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ラノベ: 『ソードアート・オンライン シュガーリィ・デイズ』感想

 あとがきによると、

 この『シュガーリィ・デイズ』というお話は、もともと同人誌で発表してきた連作短編です(電撃文庫版に比べるとちょっと表現が踏み込み気味なのはそのせいです<笑>)。

だそうで。その後の詳細は省く。
 で、それが今回、BDの特典として一冊の文庫にまとめられることになりました。


 しかしこうしてみると、本当に私はこの作品について、電撃文庫とアニメにしか触れてないんですね。実際には他に、ゲームもあるし、原作の川原さんのこういう活動もあるし、そもそもこの物語の成り立ち自体そういうところにあるわけだし。

 サブタイトルに「シュガーリィ・デイズ」とあるのは多分sugary(甘ったるい)ということで、キリトがアスナに結婚の申し込みをするところから始まる甘〜い話です。この申し込みはプロポーズとその返事のあとの、いわば手続き上のもので、リアル世界で言えば婚姻届の記入と提出ということになるでしょうか。
 で、daysの方ですが、……二日でも複数ですよね(笑)。話は、翌日の晩までとなっています。

 いやもうほんと何と言ったらいいのか、まさにあまあまというか、アスナなんて、

「……したいことして、いいんだよ……今はもう、キリトくんだけの、わたしなんだから」

などと宣ってくれますし。そういえばアスナって、姉さん女房でしたね。
 ちなみに、そうしてキリトが理性をどっかにすっ飛ばしたときに「その後の詳細は省く」と記されているんですが、たった二日で一体何回「詳細を省」いたんですかキリト君(笑)。

 でもまあそこら辺は責められることではありませんね。だってアスナだって、

「うう……わたし、こんな子だったかなあ……」

と思い出して悶えるくらい何度も「倫理コードに抵触する行いに及んで」いるわけだし。一緒に風呂にも入ってくれちゃったし。を思うとほんと感無量ですね。

 ところで、ラストについて。

「明日もたくさんやることがあるな。今日は夜更かししないで、早く寝ようか」
 するとアスナは、ほんのり頬を赤らめながら、「うん」と頷いた。

 これ、何だか思い出してしまうことがあるんですけど。途中でも出てきましたが、アニメで言うと「紅の殺意」の回でアスナが先走った時と同じ展開がこの後にあったりして……(笑)。

 キリトとアスナの二人の関係については、電撃文庫版の方では、プログレッシブというシリーズでかなり詳細に描かれています。SAO開始当初、この二人にはだいぶ深い縁というかつながりがあったようです。
 このシリーズがどの程度シームレスに≪アインクラッド≫編につながるのかは今後の展開を見ないとわかりませんが、(多分)確定した歴史として、例のいっしょにおひるねイベントでまた親しくなるまで、二人は心理的にはだいぶ疎遠になっていたわけです。

 それについてはプログレッシブ003の感想でコメントしましたが、その時点でキリトとアスナの間には、アスナの状態について、ひいては二人の距離についての認識の齟齬が生じ始めていたように見えます。
 キリトは、アスナは「強く」なったし、ならばいつまでも自分がアスナと一緒に行動するべきではないと考えている。アスナは、自身が「充分に強く」なるまで、つまりまだ当分はキリトが一緒にいてくれると思っているように解釈できる様子を見せている。

 しかしそういう部分も、最終的には今回の話のような「sugary」な関係に落ち着くことがわかっているので、ある意味で安心していられると言えます。

 ところで、これは前からずっと描かれていることですが、アスナというのは色々と物事を考えるタイプの人物ですよね。でも、それでSAOに閉じ込められた当初はかなり危うい状態に陥ってしまっていたのですけど。
 今回も、「架空」の話から電線(≪架空線≫)の話になったりしました。ちなみに、そこで電線と光の回線について突っ込まなかったキリトも、ちゃんと話の本質を理解しているという意味でいい聞き手ですね。考えすぎてしまうアスナに、たまにそういうのをぶっ飛ばして行動してしまうキリトというのは、大変良いパートナーでしょう。

 まあそれはおいといて、この『ソードアート・オンライン』という物語で、アスナはメインヒロインに位置づけられていると言えますし、確かに魅力的なキャラだとは思うんです。
 が、これは以前にも当ブログで触れたかも知れないし思っただけかも知れませんが、アスナというのはあまり、自分の中では物語のヒロインぽくないんですよね。
 こういう風に「思考する」機能は、なんだかそこの部分まで含めて主人公、みたいな。

