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独り言: 性悪説と公正さ

 棋士の三浦氏に対する不正疑惑について、こんな記事がありました。
将棋界が直面する未曾有の危機とは何か? | 災害・事件・裁判 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 これを見て、ちょっと気になるところがあったのでちょっと感想を。
 最後のページなんですが、このように書いてあったのです。

今回の騒動を奇貨とし、連盟は「今まで性善説でやってきたのがよくなかった」として金属探知機の導入に踏み切った。

だが、三浦九段がシロ判定だったことから考えると、「連盟はむしろ性善説を徹底すべきだった。連盟の性善説はいつの間にか不公平なものとなっていた」とも言えるのではないか。

 しかし、これはどうしてもおかしいとしか思えない。どちらの意見もです。
 不正を探るという目的のためには性悪説的であるべきでしょう。ただそれは、片側の立場にあってそうするのではなく双方に対して、例えば告発した側に対しても同様であるべきです。
 なお、ここで私が言う「性悪説」には悪である可能性を排除しない(もしくは悪であると想定する)という意味はあっても、悪だという結論を出した上で事に当たることは意味しません。それでは警(以下自粛

 これはどういうことかというと、どうも人にはまず「善」を想定してしまう傾向のあるシーンがあるということです。告発した側は嘘は言っていないだろうとか、弱者の立場の人は悪くないだろうとか、その他色々。
 今回の件も、少なくとも告発の中で客観的にかつすぐに分かることくらいは調べてから行動を決めるべきだった。具体的には、30分の離席です。まあ、前にも言ったようにこの件についてはあまり詳しく知らないので実際のところがどうなのかという点については触れませんが、少なくとも証拠がない上に事実上告発にあったような不正は不可能だったということは言えると思います。

 さて、こういう事って実はよくありますよね。弱者の立場からの告発は疑わないという意味では、日本と隣の国の間の揉め事に対する国連の在り方とか。そういえば暮にあった像の件では、以前読んだこの本のことを思い出しました。

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たとえ政府と名前のつく組織があったとしても、条約遵守能力が機能していない場合は、国際法の対象となるべき国家としては認められません。

(p.77)

 一昨年の暮に決められた件が条約と呼べるのかどうかは私にはよくわかりませんが、少なくとも国家と国家が取り決めて国際的にも公言した事の筈なんですけど。それ守れない相手って実は国家とは……?

 それから、これはちょっとややこしいのですが、ってややこしいのは私のせいなんですが(笑)、先日書いた「性悪説を見直すべき時」というエントリ。
 最近の日本では、性にまつわることって「憚られるべきもの」から「悪」になっていますよね。となるとこれはもうしばらく前のことになりますが、障害者の性の問題とかね。障害者は弱者であり「善」と結び付けられがちで、となると「悪」である性とは相性が悪い。だからないことにされがち。
 これは障害者を女性と置き換えても構造的には同じで、女性が性を求めることを表現することを許さない人たちがいる。理屈の上からは彼等は性を「悪」とする人たちとつながるか同一であるわけですけど。

 とかいう話になると、前に読んだ『性の進化論』という本を思い出します。結局のところ、そういうものはないんだという宗教に似た(もしくは宗教による)思い込みが源流にありそうななさそうな。なんせ、前述のような人たちはそういうのを下敷にしているみたいですし。

 何だかわけのわからない方向に話が飛び火してしまいましたが、結局は全部同じことですね。
 根拠のない思い込みを前提にするのは不公正の始まりであり、性悪説性善説という姿勢の問題よりも、そもそも立場が偏っている方がより大きな問題なのではないか、ということです。

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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
 

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