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せいじ: 青少年を健全に育成しない条例

 まあ、条例の名前が『東京都青少年の健全な育成に関する条例』ですから、別に育成しなくてもウソじゃありませんけどね。

 『改正する条例』を見たら、というか、改正されたら条例がどうなるかを見ても、「児童ポルノ及び青少年を性欲の対象として扱う図書類」から遠ざけようとか、インターネット上の「有害情報」からフィルタリングによって遠ざけようとか、そういったことしか書いてありません。
 ならば聞いてみたいんですけど、青少年が青少年じゃなくなる年齢に達して保護監督されなくなったとき、彼等はそういう情報に耐えられるようになっているのでしょうか? 性に関する情報とか、ネット上の様々な「有害情報」。それらと向き合う術を、一体どうやって身に付けるのでしょうか?

 条例から「教育」「育成」といった単語を探してみると、「有害」なものに関する記述の詳細さと比べていかに何も書いてないかが実感されます。ちょっと目についたところを抜き出してみましょう。

教育
(青少年の性に関する保護者等の責務)
第十八条の三
…青少年に対する啓発及び教育に努めるとともに、これらに反する社会 的風潮を改めるように努めなければならない。
(青少年の性に関する都の責務)
第十八条の四
…普及啓発、教育、相談等の施策の推進に努めるものとする。
(青少年に対する反倫理的な性交等の禁止)
第十八条の六の三
…青少年が児童ポルノ及び当該図書類又は映画等の対象とならないように適切な保護監督及び教育に努めなければならない。
(インターネット利用に係る都の責務)
第十八条の六の四
…普及啓発、教育等の施設の推進に努めるものとする。

育成
(優良図書類等の推奨)
第五条
…青少年を健全に育成する上で有益であると認めるものを推奨することができる。
(携帯電話端末等の推奨)
第五条の二
…青少年の健全な育成に配慮していると認めるものを、青少年の年齢に応じて推奨することができる。
(表彰)
第六条
…青少年の健全な育成を図る上で必要があると認めるときは、次の各号に掲げるものを表彰することができる。
(インターネット利用に係る事業者の責務)
第十八条の七
…6 青少年のインターネットの利用に関係する事業を行う者は、インターネットの利用に関する青少年の健全な判断能力の育成を図るため、その利用に伴う危険性及び過度の利用による弊害並びにこれらの除去に必要な知識について青少年が適切に理解できるようにするための啓発に努めるものとする。
(インターネット利用に係る保護者等の責務)
第十八条の八
…2 …インターネットの利用に関する青少年の健全な判断能力の育成を図るため、自らもインターネットの利用に伴う危険性及び過度の利用による弊害についての理解並びにこれらの除去に必要な知識の習得に努めるとともに、…


 条例は、まあその地方での法律ですから、あまり具体的なことまで書いてしまうと柔軟性が足りないなんてことになるわけで、仕方ないとも言えます。でも、あまりに力の入れようが違うのが明らかすぎて。
 彼等は、一体どこから「正しい」情報を学べばいいんでしょうね? 性に関して、ネットに関して。

 例えば、IT、もしくはICTに関しては、どんな教育をするつもりなのでしょう? 文部科学省の言う通り、ワープロや表計算ソフトの使い方を教えるとか? 検索の仕方を教えるとか? 以前どっか(確か日経コンピュータの記事)で読んだところによると、高校の情報の授業では、プログラミングを教えるときに、特定のプログラミング言語を使用してはいけないとか(これ、今でもそうなんでしょうかね)?
 それとも、教育に関しては文部科学省が決めた以上のことをやってはいけない?
 一般社団法人に過ぎないMIAUが、ネットリテラシの教育が必要だと、様々な提言を行ったり教材を作ったりしているというのに?
 憲法に違反してるんじゃ?みたいなことをしてまで「有害情報」を排除するくらいの気構えがあるんだったら、文部科学省ごとき気にしなくてもいいんじゃないでしょうかね。自分で独自の教育をどんどんやればいい。性に関しても、ネットに関しても。総合学習の時間を使うとかあるでしょう。

