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ラノベ: 『なれる!SE12 アーリー?リタイアメント』感想

 今月、電撃文庫的にはプロポーズがブームなんですかね。

なれる!SE (12) アーリー?リタイアメント (電撃文庫)なれる!SE (12) アーリー?リタイアメント (電撃文庫)
(2014/10/10)
夏海 公司

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 そういえば、この間読んだもう一冊でも、ラストで図らずも告白まがいのことをしちゃった人がいたし。

 というわけで、前の巻から10ヶ月くらい焦らされた「七隈さん」の正体が、はっきりとわかりました。いや勿論、立華のことだというのはわかっていたわけですけど。
 そして、いつもながら看板に偽りありのこのシリーズ、SEじゃなく超人になろうとしている主人公の工兵が今回挑んだのは、言ってみれば労使交渉でしょうか。
 ただ、当然のことながら工兵なので(笑)、そのやり方も、そして要求内容も全く以て普通ではありません。

 あとは、いつものムチャ振り顧客ですが、国内最大の自動車メーカーであるト……じゃなくミカサの関連会社。
 個人的にはその設定だけで殺意がわいてこようというものですが、今回の相手は完全に脇役、雑魚、噛ませ犬、ちょい役です。ざまぁw
 まあ、私としてもここ最近はそこまでXXXではないですけど。
 今回はもっと重要な人物がいて、前回立華を「七隈さん」と呼んだ女子高生、名前は香椎あ……じゃなく瀬那、そして立華の叔父である七隈陣です。

 年度末で切羽詰まっている中、例によって社長が持ってきた案件がミカサの関連会社のもの。で、工兵と立華が対応するのですが、どうにも立華の様子がおかしい。いつもならその外見で初見では不安がられても仕事が始まればギャップに驚かれるものなのですが、今回は逆に、大丈夫なん?と不安がられる始末。

 大体、冒頭30ページ目くらいまで読んで、立華のその大人しさというか心ここにあらず的な様子に明らかに違和感があります。
 そんなこんなでどうにも捗々しくないミカサの案件、その他。
 そこに現れたのが、陣。そして、社長のところに彼がやってきた直後から、立華が消息不明になってしまうのです。
 スルガはああいう会社ですから途端に非常に困った状況になるわけですが、それどころかなんと、立華は退職することになっていました。

 陣のことについてはちょっと後回しにするとして、まずは瀬那。何とか立華の居所が掴めないかとさ迷っていた工兵が、ばったりと彼女と再会します。
 以前会ったときに、つまり11巻の末から12巻の冒頭で、立華は人違いということにして振り切ってしまいましたが、瀬那は一時期立華の同級生でした。

 唐突ですが、今回のこの12巻は、さほど分厚いわけでもなく、電撃文庫としては薄い部類に入るかも知れません。しかし、その内容の濃さは半端でない。それは多分、時間レンジの長さがあるでしょうし、そこに描かれる立華の過去の描写の印象の強さもまたあるでしょう。
 その第一弾が、瀬那の証言です。
 立華はとてもいわくありげに転校してきたわけですが、最初は別にそう問題もなかった。しかし、立華は自分を七隈でなく頑なに室見と称し、また、クラスと馴染もうとする気配もない。やがて、立華はささやかな悪意を以て遇されるようになります。
 それでも彼女はそんなことでどうこうすることもなかったのですが、ある日、「室見」の名前に対しちょっとしたいたずらをされた。

 このときの立華の反応は、真に恐怖すべきものでした。

『今名乗り出たらそいつとだけ話をつける。名乗り出ないならクラス全員の仕業とみなす』

 その姿については瀬那による述懐がありますが、声についてはありません。多分、あくまでも冷徹に、静かに、何より冷酷に語ったのだと思います。そして、震え上がって誰も動けなかった。
 立華は、『後悔するわよ』と一言。
 一体何をするのかと思ったら、まさに立華。少ししたある日、クラスで利用されていた所謂裏サイトが、いきなり公開状態になったのです。そして、クラスの人間関係は崩壊。

 立華がやったこととしか思えない。瀬那は「七隈さんの仕業」と言っていました。実際、立華になら可能だし、最も効果的な報復であると言えます。勿論、その効果についてもちゃんとわかっている筈。

 ただ、ここで一つ思ったことがあります。瀬那は、その裏サイトで「犯罪自慢とかしてません」と言っていました。しかし、本当にそうだったのでしょうか。瀬那が知らないだけで、実はあったのではないか。
 そして、立華がパスワードを解除するとき、事前にその種のものだけは削除していたのではないか。
 そう考えた理由は二つのレイヤーにそれぞれあって、まずは、こういう台詞が出てきたこと自体がそれを示唆していないか、ということ。もう一つは、立華ならその辺りに線引きするのではないか、ということです。
 そのように思うのは、「現在」の立華のイメージに引っ張られ過ぎでしょうか。

 さて、では何故立華はそこまで「室見」にこだわるのか。それを明してくれるのが、もう一人の重要人物、七隈陣です。
 彼は、立華の母の弟であり、スルガにも投資しているVCの一員であり、彼女をスルガに預けた人でもあります。彼の語った立華の生い立ちは、詳細については省略しますが、とても過酷なものでした。
 そんな中、唯一立華の支えになっていたのが、別居していた父親の室見だったし、その彼の職業が、システムエンジニアだったのです。

