FC2ブログ

独り言: 日本のフェミニズムとミソジニー

 前から晩節を云々と言っておきながら中々書けませんが、そのシリーズです。
 以前は比較的こういうネタに近いことも書いていましたが、二次元の話をしたいのであってリアルの話はちょっとねぇ……と思って、いつからか避けるようになりました。逆に何故今書いているかというと、単にその気になったというのもありますし、何やらこういう方向で書くバイトがあるらしいというのが話題になっている→ならこれは違うよと言える(笑)からとか。
 今回も以前と同じように、「男」「女性」という表記をします。「弊社」「御社」のようなもので、立場を示すものという意図があります。

 というわけで私の印象・雑感を書くわけですが、それを一言で表現すると、フェミニズムって宗教だよね〜、といったところです。

 極めて大雑把に言うと、そういう思想がやってきた頃って専業主婦の時代ですよね。
 伝統的な専業主婦では(専業主婦が伝統的であるという意味ではなくその歴史の中では存在感があるという意味)、家庭の権力者は主婦であり、金を稼ぐ夫が持つのは権威に過ぎない。時代が下るに連れそれは明確になってきて、言ってみれば家庭の経済では所得税は100%であり、納税者は給付金で過ごすことになります。
 ……何かに似ているような気がしますが思い出せません(笑)。
 自動車や住宅から大型家電に至るまで、営業は妻の意見を重視するのが定石です。

 さて。
 専業主婦家庭という妻を家庭に閉じ込める家父長制を敷く日本でも深く広く浸透したフェミニズム。男である夫の支配から妻の女性を救い出すため、夫の権力をどうにかしなければいけません。弱体化は急務。
 ところが、何かおかしい。
 まあそうですよね。権力はなく権威だけしか持たなかった夫からそれまで奪い去ってしまったら、そこに一体何が残るのか。でも、確かにそこには専業主婦、つまり虐げられている女性達が沢山いる。
 彼等は、現実を直視するわけにはいかない。もしそうしてしまったら……。
 これが、フェミニズムは宗教であると感じる部分(の一例)です。

 余談ですが、企業等の役職者における女性の割合について。そもそも、(聞くところによると)よりフラットな社会を構築するらしい女性には、そういうのはあまり向いてないんじゃないかな、などと思ったり。
 ま、想像ですけど。
 そもそもと言えば、「出世」という考え方が私は嫌いです。ピラミッド構造の上に昇ることだけが(字面上では)世に出ることであるという価値観がそれに代表されているように思います。そんなことしてるから東芝みたいな会社ができあがるんじゃないかな。マネジメントとかは一つの技能と見て一つの部門にしてそこから派遣すればいんじゃね?とか。
 余談をもう一つ。所謂リケジョとかの話ですが、人数比の話になると、能力は同じ筈なのに何かの壁があってーという方に話が進みますが、差が出る理由は能力や「壁」以外にもありますよね。
 つまり、論理的に考えて出された結論というものをどれだけ大事にするかという価値観の違いです。それって本当にあり得ない話?

 あと近年では政府も女性活躍とかなんとか言ってますが、これ、真に受けていいもんでしょうかね。
 どうにも気になるのは、そこに想定されているのはサラリーマンとしての活躍だけで、言い換えれば社会保険料を払う人です。フリーライドは許さないということかも知れませんが、政府がフェミニズムに便乗しているような気が……。

 ところで、本エントリのタイトルにも書いている「ミソジニー」ですが。
 そういうものが広まっているように言われるものの、実際のところその中には、何か異質なものが混ざっているような気がするのですよ。「フォビア」という語尾がふさわしいような何かが。
 ここで言っているのは、逆DV(笑)とかそういう話ではありません。私が感じるところのそこで恐れられているのはまた別のものです。

