アニメ: 2012春アニメ感想 (5)
○ さんかれあ #6「あなたに…出会えたから」
礼弥の肉体をある程度までは維持できることがわかり、ちょっとほっとした感じの第6話。礼弥と千紘の夜の散歩シーンが印象的です。
死んでしまうことでやっと普通の女の子の経験をすることができた礼弥。その皮肉をこうして受け止められる、「向いてた」などと表現できるということこそが、「向いてた」ことを示す証左なのかも知れません。「降谷君」
「あ?」
「私、全然トイレに行きたくならないんです」
「……そう」
「全然眠くもならないの」
「それって、やっぱり……」
「私、ほんとに死んじゃったんだなーって」
「……うん」
「でも、なんだかとっても幸せな感じがするんです」
「?」
「もし普通に死んじゃってたら、あの世なんてあるかどうかもわからないし、幽霊にだってなれるかどうかわからないし、なれても、こうして普通にお散歩したり、降谷君とお話したりできないかも知れない。私、ゾンビ向いてたかも知れません」
そして、この台詞。
果てしなくエロティックでありつつ、同時に深い信頼と親愛の情が感じられるものです。「これからも、その、ちゃんとお前の“責任取り”はしっかりしてやるからよ」
「じゃあ」
「ぁ」
「これからも私のカラダ、大切に扱ってくださいね、降谷君」
それにしても、相変わらずこの作品は絵が美しい。例えば、礼弥と蘭子が対峙するこのシーン。

これまでに示した絵とあわせた特徴として、光の使い方が挙げられると思います。
それとこの作品の脚本、第一話からそうでしたが、原作との構成の変更が非常に微妙なバランスを取ってますね。話が大きく変わらないように、しかしアニメの形態に合わせてちょっと順番を入れ替えたり重要なシーンで台詞を加えて膨らませたり。
○ 這いよれ!ニャル子さん 第5話「大いなるXの陰謀」
もう、ネタばっかりが印象に……(笑)。
「駄目だこいつ 早くなんとかしないと」「どきなさいクー子そいつ殺せない」「そんな理論武装で大丈夫か? 大丈夫だ問題ない」辺りはいいんですけど、「フライホイール始動 エネルギー充填120%」なんてのは……まあ、これは古くても今でもよく使われますが、「教師生活25年」に至っては(笑)。
ちなみに、『エウレカセブンAO』でもアニメ好きのキャラが「キミもウチと契約して、パイドパイパー隊になってよ」とか言ってましたっけ。
エウレカセブンと言えば、「ゲネラシオンブル」というのがどういう言葉なのかわからなかったのですが、OPの最後に「GENERATION BLEU」という文字列があるのに気づき、ああ、と。
でも、BLEUというスペルやスイスにあるということを考えてフランス語だと思うんですが、だとすると最初が「ゲ」というのは変ですよね。
○ Fate/Zero 2ndシーズン 第十九話「正義の在処 -sometime, somewhere-」
前回の続き、原作で言えばInterludeの後半です。
ナタリアに付いていくことになった切嗣は、彼女の稼業を習うことに。そして今回、切嗣が以前セイバーに語ったような思いを抱くに至った過程の片鱗が見えます。
ナタリアはとある人物を殺害するために彼と同じ飛行機に乗り込みますが、殺したあと、その人物の使う「蜂」で乗員乗客全てが
ナタリアはなんとかコクピットに辿り着き、着陸を試みるのですが。
そのときの、地上にいる切嗣との会話より。切嗣があまりに彼女の稼業への素質があることについて。
しかしナタリアはこの台詞をどのような気持ちで語ったのでしょうか。「でもね、素質に沿った生業を選ぶってのが、必ずしも幸せなことだとは限らない。“何をしたいか”を考えずに“何をすべきか”だけで動くようになったらね……そんなのはただの機械、ただの現象だ。ヒトの生き方とは程遠い」
あまりに素質のある切嗣。そんな才能は、本人の意志や感情などお構いなしに人生の道筋を変えてしまう。それを知っていたナタリアが、この状況で切嗣が何をするかをどう考えていたのか。
そう言った切嗣の行動。「あんたは──僕の、本当の、家族だ」


切嗣は、大量の

この爆発の瞬間のナタリアの横顔が描かれています。
![]() | ![]() |
一瞬、口元が緩んでいるように見えます。やはりナタリアは、切嗣がこうすることを予測していたのでしょう。
そしてこのときの空と、そしてBGMは美しく、優しくさえあります。
切嗣は、何を思っていたか。
やはり前回思ったように、切嗣はシャーレイを殺せなかった、いや、殺してあげられなかったことへの深い後悔を懐き続けていたということなのでしょう。見ていてくれたかい? シャーレイ……
今度もまた殺したよ。父さんと同じように殺したよ。キミのときみたいなヘマはしなかった。僕は、大勢の人を救ったよ……
シャーレイがケリィ(=切嗣)に、「どんな大人になりたいの?」と訊いたとき、切嗣は「そんなの、内緒だよ」と隠したのですが、実は原作によると、切嗣は『僕は“正義の味方”になりたい』と答える筈だった、とのことです。そのことがこのシーンのところに記されています。
以前セイバーに語ったこと、「正義」に関して切嗣がどのようなことを考えているか。そのことも、その一端がここに示されています。
スポンサーサイト|
|
tag : アニメ |
独り言: NHKスペシャル『追跡!世界キティ旋風のナゾ』感想

基本的にはコンテンツビジネスの話です。タイトルにある通り、ハローキティの躍進を追い、日本の他のコンテンツビジネスの問題点を探る、みたいなことを言っていましたが、特に例えば「クール・ジャパン」のどこがダメなのかみたいな具体的な話はありませんでした。
冒頭、キティのキャラクターグッズの好調さに比べクール・ジャパンの惨状がどんなものか報告されました。
