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マンガ: 『下校時刻の哲学的ゾンビ』感想

 なんか話題になっていたので見に行ってみました。

 舞台は放課後の教室。大朋さんは居残りで、独り補習のプリントと格闘しています。そこにやってきたのが、知人の龍野さん。プリントの問題は解けないしそもそもあまり人生楽しくないってことで、「消えたい」と呟いた独り言を彼女は聞き付けてきました。
 そして、毒薬のキャラメルを差し出します。

 大朋さんは、消えたいとは言ったけど、それで苦しかったり家族を心配させるのもイヤだと躊躇するのですが、そこで龍野さんの口から飛び出してきたのが、哲学的ゾンビの話題。
 このキャラメルは、『あなたの中の「私」だけを殺す毒薬』だと言うのです。つまり、言動も含めて人間そっくりではあるけれども「意識」だけがない存在になるのだ、と。

 この漫画、基本的にはコマ割りが真ん中と左右、という形式で縦に話が進むになっています。左はどうやら大朋さんの視界なのですが、右はどういうわけかずっと真っ黒のまま。
 でも、その左のコマは、大朋さんがキャラメルを食べたときから、右と同じように真っ黒になります。

 …………恐っ(笑)。

 大朋さんはキャラメルを食べた後、「なんともない」という感想を述べ、龍野さんも実は自分も昨日食べたのだと明かします。
 二人はそのまま談笑しながら帰るのですが……大朋さんの最後の一言がまた(笑)。

 別に、最近ゾンビっぽいものが出てくるアニメハマっちゃったからとかではなく、たまたま先日どこかで哲学的ゾンビの話題に触れたり、またこれもたまたま先日ちょっと人工知能の話題に触れたり、雑誌を買おうと思ったら隣にあった雑誌で人工知能を特集してたり、なんとなくこういうテーマに興味がわいてたからという経緯なんですが。

 それにしても妙に同じようなテーマがしかも違う方面から時を同じくしてやってきたなぁ。まるでシンクロニシティのように。
 まあ、それも認知の方に何らかの理由がありそうですけど。

アニメ: 2015夏アニメ感想(13)

 今週のアニメ感想です。がっこうぐらし!については別途書いちゃいました(感想A, B, C)。
 ……という書き出しで昨夜公開したつもりだったのですが、下書き状態のままになっていたので今日になって公開。
 でも、一日置いたのにそのまんまではなんか芸がないので、がっこうぐらしで書き忘れたことと、昨夜最終話が放送されたうまるちゃんについて追記しておきます。

がっこうぐらし! 追記
 まあ大したことじゃないんですけど、キャラの魅力について。
 部員達についてはそれぞれ、特に主人公たるゆきの魅力についてはもうかなり語っており、これ以上はちょっとしつこすぎる気もするので、ちょっと別のキャラについてのお話です。

 ここで挙げるのは、感想Cで書いた正八面体の頂点と一番下に位置するめぐねぇと太郎丸です。まあそんな比喩を使っても、正八面体を思い浮かべるとき誰もが私と同じような向きでイメージするかどうかわからないんですけど。
 めぐねぇと太郎丸は、原作から大きく拡大されたキャラですね。めぐねぇなんて、もしあの先生が教師生活25年(笑)とかだったらちょっと偉大すぎて話が成立しなくなっちゃうんじゃないでしょうか。先生がみんなを危機から救ってめでたし、みたいな。
 だからあのくらいの若輩者で物語上は丁度よかった。そのくらい素晴らしい先生だったわけです。本当に惜しい人を亡くしました。
 太郎丸も、自身が圭を大事に思っているためにみーくんに対しちょっとつんつんしているところが、むしろみーくんと圭を結び付けているような気もします。

 この二人(?)のキャラがとても魅力的かつ重要な役どころとして描かれているために、人物配置も話自体も有機的立体的構造的になったように思いますし、またもっと単純に、いいなと思える人物が登場する作品はやはりいいですよね。

干物妹!うまるちゃん 第11話「うまるの日々」, 第12話「うまるとみんな」

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「はいお兄ちゃん。会議お疲れ様」
「ありがとう」

 ああっ、タイヘイのために選んでたのか!
 まあでも、

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会議に通らなかったお兄ちゃんを慰めるお菓子を選ぶ会議

だったようですが(笑)。
 あとほんとどうでもいいことですけど。
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 ここ一体どこですか?

