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創作観: 繰り返される「女大河」の失敗

 いや、今年のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』のことなんですが、まだ半分くらいなのに失敗と言ってしまうのはちょっと先走りですかね。ただまあ、視聴率がかなり低いということで現状ではあまり成功しているとは言えないと思いますけど。
 また、タイトルに「繰り返される」と書いたように、私としては以前の指摘と同じ問題だと考えているし、実は指摘の内容もほぼ同じです。
 ならわざわざ書かなくてもいーじゃん、という突っ込みもありましょうが、そこはそれ、書きたくなったら書くというのがここのやり方なので。それにどうせ憶えている人いないだろうし(笑)。

 さて、前回書いた時の類型で考えると、主人公が『江』の江的ですね。つまり、現状を受け入れられずしかし何ら対策も示せない。『八重の桜』と比べると、地方にはいても前半の主要人物である吉田寅次郎(松陰)のそばにいたという意味では八重よりも恵まれた立ち位置にいるのに。
 その松陰も既に亡く、では後半は誰が物語の主軸になるのか。『八重の桜』では山本覚馬という、薩長視点のドラマでは中々注目されることのないヒーローがいたのですが、さて、例えば伊之助辺りがそこまで輝けるか?

 文が江に似ていると思った点とは、江の「戦はいやじゃ」というだけで何もできなかったようなところです。
 例えば松陰は、常識に反して、「生よりも価値のある死」を見てしまった。対する文は、俗に引き戻そうとするだけです。つまり、全く付いていけていない。
 しかしまあここで仮に、文が松陰の見出したものに対し「「生よりも価値のある死」よりも価値のある生」を突きつけてしまったとしたら、さすがに松陰の死は覆すわけにも行かないので、彼が後悔しながら死を向かえることになってしまう。それはいかにもまずいんですけどね。

 ここで前述のように、前回と同じような解説をしましょう。
 そこでは、ニトロプラスの『鬼哭街』というゲームを題材にしました。感想も書いていますが、なぜそれがここで出てくるのか。

 あの話は、主人公の涛羅と相手方となる豪軍、そして涛羅の妹の瑞麗が主要な人物だったのですが、涛羅と豪軍の戦いとは別に、涛羅の「死」さえ視野に入れた全く異る目的と手段を以て別次元の策謀を繰り広げていた瑞麗が最終的に目的のものを手に入れるという展開でした。
 この『花燃ゆ』でも、どうせ歴史の表舞台に登場しない人物が主人公なのだから、彼等(松陰や松下村塾の塾生達)と競り合ってもしょうがない。最初から負けるに決まっている。
 ならばどうするか? さすがに瑞麗のように全てをかっさらってしまうのも、歴史を題材にしたドラマという前提を根底から引っくり返してしまいますし。

 必要なのは、「歴史のif」を設定することだと思います。
 一例を挙げるならば、松陰の死により塾はどうなるか。あれだけの個性的な面々がいて、久坂玄瑞と高杉晋作などはしょっちゅう衝突していた。
 ならば、つなぎ止めていた人物がいなくなったことで空中分解しても不思議はなかったのではないか。

 描かれている物語では、大体歴史に沿って話が進んでいます。つまり、文がいようがいまいがどうでもよろしい。塾生達は団結して事に臨む。
 しかし、主人公は文です。主人公の存在意義のない物語などそうそう面白くなるわけがない。
 だったら、文が必要であったことにすればいい。

 例えば。
 松陰亡き後、塾生が離散しそうになる。そこで、文が塾の誰かをつかまえてこう言うのです。
 自分は、兄を理解できずにただその死を見送るだけだった。情けない。だから、兄が何を考えていたのか、教えてもらえないか。
 そこから、彼が遺したテキストを元に説明するうちに誰かが、いやそれは違うだろう、などと突っ込みを入れる。そうこうしている内に塾生達が師の思い描いていたことを再確認し、共有し、団結する。
 所詮、文のことなど歴史にそう残っていないのだろうから、あまり重要でないところに「if」を設定してしまえばよろしい。そして、文によりそれが回避された。
 この展開が面白いかどうか、つまり良さの「レベル」については置いておいて、少なくとも主人公の存在に意味がある作品にするという点については最低限必要だと私は思うんですけどね。

 しかしまあぶっちゃけた話、元々無理筋な話ではあるんですけどね。今回の大河ドラマはその誕生経緯からして。
 でもだからと言ってつまらなくてもいいというわけでもないでしょう。いや別にいいか。見るのを強制されているわけじゃなし。
 個人的には、面白くする手は沢山あると思っています。それは、売れっ子の役者を出すとか演出に凝るとかそういう小手先ではなく。
 一番「伸びしろ」があるのは脚本だと思いますね。まあ平たく言うと脚本がダメだということなんですけど。

 でもその辺り、以前の指摘も同様だったように、この手のがつまらないのは脚本が問題だと思うので、それが繰り返されている以上、そこに問題があるという認識はないということで。
 つまり、これからもこの手の題材になったら同じように脚本で「失敗」するということですね。
 ……多分。

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Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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