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独り言: お笑いネタ

レディー・ガガ、「日本に住みたい」 まぶたに目を書き会見に登場

レディー・ガガはゴールドのスタッズが施されたきらびやかな厚底ブーツに、ボトムを履かないスタイルで会見に登場。サングラスを外すとまぶたに目が書かれており、「なにかおかしい?」と報道陣を笑わせた。
(略)
日本のファンは本当に大好きよ。純粋に心から音楽・アートを楽しんでくれるの。



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創作観: フラクタル、どうしてこうなった

 アニメ『フラクタル』(の漫画化)について、いつも読ませて頂いている某ブログで取り上げられていたので、ちょっと調べてみました。そちらのブログでもググレカ……じゃない(笑)検索してみて、と書いてあったので、こちらでも特にリンクしません。
 それに、このエントリでは、メディアミックスについてとかそういう話ではなく、そもそもなんで『フラクタル』がつまらないのか、それについて書こうと思っている、という理由もあります。

 でもまあ、面白い理由と同じでつまらない理由も人それぞれ、主観の問題なんですけどね。ここでもかなり独断と偏見にみちた内容になります。
 多分、ネットで探せば、俺はこういうところがつまらないと思う、という意見が沢山あることでしょう。あまり評価していない人、多いですからね。時間も経ってるし。
 でも、つまらない理由とか一々検索してないんで、他の人がどう思っているのかは知りません。

 さて、ではまず一言で結論を書くと、『フラクタル』からは純文学臭がします。そして私は純文学が嫌いです。
 以上。

 ……で終りにするわけにもいかないので、続きを書きますが。
 昔読まされた純文学作品がもう、つまらないつまらない。
 以前書いたように、私はあまりアタマが良くありません。いや、冒頭にいいと書いてありますが、それは単なる修辞ですし(笑)。
 だから、ああいう小難しいものは好きになれません。難しくてわからないから。
 それに、日本で芸術的と評価されるものは、大体において暗くて重くて陰湿で粘着質で、キモチワルイ。
 というわけで、私は純文学とか読みません。読まないので、最近のが同様につまらないかどうかは知りません(笑)。『きことわ』とか、報道で、ここら辺りが斬新とか書かれていましたが、そういうのってまんまラノベじゃん、とか思いましたし。ま、結局読んでないですけど。

 それでは、例えば最近ここで取り上げた『魔法少女まどか☆マギカ』『STEINS;GATE』とかはどうなのか? あれらも暗くて小難しいのではないか?

 どっか違うと思うのは、例えば視聴者の間に衝撃が走った『まどか☆マギカ』のマミさん死亡のシーン。
 でもあれ、実際には、血も見えなければ切れるところも画面の外もしくは遠景。そういうことがあったということがわかるだけ、という描写です。脚本の虚淵によれば、あそこでマミさんは確かに死んで、もう戻らないことをはっきりと示しておきたかった、ということらしいです。サプライズの意味もあったようですが。
 対して『フラクタル』では、銃で撃たれて死ぬ人をはっきりと描いています。まるでそれを描きたいかのように。わたし的に言ってしまえば、露骨で品がない。

 また、じゃあ小難しさはどうかというと、これも大きく違います。
 どこが違うかと言えば、「伝えたいもの」が小難しいのか、「伝え方」が小難しいのか、ということです。目的手段と言ってもいいでしょう。
 『まどか☆マギカ』にしても『STEINS;GATE』にしても、結局最終的に何が描かれたのかと言えば、実にシンプルな人の想いだったりします。対して『フラクタル』は、イデオロギー的な臭いがするんですよね。
 私は宮崎アニメを結構好んで見てましたが、『もののけ姫』以降で面白いと思ったものはありません。多分、同じ理由かな、とか思います。『紅の豚』とか、単に飛行機が描きたかっただけじゃん?みたいなのの方が面白かった。それ、宮崎アニメが世間一般で高く評価されるようになった頃と一致しているような気がするんですけど。
 そう言えば『フラクタル』の第一話では、宮崎アニメで見たような構図とかシーンがいくつかありましたね。