 例えば、痴漢。個別の事件で言えば、悪いのは痴漢です。しかし、現在社会不安を引き起こしている痴漢問題では、悪いのは彼等ではありません。
 警察と司法とメディアです。多分立法も。
 上記の「フォビア」の対象は、それらであると言えます。
 そして、問題はそういう犯罪に限りません。なので結局それらは、「触らぬ神に祟りなし」という意味での「フォビア」、回避を生みます。恐れるというよりも、畏れるという感じかな。いやまあ辞書的にこの使い分けが正しいかどうか知りませんが。

 ともあれ、日本に上陸したフェミニズムが叩いた相手は予想外に脆弱だった。しかし、教義は教義。だから、現実は見ないことにしないといけない。
 それが日本のフェミニズムかな、というのが私の印象だったりするわけです。
 うーん、何だかその姿勢、日本のメディアと大変相性が良さそうですね。

独り言: まーだ警察はIT苦手なのか……いや、あれ?

 この件、最初誤認逮捕って聞いたときまたIT絡みの事件かと思ったんですよね。
徳島県警が21歳女性を誤認逮捕、19日間勾留 「公演チケット売る」と女性に成り済ました女子中生を書類送検(1/2ページ) - 産経WEST
 でも、こういう話を読んだら……。
【徳島県警 誤認逮捕】中3女子、警察をも欺く手の込んだ偽装工作 被害女性はチケット配送記録で潔白証明(1/2ページ) - 産経WEST

 いやまあ、その年で自分で考えたのならよく頑張った(?)と言えるかも知れないけど、警察がこの程度のことで騙されてあまつさえ「警察をも欺く手の込んだ」と書かれちゃうなんて、どんだけヌケサクなのか。
 冒頭に書いたようにまたITの話かと最初は思ったんですが、これ別に、例えばどっかの店で会って……とかでもできますよね。また、その際に残ってしまうのと近いくらいの証拠、ありましたよね。
 痴漢やなんかと比べればずーっと調べるの楽でしょ。少なくとも結果論的には。

 あきれるのは、「女性が釈放後、郵便局から取り寄せたチケット配送記録の控えを徳島地検に提出して誤認逮捕が判明」というところ(強調は引用者による)。
 三週間近くもあったのなら、ウチ(署)に引き籠ってないで足で捜査すべきじゃない? それとも徳島って、飛行機にでも乗らないと郵便局もないの? それとも足で捜査ってのはテレビドラマだけの架空の話?

 まあね、こんなんじゃ冤罪で社会不安を引き起こしちゃうのもやむなし、という感じかな。
 勿論、それでいいってわけじゃないですけど。

独り言: 言い方とか呼び方とか

 なんとなーくですけど、物事の表現の仕方、どう呼ぶかとかも含めてちょっと考えた方がいいんじゃないかなーと思う事って結構あります。まあそれでそのように言い換えて本当にいいことがあるかっていうとそれは分からないんですけど。
 なんでこういうことを書いているかというと、たまたまこういう記事を見たので。
コミケ「2020年問題」東京五輪開催中はどこで開催するのか? 共同代表に聞く:イザ!
 この件、ちょっと前の都議選の時に感じたことがあったなぁ、と。
 というわけでまずはその件から。

○ オリンピックとビッグサイト問題
 これ、コミケの話をしても仕方ないんじゃないかな。いやむしろ良くないんじゃなかろうか。だって、一般の人からしてみればそんなのどーでもいいことであるわけで、ビッグサイトの問題を矮小化してしまわないか。
 上記の都議選の時に思ったんですが、この問題はオタクが発見した!とそこまで言ったら言いすぎかも知れませんがそういう方向で訴えかけた方がいいんじゃなかろうか。

○ NHKネット受信料
 前々から話はありましたが、ついにNHKがネットからも受信料を取ろうと具体的に動き始めたという件。
 先日の話では、専用アプリで云々という方式みたいですが、だったら受信料とかでなく、有料配信、ただし受信料を払っている人は無料、と言ってればもうちょっと抵抗は少なかったんでは。
 ただこういう問題って、例えば法的にそう表現するしかないなんてこともあるかも知れないし、どうかな。

