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独り言: 妹系キャラの名前の定番なのか?

 先日、なんの気なしに読み始めたこのシリーズ。
つきツキ! (MF文庫J)つきツキ! (MF文庫J)
(2010/11/20)
後藤 祐迅

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 まだ一巻の半分くらいですが。いや、決してイラストに釣られたわけじゃないですよ(笑)?
 で、これですが、主人公の妹の名前が、「なずな」っていうんですよね。

 それで思い出したんですけど、今やってるアニメの『WORKING´!!』でも、カタナシ……じゃなく(その呼び方が柞されるのはぽぷら先輩だけ(笑))小鳥遊君の妹が「なずな」でしたね。
working_nazuna.png

 ところで、先日のエントリで『ひだまりスケッチ×SP』の話をしましたが、あの話でも、これは妹ではありませんが、同じ「ひだまり荘」に住む後輩の内の一人が「なずな」でした。
hidamarisp_nazuna1.png
 素直な可愛らしい性格の子で、「妹系」キャラっぽい感じです。まあ、妹系キャラにも様々いますが(笑)。

 Wikipediaで調べてみたら、植物のなずなの名前の由来には、「撫でたいほど可愛い花の意味、撫菜(なでな)から」という説もあるそうですね。
 たまたま最近重なりましたが、もしかすると結構沢山ある、定番の名前なのかも(笑)?

創作観: 物語中の人の感情の価値について

 今日、とあるラノベを読み終わりました。
 そして、以前ここに書いたようなことをまた考えてしまいました。その部分を引用してみます。

 いつも私は思うのですが、小説、漫画、アニメ、その他様々なフィクションの世界で、感情というものは特別視して語られることが多いようです。感情は素晴らしい。感情が人間の人間らしさであり、感情を持つ存在が正義であり、感情が「勝つ」。
 しかし、まあ結論がどうなるかはおいといて、それにはちょっと疑問を呈してみたい。無条件にそう考えてしまっていいものなのか。人間らしさとは、何なのか。

 そのラノベは、まさにそんな作品でした。

 まあ、個人的には勿論、人の感情の絡まない小説なんてあまり面白く思わないことが多いし、そもそもその「面白い」と感じるのも感情が絡んでるわけです。別にパズルとか論文とかじゃないんだから。
 しかしその物語の作中、感情を排除することによりきちんと機能している社会が存在しているのです。他でもそういうパターンの作品は多いでしょう。
 「感情」を持つことは素晴らしい。
 それを暗黙の前提にしてしまっては、「そっちの社会」を何の根拠もなく否定していることにならないでしょうか。

 その話では、大局的な見方としては、固有の文化を尊重する立場が一般的であるとされています。だったら、「多様性が大切」という主張を押付けることで「多様性を排除する」という「個性的な」文化を潰してしまっていいのでしょうか?
 そういう疑問も生じるのに、その主張の根拠を読者に委ねてしまっているのです。作中、誰もその根拠を述べないままに。

 冒頭のちょっとした疑問は、突き詰めるとそういうことになるのだと思います。つまり、架空の物語だからどんな設定でもアリなわけで、一般的には重要であると思われているものがない方がうまくいく、そんな話も成立するわけです。
 そこでその何か(ここでは感情)に価値が見出される展開の根拠が作中にないというのは、世界観が不完全であると言えるのではないか、ということです。

 必ずしも、そこに合理的かつ論理的な根拠が必要だとは限らないでしょう。
 例えば、主人公が「やっぱり感情は大事なんだよ! 何故なら俺がそう思うから!」と叫んでもかまいません。
 何の根拠もない、個人の価値観の押付けであっても、一旦その問題点を認識した上で作中の人物がそれを述べたなら、それはそれで作中に根拠があると言えます。少なくとも、読者の常識に依存してはいません。

 上記でちょっとだけ一般論を混ぜましたが、やはり関心があるのは、その「何か」が「感情」である場合ですね。例えば、人工知能(もしくはそれに類するもの)がどうしてかわからないけど、感情を持つに至った。素晴らしい!というストーリーが沢山あります。でも、それは本当に素晴らしいことなのか?
 一度それを疑ってみてから、やっぱり結論として同じところに至ったら、それは単なる堂々巡りではなく、螺旋階段のように、まわってきて高みに登っていることになるでしょう。

