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読んだ: 『日本の風俗嬢』第六章感想

 本屋で見掛けてちょっと捲ってみて、何か興味が涌いたので買ってきました。

日本の風俗嬢 (新潮新書 581)日本の風俗嬢 (新潮新書 581)
(2014/08/09)
中村淳彦

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 私としては、まあこのブログの記事に如実に表れていると思いますが、こういうリアルの性の社会的課題についてはあまり関心がありません。関心は専ら架空のものに向けられています。よって、本エントリの姿勢としても、性表現を含む創作物に照らし合わせて考えるのがメインテーマとなります。
 しかしそれでも、それらは確かに似た性質のある問題であり、社会の中での位置付け、行政などを代表とする社会の反応、そんなようなところに共通点が多々あるだろうと思われるので、やはり無視できるテーマではないでしょう。

 ですが、当然のことながら大きく違う点も同じく多々あります。例えば、最も根本から違うのが、そこに人間そのものが関わってこないことです。この本の文中にもありますが、性風俗には「必要悪」という認識もないではない。対して架空のものは、必要ですらないただの「悪」と見られていそうな気がします。
 ここには、性風俗がセーフティーネットの役割を担っているという認識が絡んでいます。ただ、その点については本文中に、すでにそれが成立しなくなっていることが示されています。

 その辺りは後述するとして感想に移りますが、ではなぜ第六章だけなのか。
 それは、第五章までが現状のレポートと言える内容になっているからです。勿論、総論/まとめ/結論である第六章をそういった背景の認識なしに読むのは数学の問題で答えだけ見るようなものですが、まあその辺りについては興味が出たらということで。

 それで、ではこの本は一体どんな姿勢で書かれたものか。
 第六章の章タイトルは、「性風俗が「普通の仕事」になる日」となっています。つまり、性風俗を悪と考えるのではなく、また必要悪として見ることも超えたさらに先を見ています。最後のページから一部引用します。

もうそろそろ、建前での議論をやめて、性風俗業は社会にとって必要であり、あること自体を当然と考えた方がいい。

p.245

 これが、言ってみればこの本の主張の中心なのでしょう。
 この結論についてはややトートロジー的にも思えるところがあり、この後には、そのような認識が浸透することで風俗嬢たちが安全な環境で働くことができるようになるという「理由」が書かれています。つまり、まず必要であるという前提があっての結論です。
 それについては、個人的には肯定も否定もしないでおきます。

 その留保に触れる前に、第六章で引用されている有識者の意見より、印象深いところをいくつかピックアップしてみます。
 まずは、社会がそれを見る目について。非営利法人「ホワイトハンズ」の代表理事坂爪真吾氏の話です。

「今の性的娯楽型のカテゴリー、サービス内容のままでは性風俗を社会性のあるものにすることは不可能です。性的娯楽を目的としたサービスは、いくら崇高な理念や社会的意義を訴えたとしても、『エロ』とか『有害』の一言で、議論の余地なく切り捨てられてしまう。

p.214

 だから、ナイチンゲールが看護の社会化を成し遂げたように、性風俗も専門職化できないかと考えているのだとか。
 これは、性風俗が自らの身体を商品化するものである以上、まじめに考えれば目指したくなる道であると言えます。ただ、では今回の評としてはどう受け止めるべきかというと、私の関心事である創作物というのはまず娯楽から踏み出すことができるとはあまり考えられないので、この方向性は難しいと見るべきでしょう。
 もしそれがあり得るとすれば、看護に於けるナイチンゲールのような、民俗学に於ける柳田國男のような、性に於ける誰かを求める、というようなことになりましょうか。というかそもそも、柳田がやってくれれば良かったんですけどね。

 さて続いては、同じく坂爪氏。

「今必要なのは、参入障壁ですね。今は誰でも無条件に届け出をするだけで参入できるし、働く女性も、性風俗=貧困のセーフティネット、という誤ったイメージが強くて、経済的に行き詰った女性たちが、誰もかれも応募している。(略)
 しかし、無闇に参入しても食える状態ではないのだし、そもそも、今の性風俗市場に、そこで働くことを希望するすべての経営者や女性の生活を支えるだけのパイはないので、店舗数の過剰による不毛な価格競争、それに伴う労働環境の悪化や違法行為の蔓延を防ぐために、しっかりと参入障壁を作るべきです。

pp.219-220

 これは、単に狭き門にすればいいという話ではなく、そもそも参入する資格や能力のない人が食うに困って吹きだまりのように行き着くという状況を問題視しているということです。
 ただ、パイが小さいのはそういう相対的なものなのか。実際に縮小しているのではないか。
 そう思うのが、ネットで見られるエロ画像だったり、もしくはそもそも本エントリの関心事である創作物による価格破壊も関係しているように思えるからです。

