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独り言: 論理学は国語の授業でやるべき

 論理学というか集合論というか、そういうのの基礎の基礎について。

 以前、文系学部がどうしたこうしたの話のときにちょこっとコメントしましたが、それは簡単に言うと、理系重視よりも文系に理系的なことを学ばせろという内容でした。
 ただ、そこでいう「理系的なこと」というのは自然科学の知識とかのことではなく、論理的な思考とかそういう話でした。元々それらは今で言う理系の技術ではないのだし。思い起こせば大学の講義でも論理学なんてのはどちらかというと文系の科目でしたっけ。

 さてそういうことになると、ベン図とか使う話は今だと数学の授業に出てくるものだと思いますが、それでいいのか。……いやそもそも出てくるのかな。まあ昔はそうでしたが。でも、数学で習うことはわからなくても仕方ないという空気があるように思えてならないし。マスメディアがITはわからなくても仕方ないものと思ってるように思えるのと同じように。
 というわけでふと思い至ったのが、ならそもそも数学でやらなきゃいいじゃん、という案でした。そうすれば逃げ道を塞ぐことにもなるし(笑)。

 実際、

「AならばBだと思うんだが」
「なんだと、AじゃないとBじゃないなんておかしい」
「いやそうは言ってないAならばBだと言ったんだ」
「ほら今言ったじゃないか」

みたいな虚しい会話が多すぎて。
 ここまで簡略化してあればおかしいというのがすぐにわかりますが、こういう反論とも言えないイチャモン実は多いですよね。でもこれ、数学とか全然関係ない文脈でもあり得る展開だし。
 逆・裏・対偶や、例えば三段論法とかだって、別に理系の話題に限ったことではないし。

 ところで、文章表現的には、「AならばB」は、「Aである(be)ならばBである」の意味にも「Aをする(do)ならばBの結果が得られる」の意味にも使われます。
 でも考えてみるとそれらは、単に言葉遣いが似ているというだけでなく、構造的にも同じですね。Aをした結果生じる世界はBであるということですから。いやまあ世界なんてのはちょっと大袈裟ですが(笑)。
 とするとこれ、因果関係と相関関係とかにも応用が効きそうです。

 で要約するとタイトルに書いた通り、論理は理系だけに必要なものじゃないんだから国語の授業でやろうよ、というお話でした。
 いやまあ何で国語なのかについては説明しませんでしたけどね。

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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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