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独り言: 日本の神話について考えてみたいと思うようになった

 とある本を読み始めたのがきっかけです。
 ここで言う神話というのは結構広くて、狭義の日本神話とともに伝えられあるいは形作られてきたものを広く指しています。

 そういうことを考えながら見てみると、近年グローバリゼーションだグリーバリズムだと色々言われていますが、そのような状況、つまり国境が曖昧になったことが逆に、民族のような形でのつながりやまとまりを浮かび上がらせているように見えます。そうした動きの一つの理由であると思われるインターネットについては、以前本の感想として触れたことがあります。
 グローバリズムというのは極めてユダヤ的な考え方であるわけですが、それが他の民族にも及んできた、という見方もできるかも知れません。必然と言うべきか皮肉と言うべきか。

 神話は、民族の「血」と喩えることができるものだと思います。人の遺伝を「血」で喩えるように、民族をその民族たらしめるものの一つが神話である、と。そして、ではそれは人で言えばどのようなものであるかというと、感情とか感性とか、そういった部分に相当するのでは。
 感情というのは私が思うに、プリセットされた思考です。こういう場合にはこう行動する。それを、思考により判断する仕組みがまだなかった頃に、「うまく行った」者が生き残るという形で伝えられた状況判断の仕組みです。多分、一部にその仕組みを正しく受け継いでいない者がいるということも含めて。

 このブログでも何度か述べたように、日本の場合は、現在「神道」と呼ばれているものがそういう部分を担い、考えや教えのような部分を仏教に代表される別のものが別のレイヤーとして担っているという構造であると私は考えています。
 どのような選択が目的のために即しているか。それと、それが「良い」「正しい」ものかは、また別のことです。例えば商売にしても、どうしたら儲かるかと、それが「良い」ことなのかは別です。
 その後者の部分を決め、伝えるのが、例えば神話だったりするのでしょう。

 考えたことの一例を挙げます。
 日本の神話(この辺りはもう歴史とするべきかも知れませんが)に、大和と出雲の関わりが描かれています。
 大和は、話し合いで出雲を併合したことになっています。が、実際に何があったのかはわかりません。もしかすると大虐殺の末残ったたった一人を脅迫したのかも知れません。いや、それ以上だったかも。
 しかし、歴史というのは、残った側が自分に都合の良いように記すものです。ここでは、大和のことですね。

 つまり大和は、殺し尽くさずにうまくやるのが「良い」「正しい」のだ、という感性を持っているということです。

 我々の先祖は話し合いでうまくやったんだよ、偉いだろう、と言い伝えることが、話し合いでうまくやるのが偉いのだという価値観を伝えているということになるわけです。

 もう一つ例を挙げましょう。こちらは、冒頭に述べたように、神話とともに伝えられてきたものについてです。
 上に挙げた比喩で言えば感情や感性のようなものが民族に伝わっているのですが、それは同じく上記の私の考えで言えば、無条件に結論が出るプリセットされた思考です。日本の歴史の中でずっと続いている「天皇」という存在は、二つの意味でこれを形成していると思います。

 まずは、人には無条件に尊いとか畏れ多いなどと感じる存在が必要なのではないか、ということです。他にもお天道様とかもありますが。歴史に埋もれずに残ってきたということが、それを暗示しています。
 そして次に、無条件に尊いものが天皇だけであり、同時に天皇は尊いだけのものである、つまり権威はあっても権力はないという構造が、権力には必ず「理由」を要するということも定めています。それは即ち、その理由が失われたら権力も失われるということです。
 権力という力は、無条件ではあり得ないのです。

 この仕組みが、社会を破綻に追いやることなく継続させてきたのではないでしょうか。

 尤も、この天皇の役割については現代ではもう失われたか、少なくとも失われかけていると見えますが。それは、無条件に尊い、しかし尊いだけの唯一の存在でなければいけないからです。この機構が壊れてしまったとき、日本は他の国のようにならずにいられるでしょうか。

 この最後のコメントに表れていますが、日本に伝わっているものは、継続することを最優先にしているように思います。考えてみると国歌にしても、ただ続くということを歌っているだけ、という珍妙なものです。多くの国のように敵を滅ぼせとか言ってません。
 しかし、天皇のことだけでなく、日本の「継続」「維持」する仕組みは、かなり破壊されてきているように思います。最大の功労者(?)はGHQだと思いますが、意図して認識してのことだったら凄いですね。どんだけ日本を怖がってたんだと。ただ、今のアメリカを見ていると、いやそんなことはなく単なる偶然なんじゃ……という気になってきますが。

 ともあれ、冒頭に述べたように、進んでいるグローバル化が一部では軋轢や衝突として現出させた民族的なもの、その日本における仕組みについて、ちょっと考えてみたくなったというのが、今回の話です。

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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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