 そういう意味では、本当にアスナは、主人公キリトの伴侶なんだな、と個人的に思ったりしています。

 最後におまけ。
 今回の話の中でアスナが言っていた、オーダーメイドしたい揺り椅子というのは、アニメでは「森の家」に出てきたあれなんですかね。見直してみると、ちょっとサイズが違うように見えるので別物かも知れませんが、アニメではデザインがそこまで踏み込めなかっただけかも知れないし。

[追記: 2017-05-07]
 昨日のコミティア120でつづきが出たらしいですね。……欲しい……。
 でも、そもそもどのつづきなんだろう?

tag : 川原礫

独り言: 最近やっているコト

 このところ、殆んどアニメ感想ブログになっているような気がしないでもないですが。

 実際には色々とやっていることがあるんですけどね。主にPC関連で。
 しかし、例えば以前紹介したフィルタリングやルーティングの件みたいに曲がりなりにも潰しの効く話でなく、本当にウチの環境でしか役に立たないようなものなので、紹介する気にもなれず。
 強いて言えば、シェルスクリプトの書き方とか?
 例えば、別のときに紹介したecho_and_doのシェル関数は、今はこんな感じになっています。
# for command execution log
echo_and_do_prefix='>>>'
echo_and_do_step=
exec {echo_and_do_outfd}>&1
exec {echo_and_do_infd}<&0
echo_and_do () {
local ans
if [ "$verbose" ]; then echo $echo_and_do_prefix "$@" >&"$echo_and_do_outfd"; fi
if [ "$echo_and_do_step" ]; then
echo -n "${echo_and_do_prefix}Step> " >&"$echo_and_do_outfd"
read ans <&"$echo_and_do_infd"
if [ "$ans" = '!' ]; then
echo_and_do_step=
elif [ "$ans" = 'n' -o "$ans" = 'N' ]; then
return 0
fi
fi
if [ "$execute" ]; then "$@" {echo_and_do_outfd}>&- {echo_and_do_infd}<&-; else :; fi
}
 随分長くなりましたな(笑)。まあ一番行数を食ってるなんちゃらstepの分はどうでもよくて、ファイルディスクリプタの操作がキモですね。
 他にも、あの頃に設定したiptablesのスクリプトとかはその後かなり大きく変っていますけど。ログ用のchain作ったりとか、あとFORWARDがザルだったのを対応したとか。

 PCと言えば、経済関連の本などを読んでいると、日本のIT業界、というかソフトウェア業界って、日本経済の悪いところが殆んど集まっているような気がしてきます。
 勿論、そのままというわけではないのですが、技術を活かそうというときの障壁の種類というか主体というか仕組みというか、そういうのが実に色々あって、日本経済の発展を妨げている物が、よくもまあというくらい沢山関与しているように見えます。

 あと、PCと言えばもう一つ。先日触れたねこねこソフトのゲームの関連の音楽の話です。
 昨日ふと思い立って、とあるブツを発掘しました。先日のエントリではCDある筈だけど探すの面倒で、みたいなことを言いましたが、一気に見つける方策を思いついたからです。
nekocd_1.png
 こんなものを買っていたのを思い出したもので。『ねこサウンドコレクションボックス』という10枚組のCDのセットです。
 ちなみに、変な置き方で撮っているのは、普通に置くと見えなくなる下面にいる雪希さんが見えるようにしたかったからなんですけど……わかりませんねこりゃ。あとついでに言うと、箱の内側にはあの人がいます。この写真でも頭のてっぺんだけ見えます(笑)。

 というわけで、実は開封すらしてなかったんですが、昨日、保護している膜を破ってリップしました。
 聞いてみると、あーこんな歌もあったよな〜とか、銀色のテーマ曲のタイトルは『銀色』なのか『ぎんいろ』なのか?とか。
 そして、『砂銀』という曲はずっと「さぎん」と読むものと思っていたのですけど、実は「すなぎん」だったらしい、とか。衝撃の真実(笑)。
 それにしても、『銀色』というゲームのシナリオからしてそうでしたが、『スカーレット』のテーマ曲はスペイン語だったり、ほんとに色々と凝っていますよね。
 それから、『遠くへ…』という曲の歌の入っていないのを昔リップしたのをずっと聴いていて、今回OggVorbisとFLACで比べてみたら、さすがに私でも違いがわかるレベルで違うんですね。

 とまあ、何だか最後には何の話かわからなくなってきましたが、要は、どーでもいいことをごちゃごちゃやってるのだということで。

アニメ: 2015冬アニメ感想(7)

 今週のアニメ感想です。

冴えない彼女の育てかた #6「二人の夜の選択肢」
 女の子と二人でホテルの同じ部屋に泊り、一晩過ごしたのに……。
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 やっていたのはゲームのプロットの検討会(笑)。さすが、自室に女の子を泊めて一晩ギャルゲーをやったという戦歴の持ち主です。
 それにしても、
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無駄にフルアニメとか(笑)。そういえば、原作者が『冴えない彼女の育てかた Girls Side』のあとがきで、「詩羽先輩の黒ストッキング表現に対するマジ●チ……いえ本気っぷりに戦慄」してましたっけ。
 でもそうすると、グラスの氷とかは一体?