 立華にとってたった一つ大切だった父親とのコミュニケーションのために、彼女は10年程も、SEの世界のことを学んだ。それが、立華の能力の源泉だし、以前この物語に登場した立華の偉大な師は、多分この室見氏だったのでしょう。

 ここでは、ちょっと本作とは関係ない感想を述べますが、このような家庭の事情は、昨今の創作物、特に公共の電波に乗るドラマではあまり描かれていないように思います。若しくは、描いていない、描けないようにも。
 どこが、とは言いませんが、そのことについてのちょっとした意図を込め、数年前に小説を書いたことがあります。

 まあその辺りのことは関係ないのでおくとして。
 工兵と梢は、瀬那の線から立華の実家に辿り着き、陣からこの話を聞いたわけですが、その時の立華はもう、受け入れてしまったようでした。そして、別れ際にこう言ったのです。

「あんたが羨ましい」


 今回、元から事情を知っていたと思われるカモメさんは都合で離れていたのですが、梢から状況が伝わって駆け付けてくれました。彼女も複雑な背景があるらしく直接何かをしてくれるわけにはいかなかったのですが、勿論、力になってくれました。
 何より、工兵を連れ回して勇気づけてくれた。そして、一番重要なことに気づかせてくれた。

 まあ、こうなればあとはもう工兵だから(笑)、いつものように常識はずれの方法で突き進みます。

 冒頭で労使交渉と表現したのは、社長を相手に社の方針に口を出すことにしたからです。ただ、目指すところは待遇の改善とかではなく、いやまあそうであるとも言えますが、立華を退職させないこと。
 それが叶わないのであれば、自ら独立して立華を雇う。
 それも、梢と福大を引き抜いて(笑)。

 しかし、それは社長に対しての交渉であり、真の相手は陣です。何故なら、陣の方が強敵であるからであり、それが何故かというと、陣の側にはそれが「立華のため」であるという錦の御幡があるからです。
 その陣を動かしたのは、多分最後の一言です。

「室見さんの幸せがなんなのか、本当に輝ける場所がどこなのか、もう一度考えてみてください。世間一般の尺度や常識なんかじゃなく」

 穏当な言葉を使っていますが、その意味するところは、「あんた立華の幸せとは何なのか考えたことがあるのか!?」という糾弾でしょう。

 ちなみにこの時、即ち立華の居場所は、人生は、という話をしている中で、工兵はこう叫びました。

「要は室見さんが与えてくれたものを僕も返し続ければいいんでしょう。ずっと、ずっとそばにいて」
「ずっとっていつまでだ。十年か二十年か」
「生きてる限りずっとですよ!」

 十年か二十年か。生きてる限りずっと。この二つは、表面上は時間の長さのことを表現していますが、しかし、その言葉が伝えるものは全く違います。工兵が続けて、立華の人生を背負うと言っていますが、その時間をではなく、立華の人生、立華その人自身のことという意味になるのです。
 これが、冒頭で「プロポーズ」と表現した台詞です。

 結局、色々条件を付けられはしましたが、立華はスルガに戻ってきました。ワガママを言っていたミカサの関連会社も、きちんと対応した上で上の方から(笑)黙らせてもらえましたし。
 色々ハッピーにまとまったわけですが、当然のことながら、オチが付いています。

 常識的に解釈すれば「十年二十年」と「生きてる限りずっと」というのは意味の違う言葉であるわけですが、常識はずれな工兵は、単に時間のことを言っていたわけで。
 上記のように伝えられた「意味」は、実は伝送路でのプロトコルの非互換のために発生した誤変換だったようです。その点では、立華も常識人だったようですね(笑)。

 そして、このような結末を迎えると気になるのは、立華の両親の消息です。あとがきの最後にあっさりと、「次回、激動です」とか書いてあるわけですが、もしやそのことでしょうか? なんせ、七隈の家に話が及んだわけですから。まあわかりませんけど。
 というわけで、今回はあとがきに「引き」があったということで。

 ところで、今回の話のテーマは属人性ということにでもなりましょうか。
 企業というものは、まずはスタートアップではその「人」に極めて大きく依存することになるものです。
 そして、形が整って今度は「生き続ける」ことが重要になってくると、属人性の排除が課題になってきます。何故なら、特定の人(の持つもの)に依存することはリスクであるからです。組織を維持するためには、人が入れ替わっても問題なく業務を遂行できるようにしなければいけません。
 そうして、組織は突出する何かを持たなくなる。
 やがて、効率化のためと称して無駄を省いていくと、引き出しがなくなっていく。そうすると組織は成長の芽を失っていくのです。

 これは極めて難しい問題で、身近な範囲では、ソニーなんかが最も典型的な例なのではないでしょうか。勿論、うまく行かなかった例です。
 一般解というものは存在しない、か少なくとも見つかっていないのではないかと思いますが、一つ言えるのは、組織というものは全体が一様なものではないということでしょうか。
 そう思うのはやはり日本の企業が身近だからでしょうが、それらは往々にして、一律に何かを課そうとします。しかし、例えばどこの企業でも同じ法律に従っているのだから同じことをしている筈、と言える部署はある筈。正確に言えば、そういう部署は同じことをしていなければいけない。
 そのようなところを標準化せずに独自性を持っている辺りに、日本企業の弱点があるんじゃないでしょうかね。

 まあ、先にも述べたようにこれは簡単に答えの出る問題でもないし、作者さんもあとがきで触れています。
 そこでは、「答えは多分、両者の中間にある」としていますが、さて、どうでしょう。

tag : 電撃文庫 夏海公司

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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

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