いやまあ何と言うか、このときこの人の口から出てきた「トレンディドラマ」という言葉にアタマを抱えましたね、私は。
「全くリードしていない むしろ遅れている」
その他、何を誰に売ろうとしているのか、その辺りを全く理解していないのが丸わかり。アニメならそれがアニメという表現手法で制作されたものであるということしか見えておらず、そもそも何物なのかわかっていない。つまり、特に、「何を」というのが大きな問題だと思うのです。この番組ではそれをもっと強調してほしかった。
対照的な例として、今進められているプロジェクトである『巨人の星』をインドに売り込むという試みが紹介されました。そこで講談社の担当者古賀義章氏は、このように語っています。
当時の日本の高度成長にも似た経済状況にあるインドだから、ということで何をしたかというと、この『巨人の星』を野球でなくクリケットの作品に改変したのです。あちらでは野球なんてあまり注目されていないそうで。
「景気のいい時代 夢と感動を与えてくれたこのストーリーがきっと合う」
この試みが成功するかどうかは私にはわかりませんが、彼らは「野球アニメ」を売ろうとしているのではない、「夢と感動」を売ろうとしているのだとはっきりと認識しているのです。その意味では、この番組のテーマに適した例だと思います。
この『巨人の星』の例とキティを並べて語るには、やはりそこにあるものが何なのかという抽象化が必要になるかと思います。
例えば、キティは普段どんな生活をしていてどんな文化背景を持っているのか。思想は、宗教は、習俗は。
そんなものは別に売っていない。コンテンツと一くくりにしていますが、キティはデザインを売っているのです。もっと具体的に言えば可愛さとか、そういうものです。だから、イスラム圏に行けばあちらの服装や慣習を取り入れることもできる。
番組終盤、主なテーマになるのは、恐らく番組制作スタッフがメインテーマと考えたのであろう、「変化を受け入れる柔軟性」です。多分、この人のこの言葉が番組の主張の中核となるものだと思います。
「これがキティの強さだと思います 山口さんは それをよく理解しています」
「歴史がありますが 常に時代を取り入れ 進化していくのです」
しかし、敢えて私は逆の見方をしようかと思います。反対意見ではなく、見るべきところはこれを裏返したところにあるだろう、ということです。
この発言はどのような背景から出てきたかというと、キティとロックバンドTHE KISSとのコラボ展開からです。
THE KISS風の格好をしたキティをデザインするのに最も困ったのが、この「舌」だったそうです。

実は、現在のキティのデザインの責任者の山口裕子さん

には、もう32年間頑なに守ってきたキティの重要なルールがあるそうです。それは、
ことです。
「口を描かない」
つまり、キティは、目で語るキャラクターであるというのが譲れない線なのです。「デザインとしては、口を描かないっていうのはもう、絶対」
「やっぱりね、顔が、うーん、変わっちゃうんですよね。キティに口を付けると」
「口に目が行っちゃうんですよ。目に目が行かなくて」
ということがあるため、THE KISS展開のデザイン担当者は悩んだのです。舌を付けていいのだろうか?と。
最終的には、舌を付けることにしたのですが、これを見た山口さんの判断は、このようなものでした。
ここでは、これは口を描いたのではなく、舌をくっつけているのだ、という表現をしています。
「口を描いているわけではない」
しかし、そこには語られていない理由があるのではないかと私は思います。それは、この「舌」は表情を持っていないということです。
山口さんは、「目で語るキャラクター」という線を逸脱していないから許容したのではないか、と思うのです。つまり、タブーは「口を付ける」ことではなく、「口で語るキャラクターになってしまう」ことだったのでしょう。
この判断を以て、前述のように「常に時代を取り入れ進化していく」というのがキティの強みだと担当デザイナーは、そして多分番組スタッフも言っているのです。ナレーションでも、他の事例に関して「世の中のニーズを絶えず取り込み続ける柔軟な姿勢」というのを評価していました。
確かに、番組中取り上げられた他のキャラクタービジネス、ディズニーの各キャラクターやスヌーピーなどの「改変に対する厳しさ」と対比するうえではそれは重要かも知れません。しかし、そこにはもっと重要なメッセージが隠れているのではないでしょうか。
つまり、どうしてキティは変化しても大丈夫なのか、ということです。
この点について私が思ったことを一言にまとめると、こうなります。
「何を変えないか」が重要である。
キティの「進化」を可能にしたのは、まあ名前を挙げてしまえばこの山口さんが、キャラクターが変化してもキティでいられるためには何を残せばいいのか、キティというキャラクターの本質とは何か、そこについて確固としたものを持っていることなのではないでしょうか。
そうした抽象化ができることにより、顔がなくなって輪郭だけになったグッズでもキティに見えるとか、逆に何かを、例えば舌のようなものを加えてもキティに見えるとか、そうした変化を受け入れることが可能になるのでしょう。
キティとは、そして他の事例でも同様に、自分達の売ろうとしているものは何か。
それこそが最も重要であり、それをわかっていて初めて、ではどこまで時間(時代)や空間(その土地の文化)に対応して改変ができるのか、という判断が可能になるのだと思います。
そういう意味では、この番組の見方にしても、番組のメッセージを他のビジネスに当てはめようとするときにどれだけ改変できるのか、それを見極めるための抽象化が必要になるでしょう。
ということを考えると、元々それができる人でないとこの番組から得るものはない、ということになったりするかも知れませんが。
P.S.