 でもまあ、作品に思想を込めるのが悪いとは言いません。気持ちもわからないでもないし(私も書くことあるし)、そういうのを求める層も明らかに存在します。海外でも、ノーベル文学賞の選考をしている人達とか、そういうの好きそうですよね。
 ただ、私は好きじゃない。創作じゃなく批評/評論みたいで。
 私がアニメに求めているのはそういうものじゃないですから。いや、そういうのが含まれていても別にいい。ただ、メインテーマをそれにされてはツマラナイ。

 山本、東辺りが作ったということの、まあ当然の帰着と言えるかも知れません。
 ただ、残念ながら、アニメ視聴者には好まれなかった。
 あれ、いっそのことゴールデンタイムのちょっと後くらい(22時頃とか)に放送したら、もしかしてもしかするともうちょっと評価が高かったかも知れませんね。

 でまあ、それをきっちり描けと言われている漫画家さんが困っている、というのが冒頭のブログで紹介されていた話でしょう、多分。ぐぐって辿り着いたところによれば。
 それは、もしかして私と同じように感じていたとすれば、大変でしょうねぇ。本人、はっきりと「面白くない」と言っていますし。

創作観: 物語の構成要素

 以前、こういう本を読んだんですが(その関連で色々書いたりしました)、
ハルヒ in USAハルヒ in USA
(2010/07/09)
三原 龍太郎

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その中に、「世界観・キャラクター・設定」という概念が出てきます。これは、筆者が識者の見解をまとめたものです。ちょっと引用します(p77)。

 本研究の前提は、あるプロジェクトのアニメその他関連商品は、同一の世界観・キャラクター・設定という三つの概念の下で展開しており、その三概念は、当該プロジェクトの生産者・ローカライザー・消費者がアニメその他関連商品を生産・現地化・消費する際に活用するキー・コンセプトである、ということだ。


 これは、別の言い方をすれば、作品を特定するもの、構成要素は「世界観・キャラクター・設定」である、ということにもなるかと思います。
 ここで筆者は、世界観と設定の間の微妙な関係について、若干歯切れの悪い言い方をしています。主観性/客観性とかを根拠にしてわけているのです。

 私はそこのところ、ちょっと違う考え方をしました。
 作品の構成要素は、私が感じるところでは、こんな風になっています。
  • 表現
    • 世界観
    • キャラクター
    • ストーリー
  • 主題

 『ハルヒ in USA』での分析と違い、ここで言う「世界観」とは、主観的(作者の意図やメッセージ)なものではなく客観的なものです。ならば「設定」と言えばいいのかも知れませんが、やはり世界の様子なんで、世界観と言っておきます。それと、ここでは関連商品の展開とかいう話は別次元と考えて、「ストーリー」を入れました。
 で、作者の意図、メッセージ、そもそも何を表現したいのか、その辺りは「主題」としました。
 主題は、テーマ、最も伝えたいこと、もしくは作品の存在理由。そういったものです。

 主題について説明してみましょう。
 例えば、三つの小説の分類を考えてみます。SF小説、恋愛小説、推理小説。
 それらの主題を単純化して挙げてみれば、順番に、空想科学、情動、論理、と言えます。そして、それらがどこに最も表現されるかと言えば、これも順番に、世界観、キャラクター、ストーリー、となるでしょう。
 勿論、例えば推理小説の論理の陰には犯人の抱いた感情が必須だったり、色々絡まり合っています。でも、やはりどこに軸があるか、ということを考えると、どこかにあるわけです。

 こう考えてみると、一例として、キャラ小説になり勝ちな最近のラノベをどうするか、みたいなことにも一つの道筋ができるんじゃないか、そんな気がします。
 そして更に、そういう構造を意識してみると、物語作りのときの作品のリアリティ、引き込まれやすさ、そんな辺りにも影響があるんじゃないか、そんな気もします。

 今はまだ気がするだけですが、今後ちょっとそういうことを考えながら見たり読んだりしてみようかな、とか思っています。

創作観: 彼等は何に抗うのか

 小説とか漫画とかアニメとか、登場人物が理不尽とも言える世界に立ち向かうような作品ってありますよね。
 そういう作品世界には、色んなルールがあって、別の言い方をすれば登場人物の行動の制約となる制限があって、みんな苦労するわけです。