○ Amazonはネット「書店」か
 もうずっと以前の段階での話になりますが、果たしてAmazonをネット書店と表現していたのは正しかったのか。名が体を表しているかということではなく、対抗する側のために。
 リアルの書店では、在庫がなかった場合取り寄せに大体2〜3週間とかいうことを言ってて呆れさせてましたが、逆に言えば、在庫があればその場で入手することができるわけですよ。電子書籍とかまだ現実的でなかった頃は。つまり、本屋さんがAmazonに負けてるのは必ずしも書店のせいってわけではなくて、そもそも別の相手が戦うべきところを何故か書店が矢面に立たされてましたが弱点は書店のせいじゃないし。
 だから、ネット「書店」と呼んでなければもうちょっと別の戦いができたのではないかな、と。

○ ハードの時代
 Googleみたいなところがどんどんハードに手を出してきて、ソフトからハードへ揺り戻しが来ているみたいに言う人がたまーにいますが、いやいやそういう見方はちょっとどうなの、と思ったり思わなかったり。
 ああいうところはソフトでできることががどんどん拡大して、それを実現するためにハードが必要になったという構図に見えますし。

○ 銀行の資産
 はカネよりも信用じゃないかな、と思う。
ニュースリリース : 三井住友フィナンシャルグループ(PDF)
 そう言えばこんな話もありますが、つまりもう自分じゃできないってことかな。
データサイエンティスト育成へ、東大・NECなど10月に共同組織 | 科学技術・大学 ニュース | 日刊工業新聞 電子版

○ ジャーナリスト
 じゃなくて彼等はクリエイターじゃない?

○ 番外編:性表現と暴力表現
 最後に番外編。これは単なる呼び方の話ではないので。
 表現規制派に対し、性表現がダメなのにどうして暴力表現はいいんだ?という展開をよく見ますが、というか私も言ったことあるような気がしますが、それはあんまり反論になってないかなー、と。
 まあ例外とか言い出したらきりがないし根拠があるかというと微妙ですが、性に関しては概ね、全員が生得的に「したい」と思うものであるのに対し、暴力は別に、ヒトは誰もが必ずそれを好むものだって共通認識があるわけでもないですよね。
 ほっといてもやるものと何か理由がなければしないことを比べても説得力ないかもなぁ、と。

独り言: エマ・ワトソンの国連スピーチについて

 そういえば晩節を汚す準備とかいいつつその件は放置していましたが、そろそろそのネタに首を突っ込むことにしようかなと。多分誰も憶えてないし、憶えてても書いてる内容からしてもうやってると思ってるでしょうけど(笑)。
 まあ、ちょうどいいタイミングで話題になってたので、こういう話をネタにしてみましょう。
エマ・ワトソンがフェミニズムについて国連スピーチで語る - ログミー

 ちなみに以下では「男」「女性」という表記をします。これはいわば「弊社」「御社」のようなもので、立場を示すものという意図があります。どうせ客観的なことなんて言えませんからね。

 さて、ではそのスピーチの冒頭にある「女性が権利を主張すると、男性が嫌悪感を抱くという現状」という話から。
 これは、まあ当たり前の話です。これまでのフェミニズム、そして今回のスピーチもそうですが、ずーっと男におんぶにだっこですから。どういうことかというと、男を「敵」として行動する、それがフェミニズムの原則であり、まずはそういう意味で依存している。そりゃ嫌われるに決まっていますね。
 男女平等という目的?
 確かに、私はいつも「目的」を重視する必要性を強調してきましたが、それはつまり、目的は軽視されがちだという現実からのものです。
 結果を出すのは手段です。だから、その理由である目的がどうなのかは伝わりにくい。
 いやまあそもそも、男女平等が目的だってのは本当なのかという疑問もあるわけですけど。