 というわけで、まさかの水着回かつ温泉回(笑)だった最終話。
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 なんだかとてもまったりと終わりました。

 以前、本作はなんだかよくわからないけど好きみたいなことを書いたと思いますが、今頃になってやっと、何となく理由がわかってきた気がします。
 その理由とは、普通の生活の中に、いやまあうまるみたいなキャラの生活が普通かどうかには議論の余地があるかも知れませんが、そういう中にふっと、ノスタルジックでファンタジー的なものが夢のように混じる、そういうところですね。
 これが、例えばうまるそっくりの母親とか、子供時代のうまるとか、ちらっと出てきたそういう人物等についての掘り下げが始まると、途端に「考察」になってしまうんですよね。でも、そこに踏み込まず、日常に混じり込む幻想の段階で止まるところがいいんじゃないかな。

 などと考えたところで、そういうタイプの作品で昔好きだったのがあったのを思い出しました。『AQUA』と『ARIA』です。まあ、もっと適切な例があるかも知れませんが、取り敢えずそれを思いついたので。
 あれもまた、時に灯里が迷い込む不思議な世界の醸し出すノスタルジックな空気が好きだったし、また、それが深く追求されないでファンタジーに止まっているところも魅力でした。

 まあ、実際に描かれている内容は大きく違うのですが、そういう構成が何だか似ているな、と思ったもので。

空戦魔導士候補生の教官 第12話「空戦魔導士候補生の教官」
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 やっぱりメインヒロインはユーリだったとしか……。
 はっっっ、もしかして私、ヤツの同類だった(笑)?

六花の勇者 第十二話「解明の時」
 これ、原作全く知らないんですけど、アニメのシリーズ構成もうちょっと考えられなかったんですかね。
 世界の壮大な設定から始まって、でも結局は中盤から最終話まで極めて狭い閉じた空間で閉じた人間関係での化かしあいと細かいトリックの謎解き。
 いやまあその化かしあい自体は別にいいんですが、この構成だと竜頭蛇尾な印象がどうしても拭えない。

 ただ、絵は良かった(笑)ですけどね。

Charlotte 第十三話「これからの記録」

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「ところで、あなたは?」
「!
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……そう来ましたか。私はですね……
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あなたの恋人です!」

 というわけで、友利はやっぱいいなーという前からわかってた結論が出ました(笑)。
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 こういう顔とかもね。
 終わってみたら本作、思っていたよりも抵抗なく見られたなーという感じです。麻枝的な強引さというか押しの強さがやや抑えられていたような気がしますが、そのためでしょうか。

 あとどうでもいいことなのでずっと触れなかったのですが、OPムービーでちょっと思い出したものがあります。作品タイトルが表示されるところや光の使い方や空の色などで、以前紹介した『ef』OPムービーと似たところがあったなー、と。

おまけ:
 シャーロットの終了後のCM(と言えるのか?)で、Keyの『Rewrite』のアニメ化が告知されていました。
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 いや実はこの作品、タイトルしか知らないのですけど、

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監督・シリーズ構成 天衝

ですかー。たまたま上で『ef』の話をしましたが、こんなところで名前を見ることになるとは。あと、構成・脚本協力で田中ロミオとか。
 でき上がるのがいつになるかは知りませんが、やはりちょっと興味ありますね。

tag : アニメ

アニメ: 2015夏アニメ感想(12.99C) 『がっこうぐらし!』について

 この夏のアニメ『がっこうぐらし! 』には大変ハマってしまったわけですが、では一体どこが私にとってそんなに良かったのか。
 そういった観点から、つまり誉める前提(笑)で本作についてちょっと語ってみたいと思います。

○ どのように構築されているか
 コンテンツと配信プラットフォームが違うように、その構成の方を見てみると、あのようなテーマなのに本作は極めて巧緻に構築されています。全12回のシリーズ全体の構成、流れ、伏線、ヒント、符合による符号。エピソードの並びや組合わせ方にかなりの工夫が感じられます。
 人物配置についてもそうですね。最終話でみーくんが言っていたように「自分の力を信じて努力する」人、「苦難に立ち向かう勇気」を持つ人、「どんな時にもくじけない、明るい心」を持つ人がいて、また本人は多分、実直に真面目に学ぶ人。そこに、導き支え助けてくれる人、面倒を見てあげる対象がいます。言ってみれば、正八面体のような立体構造ですね。
 このような、物語の展開(時間方向)、人の在り方や関係(空間方向)に、かなり明確な構造が見られます。

 最終話でゆきが行なったアナウンスで事態が打開される理由も、しつこい程繰り返された≪かれら≫の習性に依拠していますし、そのアナウンスで語られた「がっこう」の魅力も実は第一話のゆきのモノローグと相応しています。

 そして、終り方。それまで、学校そのものを象徴するような極めて閉鎖的な空間のみが描かれていたのが、部員の卒業によりぱぁっと一気に拡がります。それは、場所が移るだけでなく外の世界とのつながりもです。つまり、最終話のCパートです。

