FC2ブログ

独り言: 性悪説を見直すべき時

 先日反省したばかりなのにまたおかしなタイトルを付けちゃいました。タイトルで言う性悪説とは本来の意味とは全く関係なく、性に関連すること、平たく言えばエロを悪と位置づける姿勢のことです。

 エロは、悪なのか? 例えば青少年を健全に育成するためには絶対に排除しなければいけないものなのか? 芸術にまで昇華されなければ見てはいけないものなのか?
 例えば春画なんて、猥褻物として当局が禁止してきて、ガイジンが評価したらしぶしぶ美術館とかで展示するようになって。私は勝手に思ってるんですが、あんな扱いをされたら作者の人たち、草葉の陰で泣いてるんじゃないかな? もっとエロはエロとして楽しんでよ!と言ってるんじゃないかな?

 青少年の健全な育成のため性に関するものを排除したとして、18になったらいきなり健全に性に勤む(笑)ことができるなんて誰がどう考えても妄想だと思うと思うんですが。だってそれまでそういうことは「悪」として排除している筈なのに。でも実際にはそう思われているわけではないらしい。
 いつも言っているように、教育において性が不健全なものであるとするならば、最もお盛んな時期にそのような教えの洗礼を受けたら、性犯罪上等!な人と草食系に二極化しちゃうんじゃ?
 なんか実際にそうなってきているような気もしますが、メディアの報道はどれも角度が付いているのでそれで何か言えるわけじゃないですよね。

 そう考えると、つくづくジェンダーフリーの登場は不幸な出来事だった。
 あれは多くの場合「過激な」性教育という文脈で語られますが、つまりそこで言っているのは「露骨である」というニュアンスですけど。私はそれよりもその思想の「過激」さが痛恨であると思います。
 特に日本に多いような気がしますが気がするだけかも知れませんけど、あらまほしき世界を妄想している人がいつからか「そうあるべき」と考えるようになり、「そうであるに違いない」になり、最終的にはそこから外れたものは「あってはならない」と排除するようになる。
 まあ、あらまほしき、つまりこうあって欲しいと思うことくらいはいいです。でも、それがそうあるべきに至るところ、そこは本当にそうなのか?

 日本は自然災害が多い国なのに、とちょっと不思議なんですけど、そうあるべきと考える人って自然界の法則、自然の脅威をスルーしますよね。かなり前にこのブログでも書きましたが、非実在青少年って本当に17歳までにすべきなんでしょうか?
 現実の青少年、というか違和感ありますけど児童というのが18歳未満なのって結局は、社会的な成熟が遅くなっている、つまりオトナになるまでに学ばなければいけないことが増えているという理由からなんだと思いますけど。さはさりながら社会がどうあろうと、自然はヒトの身体を勝手に成熟させてしまうわけです。

 なんか気が付くと青少年の健全な育成の話ばかりになってしまいましたが、それだけではないですよね。社会を健全に保つために、エロは排除しなければいけないものなのか? それを求める人ばかりが集まっている場所であってもそれは公然猥褻なのか?
 現代日本は、それを排除しなければ風紀が乱れてしまうような社会なのか?
 極端な言い方をすると、むしろ逆ではないのか?

 こういう話って、実は性の問題に限った話じゃないですよね。どんなにこうあるべきと思っても自然の法則(物理学的なものとか色々)はそうなっていないのにその辺スルーしちゃうとか。どんなにPoliticallyにCorrectな考え方であっても、まあそれを目指すことはいいと思うんですが、見据えるべき現実は現実なのに。
 そういうことを、非常に大雑把に言うならば社会の面で突きつけたのが所謂Brexitで経済の面ではトランプ大統領(予定)なのではないかななどと思ったり。
 偶然か必然か、経済の面で極めて逆行している国が日本であるのは、上記の話と一致していますね。多分社会面でもそうかも?

 ともあれ、マンガやラノベやアニメの世界でネタ的に描かれているお堅い風紀委員みたいな社会の空気が、禁酒法がそうであったようなように何か困ったものを生み出すことはないのか。
 そういうことも含め、色々見直すべき時が来ているんじゃないかなーなどと思ったりします。
 思ってるだけですけど。

コメント

非公開コメント

プロフィール

水響俊二

Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
 

最新記事
勝手広告その2
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
月別アーカイブ
アクセス解析中