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独り言: マニュアルと誤表現と「理系」と「文系」

 本当はその日に書く予定だった話なんですが、前の月曜(2014-06-23)の日経新聞朝刊に、こういう記事がありました。

コンビナート 揺らぐ安全
 相次ぐ爆発事故 団塊退職、途絶える経験知

 全国各地で死傷者が出る石油コンビナート事故が後を絶たない。原因はマニュアル違反など基本的なミスが多い。現場作業員の「教育」が課題だが、団塊世代のベテラン作業員の大量退職により知識や経験の伝承が難しくなっているという。専門家は「一朝一夕で人材は育たず、事故の削減には時間がかかるかもしれない」と指摘している。

 この記事は、こう結ばれています。

 東京理科大の小林恭一教授(消防防災学)は「バブル崩壊以降、多くの工場がリストラを進め『現場力』が衰えたため、事故という形でツケが回ってきた」と指摘。「事故を減らすにはマニュアルの徹底しかないが、マニュアル通りに実行できる人材の育成は時間がかかる」と話している。

 今回引用した記事は石油コンビナートに限定しているような書き方になっていますが、最近それに限らず、事故多いですよね。感覚的にそう思っていたのですが、少し前に、工場での事故の頻度が上がっているらしいという記事を見ました。
 また、鉄道の運行なんかも不正確になっている気がしますし、売られている物の品質も落ちている気がします。

 ここでまず本題に入る前に、これまでに何度も指摘してきたことを再掲します。
 雇用の問題を語るとき、どうして業種や職種による違いが考慮されることが少ないのか。流動性を高めようという話ばかりが目立つ。以前、一般の人を集めて雇用の問題について討論するテレビ番組で印象的だったのが、製造業の人だけがまるで違うことを言っていた点。熟練が必要なのだから、ということのようだった。
 とまあこんな感じです。大体、アメリカから(いつものように無思慮に)導入している考え方みたいですけど、製造業を捨てちゃった国を参考にしてどういうことになるか、ちゃんと考えてるんですかねぇ。まああの国もそういうものの国内回帰を考えているようなので相変わらず周回遅れの猿真似ですが、果たして。

 さて話を戻すと、「マニュアル通りに実行できる人材の育成は時間がかかる」ってのは、まあ当然ですよね。人は必ずミスをする。だから、マニュアル通りにしようとすれば、できることは必ずそれよりも下になる。
 つまり、マニュアル通りにできる人というのは、実際にはそれ以上にできる人でないといけない。マニュアルは、その通りにさせる「ため」にあると考えるのではなく、最終的にはできる人のためのチェックリストもしくは備忘録に成り下がるべきだと思うんですよ。守・破・離じゃないですけど。いずれはそれを改善できる人が生まれなければいけないのだし。

 で、この記事には途中に、多分最も重要なことが書いてあります。引用します。

日本化学工業協会(東京)の春山豊常務理事は「ノウハウを伝えるベテランがいなくなれば『ホワイ(なぜ)』の意識が伝わらない。基本に戻って教える必要がある」と強調する。

 つまり、「なぜ」そうするのか。最終的にはそれがわからないといけない。そういう人がマニュアルを「書ける」人になるわけですね。
 これも何度も言ったことですが、なぜ、何のためにそれをするのか。それが何についても最も重要だと思います。

 ここで話は大きく変ります。
 この間テレビでやっていた、表現の間違い、言葉の誤用についての話。それを見ながら思ったのですが、誤った表現になる理由は、まああまりきっちりと分けられるわけでもないですけど、三種類あるようですね。
 故事などがあって、それによって生まれた表現。これは、故事を知っている人でないと、考えてもわからない。
 次に、文字の意味があって、それに従って熟語等ができている場合。最初のに似ていますが、一応目の前にある文字の中に答えがある話なので、区別してみました。
 そして三つ目が、考えればわかるもの。

 以前このブログでも指摘した「過半数越え」などもその番組に出てきましたが、他にも良く見掛けるけど何だか気になる表現に「防災対策」というのがあります。
 ……防災に対策を立ててどうすんのよ?という感じですね。名詞があってそれに対する策を練るのが何とか対策でしょ。
 まあもしかすると、防災のための対策という意味なのかも知れません。景気対策みたいに。しかしそうなると、防災があって、じゃあ「策」の「対」の向こう側にあるのは何よ?という感じ。「景気対策」だって、意味するところは「不景気対策」「景気浮上策」だし。
 実際にそれが本当に間違いであるかどうかは、私にはわかりませんが。

 他にも、朝日新聞が書いた奇妙な数式とか、あとは「IT技術者」とか。ITのTって何だよ、という話。
 あと、これは少し違う話になりますが、何度もしつこく指摘しているボットネットの話。解説していて、それ遠隔操作してるじゃん、遠隔操作なんて珍しくないんだね、と思わないのか、とか。

 故事を知っているかどうかで、つまり知識でわかる、逆に言えば知らないとわからないものについては、メディアも一所懸命勉強して「正しい」表現をしようとしているようなのですが、考えればわかるものはどうしてこうなのか。

 ずっと以前から繰り返している話ですが、こういうときいつも「理系」「文系」という区別をしたくなるんですよね。そして同時に、その分類が一般的に意味していることが、私の区別したいことと全く合致しないこともわかっています。だから、それらに替わる言葉がほしい。
 最近、私が区別したいそれら、代替の言葉が見つかったわけではないのでここではまだ「理系」「文系」(鍵かっこ付き)で表現しますが、それらの間の特徴的な違いがわかってきました。

 ここでいう「理系」は、物事(モノやコト)の理由、構造、仕組み、筋道、意味、結局何なの、等といったことに強い関心を持ちます。

 多分、子供の頃には物を分解して喜んでた、場合によってはそれで何度も怒られてたのではないでしょうか。あと、憶える(所謂丸暗記)より何とか法則を見出して楽をしようとするとか。
 それから、そういう性向が適合する典型的な分野が自然科学であるというのも、自然なことだと言えます。だからこそ、まずは「理系」「文系」という表現になってしまったとも言えます。

 というわけでそのような「理系」的性向は、勿論一般的に言われる理系とは必ずしも一致しないわけで、理系と分類される人が「理系」的でないことも多々あるし、文系的な職の人にも当然いて不思議はありません。
 ただ、一般向けのマスメディアは、文系でありなおかつ、そういった意味であまりにも「文系」的だといつも思います。そりゃ知識は豊富かも知れないけど、意味わかってる?みたいな。文法は合ってるけど、話の筋は一体どうなってるの?みたいなのも。
 まあ、冒頭で引用した日経の記事でも、「原因はマニュアル違反など基本的なミスが多い」とかちょっとおかしいんじゃないのかと思いましたけど。「原因は……多い」って? 「原因としては」とかもう少し別の言い回しがあると思うんですけど。いやどうでもいい話ですが。

 それはさておき、マニュアルにしても、表現の間違い等にしても、意味や理由というのが重要であるし、実際、表現がどうして間違っているかについてはその成り立ちとか意味を説明するのが定番です。
 結局どういうことなのかというと、まあどれだけできるかはともあれ、もうちょっと考えましょう、という結論になりますかね。勿論、考えを止める判断も考えることになると思います。
 でもそういうと、「下手の考え休むに似たり」だよ、とか言われそうですが。

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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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