 こうした拘った作り込みというものからはやはり、その巧みとしての技を感じます。

○ 何が描かれているか
 そんな、コンピュータのオペレーティングシステムみたいに細部まで緻密に設計されている本作で描かれているのは、極めてアナログ的な、人間的な、ふわっとしたものでした。

 実は、見た人がこの作品を評価するに当り、ここのところで結構際どい道をすり抜けないと楽しむことができないように思います。
 勿論、こういうタイプの話が好きか嫌いかということもまず第一にあるのですが、評価の観点、物差しがずれているとやはり良いと思えないでしょう。本作は、
  • ぽわぽわした日常もののようでいてそうではなく、
  • ホラーのようでいてそうではなく、
  • サイエンス・フィクションのようでいてそうではなく、
  • サバイバル系のようでいて実はそうではない
んですね。
 結局、その舞台はどうあれ本作が描いたのは、友達が、先生が、学校が好きというその想いが主題であったし、それは極めて優しく描かれていました。例えば、最終話で圭(多分)が下校時刻になっても独りだけ居残っていたことも、多分。
 そしてまた、#11での主人公たるゆきとめぐねぇの「対話」が象徴するような、成長の物語でもあります。

 そのため、例えば大人であるめぐねぇも決して強大な力でみんなを助け出すこともできず、SF的な設定は状況作りと学校暮らしを成立させるための説明でしかなく、≪かれら≫にしても脅威ではあってもやはり元々は友達で。
 だから、本作が何であるとして見るかによっては、どうしても中途半端に見えてしまいそうですね。そこのところで適切な物差しを用意できるかどうかで、楽しめるかどうかが決まりそうです。
 もしかすると多分、世界の設定としてのSF的な部分は逆に極力触れないようにしていたのではないでしょうか。でないとどうしてもそっちの種明かしを期待してしまいますし。また、窮地に追い詰められたことで生じる軋轢のようなものもほぼなかったと言えます。これも、観点によってはちょっと描写が浅いように感じられてしまいそうですね。

 学園生活部のメンバー(部員だけでなく)の想いに主眼を置いて本作を見るとき、多分最大の評価ができるのだと思います。

○ どのように描かれているか
 やはりテーマがそのようなものであるということなのか、キャラデザや配色もゆるふわっとした感じになっていますし、キャスティングもそういう方向で選ばれている感じがしますね。

 演出面では、特に音楽が特徴的と言っていいのではないでしょうか。本作が一体何であるかということに則ってなのか、危機的な状況でも重々しい曲を使わないんですね。また、こんな重たい話なのに、やはりEDテーマ曲(たまに変りますが)はあくまで優しい歌だし。

 歌と言えば、OPテーマ曲『ふ・れ・ん・ど・し・た・い』も冒頭に「「すき」って言ってみた (だいすきっ)」という歌詞がありますし。また、歌詞に注目するならば、最終話のゆきのアナウンスが「またあした」という言葉で締めくくられたことは、EDテーマ曲『ハーモナイズ・クローバー』に出てくる「また聞かせて 魔法の言葉 “またあした”」という部分と対応しているのでしょうか?
 細かいところに目を配ると実に色々なところに何か深い意味のありそうな事が描かれています。多分、私自身まだ気づいていないことも沢山あるでしょう。例えば、今日BD第1巻を見てみたんですが、ゆきの世界での授業中の黒板の文章とか。
 そういうところがあるとやはり、作る側の念の入れようを感じます。

 ただ、例えば、これはネットにあった指摘で気づいたのですが、
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この時ガラスに映っているのは一体……?
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 黒板の文字に気を取られてなんかスルーしてましたが、置いてきたくまさんが倒れていることと、また寄せ書きにあったゆきの「卒業してもずっと一緒だよ!」というメッセージと、何か関係が?
 こういう辺りは、伏線とか物語のヒントと同じに考えていいのかどうなのか。微妙なところで判断がむずかしいですね。

 お遊びと思えるもので言えば、例えばゆき達が食べていた「うんまい棒」
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は、ニトロつながりでまどマギ
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と関係があったりなかったり(笑)?

 まあそういうのはおいとくとして。

○ やっぱり
 結局のところ本作のどんなところに惹かれたかと言えば、やっぱり上記の「何が描かれているか」で。
 極めて緻密に構築された作品であるが故に、そこに描かれている想い、情に訴えかけてくるものがとても強く迫ってきます。
 そういうところが、やはり凄いなぁ、と感じました。

tag : アニメ

アニメ: 2015夏アニメ感想(12.99B) 『がっこうぐらし!』#12

 アニメ感想番外編、『がっこうぐらし!』の最終話の感想、前編からの続きの後編です。
 そろそろここらで、いつものような感想に移行することにしますかね。つまり、やや考察っぽい方向にってことで。