 以前にも紹介したラノベ作品、『ガジェット』。
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 これは、そんなのの典型と言えるような、実に色んな決まりごとのある作品でした。
 今回このエントリを書くきっかけとなった『STEINS;GATE』も決まりごとの多い作品でした。
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 でも、これらは私には全然違う印象を残しました。

 『ガジェット』の方は、あまりの約束の多さに辟易したというのもありますが、なんかこう、これって主人公が苦労するのを描くために用意したんじゃないの?みたいな感じがしてしまって。作者の作為を感じてしまうと言うか、舞台裏を意識してしまうと言うか、そんな風に感じたのです。
 『STEINS;GATE』では、そういうことは感じませんでした。

 理由は幾つか思い当たります。
 一つは、『ガジェット』では、そのルールが私に馴染む前に発動してしまうんですよね。事態の打開のためにこうするのはどうか、と考えると、いや実はこういう制約があって、というのが出てくるみたいな感じです。実際にはそこまで酷くはないですが。
 他にもありますが、でも、もっと大きく違うところがあります。
 どちらも一見、「お約束」「ルール」が多いように見えます。でも、『ガジェット』のそれがそれぞれ比較的独立しているのに対し、『STEINS;GATE』の方は、一つの大きな決まりごとがあって、そこから論理的に導かれるものが多いのです。
 つまり、神様が気紛れに色んな理不尽な嫌がらせをしているのと、いくつかの公理があって大概の「お約束」はそこから導くことのできる法則であるのと。これは、実質的には数が全然違います。
 そして、印象の上では、受け入れがたさも違います。

 物語の登場人物は、その作品世界で科せられた制限の中でそれに抗って頑張らなければいけないわけですが、その制限の存在に必然性がないと、取って付けた決まりごとみたいに思えてしまうわけですね。それは勿論、読者にとって、です。
 そうすると、なんでこんなことで苦労しなきゃいけないんだ、もうこういうルールになってりゃいいじゃん、と、作品世界を否定したくなってきたりすることもあるわけです。
 世界観のリアリティと言ってもいいかも知れません。

 色々な細かい設定が出てくる話は、ともすればそういうことになり勝ち、という感じがあります。

ラノベ: 『STEINS;GATE 円環連鎖のウロボロス』 読了報告

 先日読んでいると言ったこれ↓ですが、読み終りました。
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 さて、やっぱり感想を書いてみようと思うのですが、「考察」みたいなのはやめます。色んな理由で(笑)。
 考えたこと、というよりも、感じたことを書くことにします。

 まず、中間報告の後の展開で思ったのですが、なんかこう、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』になんとなく似てるな、と思いました。
 それは、時間ループものだからとか、彼女の死が、とかいう意味ではありません。構成とか、演出とか、そういったところが。
 この間、とあるインタビューで、虚淵がこんなことを言っていました。

4Gamer:
 いや,虚淵さんのことはみんな知っていると思いますよ(笑)。

虚淵氏:
 なんか,「STEINS;GATE」を作った人なんじゃないか,とか「デモンベイン」を作った人? とか……かなり勘違いされちゃっています。


 ……告解します。実は私は、『デモンベイン』をプレイしてません(笑)!

 まあそれはおいといて、二巻の前半の怒涛のバッドエンド続きとか、その後の畳み掛けるようなループとか、色々が似ている感じです。まどかが本作から影響を受けたのか、ニトロというのは虚淵色が強いということなのか。まあ、クライマックスの高揚感とかスピード感とか、ラストがずっと素直なハッピーエンドであることとか、そういうのはやや違いますけど。
 あまり関係ありませんが、二巻のラストに、「こんなの絶対おかしい」という台詞があって、まどか第6話サブタイトル「こんなの絶対おかしいよ」を思い出しました。偶然でしょうけど(笑)。あとは、「未来にはさ、希望が満ちてるって信じられるような世界が、待ってるよ……」とか。まどか最終話のまどかの台詞みたいです。