 そしてここで重要なポイント。
 女性をターゲットにしたドラマやなんかの創作物をちらちらと見ていて感じたのですが、女性が男に勝つ物語の場合、女性上げでなく男下げでも別に構わないらしい。どーしようもない男を相手にして勝つのでも別にいいらしい。
 加えて、共感共感とよく言っていてそれを重視していますが、逆に言うと、共感できない相手についてはいくらでも残酷になれるし、それは抵抗がないというかむしろ当然のことらしい。典型的にはキモいおっさんとかね。
 つまり、女性の地位向上でなくとも男の転落でも構わない。

 やはりフェミニズムはSheForSheがまず主体であるわけで、であればSheの見方や感性がまず土台となるわけで、そりゃー男は嫌悪感を抱きますよね。

 で今回、またぞろ男に対し協力せよと依存してきているわけです。
 ではそんな男に対して何を言っているかというと、「男性は確実に「男性とはこうであるべきだ」というステレオタイプに囚われています。彼らがそこから自由になれば(略)」とのこと。
 まあ私が言うまでもなく散々突っ込まれていますが、それは男が勝手にやっていることではなく、自由になるべきというのはこっちの勝手でできることではないわけで。
 男女の問題に限定した話ではありませんが、二千数百年前に(通称)仏陀がネタにしていますねそういうの。で彼は悟りを開いたのですが、彼のやり方では、まず「出家」が前提です。まあその後の教えが仏陀を超えているというのなら話は簡単なんですが、そうなんですか?
 強いて言うならば、男の中でも我々のようなタイプは「自由に」なっているかも知れませんね(笑)。
 その先の論理(???)については突っ込む価値もないと思うのでスルー。

 上記に続く「男性と女性は別物という考えをやめるべき」というのは、非常に大雑把な感想ではありますが実に欧米人にありがちな考え方では。特にキリスト教徒に多そうかな。この言い回しからわかると思いますが、勿論そんなのは偽善者の綺麗事のようなものであると思っています。
 別物でないと考えれば、話が通じないのがおかしいと思うに決まってるじゃないですか?
 実際、一昨年辺りのフランスの似非「表現の自由」について何度か批判しましたが、それと同じですね。表現の自由を掲げて勝手なことをして置きながら、他者の表現に対してはいちゃもんを付け、それはダメに決まってるだろう議論の余地はないねと言う。それと同じ。

 最後に、「「フェミニズム」という言葉には偏見があります」というのにも引っ掛かります。
 これ、こう読んでいいですか?
 「「フェミニズム」という言葉が示す思想の主成分として「偏見」があります」と(笑)。

 とまあ件のスピーチに関してはこんなところです。
 今回はちょっとテーマから外れていると思うので触れませんでしたが、日本のフェミニズムについても機会があったらいちゃもん付けてみようかな。

独り言: 独り言 - 2017.7 (2)

 なんとなく思ったことをまたも書き散らしてみます。

○ 暗号とは何か、技術か
 最近ビットコイン関連で色々あったせいか、一般紙でも取り上げられることが多くなっていますね。
 ちなみに、このところの展開については、このページ辺りがわかり易かったかな。
ビットコインの動向に関する当協会の見解 | JBA
 というか他はあまり見てないんですけど。つかSegwitって有効になってなかったんですか。

