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読んだ: 『「タレント」の時代』の感想というか妄想

 こんな本を読みました。


 読み終えたのは先週なのですが、今週は色んな意味でとても大変だったので……。
 あと、読みながら思ったことのメモとか取ってなかったので、ちょっと曖昧になるかも。例えば、書いてあったこと結構忘れてるとか。

 ともあれ、まず概観を述べると、だいぶ興味深い内容です。ただ、トヨタ上げがちょっとうざいですね。まあ、確かにトヨタはミクロな視点から見れば成功している企業なので、ミクロな立場からは参考になるでしょう。

 さて、サブタイトルからもわかる通り、この本で言う「タレント」とは別に芸能人のことではなく、まあ一言で表現すると、価値を生み出せる人ということです。
 ただ、ではどこが普通の人と違うのかというと、そこはあまり明確に表現されていません。「わかる人にはわかる」し、抜群に優れた人という表現も出てきます。
 その辺りが少し気になるのですが、私も別に「わかる人」ではないので、その気になるところについて妄想してみることにします。

 まず、この本で言う、或いはタレントマネジメントなどと言うときの「タレント」とは、普通の意味で優れている人の延長にある概念ではないのだと思います。それは、定量的な意味での思考能力を延長した先を指すものではないでしょう。
 そこには、もう一つ別の基準が必要です。

 それは、まあ様々な表現の仕方があるでしょうが、その中からやや恣意的に一つを選んで、抽象化ができる人、ということにしたいと思います。そして更に、後でもう一つ加えます。

 例えばここに、まあ典型的なものでかまわないのですが、りんごの実があるとします。
 それは、赤い。抽象化ですが、単なる単純化でもあります。私が想定しているのは複数の物差しを使ってそれができることです。
 色は赤い。味は甘い。……種の維持機能を担うものである。生態系の中では食物としても役立っている。

 それは、物事の仕組みを知ろうとする姿勢であり、何かを見たときその理由を知ろうとすることでもあり、構造や動きを理解しようとすることでもあります。
 新しいものは得てして、組合わせや転用から誕生します。何かを機能に分解してつながりを発見したり、その構造を別のものの中に構築してみたり。
 ものとは、所謂「物」だけでなく、知識や情報の関係、位置づけ、自分にとっての意味、人の関係、社会の構造、そういった全てです。

 そしてもう一つ加えると、抽象化したら今度は具体化できる人。仕組みを考え、それを現実化することです。

 つまり、帰納して演繹する、とでも言い換えられるかも知れません。

 知識の量や知っている人の数、そういった定量的なことの他に、つまりは定性的な別の能力を持っている人が私の想像する「タレント」であり、これまでになかった価値を生み出せる人であると思います。
 定性的な能力の量という、何だか字面の表現上は奇妙な話になっていますが。

 冒頭ちょっと述べた感想は、別の言い方をすると、この本の著者の酒井氏自身はまだそこのところがちょっと足りないか、もしくはそれを表現するやり方が今一つなのか、はたまた?

 ともあれ、常々思っているしここのブログでもよく触れていることではありますが、日本の中枢からはそういう能力が見事に欠けているように思います。この本で挙げているよろしくない方の企業とそっくりなものがそこかしこに見られるから。
 中枢というのは、何も政府に限ったことではありません。例えば、情報の流れの中枢である報道など。その証拠に、所謂マスメディアに登場するIT(抽象化の塊)の記事の誤りの多いこと。あれは、知識の欠落だけでは起り得ないものなのではないでしょうか。
 ITと言えば、これはこの間も言いましたが、日本においてITの足を引っ張っている物を見ると、日本の弱点のかなりの部分を知ることができるように思います。

 というようなことを書いておいて、実は本の内容を読み切れず頓珍漢な指摘になっている可能性もあるのですが、最初に述べたように、私は別に「わかる人」、つまり「タレント」ではないので、まあ仕方ないことですね(笑)。

tag : 講談社現代新書 酒井崇男

コメント

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No title

  タレントというのはなんかこう、宇宙世紀ガンダムにおけるニュータイプみたいなものだなぁと思った。
  よくわかんないけど凄い存在、そして多分そのイメージは人によって千差万別。
  そんな意味とイメージでとらえたので。  

  出る杭は打たれる、出過ぎた杭は引っこ抜く、で泰平の時代は切り抜けられるけどこれからの時代、いや今の時代は
確かにタレントを持った人は重要でもっと出てくるべきなんでしょう。
 しかし全ての人がそうなれるわけでないし、そうなったらなんか変。
 タレント能力を持った人と持たない人、両者の間に立てる人のバランスが取れた社会が理想なのかな。

 

Re: No title

> ニュータイプみたいな
まあ、ああいう世界かも知れませんね。わかりませんけど(笑)。
いずれにしろ、我々から見ると、何か見えないものを見ているという感じですか。

>   出る杭は打たれる、出過ぎた杭は引っこ抜く、
日本の場合は、それを「剪定」のつもりでやっているように見えます。タレントの芽は摘んであげるのが本人や社会のため、みたいな意識で。

>  タレント能力を持った人と持たない人、両者の間に立てる人のバランスが取れた社会が理想なのかな。
これまで当ブログで口をすっぱくして(いや、喋っていたわけじゃないですけど)主張してきたことに、人にしろモノにしろ、何でも一次元の物差しで測ろうとするのをやめるべきだ、というのがあります。
今回はそれに、離散的であることも認めよ、というのを加えたい。
そういうこと、つまり「両者」と分かれていることを認めるのが、まずそのような社会を構築するための第一歩なのではないでしょうか。
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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
 

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