がっこうぐらし! #12「そつぎょう」
 学園生活部部員たちの卒業についてですが、この部はその性質上、放課後の「下校時刻」は即ち卒業と等価なんですね。かれらとともに、部員にも「おわり」の時が来ています。

 それにしても彼女達は本当に頑張って成長しました。前回よくわからなかったのですが、めぐねぇは、

『私、みんなの先生で、良かった』

と言い残していました。
 これは先生の立場からの言葉ですが、めぐねぇとしての気持ちが表れたもののように思います。

 そのめぐねぇが残してくれた、避難先になりそうな場所を印した地図。
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 どうやら、大学と企業のようですが。

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「進学か、就職か、ですね」

 みーくん、なんだかゆきみたいなことを(笑)。薫陶ってやつですか。

 これまでいつも行き先を指し示してきたゆきですが、ここではどちらとも言っていません。まあそもそもこの検討に参加していないのですが。
 なんだかこの感想では「凄い」ばかり繰り返していますが、ここでそれを「述べない」、言い換えれば指し示さない、決めないところもそう言えるかもしれません。何故ならこれは針路ではなく、みんなの進路だから。
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 あとどうでもいいことですが、やっぱりくまさんなんですねめぐねぇ(笑)。

 でも、卒業式をやろうと言い出したのはいつものようにゆきでした。後輩のみーくんも一緒に卒業?という点については、「みーくんは頭いいから、飛び級!」だとか(笑)。
 かれらに言った「おうちに帰りましょう」ではないですが、うまい手を考えますね。
 ちょっと思い出したことがあるのですが、京アニ版のアニメ『Kanon』で、原作ゲームと違いアニメでは全ヒロインを救ってしまって、一体どういう理屈を付けて奇跡を水増ししたんだと思ったら結構見事な切り抜け方をしてくれました。
 今回のゆきの下校時刻というのもまた、中々見事です。

 考えてみると、そういう所にしても太郎丸の死にしても他の大概のことも、このアニメでは大体予告やヒントがあります。突然はやってこない。伏線の場合もあるし、心の準備をさせてくれているように思える場合もある。
 前にも似たようなことを書きましたが、このアニメって実は予定調和的な作品で、衝撃的な演出は実は引き込むための手段であり、どう描くか(驚かせるかみたいな)よりも何を描くかが重要視されている気がします。
 だから、最終的には学園生活部の卒業が描ければいい、くらいな感じで。

 で、その卒業式。
 在校生代表、兼卒業生のみーくんは学園生活部で、多分それぞれ三人から、
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りーさんからは「自分の力を信じて努力すること」、くるみからは「苦難に立ち向かう勇気」、ゆきからは「どんな時にもくじけない、明るい心」を知ったと言いました。それぞれ、見事に象徴している気がします。
 みーくん自身が象徴しているものもあるのですが、それは多分、誰の目にも見える、目標としては見つけやすいものなのではないかと思います。特に現代のような時代では、多くの人がデフォルトで目指すものだったり。
 だから、みーくんは、先輩から学ぶ後輩の立ち位置に配置されたのかも知れません。

 象徴と言えば、ゆきの答辞。
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 白い原稿用紙。この紙って、学校を卒業しちゃうとかなり多くの人がもう使わなくなりますよね。文筆業ですら今はパソコンなどもあるし。
 そういう意味で、ゆきがこの紙を持って答辞、というのもとても象徴的な描写です。
 まあ、何にも書いてないのが、原稿を書こうとしても考え付かなかったのかその割にはアドリブで話せちゃってるというか(笑)。

 というわけで、

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「先生へ、礼」
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卒業式も無事終了し、
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どうやらめぐねぇも笑顔で見送ってくれたようです。

 ところでめぐねぇの車(これ重要かも)で「卒業旅行」に出発したときのこと。
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 多分、みーくんがこういう反応をしたと言うことは、あれは圭で間違いないのでしょう。
 みんなもう下校してしまったのに、どうして独りだけまだここに「居残って」いるのか。

 一緒に帰ろうと思っている友達が、見つけられないからではないのか。

 などと思ってしまいました。

 さて、ラストシーンは
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全く以前予想した通りの映像だったし(笑)、Happy Graduation! なのですが、いくつか「引き」はありましたね。
 屋上にいた犬?は?とか、Cパートで「おてがみ」を受け取ったあの人は?とか、やっぱり気になるゆきの制服の色は?とか。
 でもまあ、本作はこれで綺麗に終わったし、それらの「引き」は続編というよりもみんなの未来を指し示すものということで。

tag : アニメ

アニメ: 2015夏アニメ感想(12.99A) 『がっこうぐらし!』#12

 アニメ感想番外編、『がっこうぐらし!』の最終話の感想です。今回の感想もまた#11の時のように二つに分けてみます。というか長くなっちゃったので分けました。書き方の面でもちょっと変えたかったのもあるし。
 あとこれは予定の話ですが、本作については総括的な感想も書きたいと思います。定例の感想の中に書くか、独立したエントリにするかは未定ですが。

