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読んだ: 『さとり世代』を読んで生じた謎

 週末、こんな本を読んでちょっと感じたことがあったんですが。
さとり世代    盗んだバイクで走り出さない若者たち (角川oneテーマ21)さとり世代 盗んだバイクで走り出さない若者たち (角川oneテーマ21)
(2013/10/10)
原田 曜平

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 読んで論じてみるとかでは全くなく、ただ単によくわからないことがあったんですが、理由を考えてみようと思って……結局そのまま何も考えずに感じたまま書いてしまうという手抜き(笑)。

 まず、そもそも書名にもなっている「さとり世代」とは何か。まえがきによるとどうやら二種類の定義があるらしいのですが、本書では「「ゆとり世代」のことを言い換えた世代名称であるという説」を採用しているとのこと。
 本は、ほぼ全編が、大学生を中心とした「さとり世代」の61人との議論を収録した形になっています。大雑把なテーマを決めて1〜4章、そして「バブル世代vsさとり世代」と題した、バブル世代を交えた議論の様子を収録した番外編からなり、各章の終わりに1〜2ページのまとめがあります。
 テーマは、各章毎に、さとり世代の概観、消費行動、恋愛、将来について、という感じ。

 で、読んでみて感じたことを、上記のように(この本のように?)特に加工せずにそのまま書いてみると……。

 バブル世代に対する見方が、私と彼らでは結構似ている。

 といったところです。

 はっきり言って、私自身はまさにバブルの頃に学生時代を送ったわけですが、私がその狂乱に乗っていた層(同世代の学生達とか)を見て思ったことと、彼ら「さとり世代」の学生がバブル世代について思っていることが、とても似ている。
 ついでに言うと、彼らが例えば国会の様子を見て感じていることも私と似ていると思うし、彼ら自身のことでなければ見方考え方が総じて似ている。

 しかし、では私と彼らが似ているかというと、どうもかなり違うようですね。
 彼らが彼らのようであることの理由として、この本で最も強く印象づけられるのが、ネット、特にソーシャル系のサービス(TwitterとかLINEとか)の存在です。LINEがあるからこういう風に考えるし行動する、みたいな例が数多く挙げられています。
 しかし、では私はと言えば、80年代中盤からパソコンを使っていましたが、当時はネットなんて使ってなかったし、使っていたとしても今のSNSみたいなのはなかったし、それに類する別のものもなかった。
 ネットも、パソコン通信とかは後になってもやってなかったし、大学のネットも、どういうわけかウチの学科はケーブルが素通りしていましたし。いやまあ、今になって考えると、あれはイエローケーブルだったのでトランシーバ付ければ使えたと思うんですが、勝手にはできないので要望を出していなかったということかも。

 これはどういうことなのか。
 彼らを特徴付けることの多くはSNSなどで説明できるが、私と共通するようなところにはまた別の理由があるのか。それとも違う理由で同じ考え方に至ったのか、単に私がおかしいのか、それとも……?

 まあ、いろんな意味で、考えてもわからないことですけど。そもそも、当時どうしてそう考えたかなんてもうよく憶えてないし。
 ただ逆に、巻末の番外編でさとり世代の学生達が、バブル世代の人に、どうして?と問うていたことに妙に親近感が(笑)。

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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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