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アニメ: 劇場版『まどか☆マギカ』前/後編の劇伴に感じた三つの問題点

 この秋、新作が劇場で公開される予定になっている『魔法少女まどか☆マギカ』ですが、テレビシリーズの総集編として公開済みの劇場版前編/後編のBDが発売されました。
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(2013/07/24)
悠木碧、斎藤千和 他

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 というわけで感想です。

 まずは、物語について。
 展開や台詞等は、まあ総集編なのでほとんど変わっていませんね。強いて言えば、三ヶ月かけて見ることを前提としているテレビ版とはちょっと構成が変更されています。ただ、声は収録し直されていますが。
 あ、新しいシーンで印象的なのがありました。
 ほむらが「初めて」転校してきたとき、紹介の前の和子先生の話のテーマが、目玉焼きの固さではなく味付けになっていました(笑)。ちなみに、うちでは先生と同じく醤油です。塩で食べたりすることもたまにありますけど。
 あと細かいことですが実は大きな変更かな、と思ったのが、まどかが魔法少女になると決意しほむらの元へ駆け付けたとき。
madokamagicamv1_madohomu3.pngmadokamagicamv1_madohomu4.png
 まどかはほむらの額から流れる血をハンカチで拭ってあげていました。

 構成について言えば、ほむらの過去の話が終わったところで『コネクト』が流れてテレビ版OPが。で、その最後はこうでした。
madokamagicamv1_connect1.png

 絵については、かなり調整、というかブラッシュアップされていますね。
 特筆すべきは、やはり、OPテーマ曲『ルミナス』を背景に小さい頃からのまどかの成長が描かれるOPムービーでしょう。
 あと、テレビ版と大きく違っていたのは、杏子が死んだ後のほむらとキュゥべえの対話が、例の部屋ではなく何やら墓地のような場所になっていることです。
madokamagicamv1_homq1.png
 これはこういう場所なのか、それとも心象風景なのか。何とも言えない感じですね。
 また、テレビではコントラストをいじったりしてやっと見えたアレが、やや見やすくなっていました。
madokamagicamv1_death1.png
 一番最後は『ひかりふる』が流れるスタッフロールなんですが、その少し前、テレビ版のエンディングに相当する個所で、もう一度、今度はオケ版の『コネクト』が流れまず。そこの背景ではこんな映像が。
madokamagicamv1_connect2.png
 魔女文字で何が書いてあるかは、多分誰かが解読していることでしょう(笑)。私は一所懸命対応表を見ながらでないとわからないし、しかも私が持っている表には抜けがあるし。

 絵についてもう一つ気づいたことを追記しておくと、何やら肌の露出を抑えているなァ、と思いました(笑)。やはり劇場上映ということでの配慮でしょうか。

 さて、音楽(劇伴)について。
 特に魔女の登場シーンについては結構新曲があったりして、なるほどそう来るか、と思ったのもあったりしました。
 しかし、いくつか気になったところがあるので、それが本エントリのタイトルにもなっています。
 いずれも個人の感想なのですが、一応理由を言葉で説明できるものを三つ挙げてみます。

○ 編集
 BGMが、シーンの長さに合わせてなのか、結構切り張りしてありますね。そのせいで、メロディーが飛んでいたり、小節の数が半端で何か収まりが悪くなっていたりします。
 普通こういうことって、劇場版よりもテレビ版で多いものなのではないか、という印象があるのですが。

○ ハコの魔女のテーマ
 なんだか綺麗な曲になっています。
 しかし。
 このシーンは、主人公たるまどか自身が魔女に襲われるというものであり、まどかの心の内を、つまり何かに追い詰められる恐怖と切迫感を表現すべきなのではないかと思います。

○ ほむらの絶望
 この話の前に、以前テレビ版とBDの6巻との違いについて書いたときに触れた、11話EDの『Magia』について。
 テレビ版ではエンディング曲なしでいきなりぶつっと切れるのが、BDではそれまでの話と同じように『Magia』の流れるEDムービーが挿入されていました。以前の感想をもう一度書けば、「これは、わたし的には大きな減点です」ということになります。
 シリーズ全体の構成で言えば、あの瞬間が転換点です。
 私の抱いているイメージを表現するとすると、ファンデルワールス力の、距離とポテンシャルのあの曲線が近いでしょう。まあ、通常あのグラフは左が距離0なので左右を反転して考えます。
 縦軸が雰囲気の重さ。下に行くほど陰鬱。横軸は話数で、一番右が最終話。
 どうやってもワルプルギスの夜に勝てないことでほむらが絶望に捉えられたあの瞬間、あそこが一番底で、そこにまどかが来ることから跳ね上がって、ちょうとプラマイゼロを通過する瞬間が11話の最後だと思うのです。だからあそこは、希望の曲でもなく『Magia』でもなく、何もないぶつ切りが最もいいと思うのです。
 BDでの変更に対し、私が「減点」と述べたのはそのような理由です。

 それと似たような似ていないような改変が、今度はほむらが絶望にとらわれようというあの瞬間に施されています。

 ワルプルギスの夜が現れ、ほむらが戦いを挑むシーン。ここではテレビ版と同じく、あの荘厳な『Surgam identidem』がババーンと流れます。実を言うとここも上記最初の問題、つまり編集によるメロディーの不連続が起きていますがまあそれはまだいいとして。
 ここでまどかに視点が移り、再度ほむらの、今度は「絶望」のシーン。
 テレビ/BDではここでは『Nox Walpurgis』(BDブックレットでは"Nux")が流れます。これが劇場版では、前のシーンと同じ『Surgam identidem』になっています。
 このシーンでは、確かに追い詰められたほむらと、画面上は「濁り」による侵蝕が描かれています。
 しかしだからと言って、ここはそれを描写しているわけではないと私は思います。
 ここでは、「絶望」、別の言い方をすれば「希望の消失」が描かれている筈です。それは、肉体に喩えれば、血が熱くなる戦闘ではなく、失血死に向かう場面であり、やはり音楽で言えば、悲哀に満ちた『Nox Walpurgis』が、それこそが合っているのではないか、と思うのです。

 それは、以前感想でわざわざそこでの演出の効果を強調し制作陣の総力を結集したシーンで最も大きな影響力があったのは音楽だとまで言ったシーンだったというのもあり、大きな落胆を覚えました。

 しかも、ここでもまた最初に挙げた「編集」の問題が併発しています。

 私としては、ちょっとこれどうなの、という感じです。
 ……はぁ。

 というわけで、劇伴については結構不満が残る劇場版でありました。


 ところで、そんな風に「音」について不満の残る作品を試聴している最中に、ヘッドフォンが故障しました。
 まあ、普段使っているのと別のがあったのでそれに切り替えて最後まで見たわけですが、なんというかこの『まどか☆マギカ』という作品、見ていると現実にも何か起こることになっているのでしょうか?

tag : アニメ 魔法少女まどか☆マギカ

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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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