がっこうぐらし! #12「そつぎょう」
 終わってみると、この夏というよりもここ最近のアニメで一番はまった作品だった本作。最終話「そつぎょう」の感想を一言で表すと、すごいなぁ、というところでしょうか。特に、ゆきですね。
 さすが、あとみーくんがゆき先輩はすごいとよく?言っていただけあります。あれは正しかった、と思ったりしました。

 あと、ゆきに重ねて、本作のメインテーマとも言える「学校」、その特別なしかしいつかは去らなければいけない空間を、みんながどれだけ愛しているか。それを描き切ったという印象です。
 かれら、あるいはやつらと称されるあの存在も、脅威ではあっても結局は仲間たちでしたし。

 前回、ついにめぐねぇの手から飛び立ったゆきですが、状況は危機的です。
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 しかし、

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(なんだ……こんなところで死んじゃうんだ、私)

地下のみーくん、
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くるみやりーさんはもっと絶望的な状況です。
 その部員の中でただ一人前に進んでいたゆきも、ついにもはやこれまでか、というところで乱入してきたのが、
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太郎丸でした。考えてみると太郎丸のあの動きって、かれらみたいにはなっていませんよね。度合いの点ではより進行してはいるようですが、くるみと同じようなフェーズなのかも。
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 なんとか助けられたゆきですが、こういうところを見るともう、完全に状況が見えていますね。それと、ゆきの愛情の深さを感じたりもします。

 ともあれ、放送室に辿り着いたゆきがしたことは……。ここのところ、本当に凄いと思いました。

(みんな、憶えてるんだ)
(心はなくても、どっか深いところで)
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(だから、ここに戻ってくるんだ)
(そうだよね、めぐねぇ)
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『下校時刻になりました。まだ学校に残っている生徒は、早くおうちに帰りましょう』

 まさか、こう来るとは。
 これまでも何度もずっと、かれらも憶えているのだということが折に触れ描かれてきました。
 前回出てきた回想で、「力もないし」と足手まといな自分に涙していたゆきですが、学校に対する想い、そして学校のみんなに対する想いの象徴とも言えるゆきだからこそ出てきた策だと思います。いや、策と言うべきなのか? 普通に説得しているだけではないのか?という気もしますけど。

 ゆきは、大好きな学校に対する気持ちを、きっと同じように好きだからここに来ているみんなに伝えます。

「楽しいことも、悲しいことも、いっぱいいっぱいあって。
だから、わたしはこの学校が大好きです」
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「……みんなも好きだよね。
ずっとずっと好きだから、だから、ここにいるんだよね。
でも、どんなにいいことも、おわりはあるから。
ずっとつづくものはなくて、それは悲しいけど、でも、その方がいいと思うから」
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「だから、学校はもうおわりです」
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「いつかまた、会えると思う。でも今日はもうおわり」
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「いま学校にいるみんな。こんにちは。ありがとう。…………さようなら。
また、あした」

 と、魔法の言葉を呟いたゆき。零れる水はめぐねぇの涙なんですよね、きっと。なんだか、「よく頑張ったわね、えらいわ、みんな」とか言ってくれてそうです。

 ゆきの……機転というとちょっと違いますか、とにかくきっとみんなそうだよね、と綴った言葉がやっぱり思った通りだったわけで、
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助かったみーくんは薬も届けられたし、
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くるみも……まあちょっと傷口に気になるところは見えるにせよ元気になり、
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困難は乗り越えた、と思われたのですが。
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 見るからに弱っている太郎丸。

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「ワクチンは打ったわ。でも、症状が進みすぎてたかも……」

 りーさんの推測通り、
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みーくんが飲ませてあげた水は末期の水となってしまいました。
 みんな、特にみーくんとしては辛い二度目の別れなんですけど、でも、太郎丸はちゃんと「死ぬ」ことができたのです。そのことは、実は幸運であるとも言えます。この物語では、死にはちょっと特別な意味があると思うのです。

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 太郎丸は屋上に埋葬されることになりました。

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「みーくん、だいじょうぶ」
「大丈夫です。太郎丸は、私のこと、助けてくれたんだから。
私も、元気に見送らないと、だめ、ですよね」
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「そんなことないよ。
……悲しいことをあんまり我慢してるとね、大切なことを忘れちゃうから」

 ここでもゆきは、「凄い」先輩でした。その上、こんなことも言ってのけましたし。

「だから、みーくんも忘れないであげてね。太郎丸の最後の言葉」
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「言葉って……太郎丸は何も──」
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「いってたよ! みーくんに向かって、『ありがとう』って!」