 一方の加藤と、“偶然”会った英梨々は、キャラデザの作業で重要な進展があったようです。
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 巡璃の怒った表情が掴めたようで。
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 ところでここのシーンの演出ですが、個人的には最後まで加藤の顔を出さない方が良かったかな。もしくは、最後に出てきた、横を向いたところだけとか。

夜ノヤッターマン 第6夜「冬に咲く花」
 ドロンジョ達に、新しい目標、いや目的ができたようです。

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「ヤッターマンを倒し、この世界に、新たなる夜明けを!」

 というか、そもそも自分達は「何」なのか、というところの認識が変ったようです。それは、ドロンジョもですし、ボヤッキー、トンズラーについても同様です。

「守るために諦めさせるんやなく、願いを叶えるために、ドロンジョ様を守る」
「それが私達の」
「使命や!」


 そして、それを含めて諸々の結果について。

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「6が出たらいつかみんな幸せに」

と言ってガリナが振ったサイコロは、
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見事に6を出しています。
 ところでガリナと言えば、ゴロー将軍に、その名前に何か思い当たることがあるようです。

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「ガリナ?」

 勿論、アルエットも何か関係があるでしょうね。

 それから、こういう描写。

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「ヤッターマンの、スカポンターン!」
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 ここでピンと跳ねたのは一体何か? そういえばしばらく前にも感じた、動植物を妙に強調する描写とか。

 最後になりましたが。
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 惜しい人を亡くしました(多分)。

ALDNOAH.ZERO 19“楽園の瑕”-Here to There-
 今回は、殆んどがスレインの奮闘振りの描写でしたね。
 ただ、色んな、悪い意味でのフラグを立てまくりのようにも見えます。勿論、本人も自覚しているようで。
 まずは、
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仲睦まじい様子を見せているわけですけど、事態は前回のラストから大きく動き始めています。
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az_19_3.pngaz_19_4.png
 ついに、アセイラムが目覚めたことが知られることになりました。
 しかし、スレインはと言えば、どんどん強硬に話を進めています。

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「まず、危険分子を洗い出せ。その後は、しかるべき部署にでも任せればいい」
「はぁ……」
「アセイラム姫の名があれば動かせる。適当な罪状で、騎士という身分を剥奪させることも容易な筈。
「……」
「軽蔑するか。姑息すぎると」


 そして、目覚めたアセイラムに関しては秘そうとします。

「治療液を抜いて、アセイラム姫を僕の城に運びます。このことは内密に」
「……」
「勿論、レムリナ姫にも」
「でも何故──」

az_19_6.pngaz_19_7.png
「何故でもだ」
「!」(びくっ)

 ……本性を現したな犯罪者め。
 そしてレムリナに対しては、

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「面会謝絶!? そこまで悪いのですか? お姉さまの状態は」
「ここまで、よくぞ持ち堪えたと言うべきかも知れません……」

逆のことを伝え、自身がそれで弱っている風に印象づけようとしているようです。

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「お気持ちはお察しいたします。複雑な想いもおありでしょうが、やはり、唯一血を分けたご姉妹」

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「本当に悲しいのは、あなたでしょう? スレイン」

 前回もコメントしましたが、レムリナというのは読みづらい人物です。

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「失礼します」
「スレイン!」
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「許します、スレイン。……今日は、私の間で涙を見せても、あの人のために泣いてあげても。もう、私は、……あなたのものだから」
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 こういうやり取りが、化かし合いなのか、本当に慕っているのか、それとも酔っているのか。これも前回コメントしましたが、彼女は、そういうのが全部共存している人なのだと思います。実際、

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「でも心配しないでお姉さま。これからは、本当に私があなたの代り。これからは、私がスレインの支えになるの」

こういうことを言いながらも涙を流すレムリナは、それを自身ですら理解できていないようです。
 そういう意味では、レムリナにそういうことをしながら
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こんな目をしているスレインは、自分の示している複数の貌に耐えかねている様子。役者としてはレムリナの方が上手(うわて)かも知れません。何故なら、そのままでいいのだから。

