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独り言: エマ・ワトソンの国連スピーチについて

 そういえば晩節を汚す準備とかいいつつその件は放置していましたが、そろそろそのネタに首を突っ込むことにしようかなと。多分誰も憶えてないし、憶えてても書いてる内容からしてもうやってると思ってるでしょうけど(笑)。
 まあ、ちょうどいいタイミングで話題になってたので、こういう話をネタにしてみましょう。
エマ・ワトソンがフェミニズムについて国連スピーチで語る - ログミー

 ちなみに以下では「男」「女性」という表記をします。これはいわば「弊社」「御社」のようなもので、立場を示すものという意図があります。どうせ客観的なことなんて言えませんからね。

 さて、ではそのスピーチの冒頭にある「女性が権利を主張すると、男性が嫌悪感を抱くという現状」という話から。
 これは、まあ当たり前の話です。これまでのフェミニズム、そして今回のスピーチもそうですが、ずーっと男におんぶにだっこですから。どういうことかというと、男を「敵」として行動する、それがフェミニズムの原則であり、まずはそういう意味で依存している。そりゃ嫌われるに決まっていますね。
 男女平等という目的?
 確かに、私はいつも「目的」を重視する必要性を強調してきましたが、それはつまり、目的は軽視されがちだという現実からのものです。
 結果を出すのは手段です。だから、その理由である目的がどうなのかは伝わりにくい。
 いやまあそもそも、男女平等が目的だってのは本当なのかという疑問もあるわけですけど。

 そしてここで重要なポイント。
 女性をターゲットにしたドラマやなんかの創作物をちらちらと見ていて感じたのですが、女性が男に勝つ物語の場合、女性上げでなく男下げでも別に構わないらしい。どーしようもない男を相手にして勝つのでも別にいいらしい。
 加えて、共感共感とよく言っていてそれを重視していますが、逆に言うと、共感できない相手についてはいくらでも残酷になれるし、それは抵抗がないというかむしろ当然のことらしい。典型的にはキモいおっさんとかね。
 つまり、女性の地位向上でなくとも男の転落でも構わない。

 やはりフェミニズムはSheForSheがまず主体であるわけで、であればSheの見方や感性がまず土台となるわけで、そりゃー男は嫌悪感を抱きますよね。

 で今回、またぞろ男に対し協力せよと依存してきているわけです。
 ではそんな男に対して何を言っているかというと、「男性は確実に「男性とはこうであるべきだ」というステレオタイプに囚われています。彼らがそこから自由になれば(略)」とのこと。
 まあ私が言うまでもなく散々突っ込まれていますが、それは男が勝手にやっていることではなく、自由になるべきというのはこっちの勝手でできることではないわけで。
 男女の問題に限定した話ではありませんが、二千数百年前に(通称)仏陀がネタにしていますねそういうの。で彼は悟りを開いたのですが、彼のやり方では、まず「出家」が前提です。まあその後の教えが仏陀を超えているというのなら話は簡単なんですが、そうなんですか?
 強いて言うならば、男の中でも我々のようなタイプは「自由に」なっているかも知れませんね(笑)。
 その先の論理(???)については突っ込む価値もないと思うのでスルー。

 上記に続く「男性と女性は別物という考えをやめるべき」というのは、非常に大雑把な感想ではありますが実に欧米人にありがちな考え方では。特にキリスト教徒に多そうかな。この言い回しからわかると思いますが、勿論そんなのは偽善者の綺麗事のようなものであると思っています。
 別物でないと考えれば、話が通じないのがおかしいと思うに決まってるじゃないですか?
 実際、一昨年辺りのフランスの似非「表現の自由」について何度か批判しましたが、それと同じですね。表現の自由を掲げて勝手なことをして置きながら、他者の表現に対してはいちゃもんを付け、それはダメに決まってるだろう議論の余地はないねと言う。それと同じ。

 最後に、「「フェミニズム」という言葉には偏見があります」というのにも引っ掛かります。
 これ、こう読んでいいですか?
 「「フェミニズム」という言葉が示す思想の主成分として「偏見」があります」と(笑)。

 とまあ件のスピーチに関してはこんなところです。
 今回はちょっとテーマから外れていると思うので触れませんでしたが、日本のフェミニズムについても機会があったらいちゃもん付けてみようかな。

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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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