 この時のみーくんの表情の変化が……。
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 ちょっとぽかんとして、
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一瞬だけ笑顔を見せて、
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涙が溢れてくる。
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 本当に、ゆきは「凄い」先輩になりました。

 というわけで、感想後編へ。

tag : アニメ

歌とか: 『ふ・れ・ん・ど・し・た・い』感想

 言わずと知れた、アニメ『がっこうぐらし!』のOP主題歌です。

ふ・れ・ん・ど・し・た・い(通常盤)(TVアニメ(がっこうぐらし!)オープニングテーマ)
学園生活部、 丈槍由紀(cv.水瀬いのり)、恵飛須沢胡桃(cv.小澤亜李)、若狭悠里(cv.M・A・O)・直樹美紀(cv.高橋李依)
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン (2015-07-29)
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 以前、EDテーマ曲については書いたのですが、こちらはまだでしたね。
 どうして今書きたくなったのかというと多分、最終回直前ということで気分が盛り上がってるというのが一番ですが……。

 こういう、作品の中身と直接っぽいつながりのある歌詞が当てられた歌というのはやはり、作品の進展に伴って歌そのものの印象も強くなってきますよね。だから、最初に聴いた時よりもイメージが変ったり膨らんだりしているわけで、それも大きいな、と思います。
 あと、この作品はOPムービーが作中のエピソードを追うようにどんどん変るので毎回見る、すると歌も毎回聴く、ということで、聴く機会が多いというのもあるかな。歌というのは聴く機会、馴染み、そういうのが大きいですよね。

 このアニメは、確かに第一話からインパクトのある作品でしたが、まさかここまでのめり込むことになるとは思いませんでした。それも、こういうのめり込み方は私としてはちょっと珍しい。
 私の場合、分析したり推測したり、ここはこのように解釈されるかな、みたいな見方をすることが多いんですけど、今回の場合は、こうであってほしい、こうなってほしい、という感じです。先週の第11話の感想は、通常とは別に一つ目二つ目の二回に分けて書いていますが、それがまさに、ほぼ全部そんな感じです。中でも、めぐねえについては特にですね。

 さて、泣いても笑っても、まもなく最終回、#12「そつぎょう」が放送されるわけですが、一体どうなるんでしょうか。

P.S.
 こうであってほしいという点では、この歌のタイトルの「し・た・い」が「死体」とのタブルミーニングでないことも祈りたいです(笑)。

tag : アニソン

エロゲ: ねこねこソフト『C88ぷちファンディスク』感想

 ねこねこソフトのコミケ88の販売物ですが、今回そもそもねこねこは参加していないので、通販のみでした。

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tag : ねこねこソフト

せいじ: 憲法を形骸化させるもの

 安保関連の法案の動きがある中で書こうと思っていたことなのですが、たまたま起きてしまった豪雨による水害で自衛隊が活躍している中ではなんだか災害を利用しているようなので、ちょっと間を置きました。
 まあ、実際には自衛隊の話はほとんどおまけなんですけど。
 あと、問題の法案(当時)の賛否については、個人的には保留しています。何故なら、それなりに説得力のある賛成論もあるのに、マスメディアは殆んど最初から前提を決めてしまっているからです。この偏りは不自然で、むしろ反対することに危険を感じます。

 このブログでは何度か触れていることですが、憲法の、特に第九条を護憲的に字義通りに解釈するならば、明らかに現在の姿の自衛隊の存在は違憲です。

第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 まず、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」することを謳っており、それを達するための手段として、「武力の行使は、……永久にこれを放棄する」としています。そして今度はそれを目的と定め、それを達するために、戦力を保持しないし、交戦権は認めないとしているわけです。
 ここには、自衛のためならばどうこう、という留保は全く、一切、ありません。極めてオーバーキルではありますが、一応、その手段で目的は達成されるでしょう。

 つまり、現在の姿の自衛隊の存在、つまり実際に自衛するための戦力を持っている存在は違憲であり、自衛のためならばいいのではないかというのは「解釈」でよしとしているわけです。憲法学者でも、自衛隊を合憲とするのにはかなり無理があると言っている人がいましたし。多数派か少数派かは知りませんが。
 既に「解釈」で捩曲げられている憲法を、解釈変更で壊すことは許せないというのは、どうにも筋が通らない。一体どこまでの解釈が問題なしとされるのか?
 私が知る範囲で筋の通る主張をしているのは、共産党くらいじゃないですかね。だから、それ以外の護憲派はそもそも評価自体するに値しない。まあ、あまりきちんと調べていないのでもっといるかも知れないし逆にいないかも知れない。

