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創作観: 『ガルパン』を見て感じたリアルさ

 先日劇場版を見て、今日はBS11でやってた特番も見て思ったんですよね、『ガールズ&パンツァー』のリアルさについて。
 今回思ったのは、それは「実在する戦車や場所や建物等が出てくるため」かな、ということです。
 勿論これは、「実在する戦車や場所や建物等が出てくるため」という意味ではありません。

 ……あれ?……(笑)。

 まあ、ややこしいようでいて実際には一言で済んでしまう話なのですが、どうもそこまでの前置きは長くなってしまいそうです。
 というわけで、まずはその前置きから。

 リアリティについてはしばらく前に何度か、例えば「アイマス2騒動で思ったこと」というエントリなどで書いたことがあります。平たく言うと、リアリティと現実っぽさって違うよね、ということです。
 そういえば最近読んだ『俺の彼女と幼なじみが修羅場すぎる 10』でもこんなエピソードがありました。鋭太の伯母の冴子さんの会社がいきなりなくなってしまったわけですが、それは、数年前から進出してたソシャゲで大失敗をしたからでした。
 その会社のパッケージゲームの通称『俺デレ』の登場キャラを使ったソシャゲが作られたのですが、外注に丸投げした結果とんでもない代物になっていたのです。

 冴子さんの不安は的中した。
 外注スタッフ制作によってリリースされたソシャゲ版「俺デレ」には致命的なバグがあったのである。
 人気ヒロインたち全員に、「彼氏」が実装されているというバグが……。

『だって、こんな可愛い女の子たちに彼氏がいないわけないじゃん。リアルでしょ?』

(p.145)


 リアルさとかリアリティとかと現実っぽさという表現は私が使い分けているだけであって、言葉だけ見るとどこが違うんだということになりますが。
 前者は、存在感……というとなんか印象の強さのようですね、実在感というか、そんな表現の方がニュアンスが伝わりやすいでしょうか。対する後者の現実っぽさというのは、我々が住む現実との類似性ということです。

 その実在感的なものを構築するのが、例えばその創作された世界の法則だったりルールだったりの存在と、それに従っている感じということになりますか。また、そのルールが「ありそう」と思えるかどうかというのもポイントですね。
 その法則というのが自然科学の分野のものだったりすると、典型的にはSF作品になるわけです。そういう意味で個人的に印象深いのは、ホーガンの『創世記機械』辺りでしょうか。

 さて、この辺りでやっと今回のテーマに入るわけですが。
 ガルパンを見てて感じたリアルさについて考えて感じたのは、その作品世界のルールをどうやって視聴者や読者に伝え、前提として受け止めさせるかということも創作においては重要だなということです。
 ガルパン見てれば、いくら搭乗者を保護する仕組みがあったって普通死ぬだろとか、建物ばんばん壊しちゃって建物の修復はともかく住んでる人の財産(つまり建物の中にあるもの)はどうなるんだとか、そもそも戦車のあの機動はいくらなんでもムリだろとか、突っ込みどころはいくらでもあります。
 でも、こういう娯楽作品なので、一々こんな設定があってと前置きするのはいかにも不粋で、そしてそれ以上に、作品の持つ娯楽性を損なってしまいます。つまり、入る前に興醒めしてしまいます。

 意図してのことなのかどうかは知りませんが、実在するものが沢山登場することで、その手順、つまり作品世界のルールを視聴者に伝える段階を大きく簡略化できるんですね。

 作中、画面上に実物(と感じられるもの)が登場する中で無茶苦茶ぶっとんだことが起きているという非現実感。この「ずれ」が、そこに現実との大きな「ずれ」が存在することを感じさせてくれるのです。
 これが、全くの架空の場所だったりすると、まずはそれが現実とどのくらい似ていてどのくらい違うのか、そこがそもそも不確定です。しかしそれが現実っぽい街や戦車だったら、座標軸や原点がはっきりするので、現実との違いがわかりやすい。
 こうなると、細かい設定を言葉で伝えなくても、まあ大体こんなところに何か設定があるんだろう、と受け止める側が想定することができるということになります。

 逆に言うと、それができない人はこういう作品の「非現実さ」を受け入れられず、つまり楽しむこともできないということになるでしょうけど。

 という風に考えてみると、これまではあまり気にしたことがなかったのですが、多くの作品で多かれ少なかれこういうことは行なわれていて、逆に、そういう現実との違いに違和感を覚えるような作品はその辺りがあまりうまくできていないかな、という風に感じました。
 何でもそうですが、無意識に感覚でやっているとどうにも手探り感があります。
 どういうことなのかを認識して行なうことは、失敗を避けることにつながるように思います。

コメント

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No title

  以前週刊ポストの新刊紹介コーナーかなんかである作家が「リアリティーだけで「小説書いてやる」みたいな事を言っていたのを思い出した。

  実際にはなくてもあるように思わせる、というのがリアリティとするならばリアリティというのはある意味食品サンプルのようなものなのかなと思ったりする。

 それにしてもあの小説。
 まさかパチレモンが本編に絡んでこようとは思わなかった。
 外様スタッフの利点と欠点は組織に対してしがらみがないことだというが、その欠点が出てしまいああなってしまったのかなぁ、なんて思ったりもした。
 ジョジョに関していえばそういう考察をする人がいようとは、と驚きと尊敬をこの作者に抱いた。
 
 話変わりますがソーシャルゲームについてネット上で何万円使った、というコメントが普通に出てくるけど犯罪は起きてないんでしょうか?
 ソーシャルゲーム絡みで。
 詐欺とか恐喝、あるいは強盗、窃盗。
 ソーシャルゲームに使うお金のためにそうした犯罪に手をそめるなんて話があってもおかしくないように見えるのですが。
 した事がない人間の勝手な妄想だったらいいんですけどね。
 

Re: No title

> 「リアリティーだけで「小説書いてやる」
まあこのエントリのテーマに沿って言えば、リアリティとは何か?というところが問題なんですけどね。

> 実際にはなくてもあるように思わせる、
私が思うに多分、何(人、物、法則、その他)がどのようにあるかというよりも、何故あるのかというのが重要なのではないでしょうか。
「何故」というのは理由であり因果であり論理であるわけですが、前提がおかしくても論理は展開させられますけど、逆はやはり違和感あるでしょうし。

>  まさかパチレモンが本編に絡んでこようとは思わなかった。
あれは驚きましたね(笑)。一体どうなっちゃうの?という感じでちょっと、いやかなり楽しみです。

> 外様スタッフの利点と欠点
ただあれは、何かの作為があった可能性も……?

> ジョジョに関して
キャラにあそこまで語らせるには、作者も語れなければいけませんよね(笑)。

> 犯罪は起きてないんでしょうか?
私もわかりませんが、詐欺なんかはあったような気がしますね。
ただその性質上、強盗や窃盗をしようとしても手段が詐欺的にならざるを得ないのではないかという気もします。
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水響俊二

Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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