 スレインのそういう部分は、こういうところにも表れています。

「さぞや驚かれるでしょうね。お目覚めになられたら、何もかも変っていて」
「僕も……」

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「僕も、変って見えるでしょうか」
「それは、随分ご立派になられただろうと、きっと」

 目覚めたアセイラムが自分を見たらどう思うか。曲がったことを嫌うアセイラムが今の自分を見たら。
 しかし、このエデルリッゾ(やっぱりみんなに合わせてエデルリッツォと書きたくなる……)のこういう「勘違い」は、スレインを見る目が変ってきているためのバイアスなのか、意図してなのか。

 その直後に目覚めるアセイラム。
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 彼らの喜びはいかばかりか。
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 などと言いつつ、共感していたのはエデルリッゾに対してだけですけど(笑)。
 良かったね〜。

 でも、本当に良かったの?

 アセイラムのために、スレインが地球の情景を再現した庭園を用意したりしていますが。

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「鳥を……鳥を見ました。あの方と」
「界塚伊奈帆、ですか」
「界塚……?」

 そのように話すアセイラムと心を一つにし、経験を共有しているのは、
az_19_25.pngaz_19_26x.png
皮肉にも伊奈帆であるわけです。

 そして、もう一つ。
 スレインが届けてきた青い薔薇の花束。
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 エデルリッゾは、アセイラムがそれを受け取らないよう彼女の目を逸しています。
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 そして、

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「既に矢は放たれた。もう後戻りはできない」

その花束を抱え、引き返せない道へと突き進むスレインを想うエデルリッゾ。これは、前回奇跡をと願っていた彼女を彷彿とさせます。
 戦争のことにしろレムリナやエデルリッゾのことにしろ、スレインは本当に、危険な道へと突き進んでいるようにしか見えません。

P.S.
 エンディングムービーのラスト、ちゃんとアセイラムが目を覚まし、カプセルの中からいなくなっていますね。

tag : アニメ

独り言: メディアの言う「極右」とは?

 今日(2015-02-22)の読売新聞朝刊でとある記事を目にしたので書いているのですが、別に珍しい記事でもないので特にどれと示さなくてもいいでしょう。デンマークでの移民の規制論議についてのものです。
 大体どこのメディアもそうですが、このような主張をする人、もしくは政党を、彼らは「極右」と表現します。
 しかし、そんなのが「極右」とは?

 別に今いる、主にイスラム教徒を殺そうとか言っているわけでもないのですが。いや排斥したいくらいの人はいるようですけど、そうでない、つまりある程度の割合に抑えるべきという人も含めて「極右」ですから。
 彼らとしては、

「人は認め合える筈だ」

「だから一緒に暮せる筈だ」

という論理の飛躍というか謎の超論理に依拠して考えているのでしょうが、どっかおかしいんじゃないですかね。昔から、このブログでも批判してきましたが、「世界市民」「地球市民」とか。
 しばらく前に、嘲日[あざひ]新聞(仮称)について、事実よりもあらまほしき姿を信じていると批判しましたが、それと同じです。

 あと、先日も、「郷に入っては郷に従え」のキーワードに絡めて書きましたが、これはつまり、コミュニティに異る思想を持ち込むなということでもあります。
 そういう知恵が無くなっている点も含め、日本人(の声の大きい人、メディアとか)は明らかに昔よりも劣化しているように思えます。

 読売新聞と言えば、先日(2015-02-20)も「一神教は不寛容なのか」と題して一ページ使って「論点スペシャル」という特集を組んでいましたが、今の日本の劣化加減は、その一神教に影響されてのものではないかと思います。正確に言うと、一神教を理解しないで形だけ、つまり建て前だけ拝借してきたから。
 それはあたかも、孔子を生んだ古代中国が孔子の説く徳を備えた国だったと思ったことのように。実際にはそうでないから説く必要があったわけです。
 まあ、私なんかは「一神教は不寛容だ」と思っているわけですけど。

 ISで思い出しましたが、ISS(国際宇宙ステーション)なんかでも(別にそれに限りませんが)、異る民族の乗組員をまとめるのは大変な仕事であると紹介されていました。つまり、そういう人たちが生活を共にするというのは大変なことなのです。
 限定された接触、例えば職場でだけとか、そういうのとは違うわけで。

 いずれにしろ、「誰もがみな等しい」という理想を掲げる人は必然的に、「ならば異る人は間違っている」という結論に至らざるを得ないわけで。
 しばらく前に紹介したラノベに登場した人物が、