 田原総一朗の『デジタル教育は日本を滅ぼす』から、一部引用してみましょう。

 音楽も聴けるし、算数の解き方もレベルに合わせて音声で解説してくれるだろう。それでもまだわからないことがあったら、検索すればよい。たとえば「伊藤博文がどういう人か」「アメリカってどんな国か」ということが、その場で検索することができるのだ。
 つまり、問題を解く、正解を出すという作業が自己完結してしまうのである。これは便利で効率がよい。だが実はそのことこそが問題なのである。学校へ何をしに行くのか、教師とはなにをする存在なのか。ネットの上で自己完結するということにより、教師も学校もいらなくなってしまうのである。そのために現在の教育の欠陥が如実に現れているのである。(p47)

 私は日本の学校教育の重大な欠陥が、正解のある問題の解き方ばかりを教え、正解以外の答えに対してまったく価値を認めないために、コミュニケーション能力が育まれず、想像力や創造力が封じ込められてしまっていることだと主張してきた。デジタル教科書はこの欠陥を間違いなく増大させてしまう。自己完結のかたちで正解が追求できるので、コミュニケーション能力や想像力、創造力は育たない。(pp189-190)

 しかしデジタル教科書の導入によって、自己完結のかたちで正解が出せるようになるので、せっかく異分子が多くいても、ぶつかり合うことがない。みんながそれぞれ自分のデジタル教科書を見つめて、お互いに刺激し合わないでいる教育は、人を豊かにするどころかどんどん貧弱に、単純な形にしてしまうだろう。(pp192-193)

 都の方針は、これと通ずるところがあります。
 田原の言うデジタル教科書の弊害は、現状でもあり得ることです。授業では、子供に百科事典を与えて放っておけば、同じことになるでしょうね。
 田原のイメージしているデジタル教科書は、アナログの世界で言えば百科事典みたいなもので、教育のための工夫が何もなされていない。そんなものを与えるだけの教育は、そりゃ間違ってるでしょう。
 そんなやる気のなさにあふれたやり方を想定して「それは駄目だ」と否定されてもねぇ。大体、

 デジタル教科書推進者は、単に映像や音声による学習内容の配信だけでなく、チャットやツイッターを交えて教師と生徒、または子ども同士が話し合い情報交換し合うこと。そのことによる効果的な学習というものを想定している。
しかし、チャットやツイッター、メールなどのデジタルなコミュニケーションの持つ限界性や問題点については、第1章で検証したとおりである。(p188)

とか言ってる辺り、自分のアタマを使う気が全くないことを露呈しています。IT/ICTを使って何ができるのか自分で提言しようという気がなく、推進者の言う通りのことしか論じない。
 一応「デジタルがいけないのではなく、デジタルによる「自己完結」がいけないのだ(p201)」とも言ってますけど、これも「デジタル」と「自己完結」を直結させた表現になっています。
 まあ、タイトルに反してこの本、デジタル教科書に関する記述はあまり多くなくて、これまでの教育に関する批判とか非難とか、そんなのが主体ですけど。
 でも、じゃあどうすればいいのかということになると、いくつかの例を挙げるに止めています。強いて言えば、新幹線の開発に携わった人の「新幹線は実証されている技術だけで作る」という言葉を引用して、だからこそ大事故がないということを言っています。で、教育も同じだ、と。
 まあ本のタイトル通り、ITを使った教育はそもそもダメだという結論なら筋は通ってます。ですが、否定する気はないとも言っているし、現代、ネットというこれまでの社会とちょっと違ったものについての教育も考えなければいけないとき、そんなことを言っていられるのでしょうか?

 結局のところ前述のように、著名な論客である田原も、デジタル教科書推進者も、あのような条例(案)を出してきた都も、青少年を育成/教育するために力を使おうという気が全くない、とも言えます。

 ここでは都条例とデジタル教科書について挙げましたが、それだけでなく、世の中全般、そういう雰囲気が溢れていている気がしてなりませんね。

tag : 青少年健全育成条例

コメント

非公開コメント

No title

とりあえず目に触れないようにしてしまえ、その程度なんですよ
都知事は元々物書きのくせに表現を規制されるというのをなんだと思ってるんですかねえ

Re: No title

奴は以前、自分の作品が批判されたときとか、かなり偉そうに反論していたんですけどね。

どーでもいいですけど(いやよくないですけど)、そもそも有害情報云々というのが眉唾。
それよりも、自身が発信源にならないように教育すべきですよね。個人情報をホイホイ流すなとか。
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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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