 そして、さらに続く坂爪氏の話に、この本と本エントリの立脚点の違いが最も大きく表れているように思います。

行政からみれば、性風俗というのは、『誰が』『何を』『どうやっても』社会的に有害な存在でしかないので、営業の基準などは作りようがない、という認識があるからです。そんな有害な世界に関わったら行政の威信が地に落ちてしまうよ、ということで届出制なのですね。
 性風俗にはいろいろな問題があるけど、結局行きつくところは、行政が関わりたがらないところに根本的な原因がある。風営法は、法律の名称に反して、デリヘルやソープなどの性風俗関連特殊営業に対する、営業を適正化するための基準や規制がない。あるのは、それらを社会の裏側に押しやるための禁止事項だけ。これが一番の問題です。裏を返せば、性風俗の社会科のためには、その基準を作って普及させればいいだけ、ということになります。

p.221

 行政の認識は、性風俗も創作物も同じでしょう。しかし、ではどうすべきかというところに決定的な違いが出てくる。
 なんとなれば、性風俗では生きている人が言わば「商品」として関わっており、各種サービス業などに健全な運営のためのモデルが存在するからです。
 しかし、創作物などどうなろうが、例えば焚書を進めようが、大した問題はない。少なくとも「行政の威信」には。

 一般に「文化」と言えば所謂ハイカルチャーのことを指し、性表現を主体とする創作物のような「低俗」なものはその範疇には入りません。だから、多分そんなものはどうなろうが知ったこっちゃないというのが大方の認識でしょう。
 しかし、表現に手を入れるフレームワークの構築は、近代社会そのものの否定でもあります。
 そのことについては、ちょっとどうかと思うのですがまあ調子の良いことに、最近は保守を自称する層からも同様の意見が出てきています。つまり、ヘイトスピーチの問題です。
 このことについては、このような記事があります。
  • ヘイトスピーチ、法規制に慎重論 「表現の自由」侵害懸念、海外で見直しも:イザ!
    2014.7.31 15:50
    •  在日韓国・朝鮮人らへの抗議デモとして、右派系市民団体が大阪や東京のコリアンタウンで繰り広げているヘイトスピーチ(憎悪表現)。近年、反対派の「反ヘイト団体」の言動も先鋭化し、双方の衝突が激しさを増す中、国内外から対策を求める声が上がる。ただ、法律による規制は憲法が保障する「表現の自由」を侵害する恐れがある。法制化が広がった海外でも一部の国で規制を見直す動きがあり、慎重な議論が求められそうだ。

       これに対し、公民権運動などで人種差別を克服してきた米国では、人種的マイノリティーを保護する観点から過激な発言自体は規制せず、人種憎悪による暴力行為(ヘイトクライム)のみを取り締まってきた。

       日本も表現の自由との兼ね合いからヘイトスピーチ自体の規制はせず、名誉毀損(きそん)や脅迫など現行法の枠内で対応。弁護士出身の橋下市長もこうした背景を理解し、「(独自策は)表現を規制したり、罰則規定を設けたりするやり方はできない」と明言している。

       個人的にも同じことを考えているので、何で今頃(あっ……)という感じです。

       もう少し別の視点からの指摘を紹介しましょう。風俗嬢の自助団体「SWASH」(Sex Work And Sexual Health)を主宰する栗友紀子氏は、フェミニズム思考の弊害を指摘しています。女性の味方を自認するフェミニズム的な思考は性的な行為で金銭を授受することをよしとしないというわけです。
       そういった立場の上になり立っている、例えば内閣府男女共同参画局に象徴されるような活動は、風俗嬢の安全等に問題があれば、そもそもそういう職業(=「性奴隷」)に就いている状況自体から救済せねば、という方向に向かってしまうのだと。
       まあ、さもありなんというべきでしょうか。

