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独り言: 表現規制とエロマンガ (3)

 書いて意味があるともさして思えないこのシリーズも第3回になりました。
 第1回は、誰かにとって不快な表現があった場合にそれがどこで止められるべきかという話でした。なんだか、ITの世界みたいですね。セキュリティのために文字列をエスケープするとした場合、システム(=系)の入り口でやってたら果てしなく制限されていきますし、想定されていない送り先があるとそこでセキュリティホールのでき上がり。
 第2回は、創作物が何か影響を与えることがあるか、あるとするならばどのレベルでそれが起きうるかという話。つまり、嗜好を目覚めさせることはあっても変えることはないんでは?という話と、目覚めたとしても二次元じゃぁねぇ、という話。

 そして第3回となる今回は、制限によって表現は良くなるのか、という話。

 例えば江戸時代とか、規制があったにしてもいい作品が残っているじゃないかという意見もあるわけですが、さて。燃やされもしくは捨てられてしまったものにもっと素晴らしい作品があった可能性は否定できないんですけどね。まああったという証明もできないんですけど。
 まして、作者が投獄されたりそこまで行かなくても作るのをやめちゃってそもそも生まれてこなかったものなんて。
 つまり、なくなってしまったものは評価のしようがない。

 ところで、厳しくすりゃいいという脳筋的な考え方はなんとなく、厳しい環境が生物の進化を促すみたいなイメージを転用しているんじゃないのかなーなどと思うことがあります。
 しかし、遺伝子に従って生物の体が作られることはあっても、作られるべき体に合わせて遺伝子が変るって考え方、ちょっとおかしくないですか? 常識で考えたら、環境が緩い期間だからこそ生き延びられるような実験的な個体が一杯いれば(多様性のことと言っていいでしょう)、環境が厳しくなったときにいくらか生き延びる、という順序じゃないですか?

 さて、そういう比喩はそのくらいにして表現の話に戻ります。
 厳しいと言えば、例えば経済的な環境が挙げられます。どっかの誰かさんみたいに、古典芸能なんてカネを稼げなかったら消えても仕方ないなんてのも、まあ一つの考え方ではあります。
 しかし。
 何百年も前みたいな時代ならともかく、ずっと豊かになっている(筈の!)現代でそんな考え方は、あまりに貧しくないですかね。現実問題としてない袖が振れないなら仕方ないんですけど、なら所詮現代はそんな時代ではないということで。

 もしくは、規制。これ、上で述べた遺伝の比喩とかそのまんまですよね。

 厳しい状況があったとしても、それで「良くない」ものを切り落とすのではなく、「良い」ものを評価するのならまだわかるんですよね。
 だって、時の権力者(ここでは規制当局のこと)が「良い」と思わなくても後世に評価が変ることもあるけど、なくなってたら評価されることはあり得ないから。

 まあ、権力者に評価されなかったものが生き延びるのは大変でしょうが、それでも、わざわざ潰す必要が本当にあるのか、ということなんですけど。

 ちなみにわざわざ言うほどのことでもないですが、主権在民の現代ですけどそんなの建て前ですよね……。

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Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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