「なぜなら神を一つしか認めないような宗教は必ず戦争を巻き起こすからです」

と喝破していました。
 まあかと言ってその裏も真であるとは限らないのですが、至言ではないでしょうか。

歌とか: ぎんいろ、みずいろ、砂銀、そしてピアノ

 タイトルには、ねこねこソフトのゲームの主題歌から、印象的なのを主観で並べてみました。いや印象なら主観に決まってるか。
 なんでこんなことしているかというと、先日紹介した『すみれ』トレーラーデモで使われている、多分『すみれ』の主題歌?の『ピアノ』が印象的で、それでついねこねこの昔の作品の主題歌を思い出した、という流れです。

 まあ、そんなことを言いつつも、ねこねこのゲームを全部やったわけでもないし、いい曲なのに忘れてるのもあるかも知れませんけど。

 こうして思い出してみると、どの歌もゲームの雰囲気をとてもよく表していますね。勿論、歌自体もゲームの一部なので歌が雰囲気を決めている部分もあるでしょうけど、それでも。
 このうち、ぎんいろは……どうだったかな、もうよく憶えてないんですけど、銀色完全版で歌が付いた、とかじゃなかったかな。なんでかというと、歌詞に、完全版で追加されたシナリオの人物の名前っぽいのが出てくるので。

 昔の歌は、CDとかも残ってはいる筈ですが、とりあえずは当時リップしたのを実は今でもたまに聴いています。ファイルの日付を見ると、2004年の2月〜3月頃。リップした日付かどうかはわかりませんけど。
 当時は使っていたHDDの容量も厳しかったので、ファイルがOggVorbisだったりします。今ではFLACにしているのですが。しかも、当時のお気に入り曲しかリップしてない。なので、上記のように忘れた曲もあるかも、ということになったりするのでした。

 さて、『ピアノ』ですが。

 これもまた、ゲームの雰囲気をとてもよく表現しています。
 ……いや、ゲームまだ発売されてないんですけど(笑)。でも、オフィシャルサイトによる紹介とか見ると、記憶、想い出、哀愁、などといったような、失われてしまいそうな大切だった何か、みたいなものが感じられます。「ハートフル」というキーワードも登場していますし。

 イントロの出だしがソロに近いピアノで、綺麗に始まったと思ったら、途中から突然、ドラム、ベース、フルートとか(だと思う)が加わり、ノリが大きく変化します。
 その直前に入るド♯というかレ♭というか、が何だかぞくぞくっとします。実はこの音、妙に好きなんですよね。
 ということに気づいたのは、松任谷由実の『破れた恋の繕し方教えます』ですけど、思い出してみるともっとずっと前、劇場アニメ『さらば宇宙戦艦ヤマト』のエンディングテーマ曲『ヤマトより愛をこめて』が原点かも知れません。

 ……話が逸れました。
 この『ピアノ』のイントロですが、これは作った人が意図したものかどうかわからない、もしかすると私の環境のせいかも知れませんけど、ピアノの音が、なんだか褪せているような気がするんですよね。だから、その音だけで既に、何か失われそうな想い出みたいなものを想起させるのです。

 そして、何と言ってもサビが好き。
 優しく、でも儚く、哀調を帯びたメロディですが、その軽快なリズムが重苦しさを感じさせません。

 まあ、ちょっと「らしくない」なと感じる点もありますが。
 ねこねこの作品の歌って基本的に、素直で透明な歌い方のものが多いし、それが作風にも合っていると思うんですが、この『ピアノ』はちょっとクセのある肉感的な声と歌い方で。
 ただ、このリズムの曲だとこういう歌い方が似合っているというのもあり、必ずしも悪いというわけではないですけど。

 それにしても、これはデモの紹介エントリでもコメントしましたが、この哀愁を帯びた歌が流れる背景の画面では登場人物が
sumiredemo_piano_1.pngsumiredemo_piano_2.png
こんなことしているわけで(笑)、まあやっぱりねこねこだなぁ、と。

[追記:2015-02-21]
 このトレーラームービーは、曲の途中で終わってしまっているので(1コーラス分もない)、つい知っている曲を使って頭が勝手に続きを補完してしまいます。
 それは何かというと、渡辺貞夫の『オウトラ・ヴェス~ふたたび~』というアルバム収録の『Tema Para E Novo Vento』(緑の風)という歌です。

[追記: 2015-03-28]
 ねこねこの「マイクローンデカルチャー萌え(中略)日記 ▲3月25日 準備中とか春コミケとかの巻 書き込み人:ぽこつ☆とも  書いた日:03月25日(水)19時28分23秒」(長っ)によると、