 さて、その「一般紙」で面白い表現を見掛けました。読売新聞2017-07-24朝刊2面の「ビットコインの特徴は?」というQ&A形式の解説記事の中です。

Q 偽造が増えて困らないのか。
A ビットコインは、氏名などは特定できないが、すべての取引が暗号化された形で世界中の誰でもリアルタイムに見られる仕組みだ。

 技術ではなく日本語についてですが、暗号化されてて世界中の誰でも見られるって、それ、文章を仕事にしている者としておかしいと思わないのかな(笑)?
 技術面では確かに、現代の電子的な暗号でよく使用されるハッシュとか、要素技術なのか並ぶ技術なのか微妙ですが電子署名とか色々登場しますけど。
 ちょっと前にAlphaBayの摘発が記事になっていた際、ダークウェブにアクセスするためのツール(名前は出していませんでしたが代表的なのはTor)について匿名化ツールのような表現をしていました。これまでだったら大体暗号化ツールと表現していたので進歩したかなと思ってたんですが……。
 ちなみに日経はAlphaBay関連記事でTorについて、通信の秘密を守るために暗号化しているというような解説をしていて。いやまあそれ間違いではないですけどそれは目的ではないですよねと突っ込みたくなるようなところ相変わらずだなと。

○ になります
 最近では最早日本語として定着している感のある「〜になります」という表現。年を取ったせいかどうしても慣れることができません。
 でも一応、慣れることができない理由はあります。
 言葉は誤用によって(も)変化するものというのは確かにそうなんですが、それでも、そういう解釈も可能だよなというものについては仕方ないかなと思います。例えば「確信犯」みたいなの。
 ところが「なります」は、そもそも構造的におかしいですよね。なんか、等式の左辺と右辺で次元が違ってるような気持ち悪さがあります。あの表現の対象、beで表現する筈のものですから。
 個人の経験から言っているだけなので実際にはわかりませんが、どうもこれ、所謂バイト言葉でお釣り等が(計算した結果幾らに)「なります」と表現したのが元なのじゃないかと。恐らくちゃんとした分析を誰かがしていると思うのですが、それをきちんと調べたら独り言じゃないし(笑)。
 というわけで、テレビなんかで(こういう用法での)「なります」を使わない人が出てくるとちょっとほっとするなんて状況だったり。

○ 加計学園
 なんというか、無茶苦茶ですね。
 安倍晋三じゃなく攻撃している方が(笑)。
 疑わしきは疑われた方が潔白を証明せよとか(国会じゃ常識が違うのか)、忖度があったという割には指示を出してる筈だろとか(それ忖度じゃないじゃん)、その他よくわからないこと言ってますし、何より、「厳しい追求」とは「下品な言い回し」や「横柄な態度」のことじゃないよと言いたい。
 侃々諤々と喧々囂々って違うよね?
 まあ、実際に何があったかはよくわかりません。なんせ、説得力のある解説は(高橋洋一氏のもの以外)見掛けないからです。いやそもそもそんなに頑張って追求してませんけど。でもこの件、違う人がやってたら岩盤規制をぶち壊した英雄になるんだろうなぁ。
 一つ思うのは、野党もメディアも、真実の追求なんてどーでもいいんだな、ということ。

○ RCEP
 しばらく前にちょっと感想書きましたが、何やらEFFがコメントしてますね。というか何度か触れてたように思います。
 前はRCEPの方がみたいなことを言いましたが、TPP組の日本なんかがゴネて結局酷い代物になるんじゃないかと思ったり思わなかったり。
 どうして日本のエラい人って、何でもかんでも周回遅れなんだろう?
 ふしぎふしぎー(C.V. 築城院真鍳)。

独り言: 独り言 - 2017.7

 ちょっと思ってるだけで、だからどうなんだと言われても困っちゃうような話。

○ インフレ目標
 この間、日銀が達成を諦めたというか延期したという記事が新聞に載ってました。
 でも、どうして日銀に押し付けるん? やっぱりそれも日本の国技、下請に丸投げとか現場力とかいうヤツ?