       ただ、やはり同じところに話が戻ってしまうのですが、性風俗の場合は現実にその「場」で働いている「人」がいるわけで、それが必要なものであると認められるのであれば、人の待遇の改善に話が向かうでしょう。
       対して、創作物はそうは行きません。改善する必要などない。何故ならそこに人はいないから。まあ、創作の対価を受け取る人はいるのですが。
       その意味で、性風俗に係る問題の解決策と創作物のそれでは、状況の把握や分析の点では共通点も多々あるでしょうが、やはりどうしても基本的な部分で違いが出てきます。

       しかし、これは逆に言うと、放っておいてもかまわないということでもあります。上記のヘイトスピーチの問題のように、近代社会の根幹を支えているものを破壊したくなければ、名誉毀損や脅迫などに該当しなければ規制すべきでない、と考えるべきなのではないでしょうか。
       つまり、これは『エロ』で『誰が』『何を』『どうやっても』社会的に有害だとされたものが規制される、というフレームワークができ上がったとき、『エロ』でないものが規制されるのは時間の問題となるということです。
       そして、社会は中世以前に戻るのです。
       ……まあ、「戻る」という表現が適切かどうかについては検討の余地があるかも知れませんが。

       最後に、性風俗の問題と創作物について。
       上記のような差異があるとは言え、社会の目という点では共通点も多い性風俗と性的な創作物。それらを守ろうとする各々の立場の人が、合流とまではいかなくとも協力し合うことはできないのか。
       どうなんでしょうね。既に述べたように、性風俗の価格競争には創作物も関係しているように思われるので、難しいかもしれない。しかも、性風俗と比較すると、下世話な話になりますが、動くカネの額が多分大きく違う。だから、あちらとしてはあまり頼りになると思えないのではないか。
       まあ実際のところはどうなのかよくわかりませんが、あまり仲が良いようにも見えません。

       結局のところ、受け止める社会の側が似たような認識をしているとしても、そもそもそれは何であるか、という点からして異っているのだということについては、常に意識しておく必要があるのでしょう。

       以下は、途中で引用した記事のコピペです。


      2014.7.31 15:50
      ヘイトスピーチ、法規制に慎重論 「表現の自由」侵害懸念、海外で見直しも

       在日韓国・朝鮮人らへの抗議デモとして、右派系市民団体が大阪や東京のコリアンタウンで繰り広げているヘイトスピーチ(憎悪表現)。近年、反対派の「反ヘイト団体」の言動も先鋭化し、双方の衝突が激しさを増す中、国内外から対策を求める声が上がる。ただ、法律による規制は憲法が保障する「表現の自由」を侵害する恐れがある。法制化が広がった海外でも一部の国で規制を見直す動きがあり、慎重な議論が求められそうだ。

       ▼大阪市は独自対策

       「やり過ぎで問題だ。何か考えないといけない」。大阪市の橋下徹市長は10日の定例記者会見でヘイトスピーチを批判し、市として独自の対策を講じる考えを明らかにした。

       会見の2日前、大阪高裁は「在日特権を許さない市民の会」(在特会)が京都市南区の京都朝鮮第一初級学校(当時)に対し、近くの公園を長年不法占拠していたことへの抗議として、学校周辺で「朝鮮人を保健所で処分しろ」などとがなり立てながら行ったデモを「人種差別」と認定。1審京都地裁と同様にメンバーらに計約1200万円の高額賠償と付近での街宣差し止めを命じた。

       橋下市長は「個人のモラルが機能しない場合は一定の公の介入は仕方がない」と指摘。第三者委員会で発言の悪質性を評価して公表する案などを担当部局に示し、検討を指示したという。

       過激さを増す右派系団体のデモは捜査当局も警戒している。ただ、最近は「人種差別反対」をうたう反ヘイト団体が暴力的な振る舞いで右派系団体への攻勢を強めるなど、デモの様相に変化もみられる。

       大阪府警は7月、デモに参加しようとした右派系団体関係者の男性に集団で暴行を加えたとして、反ヘイト団体「男組」のメンバー8人を暴力行為処罰法違反容疑で逮捕。その後、大阪区検が4人を同罪で略式起訴した。

