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おカネ: アベノミクスは何故失敗したか

 本当は伊勢志摩サミット前辺りに書こうかと思っていた話ですが、日本の経済なんかよりも大事な話もあったし後回しにしてました(笑)。

 更に言うともっとずっと前に書く予定だったんですけど、それは単に面倒くさくて。
 では何故今回こうして書いているのかというと、以前指摘した「リーマン級」と消費税率上げの話。
 その時には、本当に延期することになった場合に世界経済のせいにしちゃって、各国から文句来たりしない?とか、それで本当に世界の経済が狂ってきちゃったりしたらどうすんの?とか思ったわけですが、その回避策のあまりの秀逸さに感服したからです(誉めてません)。
 一体誰が考えたのか知りませんが、「リーマンショック」だって(笑)。
 こりゃうまいわ。延期の口実にはなるけど、あくまでリーマンの時のようになるかも知れないと「予測した」だけであって外れても(多分)日本の責任だし。
 ちょっと座布団一枚くらいあげたいですね。
 勿論、面白いという意味で。

 でもまあ、首相がこのような発言をするようになってはもう、アベノミクスは失敗確定ってことですか?

 さて前置きが長くなりましたが、本題は一瞬で終わります。なんせ、これまでにも何度も書いてきたことですからね。ただ表現はちょっと変えてありますけど。
 では、アベノミクスは何故失敗したか。それは、毛利元就が教えてくれます。

 アベノミクスは、「三本の矢」でなかったからです。

 以上。

 もうあとは蛇足ですが、「三本の矢」の逸話は、上記のWikipedia見ると一部創作もあるようですが、基本的には一本ずつだと折れる矢でも三本束ねれば云々という意味合いですよね。
 これは、力を合わせることの重要さを示しているということでもありましょうが、ここではそれよりも、それらの「矢」が組み合わされることで初めて効力を発揮する、つまり政策の仕組み、ストーリー、構造、それらが重要という意味で言っています。それは、適切なタイミングという意味も含まれています。
 孫子にもありますね。広辞苑によると、

○巧遅は拙速に如(し)かず
[孫子作戦「兵聞拙速未観巧之久也」] できがよくても遅いのは、できがまずくても速いのに及ばない。物事はすばやく決行すべきであるとのこと。

だそうです。巧遅より拙速の方がいい。ただこれも、何でもかんでも速ければいいというわけでもないでしょう。速すぎて早すぎるというのもやはり同様。

 今回の「三本の矢」で言えば、やはり同時にということが大事だった筈です。同時にというか、人々の気持ちがそちらに向かっている時にということ。
 つまり、折角日銀が一本目の矢として「異次元緩和」というサプライズを用意というか演出したのに、デフレ脱却を目指している筈が消費を狙い撃ちした増税をぶちかますとか、一体どんだけ足並みが揃ってないのよ、ということです。
 だから、アベノミクスは三本の矢ではなく一本の矢が三本(か二本)あっただけという意味。

 というわけで、なんか期間がこれだけだとちょっと不安なデータではありますが、

nikkei_20160425p3.png

日本経済新聞 2016年4月25日 朝刊 3面「景気足踏みリーマン級?」より

どうやら2014年の消費税率上げで消費はすとんと落ちてそのままって感じ。
 というか、つい最近も見ましたが、消費税率上げて「一時的に落ち込むことはあるだろうが」という言い方をする人がいるのは不思議。同じ日経でもちょっと前にはこんなグラフを載せていました。

nikkei_20160330p3.png

日本経済新聞 2016年3月30日 朝刊 3面「国内景気にふらつき」より

 これ「ふらついて」いるように見えますが、前年同月比だということを考えてみると一つめのような動きであることはなんとなくわかります。というか、わざわざわかりにくくしてたんでしょうかね?

 だからというか、今だと増税で悪くなることはあってもやめたからといって何かいいことがあるかどうかよくわからないですね。なんせ、これもまた一本だけの矢ですから。最早日銀のやることもそうサプライジングではないですし。いや矢というか、それやめても他の要因でどんどん消費は阻害されてるしね。
 というわけでもう何度目かわかりませんが、千載一遇のチャンスをまたもや逃してしまった日本経済の、明日はどっちだ?

