにそんな力があるのか怪しいもんだ
しな」
「そんなことないよ。そういう言い伝えがあるのなら、きっと何かがあるんだ
よ」
 あゆは一所懸命に言った。
「そう思うか?」
「うん、だから、見つけたらきっと願いが叶うんだよ」
「そうかな」
「それじゃ、今日はボクがつきあってもらったから、今度はボクがつきあって
あげる。今日はもう遅いからだめだけど、今度会ったら一緒に探そうよ」
「あ、ああ、そうだな、そうしてくれると……」
「それじゃ、今日はこのくらいで。また、ね」
「ああ、またな」
 あゆは、ぱたぱたと羽を揺らして走っていった。
 
 
§ 桜探し
 
「祐一君」
 商店街で、あゆが声をかけてきた。
「桜を探しに行くの?」
「ん? ああ、そうだな」
 その通りだった。
「じゃ、行こう。森の方でしょ」
「ああ」
 あゆは、祐一を引っ張るようにして森へ向った。
 
「ないねー」
「そうだな」
 二人は、森の中を歩いていた。尤も、あゆは祐一の服のそでを離さなかった
が。
 今日は、いつもより森の奥へ来ていた。時間が早かったのもあるし、あまり
外側にあるものでもなさそうな気がしたからでもある。
「なああゆ」
 あゆの様子を見て、ちょっと気晴らしのつもりで祐一は話しかけた。
「もし桜を見つけたら、お前なら何をお願いする?」
「ボク?」
 あゆは考え込んだ。
「ボクはねぇ……」
「ボクは?」
「夏になってもたい焼き屋さんがやってるといいなー」
「お前の頭の中にはたい焼きしかないんか!」
 祐一は漫才をやっているような気がしてきた。
「えへへー」
 冗談だったようだ。いや、半分くらいは本気だったのかも知れない。
「祐一君は、玲子さんのために探してるんだよね」
「ん? ああ、そうだけど……」
 だが、それは祐一本人にもはっきりしなかった。玲子のことを考えて始めた
のは確かなのだが、そもそも本気で探しているかどうかが怪しかった。
「玲子さんかぁ……羨ましいな、綺麗だし、優しいし」
「そんなことないぞ、あゆも……」
「え、なになに?」
「あゆも……」
 祐一は、その先が思いつかなかった。だが、そんなことない、と思ったのは
確かだった。
「うぐぅ、いいもんっ」
 不思議な感じだった。自分は、何を言おうとしたのだろうか。祐一は考えた
が、やはりわからなかった。ただ、何かはわからないが、柔らかな気持ちがあっ
た。
 もしかすると、あゆといるこの時間を、自分は、自分で考えているよりも大
切に思っているのかも知れない。祐一は感じた。
「ほら、さっさと探しちゃおうよ。日が暮れちゃうよ」
 あゆが手を引く。
「あ、ああ……」
 もう日は西に傾き、赤く色付き始めていた。
 桜はまだ見つからない。だが、何か大事なものが見つかりそうな気もしてい
た。
 
 
§ 奇跡
 
 祐一は、また森へ向うために商店街を抜けるところだった。
「祐一君」
 祐一は、玲子のことを考えていて、呼び掛けに気付かなかった。
「祐一君」
「なんだ、あゆか」
「……祐一君、あのね…」
 あゆは、彼女らしくなくつまりつまり話した。
「探し物、見つかったんだよ…」
「良かったじゃないか」
「…うん」
「大切な物だったんだろ?」
「…うん」
 だが、あゆは嬉しそうではなく、むしろ、憂いすら感じさせる表情だった。
 祐一は、あゆの様子がいつもと違うのに気付き、不安になった。
「大切な…本当に大切な物…」
「見つかって良かったな、あゆ」
「……あのね…」
 ちょっと口籠もるあゆ。
「探していた物が見つかったから…ボク、もうこの辺りには来ないと思うん
だ…。だから…祐一君とも、もうあんまり会えなくなるね…」
「…そう、なのか?」
 あゆと街をあるいたこと。夢雪桜を探したこと。あの、暖かな時間を、もし
かしたら自分はとても大切に思っていたのか。だから不安になるのか。
「ボクは、この街にいる理由がなくなっちゃったから…」
「だったら、今度は俺の方からあゆの街に遊びに行ってやる」
「…祐一君」
「あゆの足で来れるんだから、そんなに遠くないんだろ?」
「……」
「また、嫌っていうくらい会えるさ」
 いや、そうあって欲しかった。
「…そう…だね」
 しかし、祐一は大事なことを失念していた。
「ボク…そろそろ行くね……ばいばい、祐一君」
 それは、あゆに会うためにはどこへ行けばいいか確認していないことだった。
これまで特に考えたこともない程、自然に会っていたのだ。無理もなかったか
も知れない。
 