 それにしても、凶真がかっこいい。あのビビリなところとか、人間の小ささとか、そういうところが凄くかっこいい(笑)。
 『“特に意味はない”──そういうものだろう?』とか、しびれますよね!
 「俺は、岡部倫太郎(偽)」「後は任せたぞ、未来の俺──いや」「どこかの世界線の岡部倫太郎(真)よ」とか。

 それと、作品自体にもオカリンっぽいところがありますね。
 終盤でクリスティーナが、妄想みたいなことを言うんです。あくまで論理的な彼女のこと、自分で「妄想」と言いつつもそれは理屈の通った、あり得なくもない仮説なんですよね。でも、やっぱり儚い希望に過ぎない。本人も、そんなことあるのか、という感じです。
 で、それが伏線になって、クライマックスでその殆んどあり得ないと思っていたことが起きる!……なんてことはなくて、それは話の解決には全然関係なく終ってしまいます。
 でも。
 epilogueで、それが突然、クリスティーナの台詞にひょろっと出てくるんです。
 こういうさり気なさ、さらっと流すように、意表を突くように、虚を突くように、なんかいい話が描かれると、大仰に演出するのとはまた違った感動があります。

 といった風に、二巻の前半とは違い、後半は普通に先が気になる感じでどんどん読ませてくれました。
 面白かった。
 面白かったけど、アニメのネタバレになっちゃったかなぁ(笑)。
 まあ、アニメのタイトルロゴにダイバージェンスが隠されていて、原作と微妙に違う、という指摘をしていた人がいたので、期待することにしましょう。

 ところで、これ読みながら、なんとなく「物語とは」みたいなことを考えてました。
 別に、深く考察したというわけでもないんですけど、それについて二点、書いてみます。

PCで: スパコン『京』とかについて

 仕分けの経緯があったけど結局いい数字を出した『京』。
 そのことで結構祝賀ムードもありますが、中々にややこしい状況です。

 まず、日本すげー!と喜んでいる人が沢山いますよね。
 でも、あのスパコンはあまり筋のいいものではない。大体、完成まで待ったら追い越されるから今発表した、とかだし。
 知ってる人にはそういう認識もあれば、別の指摘もあったりします。もっとずっと安く手作りみたいな感じで性能をたたき出した人もいるじゃないか、あんなカネかけるのは無意味だ、というのとか。
 話がややこしいのは、二つのことがごっちゃになっているからではないでしょうかね。

 その一つは、京みたいなのが目指しているのと手作りスパコンでは、そもそもモノが全然違う、ということ。そしてもう一つは、それらの存在の意味合いそのものが全然違う、ということ。

 前者は、まあ技術的な話で、適した用途とかが違うとか、そんなことです。でもそれより、後者の方が問題としては大きい、と思います。

 それは何かというと、中くらいの値段で中途半端な性能を出すものと、究極を目指すものはそもそも役割が違う、ということですね。
 コストパフォーマンスを考えれば、京なんかよりもずっといいものが沢山ある(ここで、京の競争相手を持ち出すのはまさに上記の二つをごっちゃにすることなので、避けます)。
 でもそれは、言ってみれば市場での競争力の話なわけです。売れるとか売れないとか。商品価値、と言ってもいい。
 対してトップを目指す類の方は、まあ売れるならそれもいいですけど、戦略的な意味合いを持つものだと私は思うんですよね。そもそも、市場が成立するのか、みたいな。

 以前、SPring-8の仕分けの時、日本でやる必要があるのか、他所で借りればいいのではないか、という意見が仕分け人から出ました。
 まあ、その乞食根性も情けないですが、それ以上に、もしそういう状況になってどっかの国に頼っていたとき、相手が急に「やっぱ貸すのやめるわ」と言い出したら?
 一つしかなければ、もうそこで詰み、じゃないですか。

 究極の計算力を持つと言うことには、そういう意味合いもある筈なんですけどね。
 それが、スパコン開発の、商品としてというのとは違う理由だと思うんですけど。

せいじ: 知恵の足りない?橋下知事(再)