歌とか: もう一度、『明日でいいから』

 前にもアニメの感想を書いた際にちょこっと触れた曲ですが、アニメ『あんハピ♪』のEDテーマ曲『明日でいいから』をやっと、フルコーラス聴きました。

明日でいいから CDのみ
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 元々この歌はうまく言えないけど何となく好きで、今こうして聴いてもやっぱり何となくとしか言えない感じです。
 勿論、いきなり矛盾しているようですが言えることはいくつかあります。例えば、
Bメロの音程の取り方が微妙なところとか、
サビでいきなりリズムもテンポも変ったりするところとか、
終わってリピートしてみると高さが微妙に変ってるみたいだとか、
フルコーラス聴くと2コーラスのBメロ前しばらく全然違うメロディが入るところとか、
ソロのサビの後の終盤ではまるですごい大合唱しているかのように厚く聞えるとか、
エンディングではコーラスっぽいところがメロディとして随分違って聞えるようになってたりとか、
……あれ? 随分沢山出てきた(笑)。

 うまく言えないというのは、そういうところが好きな理由であると確信できないということです。むしろそういう技巧的なところよりも歌い方とか声とかハモりとか、そういうところが理由なのかも知れないななどとも思います。
 ただはっきり言えるのは、今回こういう風に感想を書いているということからもわかるように、全部聴いてもっと好きになったということですね。

独り言: 押して引く

 その強引さが話題になっていたアップグレードちゃんですが、今度はいきなり態度を急転回させているようです。
Windows 10自動アップデートを抑止する公式ツールが提供開始、通知アイコンの非表示も可能 -INTERNET Watch

 これはもしや、強引に押して押して押して、ある時ふっと姿を消し、あれ?もうちょっと気にしてた方が良かったかな?と思わせる高度な駆け引きテクなんでしょうか(笑)?

独り言: 「どこで道を間違ったのだろうか」

 例のアイドル(?)刺傷事件には色々とわけのわかんないところがありますね。動機とか過程とかの話ではなくて報道が。だいぶ長い間「自称」とついてたり、「アイドル」という肩書きもなんか不定だったり。
 でも、やっぱりあった先日のこういう話こういう話関連。

 今回はアニヲタではありませんでしたが、逆にこういう記事がありました。
アイドル刺傷 容疑者の夢は「五輪選手」 柔道で将来嘱望も、関係者「どこで道を…」:イザ!
 ところどころ拾ってみます。

小学校時代から柔道に打ち込んでいた。当時を知る主婦は「事件の報道で『伊勢崎市で柔道をやっていた』と聞いた。もしかして、と思った」と語る。それほど地元では将来を有望視される存在だった。

 中学でも柔道で活躍。身長約180センチの体格を生かして好成績を残した。会社員の男性(54)は「大会での姿勢も良く、礼儀正しかった」と振り返る。

 少年時代の岩埼容疑者を知る男性は「私が知っている姿ではない。一体どこで道を間違ったのだろうか」と話した。

 つまり、こういう人は「道を間違」えなければこんなことにはならない筈だ、という前提があるわけですね。

 まあ、特に言うことはありません。わかっていたことが予想していた通りに行われたというだけのことなので。

せいじ: 「サイバー攻撃は武力攻撃」

 今日(2016-05-24)の読売新聞夕刊一面トップ記事がこんなタイトルでした。今度行われる伊勢志摩サミットで各国がそのように宣言するということになる運びらしいです。
 記事には国連憲章とか国際法とかいう言葉が出てきますが、そういう攻撃が武力を伴う自衛権の発動の要件となるような考え方を想定しているようですね。

 で。
 そういうことになると、一体日本はどうなっちゃうの?とちょっと心配になったのですが。
 どういうことかというと……。

 憲法の9条2項により日本は戦力を持てないことになっています。
 サイバー攻撃が武力攻撃、それもそれに対抗するための自衛権の発動も認められるような攻撃と言うことになると、日本はそれを行う能力を持ってはいけないことになります。

 ITというのはハードとソフトからなり……いや大概のものはそうですが、ITは特に、ソフトにより機能も性能も規定される部分が大きいわけで。
 コンピュータというハードを持たないことはもう今の時代ちょっと考えられません。ただ、ITにおけるソフトの役割の大きさを考えると、ハードだけなら持っても認められるかも知れません。

 でも逆に言うとそれは、サイバー攻撃が可能となるソフト的な能力は憲法上認められないということにりませんかね。
 ということは、サイバー攻撃を自らはしないとしても、攻撃手法の研究などをすることは攻撃の「知見」を持つことであり、ハードはすでにあるのだからその時点で能力を持ったと見做すこともでき、憲法上は禁止?