§
 
 その日も、祐一は桜を探した。一人で。あゆはもちろんいなかった。
 祐一は、あゆの不在をひしひしと感じていた。自分は、玲子のために桜を探
していたのではなかったのか? 確かにそうだ。そうだが、あゆ。
 あゆがいないことが、今は痛い。自分は、一体誰のことが大事なのか?
 玲子か、あゆか。
 これまで、森で桜を探していたのは一体誰のためだ。なぜ、あゆがいない、
それだけのことがこんなに堪えるのか。
 自分は一体どうしたのだ。
 あゆの別れ際の言葉、『ばいばい』というのが心に引っ掛かっているのかも
知れなかった。あゆは今までそんなことは言わなかった。
 たった一言が重い意味を持つこともある。短い言葉でもボディブローのよう
にあとから効いてくることもある。
 
 そんなことを考えながら、適当に森の中を歩いていたとき。
 風が吹いた。
 それは、特別強い風でもなく、すっと森の中の空気が流れた、そんな感じだっ
た。
 それでも、その風は大事なことを知らせてきた。
「……花びら……」
 そう、桜の花びらが一片、その風に乗って祐一の足下へ運ばれてきたのだ。
 祐一は風のやってきた方向を見た。そして、そちらへ歩みを向けた。
「……」
 予感がしていた。いや、確信に近いものがあった。そちらに桜が咲いている。
花びらという確かな証拠もある。
 そして、祐一は辿り着いた。満開の桜。白い、真っ白い雪に覆われた木々の
中、自身も雪をかぶりつつ桜色の花を身にまとい立つ、一本の桜。
「……あった」
 祐一は無意識につぶやくと、来た道を帰り始めた。この場所がわからなくな
らないように、わざと雪を大きく蹴散らしながら。
 
 商店街の辺りまで戻ると、公衆電話を見つけ、玲子に電話をかけた。
「……」
 呼び出し音が続く。
「……はい……野島です」
 他に誰もいないのか、玲子本人が出た。
「あの、相沢です。玲子さん、今出られますか?」
「今? どうかしたの?」
「見つけたんですよ。桜を」
「桜って……?」
「夢雪桜です。知りませんか? あの、願いがかなうっていう」
 少しの間を置いて、玲子が答えた。
「……ほんとに見つけたの?」
 幸い、玲子は夢雪桜のことを知っていた。説明する手間が省けた。
「カンザクラか何かじゃないの?」
「ほんとです。いや、桜の種類まではわからないんですけど……出てこられま
せんか?」
「でも……そういう気分じゃ……」
「玲子さん、待ってますから。今駅前です。待ってますから」
 祐一は強引にそう言って電話を切った。
 
 玲子は来るのだろうか。祐一は来る方に賭けていた。
 しばらく待った。夕日が、西の山に隠れようとしていた。
「まずいな、暗くなる」
 明日にした方が良かっただろうか。だが、祐一には予感があった。あの桜は、
いつでも姿を見せるものではないのではなかろうか。今日、見つけた今日行か
なければ、二度と会えないのではなかろうか。そんな気がしていた。
「相沢君」
「玲子さん!」
 考え事をしていた祐一に玲子が声をかけた。玲子はやって来たのだ。
 