 喩えて言えば、心肺停止の人でも輸血さえすれば血圧が上がるとでも思ってるんですかね?という疑問です。いやまあ、日本の経済、心肺停止まで至ってるかとかそもそも血圧の比喩が適切かってのはありますけど。
 でも、「カネが増えればインフレになるに決まってるだろw」みたいなバカっぽい発想でやってるんじゃないかとちょっと心配になります。
 確かにそれは正しいんですけど、どこで増えるかがその前提としてあるわけで、つまりモノやなんかの値段を決める場にある必要があるんですが、それは日銀にはどうしようもない。しかも、親会社が「そこにだけは行かないように!」しちゃったし。だめじゃん。

 まあ、そもそも論であればそもそも前にも言ったように結果から原因を起こそうとするのってねぇ……。スパイラルする性質のものだから無理とは言わないけど、条件は極めて厳しいわけで。

○ AI
 なんかNHKでそれをテーマにした番組やってたそうなので。見てないですけど。いやちょっとだけ見ましたけど、あのレベルだと単なるビッグデータ分析とどう違うのかな。
 今の主流の方式、つまり機械学習って、これまた喩えて言えば直感とか本能のようなものですよね。どうしてかわからないけどわかる、みたいな。そして、機械学習という方式自体、本能の構築、つまり進化の過程で手に入れるというのと似ている。まあ、進化の場合は世代交代と刈り取り(所謂自然選択)ですけど。

 そう考えると、やはりヒトの知性に相当する部分ってのも欲しいですよねAIには。実際、今流行りのAIはどうしてそういう答えを導いたのかがよくわからなくて不安だという声も聞きます。不安というか懸念かな。だから、過去のアプローチにような方式のものも開発して組み合わせるのがいいのかも。
 とかいうことをやっていくと、その内人間みたいになるのかなと思うのですが、でも、自然にそうなるとは限りませんね。二つの部分が例えば理性と感情とか、そのように(人間と同じように)分かれる必然性があるかってことですけど。人間の場合には脳の構造ってのが遺伝的にあるわけですが。

○ グローバリゼーション
 ヒト・モノ・カネは、移動し易くなったからといって別にその影響がなくなったわけじゃない。と思うんですがね。ヒトの移動をカネの場合と同じように思われてもね。経済のグローバル化は、全ての面でのグローバル化を容認する理由になるかってことでもあります。
 で、ネトウヨを自称しながらも安倍晋三批判ばっかしているのは、彼がグローバリストだからだってのも一つの理由ですけど、どういうわけか彼は極右扱いですねー。私にはよくわからない。

 話を戻します。
 グローバリゼーションの思想に同意できないのは、一般に言われているそれがどうにもコスモポリタンを前提としているっぽいからです。それも、口では誰も尊重されるみたいなことを言っていますが、結局は西欧的な思想/感性の範疇での多様性、もっと言えばキリスト教で受け入れられる範囲だけしか認める気がない。
 言うならば、インターナショナリズムではないってことですね。
 まあ、だからこそ色々と問題を起こしてるんでしょうけど、その対処の仕方も結局その考え方から踏み出せてないというか何というか。

独り言: 岡崎トライアングル

 タイトルはちょっと、いやかなり苦しいですが、岡崎律子さんのことです。

 発端は、先週の木曜日(2017-07-06)の読売新聞夕刊。林原めぐみさんの記事があって、「時空にとらわれない豊かさ」というタイトルと、「林原めぐみ新作 岡崎律子にささげる」という文字が目に入ってきました。
 岡崎さんとはかなり縁の深かった林原さん。その記事の中で『冬のないカレンダー』という曲について特に取り上げていました。
 まあ私が持ってるのでも結構な曲数があるのでもう忘れてて、その『冬のないカレンダー』ってどんな曲だったっけ、と聴いてから2〜3日、かなりヘビロテしてました(笑)。
 あの曲、メロディよりも特にリズムが癖になります。あともうひとつ、イントロのピアノ。いやイントロと言っていいのかな。まずサビから入ってその後に流れる部分を指して言っているんですけど、ああいう音ってどういう風に作ってるんだろうか。