インドに展開しようとしている『巨人の星』のクリケット版の映像が一部流れましたが、あの魔球、どう見ても『巨人の星』ではなく『侍ジャイアンツ』ですよね(笑)。
|
|
艶漫画: 『正しい魔術の遊び方』
![]() | 正しい魔術の遊び方 (ヤングコミックコミックス) (2012/05/10) 八尋 ぽち 商品詳細を見る |
一話完結の全8話で、主人公は……誰でしょう? 鮫島貞夫かな? いつも一緒にいる友人は名前が出てこないし。
どういう話かというと、貞夫は実は黒魔術使いで、色々なものを「交換」できるのです。
例えば第一話。「友人」と一緒にファミレスに行った貞夫は、テーブルの上にある呼び出し用のチャイムの一部、ボタンのところと「この店で一番カワイイ店員」のマ○コだけを交換(笑)してしまいました。
信じようとしない友人が貞夫に言われて触ってみると、コップを持ってやってきた「一番カワイイ店員」のミキちゃんが突然びくんっと。
まだ信じない友人は、やらせなじゃいかともっと触ると、こっちを見ないでも反応しちゃいます。
とかやってると、なんかあふれ出てきたりして(笑)。
我慢できなくなったミキちゃんはトイレに駆け込むのですが、そこにあるのは当然ながらボタンのみ。貞夫たちのいる15番テーブルは「すごい呼んでる」ことに。
結局昂りきったミキちゃんは二人の誘いを断れず、トイレで致すことになるのです。
第一話はこんな感じですが、二話以降もずっとこんな感じで続きます。
第二話の舞台は大学の図書館で、友人の雑誌とそこにいた女の子のおっぱいを交換。
しかも、揉んだりなんかしてたら、そのおっぱいからはなんと母乳が!
その後も、彼女の自転車のサドルと自分の頭を入れ替える貞夫。そこまでやるとは、ある意味天晴ですね(笑)。
それでまた行為に及ぶことになるんですが、結局彼女はなんと、図書館にいるとおっぱいが感じるようになってしまいます(笑)。
第三話では、プロボウラーにボウリングの勝負を挑むんですが、当然のことながら自分のボールの穴と彼女のマ○コを交換。
第四話では自動車教習所のインストラクターなんですが、教習中にやるのは危ないよ(笑)!
第五話は宅配でやってきたピザ屋さん。友人の魂を残したまま肉体をまるごと交換。所謂女体化ですね。
第六話は空手家の娘。父のように強い男が好きなんですが、自分よりも強い男に会えたことがない。それを黒魔術でなんとか打ち負かします。
第七話では、資産家の箱入り娘。とある会社に製品のプレゼンにやってきていた女性社員と、その部屋にあった内線電話の表面の物質と彼女の全身の感覚を交換。悶えながらのプレゼンに顧客のオッサンたちは喝采(笑)。
という感じの話です。
……エロエロです!
しかも笑える。
一話と三話が好きだなーと思ったら、あとがきで作者さんもこの二つのネタが好きと書いていますね。
それから、絵もいいですねぇ。ぷちぱら文庫辺りでもイラスト描いてるようですし。それを辿ると同人ゲームも手がけてるようですね。
そういえば、この手の交換/取り寄せネタは、同人にたまに出てきているような。
と言った感じですが、もし私なら、三話のボウリングでは、彼女が使ってる方のボールの穴と交換してみたいですね(笑)。一体どういうプレイを見せてくれるのか?
|
|
tag : ヤングコミックコミックス 八尋ぽち |
独り言: 気候に関する三つの符合
それとあと風のためか、仕事帰りに見た日没後の西の空の青さと星の輝き(金星かな?)は綺麗でしたね。冬のようでした。
思えば、先日書いた通り、今年の冬には、私の好きな関東の空っ風があまり吹きませんでした。それが今頃になってやってきてくれたという感じです。
今日の風はとても心地好かったです。
で、帰ってみたら、『プライムニュース』で太陽の活動の変化と気候に関する話なんぞをやっていました。というわけで、久し振りに見てみました。
今日のゲストは非常にいい印象を与える人でしたね。わからないことはわからないときちんと言うし。
しかし、いつも思うんですけど、どうしてこの番組のオフィシャルサイトはこんなに役に立たないんだろう? 一体どこのバカが作ったんだろうか。
一方、『金曜ロードSHOW!』ではジブリの『風の谷のナウシカ』をやっています。何の偶然か、これも自然とか環境とか気候とかをテーマにしている作品ですよね。
なんか、気候を意識させることが今日は三つも重なっています。
そういえば、上記の先日のエントリでは、ナウシカの終盤、風の谷の風が止むシーンを思い出したりしてました。
三つの話の最期が最初につながっちゃいましたね。
|
|
マンガ: 『鏡の国の針栖川』の終り方の潔さ(二つの意味で)
![]() | 鏡の国の針栖川 1 (ジャンプコミックス) (2012/01/04) 叶 恭弘 商品詳細を見る |
完結は、第三巻となります。
まずどんな話なのかを簡単に述べてみます。
主人公の針栖川哲には、ずっと前から好きな女の子がいます。その里見真桜とは、長くお友達をやっています。
真桜は哲に対し、他の男子とはちょっと違う態度を取っています。それは、哲が昔、真桜を交通事故から救ったからで、哲はその「恩人」という立場を維持するため、自分の気持ちを懸命に押し殺しています。
どうでもいいですけど、こういうときには「圧し殺す」を使いたいなぁ、個人的には。
ほんとにどうでもいい話は放っておいて、哲が真桜の危機を救うことができたのも彼女のことを気にしてずっと見ていたからなんですが、あるとき、また同じような状況が訪れます。