 とまあそんなことを書いてみましたが、人類の長い創作の歴史の中、そういうことを考えた人がいなかったとは思えません。きっとどこかにあるでしょう。多分、その気になれば手が届く範囲に。私はあまり「高級な」作品は読みませんからね(笑)。

アニメ: 映画『けいおん!』の話題をいくつか

 なんというか、映画『けいおん!』の公開が今度の土曜(12/3)に迫っているためか、色んな動きがありますねー。

ローソンが丸ごと「けいおん!」仕様に USJ近くの店舗でスタート! - ねとらぼ
けいおん!キャラで飾り付けられたローソン店舗のメイキング風景&完成した様子 - GIGAZINE
 ローソンは、随分色んなアニメとコラボを展開してますね。まどか☆マギカとかレールガンとかけいおんとか。
 今回はUSJとも絡んで、ということですね。

 USJと言えば、こんなの↓も。

「2次元が3次元になったぞ」:これが「けいおん!」等身大フィギュアだ!! USJでお披露目 - ねとらぼ
 なんでも、「USJに遊びに来た放課後ティータイムが楽しさのあまりゲリラライブをしてしまったという設定」だとか。USJに遊びに行くのにも楽器を持ってるのか……(笑)。

 あとは、これ↓なんかも興味深いです。

シネマシティ|ニュース:『映画けいおん!』極上音響上映&ライブスタイル上映開催!!【11/16追記】
 こういうことらしいです。

12/3(土)映画公開初日には、
ファンみんなで立って、歌って、踊って、騒いでOKの
「ライブスタイル上映」を開催!

もちろん、どんなに声を上げてもまったく問題ない、
ライブハウス級の特大ヴォリュームで鳴らします。

放課後ティータイムの演奏を、静かに座って観ているだけなんて
そんなの考えられないあなた、いっしょに盛り上がりましょう!


 私の主観ですが、HTTには本当にいいと思える歌が多いので、まあこれもわかるかな、とか思います。

 そんなこんなが色々動いている映画『けいおん!』。どんな感じでしょうね。

関連項目:

tag : アニメ けいおん

艶漫画: 『1/8かのじょ』

 成年向けとされてないのでどうしようか迷ったのですが、まあ初出が電撃HIMEの付録なので、こっちのカテゴリにしました。
1/8かのじょ (電撃ジャパンコミックス サ 2-1)1/8かのじょ (電撃ジャパンコミックス サ 2-1)
(2011/11/15)
三色網戸。

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 ヒロインの明日葉は、ある朝目覚めたらいきなり、体がお人形サイズになっていました。
 全裸で!
 幼なじみの瑞樹の部屋で!!

 瑞樹はフィギュアが大好きで、明日葉が目覚めたのもそのコレクションの棚の中でした。
 しかし、何か羽織るものが欲しいと歩きにくいスチールラックの上で動こうとしたために落っこちて気絶。
 そこにやってきた瑞樹。
 買った覚えのない、リアルで非常に出来のいい人形に、つい詳細に観察してしまいます。
 アソコとか、もうじっくり(笑)。
 ちなみにそのとき明日葉は、意識を失いながらも、過去の出来事から発展させた妄想の中。
 現実では気が強くていつも説教をしてばかりなので、妄想の中では仕返しに責められてます(笑)。

 さて、瑞樹がいじくりまわしているうちに、こんなことになってしまいます。

「あれ? なんか水みたいなのが…アレ?」
「この水…なんか粘り気があるな」「あ…」
「もしかして…コレって…」
愛液?
ここを擦ると愛液が出る造りなんだ! すっげぇ!!この人形!

 ちなみにこれは、エロゲー知識だそうで(笑)。

 結局、ついに我慢できなくて声を出してしまう明日葉(笑)。事情を説明するハメに。
 取り敢えず、人形の服を着させてもらうことになったのですが、貧乳好きの瑞樹の持っているモノではサイズが合わない……巨乳だから!