 どこでも、知事って仕事はアタマを使わなくてもできるものなんでしょうかね?
 大阪府知事の橋下が、関電の15%節電「要請」に対して協力しないと述べた件。

 橋下は言いました。「15%に根拠がない」と。
 なら聞くけど、節電しなくても大丈夫という根拠はあるの?
 問題はあるかないかではなく、納得させるだけのデータを示せるかどうかです。私はそれを持っていないので結論は示せません。しかし、橋下は、それを示さずに「協力はしない」と言った。
 つまり、自分が非難した関電と同レベル、ということになるんですけど(笑)。

 実はこのエントリ、パラノイアックな人は気付くかも知れませんが、もう結構前に書いたものです。6/10ですね。
 でも、一瞬だけ公開して、すぐに中止してました。どうしてかというと、彼の指示で独自に節電の計画を立てていたと知ったからです。

 でも、結局そのことについて詳細なデータは出てきませんでした。
 というか、「節電に協力はしない。でも、もし暑くなって足りなくなったら、おうちのエアコン止めてね♥」だって?
 ……おいおい。
 15%という数字に根拠がないと指摘するけど、あんたの計画に一体どんだけの根拠があるのか? それを示さない限り、どっちも同じくらい信用できないんだけど。

 原発止めます。でも電気は足りる筈。暑くなったらエアコン止めて。
 もしもし? アタマ大丈夫ですか?

 なんというかこう、技術の話にイデオロギーを絡める奴が多くて困る。そうだったらいいなと思ったらそうなるんだったら誰も苦労しないっての。

 まあ、彼は別に、とらすとみーとかは言ってませんけどね。でも、散々「財源は?」と聞かれて、「大丈夫、信じろ」と言って政権を取って、結局あの始末の民主党に、みんな学んだ筈です。そのことがわかってないのだろうか。
 そういう意味では、鳩山辺りは偉大な教師であったと言えるかも(笑)?

 でもどっちにしろ、今の日本では、政治に関わっている人間が一番信用されていないと思います。震災関連だけでなく、それに乗じて変な法律を通すとか。ヤの付く人達の方が、法律をいじったりする権限がないだけマシかも?
 それに、国会のあの幼稚園児のお遊戯のような「お仕事」ぶり。国会中継はCERO Z指定したらいいんじゃないの?みたいな状況だし。
 それもわからず、嫌われものと同じ行動を取るとかって、やっぱり所詮政治家は政治家、ということかな?

 論理とか話術とか、そういうのを放棄してる、というか持ってないのは結局、弁護士とかできなくて仕方なく政治家なんかに落ちぶれたと、そういうことかな?

ラノベ: 『STEINS;GATE 円環連鎖のウロボロス』 中間報告

 以前、アニメ『STEINS;GATE』の原作をノベライズしたものを、アニメレビューのときに紹介しました。
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 そのときには、アニメに対するネタバレ回避のために、読むのは後にしようと思っていました。
 でも、先日つい、アニメで見たところまでならいっかぁ、とか思って読み始めてしまったのですが……。

 この小説は、ヤバい。
 「ヤバい」というのは、我々中高年が使うような意味で「ヤバい」
 一巻めの終盤が、ほぼ、アニメで先週やった辺りまでなんですけど、読むのがやめられません。

 先が気になってつい読んでしまう、というのとはちょっと違います。一巻めの終りから、今読んでるところのちょっと前(chapter08辺り)までは、どこで止めてもバッドエンドなんで、先に進まないわけにいかない。
 もう、
「こんな人生は、無意味だった」
なんてところで中断して眠ったりしたら、悪夢を見そうです。
 まあ、chapter09辺りでやっと少しおとなしくなりましたが。

 ちなみに、一巻が560ページくらい、二巻(完結らしい)は890ページくらいあります(笑)。
 昔見た(読んでない)『終わりのクロニクル』最終巻と比べれば薄いですけど。

 という感じで中間報告しましたが、なんとなく、読み終ってもレビュー書かない、というか書けないんじゃないかな、という予感がします。
 これは無理、というのと、ある意味ゲームとかとっくに世に出てるわけだし。
 でも、もしかしてそういう気分になったら書く、かも?