んで、そろそろ色々なモノが完成してきました↓

●曲とか

先日、ようやく完成しました>歌曲
体験版か、ムービーで使用すると思います。

 えっ。
 調べてみたらこの『ピアノ』という曲、もう何年も前に作詞の氷青さんのCDで発表されたもので、しかもその氷青さんのコメントによると、この曲に出会って気に入ったから詞を付けたみたいな感じらしく、つまり曲はもっと前。
 ふーむ、でももう私の中ではこの曲が主題歌になっちゃってる……。
 というわけで日記をもう少し遡ってみたら、『ピアノ』について「▲1月30日 受付開始させて頂きましたー 書き込み人:ぽこつ☆とも  書いた日:01月31日(土)00時26分12秒」にこうありました。

この曲、昔から大好きなんです。

実は、すみれの○○ヒロインのシナリオに、
とても合っていて、頼み込んでゲーム中に使用させて頂くことに。
氷青さま、どうもありがとうございます!

エロゲ: ねこねこソフト『すみれ』トレーラーデモ ピアノVer.

 え、以前紹介してからこんなに経ったのかと驚いたのですが、こちらのは逆に、公開されて結構経ってから気づいたデモムービー。



 このイントロでこの曲でこの歌で、でも映像に出てくるのはアレ、ってな辺りがまあねこねこらしいというかなんというか(笑)。
 あと、発売が順調に遅れているところも?

tag : ねこねこソフト

おカネ: トヨタは松下になれるか?

 ちょっと前の新聞の片隅に、トヨタが下請に対する値引きを控える、みたいな記事がありました。もう、いつどこの新聞で見たかも憶えてませんが。
 その時には、いやそうじゃなく値上げを認めろや、くらいに思っただけでした。あまり本気にしていなかったし、どうせ本当はそんなつもりもないんだろーが、というところで。

 ところが最近、どうもトヨタが本当に下請にもっとカネを払うようになるかも知れない、と思わせるような報道がいくつか出てきています。
 実際のところ、請などと言っていますが、部品がなけりゃそもそもクルマ作れないし、下請が変なものを納めたら大量リコールで自分が大変な苦労をするわけで。こりゃ、もしかするともしかするかも?

 別にトヨタだけのせいじゃないですが、まるで零細企業みたいなことを超大企業がやったもんだから日本経済がガタガタになってしまって、もう早十数年。考えてみるとトヨタがやったことって、松下幸之助の功績によるものを叩き潰したとも言えますね。
 どこかの本で読んだんだと思いますが、彼の重要な功績として、日本人を「消費者」にした、ということを挙げた人がいました。また、彼が「下請」という呼び方を好まなかったというのも有名な話です。

 ヤツが去ってトヨタもやっと、マクロ的な視点で物事を見ることができるようになったでしょうか。
 これは当ブログで何度も書いている個人的な見解なのですが、マクロとミクロというのは私の考えでは必ずしも大きさではなく、想定している系が閉じているか開いているかということだと思います。勿論、完全に閉じてたりすることもあり得ないんですけど。
 それは言い換えると、自分のしたことがやりっぱなしですまずに環境に影響して跳ね返ってくる、ということを考えるのがマクロ的な視点ということであり、更に別の表現を持ち出すと、「情けは人のためならず」というやつですね。

 これまでは、日本がどうなろうが知ったこっちゃないというやり方でも海外にいくらでも市場がありましたが、そっちがうまく行かなくてふと足元を見てみるとあれあれ?ということになったのかも知れません。
 もしかすると、それに気づいたのはエアバッグのせいかも。

 となると、タカタのエアバッグのお陰で日本の経済が復活する、なーんてことにも(笑)?

独り言: 「表現の自由」に関するノート

 昨今のヨーロッパの「風刺画」に絡んで表現の自由が話題になっていますが、そのことについてつらつらと考えたことを、特にまとめもせず思いついたままに書いてみます。

 元々、最も自由であるべきなのは内心の自由だと思うんですよね。思想とか信条とか嗜好とか。それを突き詰めた先に、内心にあるものを表現する自由、あるいはそれを抑圧されない権利(を守るための力としての自由)というものがある、と。
 ただ、個人的にはその間に、もう一段階あるべきじゃないかなと思うのです。

 心の中で思っているだけなら、そこには自分一人しかいません。しかし、文法的な分類に現れているように、一人称の次はいきなり三人称(第三者)ではなく、間に二人称があります。第三者はその次です。
 つまり、全く限定のない相手を想定し、「訴える」「存在を伝える」ようなことを目的とした表現を想定する前に、話を受け止めようとしている、もしくは話を求めている相手がそこにいることが前提となる状況があるのではないかということです。