       皮肉なことに、ヘイトスピーチの法規制は、こうした団体の活動目標にもなっている。

       ▼ホロコースト反省

       人種差別を禁じる立法などを義務づけた人種差別撤廃条約は1965年、国連総会で採択された。現在は日本を含む177カ国が加盟。欧州を中心とした多くの国がヘイトスピーチを法規制している。

       欧州で法制化が広がった背景には、第二次世界大戦中のドイツ・ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)への反省がある。各国は戦後、過激な発言を積極的に規制。特にホロコーストを否定する言動を厳しく罰してきた。

       これに対し、公民権運動などで人種差別を克服してきた米国では、人種的マイノリティーを保護する観点から過激な発言自体は規制せず、人種憎悪による暴力行為(ヘイトクライム)のみを取り締まってきた。

       日本も表現の自由との兼ね合いからヘイトスピーチ自体の規制はせず、名誉毀損(きそん)や脅迫など現行法の枠内で対応。弁護士出身の橋下市長もこうした背景を理解し、「(独自策は)表現を規制したり、罰則規定を設けたりするやり方はできない」と明言している。

       ▼批評まで訴えられ

       法規制が国によって異なるのは、合法と違法の線引きが難しく、表現活動の萎縮を招くリスクがあるためだ。実際に支障が生じ、規制を見直す国も出ている。

       名古屋大の浅川晃広講師(オーストラリア政治)によると、豪州では先住民への政策を「特権」と指摘したコラムの執筆者が裁判で敗れたことを国民が疑問視し、規制の根拠だった人種差別禁止法の改正論議が沸騰。今年に入り政府が改正案を公表した。現行法は発言の受け手が差別と感じるだけでヘイトスピーチと認められるが、改正案では社会常識に照らして脅迫などにあたる表現のみが規制される。

       カナダでも他文化に対する批評までヘイトスピーチとして訴えられる事態が続発。人権法の条文廃止が決まった。

       国連人権委員会は7月、日本にヘイトスピーチの禁止を求める改善勧告を出した。福岡大の桧垣伸次講師(憲法学)は「ヘイトスピーチは政治的発言と紙一重の側面もある。仮に規制するにしても対象範囲を厳格に限定しなければ、移民受け入れの賛否といった議論まで制限される恐れがある」と警鐘を鳴らす。

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No title

  かつてヤングサンデーという漫画雑誌がありましたが、そこに「都立水商売専門高校」という
漫画が連載されていました。

 性風俗も含む夜の商売を扱う人間を育成するという物凄い設定の漫画ですが、これが現実になる
時代はあるのでしょうか。
 この作品元は小説が原作で小学館文庫から今も出てるはず。
 漫画は掲載誌がなくなったし絶版かな。

 人が人ある以上性は逃れられない宿命であり、少子化もあるんだししっかり考える必要が
あるんじゃないでしょうかね。

 日本人はお上がある程度「こうだ」というと不満あっても無条件に従う傾向が強いし
切れ者官僚が法案考えて政治家動かしたら「水商」みたいな事もあり得たりするかも。
 

Re: No title

> 少子化もあるんだししっかり考える必要が
風俗のことはともかく、それ以前に、思春期に「性=悪」と刻み込めば、素直な子は悪いことなのだから避けるし自由度の高い子は性を「悪事」と認識して使うようになる。当然のことですね。
ああ、他にもジェンダーフリーとかいうキチガイ思想もありましたっけ。

> 切れ者官僚が法案考えて政治家動かしたら「水商」みたいな事もあり得たりするかも。
100%無理ですね。
まず、そういうイノベーティブな考え方ができる人は官僚にならないし、なったらできなくなる。
また、日本人は情緒で動きますから(どっちが起源だろう)、実効性がなくても、いやむしろ害があっても、「お綺麗」な道を選びます。
加えて、国際社会では日本は性奴隷の国なので、これ以上そんなイメージを強調することは絶対に誰かが止めるでしょう。

たまたま、これは薬物の話ですが、橘玲氏がこんなことを言っています。
性の問題で言えば、オランダのような発想でしょうか。

○ 危険ドラッグ問題を解決するもうひとつの方法
http://www.tachibana-akira.com/2014/08/6524
> 日本では、なにか問題が起こると、すぐに国家による規制を強化しようとします。ときには別の発想をしてみてはどうでしょうか。
プロフィール

水響俊二

Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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