真桜がリサイクルショップでどういうわけか自分でもわからずに買ってしまった古い鏡。それを道の向こうにいる哲に見せようとした真桜に、車が迫り、また同じように助けた……つもりの哲は次の瞬間、真っ暗な空間に浮いていました。
死んでしまったのかと思ったら実は哲は、真桜が買った鏡の中に閉じ込められていたのでした。
その鏡には何だか色んな決まりがあって、哲が閉じ込められたときにいた先客がちょっと言い残して消えていきました。
それは、鏡を通してのみ外の世界を覗くことができるということ、そして鏡の魔力を知ってもいいのは自分の他に一人だけだということです。
このことは程なくして真桜に知られることとなり、哲が外に出るための探求が始まるのです。
「ずっと思ってたんだよ? いつか私の番が来たらって! 私が針栖川くんを助ける日が来たらって」
「その時が来たんだもん やれる事はなんでもするよ 2人でガンバロ!!」
そして色々調べていくうちに、二人が入れ替わることができるとか、入れ替わっていられるのにも限界があるとか、様々なことがわかってきます。
で、一番重要なのが、この鏡、実は「愛に満たされない不完全な心」を吸い込む呪い系のアイテムで、囚われた心に相思相愛を確かめ合えたベストパートナーが現れたときに呪いが解けるということです。
つまり、哲が好きなのは真桜なので、真桜が哲を好きなら万事解決。しかし、チャンスは一度。想いを告げたときに相思相愛になっていなければ、すべておじゃん、という仕組みです。
このとき、真桜も実は哲のことを結構意識していたのですが、とある弾みで真桜は、哲が真桜の友人の咲に片想いをしていると思ってしまっています。
ややこしいのが、色んな出来事の末、咲が哲を好きになって告白してしまうのです。
なんか、前置きが随分長くなりました。デスノばり、とまでは行かなくても、鏡に関する色んなルールが登場しますし。
その最たるものは、物語のクライマックス近辺で判明する事実。
咲のことも好きになってしまっていた哲と「相思相愛」が成立して呪いの一部が解除されたのですが、その瞬間、咲の記憶が一部失われていました。
つまり、呪いは解かれるときに、相手の「好き」という感情を奪っていくのです。
で、最後に本命の真桜に対してはどうするのか。
以前、「彼等は何に抗うのか」と題するエントリを書いたことがあります。そこでの話はどんなものだったかというと、まあ簡単に言えば、物語の中に設定されている、登場人物に課されたルールの在り方によっては、なんのために登場人物が苦労しているのかわからなくなってしまう、みたいなことでした。
今回、『鏡の国の針栖川』で登場した数々のルール。
最後の最後で、哲は真桜に対しどう出るのか。これまでのルールに抜け道のようなものがあり、その組合わせの妙で乗りきるのか。咲のときとは違うことが起きるのか。新しいルールが唐突に登場してご都合主義に終わるのか。
クライマックスで、真桜は一計を案じます。
真桜は、ずっと哲のことが好きだった。哲の本心を確かめたい。
だから、鏡に向かって「勝手に喋る」のです。哲が好きだ、と。哲も同じ気持ちなら呪いは解けるし、そうでなくても哲の本命を知ることができる。
「ダメでも 友達としてまた仲良くしてよね」
「好き」
「針栖川くんの事、ずっと好きだったみたい」
結果。
実質最終話とも言える章の「#27 一瞬の両想い」というタイトルからわかる通り、真桜にも、咲と全く同じことが起きました。
「針栖川くん やったじゃない!!」
「ああ!! ついに出たんだ 俺自由になったんだよ」
「すごいよ!! いったいどうやったの? なんのきっかけで出られたの?」
記憶は、想いは、失われていたのです。
さて、この物語は、一体何の話だったのか。
仮に、呪いの最後の条件、つまり記憶が失われることがなかったとしたら、哲と真桜の二人は相思相愛になれた筈です。まあ、咲ともそうなっていたわけですが(笑)。
ところでそれだと、結局出発点から一旦落ちて、這上がっただけ、ということにならないでしょうか。それも、這上がったのは呪いに対抗するためで、言ってみれば呪いの力を借りてということになります。
なんというかこう、行って帰ってきただけ、みたいな感じになると思います。そして、ある意味普通の物語だな、と。そう印象にも残らないかも知れません。女の子が可愛いな、くらいな。
実は、呪いが解けた後に「#END リスタート」というタイトルのエピローグ的な章があります。
そこでは、哲への想いを失った真桜と、やっぱり真桜が好きな哲がいます。
そして思うのです。
そして、以前と同じ日常から、一歩踏み出すのです。「一時だったけど 両想いになれた瞬間の感激はやっぱ忘れたくない」
「だから俺決めたんだ! 絶対にあの感激をまた味わうんだって」
みんなの前で、大きな声ではっきりと、真桜に想いを告げることで。そして、心の中で宣言します。
(さあ ここからが新しい俺のスタートだ!!!)
(伝えなきゃ何も始まらない 好きなものは好きと言う あの鏡に囚われる臆病な俺にはもう戻らない)
「ちょ…ちょっとこんなトコロで変な冗談止めてよ 恥ずかしいよ針栖川くん」
「冗談? お前俺が何年片想いしてきたと思ってんだよ」
「本気なの…?」
「あたり前だ これから先も俺は里見を好きでいるから」
一旦相思相愛になって片想いに戻ってきてしまったのだから、これもやはり行って帰ってきただけでしょうか?