 さて、終末、じゃなく週末には「『プリンセスチュチュ』のBD-Boxとな?」というエントリを書いていますが、この『プリンセスチュチュ』のOP/EDテーマ曲、それぞれ『Morning Grace』『私の愛は小さいけれど』はいずれも岡崎さんの楽曲/歌です。
 余談ですが、岡崎さんの曲をリップしまくって作ってたプレイリストにどういうわけかその二曲がなくて、急遽CDを探してリップしたなんておまけが。

 前期(2017年春期)からのアニメ『Re:CREATORS』の第14話の感想を先日書いたのですが、そこでこの『プリンセスチュチュ』の最終話を絡めたりしました。たまたま作中の松原氏の言ったこと、そして作品自体がなんとなくチュチュとリンクしているように思えたので。
 ここでまた余談。チュチュのエントリでDVDが一枚見当たらないと書きましたが、無事見つかりました。

 月刊Newtype 2017年8月号を買ってきて目次をざっと見たところ、どうやら私の注目作(『恋と嘘』『プリンセス・プリンシパル』『天使の3P!』辺り)については(大々的には)書いてないようなので取り敢えずRe:CREATORSの記事を確認して、ぱらぱらっとページを捲ってみたら、林原さんのライブレポートって記事がありました。
 ……え、「初めてとなる単独ライブ」? マジ?
 で、そこではやはり岡崎さんのコーナーもあったとのこと。まあ、そもそも冒頭の記事の主題であった『with you』の発売から間もない時期でしたし。
 というわけで、岡崎さんを鍵に、一応は元の話題に戻ってきました(笑)。

with you【期間限定盤】
with you【期間限定盤】
posted with amazlet at 17.07.11
林原めぐみ
キングレコード (2017-05-03)
売り上げランキング: 994

独り言: 雑談:偏差値について

 ねとらぼで一体どういう脈絡があるのかさっぱりわかりませんが偏差値の話をしていたので。
偏差値とは結局なんなのか? - ねとらぼ

 タイトルに雑談と書いた通り、特に何の意味もない話です。いやまあいつもそうだとも言えますが。多分、これまでにも散々言われてたであろうことに過ぎない、つまり独自性も新規性もない話。

 偏差値って、まあ個人的にはそんなに悪いもんだとは思ってないんですよね。昭和の悪弊みたいに言われてますけど。
 ただ、根本的に間違っていると思うのは、全教科合わせて一つの数字にしちゃってたところ。まあその「全教科」がどこまでかは状況により違いますが。

 もう遠い昔になりますが、高校受験の時のことを思い出しました。私が受験することにしていた学校って、私立と公立で偏差値で10くらい違ってたんですよね。公立は滑り止めみたいなもん。まあ結局受けませんでしたが。科目毎にとんでもない差があるために、科目の多い公立では苦手科目が足を引っ張っていい学校は狙えないのでそうなってました。
 また別の事情もあって、公立の問題が当時は比較的簡単で、つまり、得意科目があってもあまり意味がない。苦手科目がないことの方が重要。ちなみに中学時代成績が良かったのは国語と数学(と理科)だったような。

 これ、考えてみると偏差値の話とはあまり関係ないことですが、でも、根本的なところに何か類似の思想が流れているように感じます。
 結局、ジェネラリストのための仕組みだったんですね、あれらは。

独り言: 日本は北朝鮮に学ぶべき

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国(笑))に対しては、各メディアや偉い人達が揃って、非理性的であるとしていますが、さて果たしてそうでしょうか。
 日本で言う理性的とか合理的とかそういうのって、本当に理性的だったり合理的だったりする?