 しかし、続いて、こんなことになった理由を探るために身体検査をするとか言って、調教系のゲームを参考にしてM字開脚で縛り付けたり、綿棒でツボを刺激したり、電動歯ブラシで振動を与えてみたり。
 いや、どこが検査なんだか(笑)。

 その後、瑞樹の後輩の女の子(趣味の上で同類(笑))が登場したり、昔話が出てきたり。

 ところで、そもそも明日葉が小さくなったのは、どうやら両親が出張先から送ってきた「願いを叶える人形」に「アイツとずっと一緒に居られますように」と願ったせいらしいし。
 瑞樹が貧乳好きなのは、中学生になって急に大きくなった明日葉の胸への反発だったし。
 そして、体が元に戻った理由は……。

 というわけで最終的には、ハッピーエンド、になります。

 めでたしめでたし(笑)。

P.S.
 各話の合間に挿入されているおまけっぽいイラストが、結構面白いです。
 例えば、もし瑞樹が巨乳好きだったとしても、やっぱり明日葉はサイズの合わない服を着ることになる、とか(笑)。

tag : 電撃ジャパンコミックス 三色網戸。

マンガ: 『一緒に暮らすための約束をいくつか』 vol.1

 芳文社ですが、四コマでない作品です。
一緒に暮らすための約束をいくつか 1 (芳文社コミックス)一緒に暮らすための約束をいくつか 1 (芳文社コミックス)
(2011/10/14)
陸乃 家鴨

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 友人夫婦の忘れ形見である一人娘・紗那を引き取った独身男の悟郎。
 「現在」では、悟郎は35歳、紗那は14歳ですが、そういう話が持ち上がった時点で紗那はまだ小学生だったため、悟郎はロリコンの変態扱いを受けるハメになったのですが。
 元は、紗那が「私が大人になった時まだゴローに恋人ができてなかったら私をお嫁さんにする」と約束させていたのが巡り巡ってのことだったので、どうしたかというと、悟郎の後輩が恋人の「振り」をしてくれることになって、それで押し通したのでした。

 ところで、それを言い出したのもその後輩、原由加利。広告代理店に勤務していて、フリーでやっている映像作家の悟郎とはなんかこう、昔と立場が逆転しているような感じです。
 紗那のおばあちゃんと由加利の会話。

「ねぇあなた 原さん? 方便なんでしょ?悟郎くんの恋人だっていうの」
「あら…バレてました?」
「見てればわかりますよ」「本物の恋人なら女の子を引き取るなんて反対するでしょ普通は」「自分より大事なもの抱え込もうとしてるのに」
「まぁ そうでしょうねー」「でも」「そんなとこに惚れちゃう女もいますよ たまには」
(なるほど そーゆーこと)

 更には、紗那の独り言。

「…家族と恋人なら家族の方が上だもんね?」

 ……と言ったような人間関係なのでした。

 由加利のその後の独立話とかそれに絡んで悟郎につい結婚を迫ってしまったりとか(なんとか本心は誤魔化しましたが)、実は色々あったらしい悟郎と紗那の両親の友人関係とか。
 中々にいい感じの話になりそうな、そんな予感です。

 しかし、悟郎と由加利はとっくに肉体関係になっていて、それでどうして由加利は本心を誤魔化せているのか、その辺り悟郎はちょっと問い詰めてみるべきかも知れません(笑)。

 ところで、筆者の陸乃家鴨さん。
 これ、「おかのあひる」と読むのですが、このノリは、あの「池野恋」さんを思い出しますねぇ。

tag : 芳文社コミックス 陸乃家鴨

アニメ: 今週見たアニメより

 なんかこの秋のアニメのレビューはどうも力は入らなくて単発になっていますが、今回もそのノリです。
 今週見たアニメについて、雑感みたいなことを徒然なるままに。

Fate/Zero 「第九話 主と従者」
 Aパートは、どうにも女運の悪いランサーの話、という印象でしたね。グラニアとか何か企んでるっぽいソラウとか。

 さて、Bパート。本作での最早癒し系キャラのように思えてくるウェイバーとライダー。
 あのへたれウェイバーが、ちょっといいところを見せてくれます。
fatezero8_waver1.png
 何やらライダーを川に赴かせ、水を採取してきた模様。で、調べています。
fatezero8_tube1.pngfatezero8_map1.png
 水に「術式残留物」がないかをチェックし、キャスターの居場所が突き止められないか、と。で、どうやら"P"と"Q"の地点の間に何かが流れ込んでいるらしい。