 祐一は途中、強力な懐中電灯を買い、夢雪桜の元へと向った。
 二人とも無言だった。
 祐一は、雪につけた目印を辿って夢雪桜を求め、森を進んだ。玲子もその後
を追う。
 やがて、二人は桜の元へ辿り着いた。そこには、先程祐一が見たままの姿の
桜があった。
 玲子は呆然と立ち尽くしていた。本当にあったんだ、という気持と、でも、
あったからどうなるのか、という思いが交錯していた。伝説は、所詮伝説では
ないか、と。
 だが、思いは自然と恋人の元へと馳せていた。順。彼は今、どうしているの
か。会いたい。会いたい。……会いたい。
 祐一は、呼吸もとめるように、玲子を見ていた。
 ……と、祐一は桜の木の陰に人影を見たような気がした。そちらに目を向け
ると、確かにそこに、背の高い若い男の姿があった。登山のための装備を身に
つけている。
「──玲子さん!」
 玲子は息を止め、祐一の指さす方を既に見ていた。そして、そこにみとめた。
恋人の、順の姿を。
「……順」
「玲子……」
 彼は玲子に声をかけた。
「順、本当に順なの?」
「玲子、君こそ……俺は、夢を見ているのか? それとも、もう死んでしまっ
たのか?」
 玲子は、順の元へ駆け寄った。抱き合う二人。
「玲子……」
「順、順、今どうしてるの? どこにいるの? 教えて!」
「俺は……下山の途中に吹雪に会って……そう、洞窟を見つけて……」
 二人を見ていた祐一は、ふと人の気配を感じ、後ろの木の陰を見た。そこに
は──あゆがいた。
 目が合った瞬間、あゆは走り出した。逃げたのだ。
 祐一は一瞬迷ったが、二人は大丈夫だと考え、あゆを追った。あゆは、ここ
で逃したら二度と会えないような気がしたのだ。
 
 あゆは必死で逃げているようだったが、男の足には敵わなかった。
 ほどなくして、祐一はあゆの手をつかんだ。
「あゆ!」
 あゆは顔を背けたままだった。
「あゆ。なんで逃げた。何か言いたいことがあったんじゃないのか」
 あゆはそれでも答えなかった。
「俺は言いたいことがあるぞ。あゆ。俺は、お前と会えなくなるのはいやだ」
 あゆはついに答えた。
「ボクだって!」
 祐一を見る目には、涙が浮かんでいた。
「ボクだって、そうだもん! ほんとは……ほんとは、ずっと一緒にいた
い……!」
「なら何で……!」
「ボクは、……」
 あゆは、答えに詰まっていた。言うべきか考えていたのか、それとも自分で
もよくわからなかったのか。
「だってボクは、いたらいけない人だから……」
「あゆ」
 祐一は、正面からあゆの目を見つめて言った。
「誰がそんなことを言ったんだ」
「……ボク、気が付いちゃったんだ」
「何を」
「今までのこと、全部夢だったって。嘘だったって。学校もないし、みんな嘘
だったったんだよ」
 祐一にはあゆの言っていることがよく分からなかった。
「俺は? 俺と会っていたことも嘘だったって言うのか? 全部?」
「……」
「商店街を走ったことも、たい焼きを食べたことも、全部嘘だったって言うの
か?」
 あゆは答えなかった。
「俺は憶えてるぞ。全部。おれはあゆと一緒にいたことを」
「7年前のことも?」
「7年前?」
 突然のことに祐一は戸惑った。7年前。これは大切なキーワードだった。7
年前、何があったのか。
 思い出さなければいけない。思い出さなければ。
 7年前。あゆ。学校。森。そして一際大きな木。
 赤い、雪。人形。プレゼント。
 思い出せ、思い出せ、思い……。
「──あゆ!」
 
 思い出した。全て。
 では、あゆは、二度と戻らないのか。二度と、会えない、会ってはならない
のか?
 
「祐一君」
「ん?」
「最後の願い……」
「最後の願い?」
「そう。人形の、3つめの、最後の願い」
「ああ……」
「お願いしたんだ。玲子さんのために。桜、見つかるといいなって」
「あゆ……」
「これで、ボクの願いはおしまい。願いは、みんな叶ったよ。ありがとう」
 あゆは、そっと微笑んだ。そして、……。
「あゆ」
 祐一の腕の中から、あゆの姿は消えていた。
「……あゆ、俺は、……俺は、諦めなくちゃならないのか?」
 祐一の願い。あゆの、思わず口にした切なる願い。
『ほんとは……ほんとは、ずっと一緒にいたい……!』
 
 玲子は、順の腕の中で、順の言葉を聞いていた。順は、分かる限りのことを、
自分の置かれている状況について知り得る限りのことを話した。
「玲子……俺は、もう君の元へは戻れないかも知れない」
「そんなこと言わないで。助ける。必ず。だから待ってて」
「玲子……」
 順の姿が、薄れていく。祐一は、そこへ戻ってきた。
「……」
 祐一は、それを見ても何らの感慨を抱く気力もなかった。対して、玲子は生
気に満ち満ちていた。
「順、必ず助けるから、待ってて。生きてて」
「玲子……」
 ついに、その姿は消え去った。
 祐一は、何があったのかを考えようともしなかった。
「相沢君、帰るわよ」
 玲子は先に立って、既に真っ暗になっている森の中を、懐中電灯の灯りを頼
りに祐一の手を引きながら戻った。
「あゆ……」
 玲子とは逆に、意気消沈しきった祐一は、手を引かれるままただ歩くだけだっ
た。
 