tag : 富士見ドラゴンブック 海羽超史郎

アニメ: Lovely Pretty 悪夜

 アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』について以前書いたエントリで紹介したこの画像ですが。

madokamagica11_walpurgis5.png

 少し前から、うちのノートPC(Windows)の壁紙になっています(笑)
 いいでしょー(笑)。WUXGA(1920×1200)なので、縮小する前の、スナップショットを取ったそのままでほぼ丁度いいサイズです。
 なんか、あの笑い声だか嘲い声だか嗤い声だかが聞こえてくるようですね。

 こっちの姿も、なんか横向いて焔を吐いているところとか良かったんで、ちょっと迷いましたが、
madokamagica11_walpurgis6.png
結局、インパクトとバランスを考えて最初の方にしました。

 バストショットにしてみましょう。
madokamagica11_walpurgis5up.png

 ほら、とっても可愛い♥

tag : アニメ 魔法少女まどか☆マギカ

創作観: 聖地巡礼について(2)

 以前にも、最近の用法としての「聖地巡礼」について触れたことがあります。
 つまり、アニメやなんかの舞台となっている実在の場所を訪ねるファンの行動ですね。

 ここのブログからもリンクさせて頂いているめたぼdeぽんさんのブログで、アニメ『けいおん!』もしくは『けいおん!!』の巡礼者のための案内について、「けいおんの聖地巡礼マップがすごい件」と題して紹介されています。確かに凄いですね。所謂「特定厨」の成果の集大成、というところでしょうか。
 大体において「~厨」というのは悪いニュアンスを込めて使う言葉ですが、他の言い方を知りませんので(笑)。

 実は、私の知り合いのいる会社のオフィシャルブログで、ここで扱っているような意味での聖地巡礼に関するマーケティング的な考察をしています。
 そこを見た感じでは、
  • 「聖地巡礼」はすでに社会現象であること
  • 「ネットでアニメファンの口コミが広がる→アニメヒットする→「聖地巡礼」に人が集まる→テレビ局・新聞社注目し放映・記事を書く→アニメファンでない一般客にも広がる」
    という流れが見られること
  • 「ネットというインフラとその上で動くサービスという環境が整備された結果起きたこと」であるという識者の見解を引用している、つまり、暗にそれに賛同している
といったところが印象に残りました。

 最初に書いたように、そこではマーケティングという視点から見ていますが、私はここで、ちょっと裏側から覗き込んでみようかと思います。

 最初に紹介した私の文章にもありますが、そういう言葉で表現されることはなくとも、「聖地巡礼」に相当することは以前から行われていました。勿論、有名な映画やドラマのロケ地とかの話ではありません。
 私が実際に経験しているのは、アニメにもなって大ヒットした『美少女戦士セーラームーン』の舞台です。
 アニメでは十番町になっていますが、原作では実在の場所である麻布十番が舞台となり、同じく実在の商店街や公園や、ちょっと名前は変えられていますが神社や学校などが登場します。シリーズが進むにつれ、他の場所も色々。
 で、その神社にファンがお参りしたり、公園とかを見に行ったり、街をぶらついたりしていたものです。
 当時すでにネットでの口コミ(NNTPのネットニュースやメーリングリストなど)で情報交換し、アニメファンが仲間を誘って色々していました。DECのDさんや慶應のKさん(所属は当時のもの)、お元気でしょうか(笑)。

 しかし、それはそれで「聖地巡礼」と言えたとも思いますが、社会現象と言えたとはあまり思えませんね。
 上記の「流れ」で言えばどこでつながりが切れていたかというと、メディア、そしてこれは私から付け加えさせて頂きますが、地元の参加、です。

 その辺りがどうして途切れていたかというと、多分、こんな感じでしょう。
  • メディア
    • ネットの軽視、後に敵視
    • 萌え系文化の軽視、後に敵視
  • 地元
    • 顧客としてのオタク達の存在の認識がなかった