「坊主。もしかして貴様、とんでもなく優秀な魔術師なんじゃないのか?」
「こんなのは優秀な魔術師の手段じゃない。方法としては、下の下だ。お前、僕を馬鹿にしてるだろ」
「何を言うか! 下策を以て上首尾に至ったなら、上策から始めるよりも数段優る偉業ではないか!」

 なるほど、それは確かにそうです。ライダー、いいこと言いますね。
 まあ、こんな話なので、ウェイバーが最後までへたれのまま、ということはないとは思っていましたが、予想よりも早く兆候が見えてきましたね。
 そうすると逆に、それがために悲惨な目に逢うことになるのでは、とちょっと心配です。
 で、キャスターの工房に攻め込もうと言うことになります。
fatezero8_rider1.pngfatezero8_waver2.png

「お前、何でまた今日はやる気なんだ?」
「当然よ。我がマスターがようやっと功績らしい成果を見せたのだ。ならば余もまた、敵の首級を持ち帰って報いるのがサーヴァントとしての心意気というものだ!」

 やはりライダーはいいなぁ(笑)。
 しかし、そこで彼らが見たものは……。ライダーが見ない方がいいと忠告したにも関わらず「それ」を見てしまったウェイバー。

「だから、やめとけと言ったであろうが」
「うるさい! ちくしょう! 馬鹿にしやがって! ちくしょう……」
「意地の張りどころが違うわ、馬鹿者。いいんだよ、それで。こんなもの見せられて、眉ひとつ動かさぬ者がいたら、余がぶん殴っておるわい」

 でも、やはりここでもライダーはいい。これは、ウェイバーってかなりの成長を見せることになるのでは?

 さて、次回予告で、なんか聞いた声が(笑)。
fatezero8_next1.png

 ところで、先日部屋の中をほじくり返していたら、Fate/Zeroの原作小説が出てきました。
 その最終巻の第4巻の帯には、こんなことが書いてありました。

 三巻までの激闘など準備運動にすぎない。虚淵玄の本領はこの四巻でこそ牙をむく。のしかかる重圧にあえぎながらも頁をくる手が止まらぬ地獄を、貴方もつい先ほどまで味わっていたハズだ。にも関わらず、この清涼感、満足感は何事だろう。胸に哀しみはあれど未練はない。果たされなかった物語にも意味はある。
 絶望の淵から奇跡を叫ぶ強さ。後に繋がっていく物語の強さを、私はたしかに見せてもらった。

──奈須きのこ

 ……いや、結局私はまだ味わってないんですけどね(笑)。「清涼感」とか本当に~?

WORKING´!! 「8品目「嗚呼、妹よ」」

「心身ともにどんどん大きくなって、俺は正直、今後なずなを妹として見られるか不安なんです……!」

 いや小鳥遊君、その言い方はちょっと……。
 それに、そんなことを言ってるから、ほら、こんなことに(笑)。

「えっと、来月のシフトだが──」
…………
「小鳥遊、ちょっと休ませるか」
「それがいいと思います」
「かなり疲れてるようだしな」


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(2011/11/23)
阿澄佳奈、水橋かおり 他

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 ヒロさんの部屋のカーテンを洗うため、庭にプールを出して水を張り、そこにつけてふみふみ。
hidamarisp_pool1.png
 ですが、そのときの効果音が、「音」ではなく「じゃっぷじゃっぷ」という可愛い声なので、これ↓にしか聞こえなくて……。
madokamagica1_voice1.png
 なずなの言葉が心に染みます(笑)。
hidamarisp_nazuna1.png