§
 
 玲子は素早かった。順の家族に連絡を入れ、不審がる家族を説き伏せ、翌日
の早々に玲子が順から聞いた場所を捜索してもらうように話をつけた。
 成り行きで玲子の家まで来ていた祐一は驚いていた。こんなに行動的な玲子
は初めて見た。だが、この情熱が、遠く離れた順との付き合いを保って来たの
かも知れなかった。
 一通りの連絡が終わってから、玲子は祐一に声をかけた。
「相沢君」
「玲子さん、お疲れ様」
 祐一はほとんど無意識にそう言っていた。
「相沢君、ありがとう。君のお陰。君が桜を探してくれたから、順と会えた。
順の居場所も聞くことができた」
「でも……」
 祐一は口籠もった。まだ、見つかるとは限らない。桜のところで会った順が
本物かどうかもわからないし、例えそうだとしても間に合わないかも知れない。
だが、言えなかった。
「わかってる。まだ安心はできない」
 玲子はわかっていた。
「でも、希望は出てきた。だから、ありがとう。相沢君」
「そんな……」
 玲子は気付かなかった。祐一の元気のないことに。
「じゃ、俺はそろそろ……」
「そうね。遅くまでごめんなさい、つきあわせちゃって」
「いや。それじゃ」
「それじゃ、また明日ね」
 祐一は家に向って歩き出した。
 思い出すのは、あゆのことだった。
 ……あゆ。大切な何かを、自分は失ってしまったのだ。祐一はそのことを噛
み締めながら、家路を歩いた。
 
 翌日、テレビのニュースが伝えた。行方不明になっていた順が、およそ一週
間ぶりに見つかったこと。足にけがをし、衰弱してはいたが、命に別状はない
こと。
 玲子の恋人は、助かったのだ。祐一は、それを喜ぶことができた。
 
 
§ あゆ
 
 翌日、晴れた昼休み。祐一と玲子は、中庭のベンチにいた。
 明るい表情で玲子は言った。
「これも、相沢君が夢雪桜を探してくれたお陰ね」
「うーん、そうかも知れないっすね」
 確かに、桜の力と考えられた。遠く離れた順と話をし、彼のいる場所を聞き
出し、助け出すに至ったのだから。
「でも……あの桜が見つかったのは、あゆのお陰かも知れない……」
「え、あゆちゃんも探してくれてたの、あんなに遅く?」
「いや、あの日はいなかったんですけど……」
 祐一は思っていた。あゆの3つめの願い。『桜、見つかるといいなっ
て』……。あれこそが、桜を咲かせ、その桜の元へ祐一を導いたのではなかっ
たか。
「ふーん……。ねえ、相沢君」
「なんすか」
「また、あゆちゃんに会いたいな。しばらく会ってないじゃない。この間みた
いに、会わせてくれない?」
「でも……」
 祐一は知っていた。あゆと会うことは、もうできないのだ。
「最近、あいつと会わないんすよ。商店街を歩いててもいないし」
「でも、電話番号くらいは知ってるんじゃないの?」
「いや、知らないんです。何も」
 玲子は驚いた。
「何も? あれだけ会ってたのに、何も知らないの?」
「はい」
「いけないよー相沢君、チェックが甘い。そりゃ、つきまとわれるのはいやだ
けど、最低限の連絡先くらいはチェックしとかなきゃ」
「そうすね」
「あーあ、あゆちゃんに会いたーい」
 玲子は背もたれにもたれかかり、だだっ子のような表情をした。玲子は、本
当に明るくなった。事故の起こる前以上かも知れない。
「ね、今度会ったら絶対、私にも会わせてね」
「……はい」
 その今度が来ることはないのだ、と思いながらも祐一は、それを想像した。
商店街で、ばったりあゆと出会う。今思うと、それは何と恵まれた日々だった
のだろうか。奇跡と言ってもいいかも知れなかった。
 青空。季節は、春へ向って流れていた。
 その流れに乗りきれないまま、祐一は日々を送っていた。
 