 順に見てみると、メディアのネットに関する認識は、当時はまだ、そもそも存在すら知られてすらいなかったという状況ではないでしょうか。しかし、「その後敵視」というのはどういうことかというと、日本のメディアはネットを受け入れるわけには行かないからだと思います。
 具体的に言うと、まずは視聴率。以前にも言ったことがありますが、日本のメディアで大きな影響力のあるテレビは、視聴率、つまり、現在に至ってもほぼリアルタイム試聴のみを対象にした情報を全ての基準にしているからではないか、と思うのです。
 そこからずれている、つまりリアルタイム試聴のデータに表れないモノは見えない、というか見ません。だからどんどん実情から乖離していく。
 違法コピーなどの問題は、本気になれば、上にリンクした文章で紹介しているアメリカの例のように、なんとかする手だてはあります。勿論、日本で同じようにしてもうまく行くとは限りませんが。
 他にも、「報道しない自由」の侵害とか、恣意的な報道の暴露とか、色々邪魔に思っているでしょうね(笑)。
 これに関しては、今回の震災でちょっとは意識を変えたかも、とか思ったりもしますが、あまりそういう実感はありません……。

 次は、萌え系文化に対する意識です。
 その世界はネットとの親和性が高く、それだけで敵視されるに充分ですが、メディアにはオタクを叩かなければいけない理由があります。ま、それはバブル期のアレに乗らなかった層がうんたら、電通がかんたら、宗教がどーした、という感じでぼかします(笑)が、そういった感じで、宮崎勤事件などで捏造してまで大々的に叩いてしまったし、もし仮に考えを変えていたとしても、最早方向転換は困難です。
 昨年も、ラブプラス関連でテレビ局が色々捏造し、オタクをことさらに悪いイメージで描いたことがありました。そこの部分を指摘されたせいか、局のウェブサイトでその番組を紹介しているページでは、放送したときの画面と違う画像が載ってたりしますが、私がそれを知っているのは、「違っている」という指摘をした人がネットにいたからです。

 それでも最早萌え系のものを無視できないのか、TBSなんかは「「アニメのTBS」のブランド確立に向けてまい進」するとか言っていますが(そのきっかけはけいおんやISなどの萌え系)、どこも一枚岩ではないようですし。

 地元の意識については、そもそもオタクが「良い顧客」となるか、という点があると思います。
 沢山来てカネを落とす、それだけでいいのなら話は簡単なのですが、そのせいで逆に他の客が来なくなってはいい顧客とは言えません。
 そこには、「他の客」の意識の変化、そしてオタク自身の在り方が関わってきます。
 前者については、メディアの方の分類と言えましょう。
 後者については、どうでしょうね。私の昔からの知り合い(つまり私らくらいの世代)だと、オタクの人達は概して紳士的です。これは、そもそもオタク趣味というのはどちらかというと知性派のものであるということと、もう一つは、↑のような時代を潜り抜けてきたこともあって、マトモな行動をしないと自分の首を締める、という意識もあるかも知れませんね。みんな、結構周囲に気を使います。まあ、それが一般人に伝わっているかどうかはまた話が別ですが(笑)。
 特に、そもそも商売をやっている所ではなく普通の場所とかだと、印象だけが問題ですし。
 で、それ以降の世代はどうなんでしょうね。私はあまり現場に足を運ばないので、接点がないんです。彼等、ネットとリアルで結構違いますし(笑)。
 要するに、マナーの悪い客は「良い顧客」足り得ない、ということです。

 なんだか、今一つまとまりの悪い文章になってしまいましたね。もう少し考えをまとめてから書いた方がよかったかな。
 簡単にまとめると、「聖地巡礼」のマーケティングが成立するために最もボトルネックになりやすいのは、メディアと地元であると思うのです。
 で、後者については、マーケティングを考える立場よりも、客となるオタクの側の在り方、というのがポイントになると思います。
 前者は……どうでしょうね。彼等はオタクを叩きたい。叩かなければいけない。しかし、現状、カネのことを考えるとオタク層は無視できない。
 ま、そこらはメディアに詳しい人にまかせた方がいいでしょうか?
プロフィール

水響俊二

Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
 

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