勿論、全然違いますね。最初の、恩人という立場を維持するために心を押し殺す哲とは、全く違う。大きく前に進んでいます。そして、進み続けるのです。
この物語は、哲の恋の成就を描くものだったのではなく、停滞していないで前に進もう、というものだったわけです。
鏡の中で、真桜の気持ちが失われることを覚悟で想いを告げたこと。そして前に進むと決めたこと。
その覚悟や潔しと言えますし、変れたことは希望でもあります。その証拠に、「リスタート」での告白に真桜はドキドキが止まりません。
まあ、これには、呪いが想いを完全に消し切れてなかった可能性もあるわけですが。そういう意味では、咲が哲をちょっと意識してしまっている描写はその可能性の一つの根拠であり、個人的にはその描写はなかった方が良かった気もします。
ともあれ、ここで本エントリのタイトルにある通りもう一つの意味を書き加えておくと、こういうラブストーリーをコミックス全三巻にわたって綴っておきながら、結局カップルが成立しないなどという作品を描いた作者さんも、大概潔いと思いますね(笑)。まあ、その点では編集部もそうと言えるかも知れませんが。人によっては貶すかも知れませんし。
勿論私は、こうして結構高く評価していますが。
|
|
お知らせ: 過去記事更新のお知らせ
あまり細かいことまでは一々報告しませんが、まあ、場合によって、そのときそのとき判断します。
○ 2012.5.8: 『魔法少女まどか☆マギカ』 公式ノベライズ版読了につき感想。, 『魔法少女まどか☆マギカ』 公式ノベライズ版の感想の落穂拾い
芳文社版が出版されたので、若干の追記をしました。
![]() | 小説 魔法少女まどか☆マギカ (まんがタイムKRノベルス) (2012/05/08) 原作:Magica Quartet、文:一肇(ニトロプラス) 他 商品詳細を見る |
以下、以前にお知らせしたもの
○ 2011.9.26: プロフィール
過去エントリの変更ではありませんが。
半年くらい使っていたあの「目」の期間限定プロフィール画像ですが、BD最終巻が発売され、そのレビューもしたということで区切りがついたと思うので、使用終了ということにしました。
ついでに、プロフィールもいじりました。ブログ開始当初の予想とは方向性が結構違って来ていたからです。
というか、こんなに書くつもりなかったんですけど(笑)。今年はペース落ちるだろうとか言いながらアニメレビューのせいでいつの間にかかなり書いていたし、番組終わって今度こそと思ったのになんか色々書いてるし。
ただ、レビューが主体になってきましたね。今の本音をそのまま書くと、当局に目を付けられそうなので(笑)。
ともあれ、この辺りでちょっと一息、ということで。
○ 2011.7.13: わかつきらっしゅ(2)
増刷情報を追加。エントリを起こすのがちょっと早かったようです(笑)。
「ToLOVEる 危ないガールズトーク」増刷かかりました。
○ 2011.7.10: カテゴリ「創作観」「せいじ」追加、「独り言」カテゴリから一部エントリを移動
これまで「独り言」カテゴリで書いていたことの内、似たようなテーマのものがそれなりの割合になっているものを独立させました。物語作りに関するような話を「創作観」、性事……じゃない、政治に関する話を「せいじ」にしました。
前者はともかく、後者はまあ、隔離みたいなもんですね(笑)。
○ 2011.5.27: 過去、自作のプログラムを公開したエントリ全て
公開を中止しました。完璧な動作を保証できないコンピュータプログラムを公開していると罪に問われるようになる恐れがあるからです(笑)。まだ法律にはなっていませんが、忘れないうちに対処しておきます。
○ 2011.5.3: ガイド
過去のエントリの修正というよりも、カテゴリ「ガイド」を追加しました。
関連がありつつ、特定のカテゴリに収まりきらないエントリ群を一覧にしたエントリが並んでいます。
○ 2011.4.23: 『Aチャンネル』EDの『ハミングガール』って……!
テレビで鬼平やってたので、ついキャプチャしてしまいました……。絵、大きすぎるかな?
○ 2011.4.23: RecFriio.shなんて作ったり
「祝杯、もしくは歓送」で書いた修正、つまりrecfriioにオプション/引数を渡せるようにしたものですが、それは前述のように、--udp, --portを使用するために施してものでした。
ところで、それをやるなら、特に保存しようと思っていない場合とかのために、ファイルに保存しないという設定ができるようにしよう、ということで、やりました。
あとは、時間を「無制限」と指定できるようにしようかとも思ったのですが、面倒そうなのでそれはまた今度。
○ 2011.2.13: 『恋のおまじない』 羞恥プレイシリーズ#5
イラスト一枚追加。教室のシーン。
もちょっと視点を寄せたかったんですけど、描きたいところが収まらなくて、こんな構図になりました。
でも、描いてから気付いたんですが、小説の挿絵によくあるように、隅の方にアップで描くという手がありましたね。
|
|
アニメ: 2012春アニメ感想 (4)
○ 夏色キセキ 第5話「夏風邪とクジラ」
凛子が風邪をひいたとき、優香が紗季たちに、自分が見舞いに行くからこなくていいとメールを送るわけですが、そのとき紗季が夏海に言ったことが興味深いです。
ここで意味ありげな表情で黙り込む紗季ですが、何か感付いているようですね。「まあ、二人きりにしてあげよう」
「え? ああそうね、大勢で行っても迷惑だよね」
「……」
凛子と優香が昔話で盛り上がって、ダンス練習で誰がフォーシーズンの誰をやるかというとき、いつも凛子は優香を後ろから見ている人物を選んでいたという話になりました。
多分、そういうことなんだと思います。
○ アクセル・ワールド 第5話「Aviation;飛翔」
まあ大体の予想通り、ハルユキとタクムの勝負になります。
そしてそれは、チユリを巡っての勝負なんですが、ハルユキとタクムがチユリを奪い合う、という構図ではありません。チユリと付き合うことになったタクムの、チユリがハルユキに感じていることへの鬱屈が問題になります。
劣等感のためいつも逃げ回っているハルユキのせいで、二人は地に足をつけた関係を築けないというわけですね。「キミがそんなだから、キミがそんな風だから、ぼくもチーちゃんも、キミという泥沼にずっぽりはまったまま抜け出せないんだ。もう消えてくれよハル……そしてぼくとチーちゃんを自由にしてくれ!」
そして結局は、黒雪姫先輩の言った通り、ハルユキには「力」があったわけで、ハルユキはギリギリのところで新しい力により反撃に出て、タクムを圧倒しました。
しかし、ここでハルユキの気になる台詞。
……いやいや、それは違うんじゃない?「現実世界じゃ、俺は何一つお前に勝てない。でも、この世界ならお前は俺に勝てない。俺たちは対等の存在になったんだ」
ハルユキは現実世界でタクムに勝てないと思っていたわけですが、タクムがチユリのことでハルユキにどんな気持ちを懐いているかを、平たく言えばハルユキに敗北感を懐いていることを既に本人の口から聞いていたわけで。
ならば、加速世界ではタクムがハルユキに勝てないことで対等になるという論理はおかしいでしょ。
それとも、それでハルユキが対等になったと「思えた」ために、「そんな風」でなくなれるんだ、と言いたいのでしょうか?
