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独り言: 国立大学文系理系の再編の話

 少し前から話題になっていますが、文部科学省が打ち出した国立大学の文系/理系の再編の方針について。
 以前から「ブンケイ」と言ってバカに……いや批判している私ですが、今回の文科省のような考え方には批判的ですし、というかそもそもそういう考え方こそが私の批判していたものそのものと言っていいと思っています。

 私はいつも、文系を批判しつつもその言葉の定義自体に疑問を持っており、それに代わる言葉を探していました。しっくりくるものに出会っていないので、文系/理系については未だ、こういうコメントを付けつつ使い続けています。
 どういうところに問題があると思うかというと、それは、対象(what)で分類すべきことではないと考えているからです。所謂理系に分類される事を学ぶ/指向するかどうかは、あまり問題ではないと思うのです。
 では何を以てわけるべきかというと、それには動的/静的の二つの観点があります。

 前者の動的な方というのは何かというと、考え方、思考の進め方です。簡単に表現すると、論理的な、あるいは筋道を立てた考え方をするかどうかということです。また静的な方というのは、抽象化です。

 新聞なんかでも、何故そうなるのか、何を前提にそう結論づけたのか、そういうことが不明確な記事がよくあります。まあ、記事の中にある文章の流れ自体は大抵一応通っていますが(というかそれがダメならそもそも文章書きの資格ありませんけど)、論拠と結論の間に何やら勝手に前提を差し挟むことが多いなど、気になることが多々あります。
 また、理由とか原因とか、人の行為であれば目的とか、そういうことが軽視されることが多いのは、論理や筋道を軽視するのと同根であるか、もしくはどこかに因果関係があるかも知れません。

 抽象化については、そもそも抽象化とは何かというところで違和感があるのですが、要は本質を掴めるかどうかです。
 物事は単純化しなければ理解できないことが多いのですが、ただ単に単純化すればいいというわけではありません。適切な単純化や抽象化が必要なわけですが、では適切な、とはどういうことか。
 例えばここに、リンゴの実があるとします。ではそれを簡単に表現すると、一体どういうものか。色でいえば、まあ典型的には(以下同じ)赤い。形でいえば丸い。味でいえば甘い。……役割でいえば、遺伝子を子孫に伝えるためのものである。ちょっと飛びましたが、単純化するときどういう基準でもって行なうのか、その選択が適切であるかが、単純化が適切であるかどうかを決めると思うのです。

 何だかちょっと話が逸れてきてしまいましたが、文系/理系の再編をするというのであれば、そして理系に力を入れるべきと考えるのであれば、理系的な学部を増やすのではなく、論理的あるいは筋道立てた考え方と抽象化について、文系(の対象を扱う)学部でも習得させるようにすべきなのではないでしょうか。
 まあ、ただ単にそういう知識を持った人を増やしたんだ、というのが目的なのであれば別に間違ってはいないと思いますが(目的自体に疑問はありますが)。

 そういう考え方というのは元々、所謂理系的な分野でのみ必要とされるようなものではありません。哲学だの論理学だの、そういう世界では古来行なわれてきたことである筈。
 つまり、それに立ち返ればいいのです。

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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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