 何歩か譲って、攻撃のためのツールを持つまでは戦力を持ったことにならないとしても、攻撃に使えるツールって一体どこからなんだろう? 攻撃するためのツールは単純所持禁止とか? いやいやPythonみたいなものをインストールしたらもうNGかも?
 そういえば、nc(netcat)はよくウイルススキャンで検出対象になりますよね。

 なんだか、サミット以降は日本だけフルボッコ状態という未来が見えてきちゃったり(笑)。

独り言: 独り言 - 2016.5

 ついったーでついーとした方がいいんじゃないかみたいな細かいどうでもいい話をいくつか。
 とか言うとなんだかTwitterはどうでもいいことを書く場所ということになっちゃいますな(笑)。

○ ぱそこん
 ここしばらくPCの環境をいじっていたのですが、かなり色々やったもののわざわざここで書くようなことが全然ないんですよねー。何故なら、乗り換ればいいじゃんの一言で済んじゃう話だから。
 ただ、まあ勉強にはなったかな、というような気がします。
 ……気はします。

○ SAO
 ちょっと前にSAOの『シュガーリィ・デイズ』がどっかで話題になってたようなのですが、それがどこなのか結局わかりません……。ゲームとかかな。
 いや何かというと、やたら上記の感想ページへのアクセスが多かった時があったので。
 ほんの一日くらいですけど。

○ creativity
【視覚テスト】最初に目に飛び込んでくるのは?性格で見えるものが変わるテスト | PlayBuzz
てのがあったのでやってみたら、

あなたは非常に独創的な性格を持っています。

他の人よりも独特な思考力をしているあなたは、クリエイターなどに多い、創造性に長けています。独創的は時に変わった人のように映してしまうことがあるが、その独創的な思考があるおかげで科学が進歩していることを誇りに思ってください。あなたの考え方で世界が変わるかもしれません。

とか言われました。世界が変わるとかどんだけ(笑)。
 ただこれ何となくですが、どうやら細部をスルーして全体を見て見えるものを答えるとこう診断されるようになってそうな気がします。

読んだ: 最近読んだ本 - 2016.5

 このタイトルだといつもは読んだ感想なんですけど、今回はちょっと違います。
 いや、感想は感想なんですけど、本の中身ではなくて。いや、中身は中身なんですけど、伝えている内容よりも伝え方について。
 紹介するのは次の二冊。基本的にはこれらを比較し、前者を賞賛し後者を批判するエントリとなります。

「表現の自由」の守り方 (星海社新書)
山田 太郎
講談社
売り上げランキング: 15,469


日本会議の研究 (扶桑社新書)
菅野 完
扶桑社 (2016-04-30)
売り上げランキング: 112

 でも、この『日本会議の研究』はあまり批判したくないんですよね。何故かというと、妙な誤解をされそうで。私は決してネトウヨではなく……あれ? そういえば私はいつもそれを自称してるじゃないですか。いかんいかん。わたしはネトウヨ……(加藤のマネ(笑))。

 ともあれそういうどうでもいい話はこのくらいにして本題。
 このブログでも「勝手広告」なんかやってるくらいだから、『「表現の自由」の守り方』の山田氏のことは高く評価しています。まあ、これを読んだからという部分もありますが。
 この本は基本的に、山田氏がこれまでどのような攻防を繰り広げてきたかということが書かれていると考えていいのですが、それだけでも参考になる面があります。それは何故かというと、何があってどうしてどのように対応したのかが書いてあるからです。
 つまり、極めて明確に「意味」「理由」が説明してあります。