ふーむ?
で、そこで黒雪姫先輩登場。自らの正体を(反逆者ブラックロータスであることを)観衆の前で明し、高らかに宣言します。
と。「戦いの時、来たれり!」
この時の声が、いいですね。
元々の声の質から仕方のないことですが、あまり重みのある宣言にはなっていません。しかし、普段の声と大きく違う硬質で張りのある声は、その反響の効果もあり、非常に綺麗です。重みがないことが逆に軽やかさに感じられて、意外な魅力になっています。
さて、ことが一段落し、入院中の黒雪姫先輩を見舞うハルユキですが、持っていた生徒手帳を返したときのこと。

いやこの顔は反則でしょう(笑)。
それにしても、先輩の本名はなんと言うのでしょう。
気になりますねー。「いい加減、渾名だけではなく、名前で呼んでくれないかな」
「あ、は、はい! ……あの……」
「ん?」
「ぼ、ぼく、先輩の本名、知りません」
「キミな、これ、見たんじゃないのか?」
「その、最初に一度、ちらりと中を見ただけで……」
「ふ、やっぱりキミはキミだな、ハルユキ君。じゃあ、改めて自己紹介しよう。と言っても渾名と大差ないんだけどな。私の名は──」
○ Fate/Zero 2ndシーズン 第十八話「遠い記憶 -sometime, somewhere-」
前回予想した通り、いきなり話が飛びました。今回は、ケリィ少年、即ち切嗣の子供の頃の話です。最初に番組のタイトルが画面の片隅に出ないと別の番組かと思うくらい雰囲気が違います。
彼は昔、アリマゴ島なる南国風の島に父親の矩賢と一緒に住んでいました。そこで矩賢は島の人々から疎まれながら魔術の研究をしていますが、ただ一人、彼に心酔して手伝いをしている少女シャーレイが登場します。
そして切嗣は、年上の彼女に憧れのような淡い想いを懐いているようです。ここら辺りで、彼女にヤバいフラグが立っているのが見えてしまって仕方ありませんね(笑)。
ある夜、シャーレイがケリィ(=切嗣)を連れだし、色々と話をします。矩賢の魔術を継ぐのはケリィだ、その力で何をするのか、と。
まったく、凶悪な少女です(笑)。
「そう、世界を変える。キミならできる。アタシが保証する」
「それは……そんなの、内緒だよ」
「ふぅん? じゃあ、大人になったケリィが何をするのか、アタシにこの目で見届けさせてよ。それまでずっとキミの隣にいるから。いい?」
しかし案の定。
シャーレイは、矩賢が研究している不死の魔術により作り出された薬を自ら服用して、「死徒」と呼ばれる吸血鬼になってしまいます。「アタシ──証明したかったの──先生の研究──っ」
「コロシテ──」
「それで──お願い。キミが、殺して──」
「今ならまだ、きっと間に合う──」
「もう──駄目だから──抑えきれなくなる前に──早く──」
最近、買ったまま読んでなかった原作小説の、アニメで放送された辺りの部分をあたることがあります。今回の話は、第四巻(TYPE-MOON BOOKS版)の巻頭にある「Interlude」の前半部分に相当します。
で、例えば以前切嗣がセイバーに演説をぶった辺りは結構省略があったのですが、今回の話は逆に結構膨らませてありますね。ケリィ少年とシャーレイの関係が、より踏み込んで描かれています。
そして、大きな違い。
原作では、シャーレイの行動の動機については、事件の後に矩賢が「どうやら好奇心に勝てなかったらしいな」とコメントするのにとどめられていますが、アニメではそれはなく、逆にシャーレイ本人の口から先生(矩賢)の研究の正しさを証明したかったのだと語られます。
原作に於ては、矩賢の推測が正しいとは書いてないのですが間違っているとも書かれていないので、はっきりとはわかりません。アニメではそれに答えを示しています。
しかし結局切嗣はシャーレイを殺すことができず、「抑えきれなく」なったシャーレイが暴走して、最終的には連鎖的に村が壊滅状態になってしまいました。
そこには事態の鎮圧にやってきた集団が二つあったのですが、結局切嗣が矩賢を殺して、切嗣を救った人物、ナタリア・カミンスキーに付いていくことになります。
その後のことは次回語られるのか、それとも省略されるのかはまだわかりませんが、切嗣が「殺す」ことには、シャーレイを「殺す」こと(即ち「救う」こと)ができなかった後悔が強く影響しているのではないかと思います。
今回のエンディングは、『to the beginning』のCDのカップリング曲である『満天』です。
シャーレイがケリィ少年を連れ出したあの夜に見せた池。

そして、その水面に写る最後の夜の空。

そこに『満天』が被るのは、悲しくも美しい演出です。
○ 氷菓 第3話「事情ある古典部の末裔」
えるの「告白」の続きから。相変わらず、奉太郎の主観の映像は面白い(笑)。
「あの……実はわたし……」
「わたし、折木さんに頼みがあるんです!」
それにしてもなるほど、「関谷」さん、ね。
そして前回、古典部の文集を探しに図書室に行ったときにいた、どうにも挙動不審な先生が糸魚川「養子」先生でしたが、文集『氷菓』第二号の序文を書いたのが郡山「養子」。怪しい。怪しすぎる(笑)。
ところで、本編には関係ありませんが、EDムービーに出てくる象徴的なこれ。
![]() | ![]() |
「Polaris」を見つけて打ち上げたのは、えると摩耶花の二人。とすると、「Polaris」は奉太郎であり、奉太郎は(あまり)動かず中心にありつつもそれにより周囲が動き、彼は二人の道標になっているという、そういう意味なのでしょうか?