 ちなみに、国連憲章を持ち出す人もいますね。

第51条

この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

 しかし、「自衛の固有の権利を害するものではない」とはしていますが、その権利を行使するためにどのような手段を取るかについては触れていません。当たり前ですね。そういうことはその加盟国国民が決めることであって国連が口を出すことではない。
 つまり、日本国は憲法により、何をされようとも「交戦」はしないと決めているのです。

戦いを交えること。互いに武力をもって戦闘行為をすること。「隣国と―する」

三省堂「大辞林」より

 他の手段でなんとか対抗するか、皆殺しはされまいと信じ心だけ自衛するか、されるがままとするか、自決するか、そもそも無抵抗を宣言すればそういうことは起きないと日本らしく言霊信仰するか、まあ色々あるでしょうがとにかく武力による戦闘行為だけはしない。それが憲法で定めた日本国の「自衛権の行使」のやり方であるわけです。

 結構多くの人が同じように感じるのではないかと思うのですが、こういった「自衛権の行使」のやり方が現実的であるとは私には思えないし、とすると、「憲法は一文字たりとも変更すべきでない」「解釈で歪めるべきでない」と主張する人が、結局は憲法を形骸化させているわけです。
 こう書いてあるけど解釈でこう判断すると定めればいいという主張もあるようですが、下位にある法律により、補足ならばともかく断言しているものを引っくり返すのはどうなのかと。
 まあ、この点については後でもう一度触れます。

 さて。
 ではどうすべきかということについては、これまでの文脈から明らかな通り、状況に応じて改憲すべきという立場なんですが、とすると当然、歯止めはどうするのかという問題に突き当たります。
 ここでいきなり話が変りますが、先日『「学力」の経済学』という本を読みました。
 どうしてこの内容で経済学なんだおかしいだろ、という突っ込みを入れたくてたまらないんですが、要するに、どうして教育についてはちゃんとした研究もなしにふわっとした感覚だけで決めるのか、という指摘をしています。

 また、たまたまこういう記事も目にしました。
「現役世代だけが支える社会保障制度は、見直すべきだ」:日経ビジネスオンライン
 ほぼ冒頭と言える個所にこういうことが書いてあります。

 私が言い始めて最近はほかの人も使っていますが、政策が「エビデンスベースド(evidence-based、客観的根拠に基づく)」ではなくて「願望投影型」になっているということなのです。

願望投影型?

森田:こうありたいという形から逆算していくやり方です。例えば、財政赤字を減らしてプライマリーバランスを黒字化するのを2020年に実現しようとすれば、経済成長率を逆算して3%を見込む。これが典型的なケースです。


 あともうひとつ、因果関係と相関関係の安易な同一視がよくあるのも気になります。
 Aという現象とBという現象が一緒に起きる傾向があるとき、AによりBが起きたのか、BによりAが起きたのか、CによりAとBが起きたのか、偶然か、そもそもAやBのどちらかもしくは両方が実際には起きていないか、そういったことをきちんと考えない人が多い。いやまあきちんとというのはみんながみんなできることではないし、そもそも専門家でもできないこともあるので言い換えると、考えようとしない人が多い。
 それはつまり、こうするにはこうすべきという主張があったとき、どうしてそうするとそうなるのか、という仕組みを気にしない人が多いということでもあります。

 どうしてこの問題がからんでくると思うのかというとつまり、目的と手段が曖昧になりがちだ、ということです。 こういった問題については以前から目的を最重要視するべきという指摘をしてきましたが、それと通ずるように思います。
 非常に婉曲な表現になってしまいましたが、改憲について考えるとき、まず、それが目的なのか手段なのかを考えるところから始め、それが目的であると考えられる場合には手段である場合よりもより強く警鐘を発するべきであり、それを「歯止め」の基準にすべき、という意味です。

 上で紹介した本や記事にあるようにどうやら日本人はその辺りが苦手なようなので、特に意識して。また、そもそも憲法の文章自体その辺りが入り乱れているようだし。
 このブログでもよく触れますが、このところの児童ポルノ法の改正など、そもそもその法の目的は何なのかというところを見失っているとしか思えません。もしくは、意図的にそれを曖昧にすることで、「許せないよね、だから」で何でも押し通そうとしているか。児童の虐待防止に対しては穴だらけで、表現規制とか通信規制とかに利用されようとしている。
 URLわからなくなっちゃったので記憶だけですが、最近、多分ICPOのサイトで、児童の虐待をポルノの文脈で語るのはおかしい、だから児童ポルノと呼ぶべきないという指摘を読みました。また、読んだのが最近なのであり、書かれたのはいつか知りませんが。