 対する『日本会議の研究』は、伝えている内容はともあれ、どうにも文学青年の綴った夢物語みたいな印象を与える文章なんですよね。

 理由は比較的明確です。この菅野氏の文章は、いきなり何かを前提として話を始める部分がよくあるのです。みんなそう考えてるのが当たり前だよね?という姿勢で。誰が考えたのか知りませんが、帯の煽りからしてそうです。
 だから、いくつも続くそういう部分で一ヶ所でも考えの違うところがあると、そこでちょっとした反感が生まれてしまう。
 最初に比較と断っているのであからさまにやっちゃいますが、その点で山田氏が違うのは恐らく、明らかに当たり前と思われ勝ちなことをひっくりかえさないといけないからではないでしょうか。もしくはそれができるから実績があるのかも知れませんが。
 児ポは許せないよね? 青少年は健全に育成されるべきだよね? 有害な漫画があるのは良くないよね?
 このような、反論を許さない看板を掲げてやってくる相手の、実は子供の保護なんてどうでもいいように見える行動や嫌いなものを消し去りたいだけのように見える行動や相手を黙らせたいだけに見える行動を押し止める。それが彼のやろうとしていることなので。

 これは、『守り方』巻末で対談している漫画家の赤松健氏にも言えることですが、山田氏には真っ向からぶちあたって力業で物事を進めようとするのではなく、そうなるよう仕向ける道を探すような面があります。
 なんでもそうですが、力で押え付けたものには歪みが生じ、反発力を秘めているものです。だから押え続けなければいけない。
 この二人はそういうところがわかっているように感じます。
 だからなのか、二人のやることはなんだか「打ち負かした感」に欠けるところがあるようにも感じます。

 ところで、私は大概の政治家を「政争業」と考えています。特に野党がそうですが、国会などで派手にぶちかまし、結果はどうでもよくてとにかく足を引っ張ることしか考えていないようにしか思えない。テレビに出ても、相手を遮ってでもとにかく騒げば議論をしているように見えるとでも思っているのか。
 以前、某政治家のために運動をしている人に聞いたときには、とにかく相手を打ち負かさないと支持者が満足しないんだとか言われて開いた口が塞がりませんでした。

 さて、『研究』の菅野氏ですが。
 そもそも文体が、何となく煽り調なんですよね。ドキュメンタリー風ドラマの「語り」みたいな感じで。また、唐突にインタビュー相手との対話が挿入されたり、人物の印象が書き添えられていたり。
 だから、まあ研究はしたのかも知れませんが、その文章は研究報告というには雰囲気を盛り上げようとする演出が過多です。はっきり言うと、読むのが苦痛でした。
 ただ、そういうことを言うと、山田氏の本は文字の装飾(太字とか大きい文字とか)が過多な気もしますが(笑)。

 読む側について言えば、山田氏の文章は技術屋やなんかの理屈っぽい人や現実主義者に好まれそうだし、菅野氏の文章は理想に向かっての革命とかを夢見るような人に好まれそうな感じでしょうか。
 そして、私は後者のような人はあまり好きではないし、そもそもそのような人は、頑張ったという結果は残せても実績は皆無なんてことになりがちだし。

 というわけで、二冊の比較はこんな感じになりました。

PCで: スマホのGPS情報提供します!の件

 前にひろみちゅ先生が言ってた件かなーでも探すの面倒だなーと思ったら見つけてくれた人がいたので便乗。

高木浩光@自宅の日記 - GPS捜査の総務省ガイドライン改正で携帯電話事業者と警察が不正指令電磁的記録の罪を犯すおそれ

 面倒くさくて今回の報道読んでないんでよくわからないんですけど、ここで指摘されてた件が実際に行われることが発表されたってことなんです?
 ダウンロード違法化→お代わりで刑罰化なんてのもありましたし他にもふざけた話が色々ありますが、日本のIT関連ってほんと、斜め後ろ方向に突っ走ってますね。

 でもまあ考えてみると、これ前にも話したと思いますが、日本のPC関連製品って元々複雑になるほど魅力なくなるものですよね。回路用の部品とかファンとかから始まって、電源とかケースとかまではいいんですけど、マザーとか完成品のPCとかはねー。
 関係ないですけどふと思い返してみると、私のPCって、メインはマザーが三代続けてASUS、モバイル用のノートは二代続けてASUS、メインPCのモニタはASUSと、妙にメーカーが偏ってたりします。別に主義があるとか思い入れがあるとかいうわけではないんですけど、欲しいのを探すとなんかそこに辿り着くというか。