|
|
tag : アニメ |
艶漫画: 『少女セクト』
![]() | 少女セクト (メガストアコミックス) (2005/08/19) 玄鉄絢 商品詳細を見る |
![]() | 少女セクト(2) (メガストアコミックス) (2006/04/19) 玄鉄絢 商品詳細を見る |
これは百合もので、二巻完結まで一応ストーリーが続いています。若干オムニバス風味の部分もありますが。
登場人物が多いので、その関係とかキャラを掴むのがちょっと大変ですが、最終的には桃子と
登場人物紹介と言えば、名前のアルファベット表記が面白いですね。例えば内藤桃子は"Knight-O'-Momoko"、藩田思信は"Hunter Shinob"などとなっています。尊大で女の子ハンター(でも実は……)な思信と、最後の最後で思信を護るために「すごいこと」をした桃子と。
色々なところに百合作品らしさみたいなのがとてもよく表れています。例えば、思信のこの台詞なんか印象的。
「上出来ね じゃ最初で最後のお願いをひとつだけ叶えてあげる 何て呼んでほしい?」
「あの…じゃあ「まーや」って呼んで下さい」
「平仮名で? 片仮名で?」
「ひ…平仮名で」
それから、エロがどっかひと味違うので、いくつか挙げてみます。
上記の思信と「まーや」の絡みのシーンでは、差し込んだ指をまーやが反射的にきゅっと締め付けると、「コラ まーや 指が痛いじゃない…」とか。
ラスト、桃子の前でだいぶ思信が変わってきてから。というか本質が見えてきてからの思信と桃子。
みたいなやり取りとか。「何でみんな私を攻めようとするのかな…って」
「そっか 自分じゃわからないって言うもんね」
「どういう事?」
「思信の声が可愛いからだよ」
それから、後日談に出てくる人物で、されると声が出ちゃうという花織が、幼馴染の苑子の指と舌に必死に声を抑えながら登り詰めるところとか。
そして、絵がいいです。
優しくて繊細な線、体の柔らかさの流麗な表現。例えば重力の作用が感じられる曲線とか、口で吸ったときの形の変化とか。
勿論、女の子が可愛い。それは造形だけでなく、表情とかがとても生き生きしています。
個人的には、桃子が意外に過激な行動に及んだラストが、むしろ女の子の物語っぽいという印象を受けました。
そういう意味では、対照的に冒頭とは印象が随分変わる思信というのも同様ですね。
そんな桃子と思信の物語のそもそもの始まりが、二巻の最後に実質ほんの3ページのエピローグとして描かれています。
子供の頃の桃子がとてもいい味を出しています(笑)。
面白いのが、そのエピローグが奥付の後にあること。これは興味深い演出です。映画などでエンドロールの後につづきがあるのと似たような感じがします。
ともあれ、この二人以外にも沢山の女の子達があーんなことやこーんなことをするのがとてもエロくて、かつどこか夢想っぽい感じで描かれているので、その絵柄も相まって綺麗な印象を与える作品です。
|
|
tag : メガストアコミックス 玄鉄絢 |
独り言: 神とアーティストと言葉の意味
最近の若者の言葉遣いで気になるのが、すぐに《神》を持ち出すことだ。ネット上には「神だと思うロックバンド」「神だと思うアニメ」みたいな記事が溢(あふ)れている。「神動画」に「神アプリ」…。
カリスマは「神の賜物(たまもの)」という神学上の概念だが、今では「カリスマ・シェフ」がコンビニ弁当をプロデュースしている。《神》もずいぶん安くなったものだ。
まったくである。
昔から私の家では、毎年正月になると、台所だのトイレだのの「神様」に供え物をする。そして拝む。
そんなところにうようよ「神様」がいると考えるなど、日本人は愚かにも、太古の昔に《神》のような階層的なものを破壊してしまったのだ。
──なーんてね。
アホか。
そもそも、日本では「神=Gott」であった時代などない。
これは、以前著作を紹介した適菜収氏の文章です。
「構造改革」を「西洋思想」に置き換えると、氏自身が「B層」であったわけですね。以前批判した、例えば「エリート」という言葉の再定義の問題と同じです。日本語の「神」は訳語の当て方などの歴史的事情で、コンテキストにより大きく意味が変わる言葉ですから。
翻って、2ページ目にある、ジャリタレをアーティストと呼ぶことがおかしい、というのはよくわかります。そもそも「アーティスト」は外来語ですから。
しかし、こちらは非常に微妙な問題です。
つまり、「アーティスト=artist」という共通認識はどれだけ強固なものであったのか。
まず、ジャリタレにまで「アーティスト」の称号を与えたのは、マスコミ業界人なのではないかと思います。マーケティングとして、ジャリタレに売れるだけの価値を与えるために「アーティスト」と呼び始めたのではないか。
ここで問題になるのが、大衆が「偉大なもの」「職人」として彼らを「アーティスト」と呼んでいるのか?という点です。
「偉大なもの」である「アーティスト」として彼らをそう呼んでいるのか。「卑小なもの」と認識した上で「アーティスト」という言葉も変わってしまったなぁと思いつつ(もしくはそもそも卑近なものに使う言葉と思って)呼んでいるのか。
人々の価値判断が変わったのか、言葉の方が変わったのか。これがどちらであるのかによって、状況の認識は反転してしまいます。
だから、「アーティスト=artist」という共通認識が問題になってくるわけです。
どうでしょう。氏はこれについて、その共通認識が今でも堅固に残っていると考えた上で述べているのでしょうか。それとも冒頭の「神」の問題のようにそもそもそういう意味に決まっているとしたのでしょうか。
もしくは、そんなことまで考えずに書いたのでしょうか?
