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マンガ: 『紫色のクオリア (3)』 漫画版も完結

 原作小説を読んだときもそうでしたが、この作品はほんと、レビューをする気力が中々涌いてこないんですよね。
紫色のクオリア (3) (電撃コミックス)紫色のクオリア (3) (電撃コミックス)
(2013/10/26)
綱島志朗

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 まあ、原作読んだときにはまだブログ始めてませんでしたけど。

 何かというと、色々な要素がありすぎて、下手なコメントすると本質からどんどん外れてしまいそうな。そして、隅々まで熟読しないとどっか重要なことを見落していそうで、怖じ気付いてしまう。
 で、これも出てすぐに読んだのですが、レビューは今日になってしまいました。

 しかし、ではこうして書いているのだから読み切ったという自信があるのかというと別にそういうわけでもなく、たまたま先週の終り頃に読売新聞の夕刊でこれの原作が紹介されていたので、書いてみる気になっただけだったりします。
 要するに、心境の変化というやつですね。

 さて、コミック版2巻で文字通り物語は急転し、3巻ではもうそれが極限まで発散しました。
 学は、量子論的な力をどんどん強化して、果てしない可能性の海を無限に「試し」ながら、ゆかりが救われる世界を求めます。
 その目的のためには、最早どんな手段も厭いません。法とか倫理とかそんなものは蹴散らし、あらゆる経路を駆け巡ります。

 敵視していたアリスと恋仲になったり、別の世界ではそのアリスを惨殺したり。自身でさえ排除したり。
 まさかの魔法少女ルートなんぞもあったのにはびっくり(笑)。

 しかし。
 学が宇宙の開闢まで遡り、宇宙そのものになってしまっても、やはりゆかりの死は避けられない。

 一体、何がいけないのか。

 ここでこの物語を一言でまとめると、「他人[ひと]他人[ひと]、自分は自分」ということなのだと思います。別の言い方をすると、「所詮他人[ひと]のことは考えてもわからない」ということにもなります。

 しかし、これは事実の認定にすぎません。この物語では、それについて一つのコメントをしています。

 「だから話をしようよ」、と。

 結局はたったそれだけのことなのですが、学はあれだけのことをすることになった。作者は悪魔の証明をしてみせたのかも知れません。
 学が答えに辿り着けなかったのは、最初からその答えの外を探しまわっていたからです。

 こうしてみると、これはまるで、メーテルリンクの『青い鳥』のようですね。
 それは、物語の展開のしかたという意味でもそうですし、その伝えている内容もそうです。

 ところで、前に述べた読売のコラム記事では最近の他の作品との類似性(影響?)についても触れていました。
 私も、STEINS;GATEを思い出したりもしましたし、『魔法少女まどか☆マギカ』第10話の感想を書いたときに触れたりもしました。
 まどか☆マギカで思い出しましたが、先日『叛逆の物語』見たちょっと後に他のアニメのおまけに書いた感想で私は、ほむらはやっとまどかと並んで立てるようになったのだから、喧嘩をするべきだよね、みたいなことを書きました。
 それは言い換えれば、まさに本作の主題であるメッセージと私が解釈したものと同じですね。ただ、あの二人だと「話」で済むとも思えませんが。だからハルマゲドン(笑)。

 ともあれ、激しい展開を見せた物語も収束し、綺麗に終息しました。
 途中あれだけ荒れた話なのに、読後感がこんなにすっきりするというのは、何だか不思議な感じです。

関連項目:

tag : 電撃コミックス うえお久光 綱島志朗

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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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