 ヨーロッパの「風刺画」にしても、その中間の段階でやるべきではないか、と思ったりするわけです。

 中間の段階では、同じような考え方の人を相手に言わば内輪でやればいいし、逆に、反対の意見を持つ人が議論のために参加するのもいいでしょう。
 相手のいないところで「風刺」をするのは陰口になりがちですが、バレたら議論を受け入れるということで。単なる陰口なら議論では敗者になる可能性が高いし、そうすれば逃げるしかないわけで。
 とまあそううまくいけばいいんですけどね。

 あと、もう一つ問題があります。
 「郷に入っては郷に従え」と言いますが、それは、自分と異る考え方、慣習、習俗のようなものを認めよということであると思います。これは別の見方をすると、その「郷」に対しても、他の「郷」を認めることを求めるものでもあります。
 認めるというのは必ずしも、受け入れよという意味ではありませんね。不干渉により存在だけは認める、というのも含みます。

 しかし、この概念を持ち得ない人たちというのが確かにいます。例えばキリスト教徒やイスラム教徒などのように、認められないものの存在そのものを認めない立場です。ユダヤ教はそれらの原点であるわけですが、あれはどうなんでしょう。よくわかりませんが、民族宗教なので、他はどうでもいいと思っているかも知れません。
 ともあれ、そういうのがいると、他の「郷」の存在自体が許せないわけで。

 共有するための表現の段階と、知ってもらおうとする段階とでは、単に数が違うとかそういう問題ではなく、目的そのものが違ってきているわけですが、その辺りを全く区別していない例が、皮肉にも上記の「郷に入っては」の考え方を持つ国に存在しています。
 それは例えば、「猥褻」という概念の適用範囲です。

 一言で言えば、同好の士が集まっているところで何が猥褻なんだ?ということですね。全くバカバカしい。

 こういう、物事の意味や理由、仕組みのようなことを考えないのは元々なのか劣化したのか。まあ、昔の方が賢かったようには思えますが。
 もしかすると、キリスト教的な西洋が進んでいる(ように見える)ので学ぼうとしたが理屈がわからないので丸ごとカタチだけ受け入れたということがあり、それが慣習になってしまったんですかね。
 多分、実はそもそもあちらに理屈なんぞなかったというのがオチで、猿の真似をしたら猿になってしまった、ような?

 上では風刺という言葉に一々鍵かっこをつけていますが、そこには二つの意味があります。
 一つには、彼らのやっているようなのを風刺と言っていいのか、ということです。言論という力の世界では強者である者が、弱者を嘲笑するのは、それは一種の弾圧ではないのか?
 そしてもう一つ、これはこれまでにも何度も言っていますが、偉そうなことを言っていながら自分で決めた自由の範囲があるじゃないか、しかもそれを他者に当然のように強要するというのは他者の表現の自由を侵していないか、ということです。だから、私に言わせればあんなのは似非「表現の自由」です。

 設けるべきは表現の内容に対する制限や自主規制ではなく、それを伝える場、相手、目的などといった部分での境界ではないのか。
 それは、伝えないという意味ではなくて、押し付けるのではなく受け入れるのだ、ということです。
 布教が大好きなキリスト教的な考え方の人たちにはわからないことかもしれませんが。

アニメ: 2015冬アニメ感想(6)

 今週のアニメ感想です。
 『夜ノヤッターマン』ですが、あの箸休的なエピソードは本当に一寸一服なのか何か深い意味があるのか。

冴えない彼女の育てかた #5「すれ違いのデートイベント」
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 加藤と一緒に六天馬モールに行った倫也は、人々のあまりの無秩序さにやられて一度はダウンしましたが、ちゃんと復活しました。
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 そして、何か結構いい雰囲気になっています。
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 加藤も、サプライズ的に「お礼」までしてくれました。
 ……をい。このヒロインのどこが「冴えない」んだ?
 まあ、それで倫也も気づいてしまったわけですが。

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「加藤」
「ん?」
「いや、その……ありがとう」
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「どういたしまして」

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「けれど、ごめん。帰り送れなくなった。今すぐ、行かなくちゃならないところがあるんだ……」

 加藤の反応を描かずに今回の話はおしまいなのですが、ここで関係者の証言を紹介しましょう。

【英梨々】「前に六天馬モールでさ、恵に“偶然”会ったことあるのよ。倫也……じゃなくて誰かにデートの最中に置き去りにされた直後みたいだったんだけど、話してるぶんには全然いつも通りなのよね。でもその表情がすっごい怒ってんのよ……その時わかったの。ああ、このコって話してることと考えてること全然違うんだなって」