 ここで、後述すると書いたことについて。
 このように考えると、目的と手段についてはっきりと認識した上であれば形式はさほど問われないわけで。私自身は下位にある法律でどうこうというのは問題だと考えますが、実際には改憲なしで法律で補足する(つまり私流に言えば解釈で捩曲げる)のも、それこそ目的が達成されるのであればそれは手段なので。
 歯止めは、「どこまでか」を考えるよりも、「どの項を」、つまり「何を」(理念とか目的とか手段とか)なのかについてより意識すべきでしょう。
 極端な話、憲法は理念と目的だけ書いて手段は法律に任せちゃうべきとも言えますが、上記でも曖昧に書いたように、そう綺麗に切り分けられるのかという問題もありますし、そういうわけにもいかないかも知れません。

 ともかく、目的があった上で、手段がそれに対し適切か。
 今回憲法を例に話をしていますが、途中で触れたように色々な状況で、そのことについてもっと意識すべきではないかと思います。

アニメ: 2015夏アニメ感想(12)

 今週のアニメ感想です。
 今期は途中から『がっこうぐらし!』のドはまりしてしまい、今週はその最終回直前ということで後編にわたる感想を既に書いてしまっていたりします。
 そのせいか、なんだかすでにやり遂げた感が(笑)。

GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり 第12話「伊丹なら」
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 政治的な話題もあるものの、一見したところ華やかな女子会なんですけど。

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「腐ってやがる」

 いやいや、そういう表現ができるキミも同じ世界の住人だからね(笑)?

 ところで、もう最終回ですかこれ。題二期「炎龍編」のアナウンスはあったものの、結構唐突な感じでしたね。

干物妹!うまるちゃん 第10話「うまると今と昔々」

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(くっくっく、待ってろよお兄ちゃーん!)

 風邪で寝込んでるタイヘイに色々イタズラしようと企んでたけど、
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予想外に悪化している病状に真っ青になる辺り、一体どんだけお兄ちゃん好きなんよ(笑)。
 ところで、こういう時のうまるの演技って干物妹モードとも美妹モードともつかない感じですね。一体何種類演じてるんだという感じですが、このときのが最も本来のうまるに近い状態なんじゃないかな、などと思ったり。
 そして、その後もいくつか同じような突っ込みを入れたくなるエピソードの後に、この作品ではよくあることですが、いきなり10年前。
 まだ学校に通っているタイヘイが帰ってきたのは、

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「ただいま、うまる」

……なんじゃこりゃ。こんなとこに住んでたのかこの頃。そして振り返ったのは……。

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「おかえりなさい、おにいちゃん」

 ……をい。この二人、この10年間に一体どんなことがあったんだろう。
 そういえば、第1話でいきなり訪ねてきたうまるの回想がありましたけど。

Charlotte 第十二話「約束」

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「では約束。『帰ってくること』。もう一度会いましょう。絶対です」

 はぁ〜、友利ってかっこええな〜。

それが声優! 第11話「自己管理」

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「ライブのチケット、200枚まで売れたそうです」

 さすがマネージャー。この時見ているメールにはもう350枚売れていると書いてあったからです。これは、50枚でも結構喜んでいたのを見ていたからでしょうね。

WORKING!!! 12品目「ワーキング・ガール?」
 山田はちゃんと仕事するようになったし、山田(兄)は実はことりちゃんの正体に気づいていたし、山田(兄)が過去に宗太
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を見ていてそれが初恋だったり、八千代さんが辞めるなんてことになっていたり。
 なんだかもう、激動すぎてこのシリーズ終わっちゃうんじゃ?という気がしてきます。実は原作読んでないのですが、この展開ってもう原作の最後の辺りなんでしょうか。というかそうでないと、原作の続き残してアニメが勝手に話をまとめることになっちゃいますね。

のんのんびより りぴーと 十一話「甘えんぼうになった」
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 相変わらずれんちょんてば……。

 さて、今回はやはり蛍の話と言っていいでしょうね。蛍はいつも大人っぽいと言われているわけですが、でも家では子供っぽくなるんですよーという証言から。
 というわけで、その「子供っぽい」蛍。
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 家に帰ればこんなだし。
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 テレビでやってる子猫の番組に釘付けだし。

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「はぁ~、こねこかわいい~」
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「でもペチのがもっとかわいいよ~」

 可愛いのはあんただ(笑)。
 ママと一緒に寝ることになったら、
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ベッドにダイブしたり、
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毛布?にくるまってはしゃいだり。
 実際はこんなだけど。

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「れんちょん、子供っぽくなるったってそんな変らないって」
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(なんで信じてもらえないんだろう……)

 まあ、仕方ないことという気もしますけどねー(笑)。
 ところで。
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 ねこまり鉛筆立てって(笑)。

tag : アニメ

どうが: MAD動画紹介『劇場版のんのんびよりりぴーと(まどか☆マギカMAD)』

 あー、なんかニコ動の紹介するのって久し振り、というか動画の紹介自体久し振り。



 なんかもお、凄すぎて笑いすぎて涙出てきたまである(笑)。
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水響俊二

Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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