「日々の変化だから気付かないけど、ちょっとずつ、こんなに汚れていくんですね……」

tag : アニメ

独り言: 帰ってきた浅田真央

 昨夜、食後に何となくテレビのチャンネルをぱらぱら変えていたら、フィギュアスケートをやっていました。フィギュア女子、GPシリーズ。
 普段そんなものは興味なくて見ないのですが、ちょっとそのままチャンネルを変えずにいたら、浅田真央の演技(ショートプログラム)が始まりました。
 私は、浅田の演技はあまり好きじゃないので、どっちかというと避けていたのですが、驚きました。

 その演技の素晴らしさに。

 素直で、伸びやかで、健やかで、流れるように繋がる演技がとてもよかったのです。私はちょっとした感慨を抱き、今日のフリーも見てみました。
 フリーでは、ややジャンプのミス等も目立ったため昨日程のインパクトはなかったものの、やはりとてもいいものでした。

 浅田は、前からこんなにいい演技をしていたでしょうか?
 いや、解説の人が、生まれ変わった、と言ったかどうか憶えてませんがそんなような表現をしていたので、やはり以前とは変わったのでしょう。
 まあ、私に言わせれば、生まれ変わったというよりも、「帰ってきた」という印象ですが。

 上で私は、「感慨」という表現を使いました。つまり、単に変わったから驚いたという思いとはちょっと違うのです。

 浅田の演技は、実は昔は結構好きだったんですよね。15歳の頃のは。
 あれは、素晴らしかった。正に、素直で、伸びやかで、健やかで、流れるように繋がる演技がとても元気で、フィギュアスケートとかあまり興味のない私もそれなりに感動したものです。
 ですが、その後の浅田は、なんというか「これじゃない」感が付きまとう感じで、あまり見たくなかったのです。
 それはまるで、大好きだった漫画が実写ドラマになって大きく改変されてしまったときのようです。

 だから、昨日の「感慨」は、ああ、昔の浅田真央だ、という懐かしさのような、よくぞ帰ってきてくれた、みたいなそんな気持ちです。
 勿論、15歳と21歳ではやはり大きく違います。今回見たのは、元気と言うよりも、うーん何と言うか、ちょっと大人びてしっとりしてきた感じがありました。しかし、本質は変わっていない、そんな気がしたのです。

 依然として、格別フィギュアスケートファンになったというわけでもありませんが、今後がちょっと気になるようになりました。浅田も、まだ調整の途中なのか、もっと良くなりそうですし。

 今回の変貌というか回帰についてはその理由に心当たりがないでもないのですが、そもそもこの世界のことはさっぱりなので、その辺りについては触れないことにします。

 ところで、そんなに関心のないフィギュアスケートをやってるチャンネルにどうして留まったかというと、そのときやっていた今井遥の演技が妙に気になったからです。
 途中からなので少しだけしか見られませんでしたが、あの動きのなめらかさというかぬるぬる感(いや変な意味でなく)というか、それはちょっと他では見ない動きだった気がしたので、ふと気になった、というわけだったのでした。
 そういうわけで、今回の浅田の演技を見ることができたのは今井のお陰、ということになりましょうか。

読んだ: 『さよなら! 僕らのソニー』

 見限ったとか言いつつ、しかもそもそもそんなに熱烈なファンだったわけでもないのに、ソニーについて書くのは先日から数えて三回目です。

 まあ、乗り掛かった舟、というかなんというか。今度は、こんな本を読んだのでレビューです。
さよなら!僕らのソニー (文春新書)さよなら!僕らのソニー (文春新書)
(2011/11)
立石 泰則

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 しかし、実を言うと所々飛ばして読んでたりするのですが(笑)。