ALDNOAH.ZERO 18“深い森を抜けて” -The Rose and the Ring-
 今回は、主要な人物四人についてコメントしてみます。

 まずはスレイン。
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 マリルシャンに挑まれた決闘では、逃げ回った末に何だか狭いところに逃げ込むのですが。

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「逃げ場はありませんよ」
「逃げ道がないのは、あなたです」

 自信あり気に言うスレイン。

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「ハーシェル最大の武器は、全周囲からの同時攻撃。しかしここでは、攻撃は一方向からに限定される」

 何だか言い方が伊奈帆みたいですね。
 伊奈帆ほどではないですけど、スレインもこんなことをするようになっています。

 次に伊奈帆。
 前回、マズゥールカを逃すところを韻子に見られてしまったわけですが、そこで私は、二つのコメントをしました。韻子が、自発的に協力者になっていること。しかし、何故?という疑問から不安を感じていてどちらに転ぶかわからないこと。
 今回伊奈帆は韻子にこう接しています。

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「何でも見えるんだね、伊奈帆は」
「うん。……でも、」
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「本当に知りたいことは、何も見えないんだ」
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「韻子、ごめん」
「え?」
「巻き込みたくなかった……」
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「……もう……」

 まず、多分アセイラムのことを指していると思われ、韻子もそう推測しているのではないかと思うのですが、自身も持っている弱み・不安を伝え、その上で、韻子に対する配慮も示しています。
 この一幕により、多分韻子は今後もうこのことについて、伊奈帆に対する不信感のようなものを抱くことはないでしょう。つまり、伊奈帆の企んでいることに対する不安要因が減ったということです。
 そう意図してのことかどうかはわかりませんが、こういう人の心を動かすようなところは、何だかスレインのようです。
 スレインにしろ伊奈帆にしろ、以前は強みと弱みがはっきりしていたのですが、ここにきて何だかそういうところが判然としなくなってきたかも知れません。

 一方の、レムリナ。

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「もし、私でよろしければ、お手伝いさせていただけませんか。…………かまいません。お姉さまの、代りでも」

 そして、アセイラムになりすましてこのようなことを言いました。

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「地球に新たな領地と資源を得た私達は、いつまでも、ヴァース本星に頼る必要はありません。子はいずれ育ち、母の加護より離れ、自ら道を切り拓くもの」
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「私、アセイラム・ヴァース・アリューシアは、スレイン・ザーツバルム・トロイヤード伯爵を夫に迎え、この地球圏に、新たなる王国を築くことを、宣言します」

 まるでスレインを慕う乙女のようなところを見せ、また、これまでのように裏で色々企んで。
 しかし、前者のようなレムリナは、作られたものなのか? 彼女の中には、そのような明らかに相反する性質のものが何の矛盾もなく同居しているのではないか?
 レムリナというのは、そういう人物なのではないか。そんな気がします。

 そして、アセイラム。
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 彼女のところに、レムリナがやってきます。
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 センサー?を切っていき、最後に生命維持装置?自体を停止させるかのようなことをして見せたのですが。

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「……嘘よ」

 結局、そこまでは至りませんでした。しかし彼女、本当に止めてしまうつもりで来たのではないか。この瞬間まで、迷っていたのではないか。いや、やるつもりだったのだがここで現実に立ち返ってしまったのではないか。
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 去って行くレムリナ。
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 遂に目を開いたアセイラム。果たして彼女は、物語が始まって以来一体何度目になるのかという、自らに向けられた殺意を認識したのかどうか。

 さて、追加でもう一人。
 どうでもいいですけど、やっぱりみんな彼女のこと「エデルリッツォ」と発音していますよね?

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「決闘など、大丈夫なのですか、スレイン様」
「命のやり取りは、今まで何度も経験しています」
「でも」

 ……「様」?

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「心配してくれるのですか。エデルリッゾさん。前はよく僕のことを睨んでたのに」
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「……昔のことです……」

 をいこら
 そして、スレインの決闘の最中には。

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「本当に、もうお目覚めにならないのですか。どうか……どうか奇跡を」

 奇跡は、一体誰のために祈っているのでしょうか。

 ええい、警察はまだか!?

tag : アニメ

独り言: ISと言ったらアレだろJK

 いや、「IS」と言ったらアレですよね普通(笑)。

 いや勿論冗句ですが、それにしても、「イスラミック」とか付けてたらおんなじじゃん。
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水響俊二

Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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