 まあそういう個人的な話はおいといて。
 昔、ほんとかどうか知りませんけど中国製のLANのチップが勝手になんか通信してるーなんて話がありましたが、今回わかったのは、日本製のスマホも同じレベルに!ってことですかね。
 仮に当局が信用できるとしても、その仕組みが存在する以上カンペキに作られているとはとても思えず、いつかどっかの誰かがハックというかクラックしてくれちゃうに決まってますしー。
 で、AndroidのOSが新しくならないのと同じように、それも中々修正されなかったりして? いやさすがに自社で作ったものくらいは対応できるかも知れませんが、保証のかぎりではないし。

 ま、所詮は日本製ってことで。私にゃ関係ない……で済むといいなぁ。
 まさか今回の件も技適みたいになるなんてことも???

独り言: 「さようなら」のニュアンス

 これぞまさにほんとにどうでもいい単なる独り言ですけど。

【関西の議論】「さようなら」はもはや死語?…7割「使わない」と回答、永遠の別れをイメージ(1/5ページ) - 産経WEST

「さようなら」という言葉が使われなくなっている。(略)「さようなら」には「永遠の別れ」のイメージがあるという答えが返ってきた。専門家は「『さようなら』は死語になりつつある」と分析している。


 そういえばこれ、昔小説のネタにしたことがありましたっけ。当ブログに載せたのは2010年ですが、初稿は2001年ですね。懐かしい。

独り言: 言葉の意味を気にしようよ

 本エントリは「論理学は国語の授業でやるべき」の続きと言ってもいいかも知れません。何かを論理的に考えるときが典型的なケースと言えるであろうからです。

 言葉は単なるラベルなので、人とか時とか場合とかによって意味が違ってくることはよくあります。だから、使うその時々で定義を気にする必要があります。
 ということを誰もがみんな知っているはずなのに、どうもあまり気にしていないのが不思議不思議。

 例えば「恥」。
 なんでそれを題材にするかというと、当ブログ「水響風」は一応アダルトということにしてあるので。エロの規制に関しては何度も触れていますしね。
 保守を自称する方々はどうも、エロが大嫌いみたいです。一所懸命表現を規制したがります。「美しい国」にはそんな穢らわしいものはあってはならないとでも考えているのでしょうか。おかしいですね。国造りをした神様がセックスの仕方で悩んでたり、別の神様はストリップでみんなを笑わせたりしているような国なのに。そういえば近親相姦の表現を禁止(ただし漫画等に限る)した自称保守がいましたっけ。
 それはさておき、その規制の辺り、サヨというかリベというかそういう人たちは別の理由でエロを規制したがっているので、奇妙な利害の一致があるようで。
 なんかこのような奇妙な一致ってつい最近も見ましたね。いやヘイト規制のことですけど。

 エロはやはり、「恥」と切り離せない概念です。でも、性に関わるものが「恥ずかしい」理由は一体何か?
 それは、秘すべきものだからです。というかそういうことになっているからです。
 ところで、その「恥」という言葉は、例えば「恥じ入る」などという表現が使われる場合が主だと思いますが、劣っていることを引け目に感じるような時にも使われます。
 思うんですけど上記の彼等、それら二つの概念が、同じ「恥」という言葉でつながっちゃってるんじゃないんでしょうかね? 私はそんな風に思ったりするんですけど?

 まあこれは単なる邪推なんで、例としてはあまり適切ではないかも知れません。ただ言ってみたかっただけで。
 でも、これが事実であれ勘違いであれ、それと同じような構造はよくあるように思います。言葉が同じであるがために違う概念が混同されたり。
 それも結局、言葉の意味をあまり考えていないからでしょうね。つまり言葉を使う、シーンとしては物事の仕組みを気にするときとか論理的に考えるときとか、そういう時にちゃんとやっていないということでしょう。構造があってそれにラベルをつけるのではなく、まず言葉がある。
 どっちが原因でどっちが結果だかよくわかりませんが。
プロフィール

水響俊二

Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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