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独り言: 科学万能信仰の根源に関する傍証がまた一つ

 先日の猪瀬都知事のツイートより。

天気予報は科学なのに責任に対する心理に支配され歪んでいる。成人の日に外れたので過剰に積雪量を2度も見積もった。多めに先読みすれば責任逃れができるとする姿勢がもし3度目にあったら責任を追及します。狼少年は許さない。気象庁の自己保身のためにどれだけの組織、人が迷惑を与えられたか。


 以前、震災の頃のことですが、科学万能信仰について触れたことがありました。科学が万能だなどと、科学がわかっている者が言う筈がない。言うとすればそれはむしろブンケーの人間でしかあり得ない、と。
※ 理系/文系に代る用語を未だ見出せていないので、リケイ/ブンケイ(ブンケー[こちらを使うときはやや含むところあり])で経過措置
 その傍証と言える発言がこのヒトから飛び出してきました。

 大体、言語技術教育(ファクトとロジック)がどうしたこうしたといいつつ、自身の文章の論理が往々にして破綻していることは以前にも何度か指摘しましたけどね。

 衰退する現代の日本社会が抱えている様々な問題のうちの幾つかについては、これと同様、ブンケー的な短絡思考の蔓延が背後にあると私は感じています。例えば、以下のようなものです。

 NHKのドラマ『メイドインジャパン』にこんな台詞がありました。

「目の前の相手より、効率を重視した結果が、今のタクミの姿なんじゃないかって」

(最終話(12分くらい):柿沼の台詞より)

 ……まあ、「効率的」とか、以前から何度も指摘している「合理的」とかの言葉をどう定義するかにもよる話ですが、「今のタクミの姿」、つまり経営の危機を招いたのだったら、その行動は効率が悪かったのでは?

 近視眼的かつ短絡的に目先にはっきり見えている数値だけから物事を決めるのは、決して効率的でも合理的でもないわけです。問題とされるべきは、そういうことを効率的とか合理的とか思う思慮の浅さか、それともそういうことを「効率的」「合理的」と表現してしまうことか。
 どちらも指し示している事象は同じことなのですが、私は後者に、今回問題視しているブンケー的な何かの弊害の表出を感じます。つまり例えば、数値化され目に見える範囲のことだけを見るのが科学的であるという、不見識による矮小化がこれとよく似ている。

 上の話に戻れば、効率的とか合理的とか言った場合、字面を見れば、決してそんな短絡的な思考/行為を意味するとは思えません。しかし、最初からなのか最近になってからなのかわかりませんが、それらには多くの場合、負の意味が付きまとっています。
 ならば、本来の意味で効率が良いとか理に適っているとかいうことはどう表現したらいいのでしょうね?

 私が理系/文系という言葉の代替を求めるとき、ペアとなるそれらの言葉の表現する「違い」「区別」は、論理的であるか否かとか、合理的であるか否かとかだったりするわけですが、そもそもそれらの、「論理」「合理」、そして今回の「効率」とかに上記のような否定的なニュアンスが感じられてしまいます。
 それもこれも、言葉を得意としている筈のブンケーのせいだー!と叫びたくなるわけですが、さて、そうすると仮に新しい言葉が誕生したとしても同じ運命を辿る恐れが非常に大であるわけで。

 こりゃ、困ったことですね。

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水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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