 でも、これを読んで一つ思い出したことがあります。記憶にあったよりも比較的最近、ソニー製品を買っていたことです。
 5年くらい前のことですが、その頃私は、それまでと違って普通の会社に勤め始めていました。何かというと、普通の時間に業務が始まるのです。
 というわけで、電車のラッシュが嫌なので早く出掛けてたのですが、そんなことをしていると録画したアニメを見る時間が減るので、ロケフリ(ロケーションフリー)を買って、うちのハードディスクレコーダーに録ってあるのを通勤途中の乗換駅のフレッツスポットでPSPを使って見て、それから会社に行ってました。
 うーん、懐かしい。

 閑話休題。
 というわけで、最初の日経ビジネスの特集では、ソニーがちょっと変わるかも、という印象を持ち、続くエントリでは、もしや復活か!?とか思ったことを綴りました。
 今回は、ソニーについて様々な取材と調査をした結果まとめられた本のレビューということで、今までよりも少し現実が掴めてきました。

 読んでいて印象に残った、三つの台詞をキーにして、以下に書いてみます。

○ 「人員削減は製造現場ですから」
 とにかく徹底したコスト・カットの嵐。それを象徴するエピソードとして筆者が伝えているのが、店に並んでいたソニーの液晶テレビ「ブラビア」二台。
 明らかに画質がいい方が、いくら見直しても、安い。それはどうしてかというと、店員曰く。

「値段が高いほうは、新機種だからです。安いのは古い機種で製造が打ち切られ、もう在庫でしか残っていないからです」

 なるほど。で、ならどうして新機種の方が画質が下なのか。

「それは、旧機種にはDRCが搭載されているからです。新機種は(DRCを)積んでいませんから」

 DRCは、SD放送の映像をHDクラスの映像に作り替えるソニー独自の技術なのですが、何やら、当時のテレビ事業本部長が、どっちの画像も違わないじゃん、とか実際に見て思った、だから外した、らしいです。

 また、中国での話。
 中国では殆んどがSD放送なので、ブラビアのHD映像の美しさをアピールするために、店頭でブルーレイディスクのHDコンテンツを映していた、とのこと。
 これも、DRCのLSIが入っていない、だからそんなことをしなければいけない、ということですね。
 でもこれ、買ってみてSDの放送を見たらその人はどう思うんだろう?

 ストリンガーが来てからのコスト・カット、人員削減の嵐は激烈だったようですが、私が驚いたのはこれでした。
 1万6千人という大規模なリストラがあったので、ある人が広報担当に聞いてみたそうです。そしたら。

『本社も社員の方の動揺があって、大変でしょう』とまず社内の反応を伺ったんです。そうしたら、『いえ、(本社の社員には)動揺なんてありません。人員削減といっても工場などほとんど製造現場が対象ですから、本社には関係ありません』という返事だったんです。


 結局、技術なんてどうでもいい、というCEOの方針だったんですね。

○ 「考えさせているところだ」
 とにかく、ストリンガーというのは技術なんてどーでもいい、という人のようです。例えば、こんなエピソードが紹介されています。

 記者会見には私も出席していたが、ちょうど私の席の前の女性外国人記者が誰もが危惧する疑問をストリンガー氏にぶつけた。
「日本語が話せない、エレクトロニクス・ビジネスの経験もない、日本にも住んでいない、ソニーの企業風土の中で育ったこともないあなたに、ソニーのCEOが務まるのか」
 それに対し、ストリンガー氏は「航空会社のトップは、飛行機のことは知らないけど、経営をしている」などと言って質問をかわした。ではロッキード社のような航空機製造メーカーの場合も、同じように言えるだろうか。航空会社は運営会社(オペレーター)であって、メーカーではない。ソニーは、エレクトロニクス・メーカーである。

 冒頭で紹介した日経ビジネスの特集でもストリンガーに対するインタビューがありましたが、ガキかお前は、とか言いたくなるような受け答えをしてましたっけ。

 そんな彼が、ではソニーのどんな未来を思い描いてるのか? こんな感じだったそうです。

 新しい経営チーム「四銃士」を発表してからそれほど日が経っていない頃だったと思うが、私はストリンガー氏に直接、「ネットワークに繋ぐ理由は分かりましたが、ではどこで利益を出すつもりなのですか。それを教えてください」と尋ねた。
 ストリンガー氏は少し考えてから、こう答えた。
「それをいま、平井(一夫氏)に考えさせているところだ」
「……」
 私は、絶句した。


 経営者は、まあ目指すところと方針を示して具体的なことは部下に任せる、という形態もアリでしょう。
 しかし。
 しかしですね。
 どこで利益を出すか、それを考えずに夢想するだけのことなら、私にでもできそうな気がするのですが?