 例えば、企業のリストラ。
 そういうのが本当にどれだけあるか知りませんが聞くところによると、各部門で一律で人員削減というのが日本企業の特徴的なやり方だとか。みんなで痛みを分かち合う、みたいな。
 まあ、一律のどこが「リストラ(restructuring)」なのかってのはおいとくとしても、これは非常にまずいやり方だというのは定評があるようじゃないですか。つまり、事業をばさっと切るとかだと現場としては、「どうして俺事業が」となるわけですが、これが一律だと「どうして俺が」になるわけです。前者だと、周囲も含めてだし、人ではなく事業なので二段階の緩衝剤があるのですが、後者だと個人攻撃になります。
 みんなで分かち合うと言ったって、現場まで降りてくれば馘か残るかのデジタルだし。
 しかも、判断を部下に丸投げ、というおまけまで。

 例えば、人的資源の扱い。
 日本には人しか資源がないとか昔よく言われていましたが、どういうわけかそれを、人ならいると解釈する人が多いようで。そのせいかどうか知りませんが、機械を入れるとカネがかかるから人が頑張ればいいじゃないかみたいなことが横行しているようじゃないですか。本末転倒。
 それで人が来ないから外国人実習生を安く扱き使おうとか、人としてどうなの?
 尤も、今はもう本当にカネが出せないのかもね。ケチっている内にポテンシャル障壁を乗り越える力もなくなっちゃったかな。
 まあ、IT嫌いなんかは同情の余地がないわけでもない。結局業務は合理的にならなかったなんて例が沢山あったわけですが、でも元を糺せばそれだって、「現場力」「カイゼン」とか言って色々なことを現場に丸投げして部分最適を推し進めたせいだし。

 立法も行政も司法もメディアも極めて感情的で、むしろ合理性は排除しようとしているみたい。

 ちょっと前に大騒ぎになったWannaCryは、どうやら北朝鮮の関与が疑われると見る人が多いようですね。私も直観的には(つまり大した根拠もなく)そんな風に思っていました。
 それが正しいとすると彼の国は、人を極めて効率的に動かしていることになります。日本とは正反対ですね。
 そもそも、あんな体制の国が何十年にもわたりちゃんと存続しているってのもおかしいじゃないですか。すぐにでも破綻しそうなものをアタマおかしい人がどうやって維持してるん?

 彼等の目的や、目標とする国家像などを真似されては困りますが、学べるところは色々あると思うんですよね。
 その、どう考えても狂ってるとしか思えない相手から何かを抽出できるようになること自体がお勉強と言えるんですが。実は、そういうのが日本では最も必要とされているように思います。
 全肯定か全否定しかないというような非理性的な考え方から脱却するためにはね。

独り言: 独り言 - 2017.6

 なんかこのブログ最近、愚痴っぽいことばっかりになってますね〜。3〜5月の疲れが抜けてないからかも?
 まあ、結果的にはそれで、以前準備をする頃かもとか言った時に触れた件にも近い内容になったりしてますけど。

 ただそれとは別に、やってることはあるけど書けないなぁというのもあるんですよね。
 書けないってのは秘密だとか場にそぐわないとかいうことではなく、単にまだ中途半端だからなんですけど、でも、仕上がったとしてもやっぱりここに書くような話でもないかな?

 実は、ちょっと考えているプログラム(コンピュータのソフト)があって。
 調べないといけないなぁと思いつつネットや本を探しても今一つ細かいことがわからなくて、こりゃRFCを読まないといけないな面倒だなと。そう思ったのがなんと、2010年の秋でした。ちょっと自分でも驚き。しかも、いざ思い立って真面目に読んだら知りたかったことは1時間くらいでわかっちゃった……。その後も色々確認のために読み返したりしていますけど。

 その約7年前のネタをこの春頃にあったことで思い出して、応用できないかと考え始めたのですが、考え始めると中々収束しなくて。ま、気長にやります。

 それはそうと、そういうことをやっていると某超有名アニメに登場していたキャラを思い出し、彼になったような気分になります。
 その人は、結構優秀な技術者だったようです。
 テム・レイって人なんですけどね(笑)。
プロフィール

水響俊二

Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
月別アーカイブ
アクセス解析中