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せいじ: 産経の主張と「歯止め」(補足)

 昨日のエントリ「産経の主張と「歯止め」」への追記。

 上記のエントリは産経新聞の次の社説(2014-06-24)への批判だったが、書こうと思っていて忘れたことが一つあったので、簡単に述べておく。コメントしたいのは、以下に引用した部分についてである。


 栃木県の小学1年女児が殺害された事件では、8年半後に逮捕された容疑者宅のパソコンから、幼児性愛に関する画像が多数見つかった。児童ポルノの所持が、凶悪犯罪と結びつくケースもある。子供を守る手立ては、どれだけ厳重にしてもいい。

 非常にぼかした表現になっているところを見ると、もしかすると意図してのことなのかもしれない。つまり、「児童ポルノの所持が、凶悪犯罪と結びつく」というのが因果関係であるかのように印象づけようとする文章に思えるのだ。勿論、所持が「因」で凶悪犯罪が「果」という意味でだ。
 しかしこの場合は、犯罪を起こすような者だから所持していたのだろう。

 児童(18歳未満)についての話である筈なのにさらりと「幼児」などという言葉を忍び込ませたり、やることが汚い。いつも思うのだが、日本の(外国のものは良く知らない)報道は非常に情緒的だ。情に訴えようとするが、筋が通っていない。筋を通せないから情に訴えるしかないのだろうか。

 今回指摘した部分も同様だ。
 勿論、人の心理には所持しているものが影響することもあるだろう。しかし、上に引用した栃木の件は、そのような主張のために持ち出すには前述の通り不適切だ。しかも、というべきかだからというべきか、「結びつく」などと、関係があると主張しているのかどうかも判別しがたい表現になっている。
 つまり、因果関係があると主張することはできないが、最近のことなので皆の印象に強く残っているであろう事件のことを「想起させる」ためだけに書かれているように私には見えてしまう。

 「凶悪犯罪」にしろ既に指摘した今回引用部の前段にある「幼児」にしろ、文章の構成、筋道上は関係のない言葉だ。それを以て何かをすべしと主張するなど、まるで「軍の命令で拒否できなかったかもしれない」と言った誰かのようではないか。
 石原慎太郎について何度か指摘したことだが、日本で「保守」を自称する者の一部は、本当に特亜、特に半島の南側によく似ている。「情緒法」的な考え方をする。事実や理屈はどうでもいい。いや、口にするとそれを信じてしまうかのようだ。
 しかし、そのような考え方で、本来の目的は果たせるのか。つまり、そもそも児童のためになるのか。
 性的表現に拘ったせいで、今回の法改正では、関係ないものまで引っ掛かるために様々な条件を付けているし、むしろ児童に対する虐待があっても表現次第で問題ないものになってしまう。例えば、衣服を普通に身に付けていたらそれは問題ないのか。

 筋道立てた説明ができないことは、多くの場合、間違いを孕んでいる。説明しようとすると破綻するからだ。
 情に訴えるのは、人に聞いてもらうためには効果的かも知れないが、そもそもそうやって聞いてもらった内容に価値があるのかどうか、考え直してみるべきではないか。

 最後に、追記の更に追記。おまけのようなもの。

 上記の因果関係の話で思い出したのだが、三年前の時に何度か目にしたこと。
 災害対策について検討を進めようとすると、「そんなことをすると本当に起きそうな気がする」といった声が出て行き詰まる、ということがよくあるとの指摘があった。
 別に今回の件に限った話ではないが、因果関係と相関関係を無思慮(いや、無駄に考えて)に結び付ける報道は多い。もしや、こういった日本的(?)な感性が関係しているなどということがあったりするのだろうか。

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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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