§
 
 そんなある日、昼食の前に秋子さんが祐一に言った。
「祐一さん、今朝のニュースで言っていたんですけど、知ってますか?」
 世間話を始めるように、いつもの口調で秋子さんが祐一に話しかける。
「なんですか?」
 これもいつものように、祐一が問い返す。
「昔、この街に立っていた大きな木のこと」
「…え?」
 だが、その話はちょっといつもと違っていた。
「昔…その木に登って遊んでいた子供が落ちて…同じような事故が起きるとい
けないからって、切られたんですけど…」
 確認するように、秋子さんが言う。
「その時に、木の上から落ちた女の子…7年間戻らなかった意識が、今朝戻っ
たって…」
 祐一には、もうわかっていた。
「その女の子の名前が、たしか…」
 
 
Epilogue
 
 その後、玲子は卒業し、順のいる街に程近い大学に入学していった。
 そして、もう夏だ。
 
「そうだな。今度、俺も玲子さんに手紙でも出してみるかな」
 玲子は、電話よりも手紙が好きだった。順と遠距離恋愛をしていた頃の名残
だ。電話は、切った後寂しくなるからだという。
「そうだよ。玲子さんもきっと寂しがってるよ。祐一君が連絡くれないって」
「そうだといいけどな。まあ、こんど気が向いたらな」
 対して祐一は、筆無精だった。
「そうするといいよ。喜ぶよ、玲子さん」
 思いがけず深く知り合うこととなった祐一達と玲子だが、祐一のお陰で順は
助かったのだ。いや、祐一にとってそれは、桜が見つかるよう願ってくれたあ
ゆの力だったが。
 願い。願いといえば、あゆが帰って来たことも、実はあの桜の力ではなかっ
たのか。確かに、あゆと祐一は桜の前でその願いを口にしたのだ。
「なあ、あゆ」
「なに?」
「……」
「?」
「……なんでもない」
「なんなの、気になるよ」
「なんでもない。ただちょっと」
「ちょっと?」
「名前を呼んでみたかっただけだ」
 あゆは、ちょっと赤くなった。
「祐一君、恥ずかしいこと言ってない?」
「そんなことはないぞ」
 季節は、夏。この街でも、真っ白い雪とは縁のない季節だ。
 それでも、やがて、秋が訪れ、またあの白い季節がやってくる。
 ゆっくりと、でも確かに流れる季節。
 今は、それを大事にしたかった。
 ……冬。今年、そして7年前、あゆと出会った季節。玲子と出会った季節。
 またやってくるその季節と、大事な思い出。
 そう思うと、逆に不思議と今の季節も大事に思えてくる。
「……たい焼きが売ってなくて残念だな」
「あ、うん、そうだね」
 あゆはそう応えたが、
「でも、すぐまた売り出すよ。すぐに涼しくなるからね」
「そうだな」
 こうして、大事なものは増えていくのかも知れなかった。
 それも悪くない。
 祐一はそう思った。
 ベンチに座って、夏の空を眺めながら。
 隣にあゆがいることを確かめながら。
 季節は流れていく。
 大事なものを運んでくるかも知れない季節が、時間が、今は愛しく思えた。
 
Fin.

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「kanon」とは懐かしいモノを……。
私がプレイしたのはコンシューマ版(PS2)だったんですが、当時はかなりハマりましたね。ネットで二次創作を捜し求めたり、アンソロジーを買いまくったり。金のない学生時代に無茶をしたもんです。アニメも東映版のを数話、京アニ版を一話だけ観た記憶があります。
でも東映版アニメを見始め頃は私の中でkanonが下火に入り始めた頃でして……w アンソロなども過去に売り払ってしまい、今残っているのは「水無さんち」購入の際に特典でついたポスターだけです。(現役で壁に貼ってあります)
ちなみに私は名雪のファンでした。「雪、積もってるよ……」は今でも名台詞だと思うです。

Re: No title

遠野さんって、エロの方向性の割りに妙に「謎の感動」を描きますよね。やっぱり、東鳩とかキャノン(笑)みたいな作品が好きなんでしょうか。

> ネットで二次創作を捜し求めたり
私もやりましたよ。沢山ありましたよね。
ちなみに私は、『Kanon』ではもう一つ二次創作やってたりします。

> 名雪のファン
ああ、花子さん(笑)。
京アニ版では確か、名雪が陸上の大会で(公道を)走るシーンが描かれてたんですよね。あれは中々新鮮でした。
プロフィール

水響俊二

Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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