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独り言: ろくでなし子氏の3Dデータの件はどうなったのか

 自分の性器の3Dデータをネットで頒布したとして逮捕されたろくでなし子氏の件ですが、その後どうなったのでしょうね。一応もう勾留はされていないようですが。
 とまあまだ過去形で言うものでもないでしょうけど、反応がややこしすぎて状況を追いかけてすらいないので。

 この件では色んな人が色んなことを言っているようなので今更ここで私が何か言っても何ら意味があるわけでもないでしょうけど、そもそもこのブログ自体が(略
 というわけで思ったことをまとめると、主に二つの話にわけられます。

 まずは、今回の警察の動き。
 あれは逮捕されるのが当たり前。されない方がおかしい。

 これは、逮捕「されるべき」という意味ではなく、これまでの警察の動きを見ればそれは当然という意味で、何らおかしいことは見受けられません。
 3Dデータというのは新しいかも知れませんが、これまでだってネットでの配信には制限がかかっていました。パソコンや何かの画面で見るのだって、一旦デジタルデータになって、手元の機器で複雑な処理を行い、再現しているわけです。一体何が違うのか。
 だから、警察は今までの方針を貫き、今までやっていた通りのことをした。どこもおかしくはない。

 さて、では今度は「べき」論ではどうなのか。
 という話になると、警察はアタマがおかしい。

 ……いや、アタマがおかしいのは最終的な立法府、つまり判例を残す裁判所かも知れませんけど。警察はそれに従っているだけで。
 最高裁によると、わいせつ物とは
  • 徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、
  • 且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、
  • 善良な性的道義観念に反するもの
をいうそうです。で、こういったモノを公然となんちゃらするとかするとつかまるし、モノでなくて行為とかでも同様。
 しかし、じゃあ「公然」って?

 同好の士が集まるところ、つまり誰もそれで眉を顰めるようなことがないような場でも、なんだか「公然」になるらしい。
 以前、こういう漫画を読んで笑ったんですが。
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 この中で、AV女優とファンとの交流の場である撮影会ってのが描かれます。
 撮影「会」とはいいますが、撮影そのものは一対一で密室で行われます。何故なら、客が複数だと公然わいせつ罪になるから(笑)。
 漫画の中ではありますがいかにもありそうな話です。この漫画は実際に色々取材して描いているらしいので、本当にそうなのでしょう。
 つまり、「場」ではなく人の数で判断されるという、どうにも馬鹿馬鹿しいお話。

 この件で私は、所謂「ウイルス作成罪」のことを思い出しました。コンピュータプログラムはそのものでウイルスであるかどうか定まっているらしい(笑)し、わいせつについても、そのものでわいせつ物であるかどうか定まっているらしい。
 日本の社会の上位層(?)は、メーカーの人間であってもITが苦手ってのとも関係ありそうななさそうな。つまり、アタマを使って考えることができないんだね、という辺り。
 ITじゃなくわいせつについてなら、少子化も必然、という感じですね。

 上記の三要素を備えるようなわいせつ物や、性に関連するもの、こと。そういったものを空気を読まず見せ付けたりするのは確かに場をわきまえない行為として処断されるのも仕方がないかも知れません。
 しかし逆に、まさにそういったエロティックな場でのことさえ処断するのは、これもまた同じように「場をわきまえない行為」であると言えます。

 性に関するもの(こと)は、秘すべきものであるかも知れない。しかし、排除すべきものではない筈です。

 上で少子化の話をしました。その原因については経済的な理由が最も多いとされるのが通例ですが、そもそもカネがないくらいで子供を作らないってのもおかしいでしょう。そんなことくらいでは諦めるのもどうかと。
 性に関わるものは、「秘すべきもの」ではなく「排除すべき悪」である。
 それはかなり徹底していて、例えば、海外で認められたものは無条件に受け入れる日本人が、春画については頑なに認めないという珍しい現象が見られたりします。
 ……いやまあ、実は私も、海外で春画が真面目な意味で評価されているとは思っていませんが(笑)。

 そんな社会の空気が、カネがないくらいで子作り、いやその前段階をやめちゃう人間を生んでいるのではないでしょうかね。
 勿論、子作りには子育ても含むわけですし、他にももう一つ似たような理由はあると思うのですが、それは今回のテーマとは関係ないので省略。

 まあ、こんな話はもう数十年も侃々諤々、というよりも喧々囂々の議論(?)を皆がたたかわせてきたわけで、こんなようなことはもう誰かが言っているに違いありません。で、これが結論になっていないということはすでに論破(笑)されていることでしょう。
 しかし、日本の社会は合理性を嫌うもの。尤も、ここで言う合理性とは理に適っているということで、単に目先の効率だけを求めるという意味での「合理性」は大好物のようですが。

 だから、論破(笑)された意見が否定される理由も薄弱なんではないでしょうかね。

コメント

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No title

重箱の隅つつきで申し訳ないですが、裁判所は立法じゃなく司法です。
 立法は法を作るところ、司法はそれに基づきその行為が法に反しているかいないかを
調べるところ、なので立法ではなく司法が正しいのではないでしょうか。

 

Re: No title

> なので立法ではなく司法が正しいのではないでしょうか。
だから、わざわざ「最終的な」と書いたのです。

例えば、法に携わる人は、六法全書を憶えただけでは仕事になりません。判例を知らなければ。
その意味で、司法は「判例」という法を作っていると比喩的に言えると思います。あるいは、司法の判断により、法が確定するとも言えるでしょう。
成文法であっても、そのような慣習法的な面は多々あるので、三権分立などそう厳密なものではありませんよね。立法だって殆んどは行政が行っていますし。
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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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