このところ、氏の文章をかなり頻繁に見かけるようになりました。「B層」云々のキーワードのインパクトが大きく、話に中々の説得力があるからでしょう。知識も豊富であるようです。
そうなってくると、こんな深読みをしてみるのも面白いかも知れません。
「構造改革」を「B層」に置き換え、こういった韜晦した文章を書いてみせる。
そして、読者がそれにどう反応するか、「B層」というワン・フレーズに惑わされる「B層」であったりしないか、というのを見ている。
とか。
もしくは、この文章はいつもの産経のいつものアンチポップカルチャープロパガンダであるなんていう陰謀論はいかがでしょう(笑)?
|
|
アニメ: 2012春アニメ感想 (3.1)
○ さんかれあ #4「普通の…女の子…」, #5「ゾンビって…ことは…」
話のそもそもの設定からして逃れられない運命に従い、礼弥は不幸な事故により亡くなりました。しかし、事前に千紘が作った薬を飲んでいたために、ゾンビとなって蘇ったのです。彼女はそれを一緒に作ったため、薬に毒草の成分が含まれていることを知っており、しかし失敗作だと思っていたために単なる毒として自ら命を絶とうと服用(服毒)していたのでした。それで死に至ることはありませんでしたが。
このことはもしかすると、重要な齟齬なのかも知れません。なにしろ、これはずっと先の展開ですが、礼弥が過去の事例と異なる道を歩むことになるわけで、このことは礼弥のケースの「違い」であるからです。
まあ、まだわかりませんけど。
で、四話五話の辺りでは、礼弥の体に不調が見えてきます。生きているようでも体は死んでいるのですから。
予告では、六話でそれを回避する策が見つかりそうです。
とまあこんな展開になっているわけですが、前期にやっていたアニメ『Another』を想起させるものがあります。それは、背景美術の美しさです。
この二話からちょっと持ってくると、こんな感じです。
![]() | ![]() |
![]() | ![]() |
○ 夏色キセキ 第2話「ココロかさねて」〜第4話「ユカまっしぐら」
何か色んなものがうまく解け合わずに混ざっている印象のあったこの作品ですが、それらを切り分けて見る必要があるかなーみたいに思っていたら、段々落ち着いてきたようです。解け合ったというよりも、一部の成分が弱まってきた、という感じです。
で、どっちかというと、御石様が意外とお茶目というか厳格さがないというか、うーん日本の神様っぽいなー(しかも人格のようなものは一切感じさせず)、という印象が見えてきて、楽しいです。
そんな中で、第1話で感じたキャラの違和感も薄らいできた感があり、ストーリーも、彼女たちのすることになんか手落ちがあるとそこで必ず失敗する、みたいなある意味自然な流れがあって、比較的落ち着いて見ていられるようになってきました。
あんまり変な方向転換をしないでこの路線を行ってくれると、結構いい作品になりそうな気もします。
さてどうなるか。
○ 氷菓 第2話「名誉ある古典部の活動」
ストーリーは、第1話と似たような展開……が途中まで。後半になり、えるの事情というのがなんとなく見えてきました。まだまだなんとなくですが。
前回の感想で高く評価しつつもまだ……ということを書いたCGについてですが、過剰なまでの演出と普通の雰囲気がきっぱりと区別されているようですね。簡単に言うと、奉太郎の主観を描くところではかなり現実との乖離感のある映像、そうでないところはまるで実写のような映像になっています。
そうすると、奉太郎のアタマの中って一体どうなってるんだ?みたいな描写になりますね。本人が言う彼の「閃き」が一体どんなところから生まれてくるのか、みたいな。
そして、ごく普通の意味での注意点として、文化祭の俗称である「カンヤ祭」という呼び方が話題になったのにそれがそのまま立ち消えてしまったのは多分、伏線、というか、各話に出てくる細かい謎解きとは別のシリーズを通した謎がそれに関連している、ということなのでは?
と言ったところで、次回はえるの「告白」の続きなので、とても興味深い話になりそうです。
|
|
tag : アニメ |