○ 「さよなら! 僕らのソニー」
 まあそれでも、それから時が経って、平井氏が素晴らしいビジネスを考え付いたとしましょう。
 しかし、本書の中で語られている凄まじいまでの技術者削減、技術軽視。加えて、例の一億人個人情報流出は、実はPSNの管理運営会社がソニーから見れば孫会社に過ぎず、しかもセキュリティの責任者が存在しなかったという、「ハード」面での技術だけでなく「ソフト」面での技術も恐ろしいまでの手抜き。

 最初の日経ビジネスの特集について書いたエントリで私は、ソニーが復活することがあるにしても、それはストリンガーがいなくなることが必須の条件なのでは、としました。
 ですが、ストリンガーがちょっと手を引き、部下に全てを一任する決意をしたとすれば、もしや、とも思いました。
 しかし、本書を読んでみると、とてもそんな風になるとは思えない。

 しかも、復活しようにもすでにその力は失われているし(ストリンガーが捨ててしまった)、ネットワークを中心に据えた新しいビジネスも、まるで力を入れている風でもない。
 これで一体、どうしようというのか。

 読んでみて、どうにも「テレビ」に対する拘りが強いような印象のある筆者は、やはりソニーという会社に対しても、「エレクトロニクス・メーカー」としてのソニーに強い愛着があるようです。
 私などは、別にそうでなくてもかまわないのですが、しかし。
 印象に残った台詞として三つ目に挙げた上記の言葉は本書のタイトルでもありますが、結びの部分はこうなっているのです。

 そして私たちは、けっしてストリンガー体制のソニーに以前のような輝きを期待してはいけない。いまのソニーは、私たちに「夢」を与えてくれた、ソニースピリットあふれる私たちの知るソニーではないからだ。
 いまの私たちに出来ることは、未来への「希望」を与えてくれた「SONY」に感謝の言葉を捧げるとともに、こう言うだけである。
「さよなら! 僕らのソニー」

 今そこには、筆者が拘ったテレビなどの技術だけでなく、スピリットそのものが失われた骸があるだけ、なのかも知れません。

マンガ: 名作『AQUA』『ARIA』の思い出

 アニメ『たまゆら~hitotose~』の第8話を見ていたら、ふと思いだしたものがあります。それは何かというと、同じ佐藤順一監督によるアニメ『ARIA』のシリーズです。
 『たまゆら』第8話では、写真家の志保美りほさんの近況がメインテーマになっていました。
 主人公のぽっての尊敬する彼女も実は色々迷っていたり、また志保美さんからぽってへ、そしてこまちへと写真への想いが受け継がれていたり。そういうところが、『ARIA』と重なって思えたのです。

 というわけで、懐かしくなって、取り敢えずアニメ『ARIA』の最後だけでも見てみようかな、と思ったのですが、肝心の最後のDVDが見つかりません。『ARIA』は三期にわたって制作されたのですが、三つ目の『The ORIGINATION』の2巻と6巻だけが発掘不能でした。OVAさえも見つかったのに。
 地震でエントロピーが極限まで増大した一角に埋もれてる筈なんですが……(笑)。
 というわけで、掘り出してきた原作漫画の方について今回書いてみることにします。だから、カテゴリがアニメでなくマンガなのでした。
ARIA (1) (BLADE COMICS)ARIA (1) (BLADE COMICS)
(2002/10)
天野 こずえ

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 この作品、元は『AQUA』というタイトルで始まったのですが、なんか色々ややこしい(大人の)事情があって、途中から『ARIA』になりました。

 このお話は、とても不思議な作りになっています。
 基本的には、一話完結で話が進みます。
 物語の始まりでは、主人公の灯里がいきなり宇宙船で惑星アクアにやってくるのですから、まあ、世界観はSF風味ですね。そういうエピソードもあります。
 しかし、そこから始まる話の舞台はと言えば、水の街ヴェネツィアを惑星アクア(テラフォーミングされた火星)に復元した「ネオ・ヴェネツィア」で、空に何か浮かんでたり飛んでたりする以外は実にノスタルジックです。灯里はそこで、観光客をゴンドラで案内する「水先案内人(ウンディーネ)」を目指すのです。
 ノスタルジックではあっても普通の日常が描かれますが、ときたま猫妖精の「ケット・シー」に代表される不可思議な存在が登場したり、不可思議な空間に迷い込んだり。
 かと思えば、いきなりとても和風の情景やエピソードが描かれたり。
 とにかく、なんでもありな感じでジャンルが不祥なのです。

 ところが、それではカオスな話なのかというと、実はそんなことは全くなくて。
 どのエピソードも、語られるテーマ、その語り口、雰囲気、そういったものが完璧と言っていいくらい徹頭徹尾共通しています。
 それは、優しさであるとか癒しであるとか安らぎであるとか、そういった表現が似つかわしい、穏やかで心地好い物語なのです。

 その物語をアニメ化したのが、佐藤順一監督で、まあ、『たまゆら』を作った人、なので(笑)。
 とてもその世界観に忠実に、オリジナルエピソードや人物も上手に原作を読み取って配置しているな、と、アニメを見ながら思ったものです。
 そう言えば、監督としてではありませんが、この夏に何度もレビューした『異国迷路のクロワーゼ』でシリーズ構成として参加しており、原作漫画からの構成の変更やオリジナルエピソードの挿入がとても佐藤監督らしいと思ったので、きっとその辺りは彼が主体となって作業を進めたのではないかな、とか思ったものです。
 第09話「秘密」のレビューでもそんなことを書きましたっけ。

 そして『ARIA』では、これは個人的な印象なのですが、原作者の天野こずえさんとも良好な関係が構築されていたのではないかと思っています。漫画とアニメが、相互に補完したり影響しあったりしている感じがしたからです。
 漫画の最終回のラストで、アニメのオリジナルキャラであるアイちゃんが登場するのも、その印象を補強しました。あれは、アニメオリジナルキャラを登場させたのか、原作者の頭の中に元々いたのか、どっちでも納得できるくらいでした。
 ちなみに、『ARIA』の主要な登場人物は、全て名前が「あ」で始まるんですよね。

 今回、『たまゆら』第8話を見ながら『ARIA』を思い出したのは、『ARIA』でも、主人公の灯里の尊敬するアリシアさんが、物語の最後でその秘めたものを覗かせてくれたり、アリシアさんから灯里、そしてアイちゃんへと受け継がれるウンディーネという仕事への想いが描かれてたな、とか思ったので。
 そうそう、志保美さんの声優が葉月絵理乃さんで、この人は(テレビアニメ版)『ARIA』では灯里をやってましたっけ。

 と言った感じで、やはり佐藤監督の仕事は好きだなぁ、とか再認識したのでした。

P.S.
 知らなかったのですが、こんなのも出てました。でも『AQUA』の二冊は? あれがないと最終回の最後の灯里の台詞の意味が……。
ARIA 全12巻 完結セット (BLADE COMICS)ARIA 全12巻 完結セット (BLADE COMICS)
(2010/11/01)
天野 こずえ

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独り言: 予定変更?

 先週の中頃のことですが、かなり想定外のことが起きました。

 で、つらつら考えてみるに、長期計画を変更して、三年くらい予定を前倒しするといいかなー、とか思いました。よくよく検討してみると、それでかなりの負担軽減がはかれますし。
 人を評価するとき「ブレない」という軸がありますが、これは、目標とするところのような意味合いで用いるべきであって、特定の手段に拘るのはちょっと違うと思います。
 そういう意味で、状況を見て臨機応変に対応するのがよろしいかと。

 しかしそうすると、

「多分、私は三人目だから……」

ということになるのかな(笑)?
プロフィール

Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
 

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